長文集  9月1週  ★視覚系は(感)  yabi-09-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】視覚系は、光を介して物の形を認知
する。形は触ってもわかるから、視覚だけが
形の担い手ではない。さらに、聴覚も形の認
識にまったく無関係とはいえない。コウモリ
は、自分の出す超音波を利用して餌の虫を捕
らえ、障害物を避ける。【2】そのためには
相手の位置や大きさ、広がりを「耳で見てい
る」はずである。
 ところで形はどこにあるのだろうか。形は
物の方にある。すなわち形は物の属性だとい
う。もちろんそうに違いない。「無いもの」
は、どうやっても「見えない」。【3】見な
くても、触ってみれ ば、あるていど形がわ
かる。それは、ものが本来、形を持つからで
ある。
 もう一つの見方では、形は頭の中にある。
目がなかったら、物は見えない。その目は脳
に連絡している。【4】たしかに、触ってみ
れば物の形もあるていどわかるが、大きな物
体を撫でてもとても「一目」ではわからない
。形を知るには、触覚刺激がいったん脳に入
り、それを使って脳があらためて形を構成す
る。【5】目だって同じである。物が好んで
形を作っているわけではない。われわれの頭
が、形と称するものを、相手に押し付けてい
る。
 さて、この二つのどちらが正しいか。それ
は、考えてもムダらしい。【6】どちらが正
しいかというのは、じつは質問が悪い。答え
が出ないように、問題が立ててある。形につ
いては、右の二つの 面、つまり自分と相手
とをともに考慮する必要があるから、話が面
倒になるのである。
 【7】目はたいへん有効な感覚器だが、あ
まりに有効なので、有効でない点に、あんが
い気づかないことがある。たとえば、物の大
きさがわからない。
 そんなことはない。大きい小さいは見れば
わかる。【8】そう言うかもしれないが、そ
れは相対的な大小である。顕微鏡で見たもの
の大きさは、倍率を知らないかぎりわからな
い。見たこともないものが、宇宙空間にポッ
カリ浮いていたら、誰でも寸法がわからな 
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い。【9】月と太陽が、同じような大きさだ
と昔の人は思っていたであろうが、実際の寸
法はとんでもなく違う。
 大きさを知るという、はなはだ単純なこと
ができないので、人の世ではモノサシを売っ
ているのである。【0】あんな簡単な器具は
な∵い。それでも、たいへん便利なものであ
る。なぜそれほど便利かといえば、視覚系だ
けにまかせておくと、大きさの絶対値がわか
らないからである。
 それを幾何学に持ち込むと、比例あるいは
相似になる。相似というのは、形は同じだが
、絶対的な大きさはどうでもいい。それはま
さしく、視覚系の性質である。幾何学のよう
に形を扱う数学が、視覚系の性質を持つとい
うのは、たとえばこういうことである。
 では、なぜ形が同じなら、大きさはどうで
もいいのか。それは目の構造を考えればわか
る。目はカメラと同じようにできている。レ
ンズを通った光は網膜に像を結ぶ。その後の
大きさは、見ている物体の距離が遠ければ小
さくなり、近ければ大きくなる。生物は年中
動きまわるから、そういうことは絶えず起こ
る。だからといって、それをいちいち「違う
もの」と考えては具合が悪い。
 ライオンがネズミの大きさに見えたところ
で、ライオンはライオンである。ネズミだと
考えていれば、目の前に来たときに、はじめ
てライオンではないかと気づく。それではラ
イオンに食われてしまう。だから、そういう
生物はできたとしても、いまはいない。つま
り、視覚系は、その中に絶対座標を持ち込む
ようには、進化してこなかった。あえてそれ
をすれば、ずいぶん正確な目ができたかもし
れないが、いちいち座標を定めるために計算
量が膨大になり、いきなり大きな脳を作らな
ければならなかったかもしれない。
 逆に、われわれが「比例」とか「相似」を
考えることができるのは、本来、視覚系にそ
ういう性質が存在するからであろう。目の網
膜は、発生的、構造的には、じつは脳の延長
であり、相似とは、脳の一部がやっているこ
とを、脳のどこかの部分がよく知っている、
ということかもしれないのである。