長文集  3月4週  ○子どもたち全員と  yube-03-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/12/14 12:53:10
 子どもたち全員と学校の裏手の雑木山に出
かけました。日かげの沢にはまだ汚れた雪が
残っていましたが、陽だまりは枯れ葉が柔ら
かい熱を含み、そこを歩くときに頬に暖かみ
を送ってきます。子どもたちは歓声をあげ、
木に登ったり、蔓にぶらさがったり、カタク
リを摘んだりしました。教室にいるときとは
別人のようでした。
 枯れ草に腰をおろしていると、六年生らし
い女の子が寄ってきました。頬に赤い痣のあ
るひっそりとした感じの子でした。女の子は
だまってわたしのそばにすわり、しばらく枯
れ草を引き抜いては編んでいましたが、やが
てぽつりと言いました。
「こんどの先生ァ、男先生も女(おな)ゴ先
生もいい先生だね。」
「…………。」
 わたしはとっさにはこたえることができま
せんでした。今の今まで村や分校や子どもた
ちをよく思っていなかったような気がしまし
た。わたしは小さな狼狽を押し隠しながら、
女の子の名前や家の仕事のことや兄弟のこと
を聞きました。里枝というその女の子は、一
言一言恥ずかしがるように言い淀みながら自
分のことを語りまし た。訛の強い方言は、
わたしには耳ざわりなはずでしたが、おとな
しい里枝の口からそれが洩れると、素直にわ
たしのからだの中に溶けこんでいくようでし
た。
 先生! とだしぬけに後ろから背中をたた
かれ、わたしは思わず悲鳴をあげました。ど
んぐり眼(まなこ)の一年生の明が、眼をい
っそう大きく見開き、息をはずませていまし
た。
「先生ァ、おらァ卒業するまでいてくれるね
。」
「どうして?」
「ほだって……。」
 明は後ろをふりかえりました。明をからか
ったらしい背の大きい男の子が朴の木により
かかり、照れ笑いを浮かべてこっちを見てい
ました。
「兼吉がな。ハイカラ先生などァ一年で分校
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なんかやめて、すぐ町サ帰るって……。」
「先生はハイカラじゃないよ。」∵
「ハイカラださァ、金色の眼鏡かけてェ。」
 わたしは思わず笑いました。女学校の卒業
記念に、役場の書記をしていた父が買ってく
れた旧式の金縁の眼鏡を、わたしは大事に使
い続けていたのでした。

(三好京三「分校日記」)