1. 【1】お客さまが来たときには
座布団を出します。ふたりで来たときには二
枚ならべます。集まりなどがあっておおぜいのお客が来ると、その数だけ
座布団がいります。
座布団が足りなければ、あとから来たお客は
畳の上にすわります。【2】「どうぞ、おつめください」と言って、ひざをおくっていけば、かなりたくさんの人数でも一部屋にはいってしまうことができます。「すこしせまいようですから、
襖をはずしましょう。」つぎの部屋も使えば、ずっとひろくなるでしょう。
2. 【3】日本間は、まったく
便利にできています。西洋式の部屋では、こんなわけにはいきません。
応接間には
椅子があり、ソファがあり、テーブルや、わきテーブルが
置いてあるので、そんなにおおぜいのお客ははいれません。【4】それに、きまった
椅子の数しか
腰かけられない。あとからおおぜい来ても、
椅子がなければ立っていなければなりません。それにとなりに部屋があっても、
壁やドアで仕切られていますから、いっしょにして使うことはむずかしいでしょう。
3. 【5】日本人は大むかしから
椅子を使いませんでした。
床にあぐらをかくのがふつうだったのです。
奈良朝のころになって
唐ふうの
風俗がさかんに
朝廷やお寺に取り入れられたとき、
椅子に
腰かける生活も一時は行なわれたようですが、そのまますたれてしまったということです。【6】その後、時代は下って、
信長や
秀吉のころに西洋の文化や
風俗がさかんに取り入れられたときにも、
椅子を使うならわしは
伝わりませんでした。
江戸時代に、
長崎の出島ではオランダ人がテーブルと
椅子の生活をしていましたが、日本人の生活の中には
影響をあたえなかったのです。【7】よく考えてみると、こうしたことも、ひとつには夏を
涼しく過ごすために、家具を多く
置かないという生活のくふうから、おこったもののようです。テーブルや
椅子が
置いてあれば、それだけ外からはいってくる
涼しい風がさえぎら∵れてしまいます。【8】
椅子に
腰かけているよりも、ひろい
畳の上にすわっていたほうが、その
畳の上を
渡ってくる風をうけてよっぽど
涼しいのです。
4.「日本では
居間が
応接間にもなり、
食堂にもなり、また
寝室にもなる」と言って西洋の人々はびっくりします。【9】
居間には
居間の家具があり、
応接間には
応接間の、
食堂には
食堂のテーブルや
椅子が
置かれ、また
寝室には家族の数だけベッドを用意しなければならない、西洋ふうの家からみれば、たしかにうそのような生活です。【0】家の中にひろく空間をとって、それを
必要によっていろいろに
利用する、こういった生活のくふうは、たしかにすばらしいものだといってよいでしょう。
5. なお、これに
似たすばらしい生活のくふうはほかにもあります。たとえば、
風呂敷(カバンとくらべてごらんなさい。)、げた(くつとくらべて)、はし(ナイフやフォーク)など、──ほかにどんなものがあるか考えてごらんなさい。
6.「日本人のこころ」(
岡田章雄著 筑摩書房)より