長文集  3月3週  ★(感)うちがまわるはなし  te2-03-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】やれやれ、と、ほっとした母は一ど
につかれがでたのでしょう。その日は朝から
、おきてきませんでした。
「きょう一日、休ましてもらうべえ。あした
っからは、また正月のしたくにかからねえば
なんねえから――。」
と、いいわけでもするように、ふとんの中で
いっていました。
 【2】父とあには、どこかへでかけていた
のでしょうか。家に は、母とわたしのふた
りだけしかいませんでした。
 ひるちかくになったら、ねどこの中から、
母がわたしをよびました。
「あついにこみうどんがくいてえが、ひろに
できべえかなあ。」
やってみてくれやい、というようにいったの
です。
【3】「ああ、おらが、うんまくつくってや
るよ。」
 わたしは、はずんでこたえました。
 いままででも、手つだいなら、よくしてい
ました。それでも、じぶんだけでなにかをつ
くってみたことは、まだ一どもありません。
【4】わたしは、きゅうにおねえさんにでも
なれたような気がし て、うれしくなってい
ました。
 戸だなの中には、母がゆうべつくった、う
どんの玉がいくつかのこっていました。おつ
ゆをこしらえて、にるだけでいいわけです。
【5】「かつぶしをかくのは、あぶねえから
、けずりぶしでいい ぜ。たんといれてなあ
、うんまくつくってくれやい。」
 母は、ねたままでさしずをしました。
「だまっていてもいいよ。つくりかた、しっ
てるもん。」
 わたしは、おしえてもらいたくなかったの
です。【6】じぶんだけでやって、「できた
よー」と、いってみたかったからです。
 いちばん小さいなべに、水をいれると、じ
ざいかぎにかけて、いろりの火をかきたてま
した。
 だしはうまくとれたのです。いよいよあじ
つけです。【7】ながしだいの下に、ぶどう
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しゅのあきびんにつめたおしょうゆが、三本
ならんでいました。いちばんてまえのレッテ
ルのあたらしいびん が、つかいかけのよう
です。それをもってきて、おたまに一つだ 
け、いれてみました。
 【8】そして、小ざらにとって、あじをみ
ました。まだまだ、うすくてちっともきいて
いません。
 こんどは、二ついれました。からくしすぎ
たかな――。しんぱいしながら、またあじを
みました。まだ、だめです。
 おかしいなあ……。【9】でも、おたまの
中へでてくるいろは、たしかに、おしょうゆ
です。
 ことしは、できがわるかったのかなあー。
そうおもいながら、またおしょうゆをたしま
した。それから、あじをみました。∵
 なんかいあじをみたでしょう。【0】あじ
をみながら、四合びんに、はんぶんいじょう
もあったおしょうゆを、みんないれてしまっ
たのです。
 おつゆは、だんだん、きみょうなあじにな
っていきました。そしてわたしは、なんだか
、からだがだるくなってきたのです。頭がお
もいような、ねむいような、おかしな気ぶん
になってきました。
 いったい、このおつゆは、どうなってしま
ったのでしょう。しんぱいになってきました

 そのとき、
「どうだ、できそうか。」
と、おかあさんが、声をかけてきました。台
所があんまりしずかなので、だまっていられ
なくなったのでしょう。
「ことしのおしょうゆは、おかしいよ。いく
らいれたって、いっこうしょっぱくならねえ
だもの。」
 もう、しかたなしに、わたしはからっぽに
なったびんをもって、見せにいこうとしまし
た。
 たちあがると、なんだか、目がまわって、
よろよろしました。
「ああ、うちがまわる。」
 わたしは、ざしきの入り口で、うずくまり
ました。おどろいた母が、とびおきてきまし
た。
 それから、気がついたときは、母のふとん
の中で、目をさましていました。
 おしょうゆとおもいこんだ、あたらしいレ
ッテルのそのびんだけは、まだほんもののぶ
どうしゅがはいっていたのだというのです。

『はずかしかったものがたり』「うちがまわ
るはなし」(宮川ひ ろ)より