長文集  7月4週  ○社会的固定化と儀礼化が  nnzi2-07-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/06/15 17:45:26
 【1】社会的固定化と儀礼化がすでに深く
武士の生活様式をとらえていた享保(きょう
ほ)年代に、かつての戦国華やかなりし武士
道を無限のノスタルジアを含めて回想した山
本常朝の『葉隠(はがくれ)』を見ても(そ
こでは、戦国武士の解放性と溌剌性が歪めら
れて陰にこもった色調に蔽われているとはい
え)、【2】その強調する主君への純粋無雑
な忠誠と「献身」が、けっして権威への消極
的な恭順ではなくて、むしろ卑屈な役人根性
や大勢順応主義に対して、吐き気をもよおす
ばかりの嫌悪感に裏うちされ、学問と教養の
静態的な享受にたえず抵抗する行動的エネル
ギーを内包し、【3】中庸でなくて「過度」
、謙譲でなくて「大高慢」、――要するに「
気力も器量も入らず候。一口に申さば、御家
を一人して荷(にな)ひ申す志出来申す迄に
候。同じ人間が誰に劣り申すべきや。【4】
惣じて修行は大高慢にてなければ役に立たず
候」というような非合理的主体性とでもいう
べきエートスに貫かれていることを看過して
はならないだろう。【5】ここでは御家の「
安泰」は既成の「和」の維持ではなくて、行
動の目標となる。こうした側面はとくに集団
の危機感に触発された際に奔騰する。【6】
忠誠が真摯で熱烈であるほど、かえって、「
分限」をそれぞれまもる形での静態的な忠誠
と、緊急の非常事態に際して分をこえて「お
家」のために奮闘するダイナミックな忠誠と
が、生身をひきさくような相剋をひとりの魂
のなかにまきおこすのである。
 【7】たしかに徳川三百年の「文治」主義
と「天下泰平」とは武士の家産官僚化を広汎
に押しすすめ、後期に至っては忠誠の形式化
と偽善化をもたらした。【8】けれども幕末
の動乱と切迫した対外的危機意識は、「封建
的忠誠」のなかに潜在していた、さきのよう
な名誉と責任感、それと結びついた「行動主
義」を奔騰させる最後のチャンスをよびおこ
すこととなるのである。【9】いわゆる激派
浪士たちの行動様式に戦国乱世の「豪傑」的
気概と奔放性とが再現していると∵するなら
ば、他方でたとえば吉田松陰に見られる「没
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我的」忠誠と主体的自律性、絶対的帰依の感
情と強烈な実践性との逆説的な結合のうちに
は、あきらかに『葉隠(はがくれ)』的なエ
ートスに通じる伝説を窺うことができる。
 【0】さきに述べたように、武士の存在形
態の変質と封建的階層制の全国的な系列化は
、社会的結合のベルトを、主従の「契」や「
情誼」といった直接的人格関係に放置するこ
とを許さなくなり、そこに「諸侯」とか「卿
大夫(けいたいふ)」とか「士」とかいった
古典中国に由来する組織のカテゴリーが大規
模に登場して、五倫五常が体制倫理にまで拡
大されてゆく客観的な基盤があった。けれど
も、一方で武士のエートスが家産官僚的精神
のなかに完全には吸収されなかったように、
他方で儒教的世界像の浸透もけっしてたんに
「封建的忠誠」の静態化、固定化の役割だけ
を演じたわけではな い。むしろ一般的に言
って、日本の思想史において、人間または集
団への忠誠と関連しながら、しかもそれと区
別された原理への忠誠を教えたのは、やはり
中国の伝統的範疇である道もしくは天道の観
念であった。仏教の「法」の観念も、その元
来の世界宗教の本質からすれば、儒教以上に
普遍主義的な原理への忠誠をもたらしてよい
はずであるが、仏教哲学自体に積極的な社会
倫理としての側面が比較的に稀薄なことと、
とくに日本仏教の伝統的性格のために、人間
行動への独自な規範的拘束力はそれほど大き
いとはいえない。神「道」や仏「道」は、公
然もしくは隠然と、「聖人の道」をとりこ 
み、これと癒着したかぎりで人倫の原理とな
りえたのである。

(丸山眞男(まさお)『忠誠と反逆』による