a 長文 10.1週 00u
 1コンピュータは、あることを覚え(おぼ )させれば一度(いちど)で間違い(まちが )なく記憶(きおく)します。しかし、生き物(い もの)はそうではありません。
 2記憶(きおく)の実験(じっけん)で、ネズミを、ブザーが鳴っ(な )たときにレバーを押す(お )と餌(えさ)をもらえるような仕組み(しく )の箱(はこ)に入れ(い )ておきます。3ネズミは、ブザーとレバーと餌(えさ)の関係(かんけい)に気がつく(き   )まで、何(なん)十回(かい)も何百回(なんびゃっかい)も試行錯誤(しこうさくご)を繰り返し(く かえ )ます。そして、やがて、ブザーが鳴っ(な )たときにレバーを押せ(お )ばよいのだということを記憶(きおく)します。4正しい(ただ  )やり方(  かた)を覚える(おぼ  )までに、間違っ(まちが )たやり方(  かた)を何(なん)回(かい)も繰り返し(く かえ )て失敗(しっぱい)することが必要(ひつよう)なのです。
 生き物(い もの)のこの記憶(きおく)の仕方(しかた)は、実は(じつ )生きる(い  )ために役立っ(やくだ )ています。5もし、ブザーとレバーの関係(かんけい)を記憶(きおく)した人間(にんげん)が、ブザーのかわりにサイレンが鳴り(な )、レバーのかわりにボタンが置い(お )てあるような場所(ばしょ)に置か(お )れたとすると、人間(にんげん)はブザーとレバーの関係(かんけい)から類推(るいすい)して、サイレンとボタンの関係(かんけい)にやがてすぐに気がつく(き   )でしょう。6しかし、機械(きかい)は、いつまでたってもブザーとレバーの関係(かんけい)から新しい(あたら  )考え(かんが )に移る(うつ )ことができません。
 7生き物(い もの)は、高等(こうとう)になるほど曖昧(あいまい)な記憶(きおく)の仕方(しかた)ができるようになります。私(わたし)たちは、ある人(ひと)が別(べつ)の服(ふく)を着(き)て現れ(あらわ )ても、それが同じ(おな )人(ひと)だということがわかります。8もし記憶(きおく)が、機械(きかい)のように正確(せいかく)なものであったなら、違う(ちが )服(ふく)を着(き)ている人(ひと)は違う(ちが )人(ひと)だと思っ(おも )てしまうでしょう。9そのような記憶(きおく)では、生き物(い もの)は変化(へんか)の激しい(はげ  )世界(せかい)の中(なか)で生き(い )続ける(つづ  )ことができなかったはずです。数多く(かずおお )の失敗(しっぱい)を通して( とお  )覚える(おぼ  )ところに、生き物(い もの)の記憶(きおく)の秘密(ひみつ)があるのです。0

 言葉(ことば)の森(もり)長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい) Σ
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a 長文 10.2週 00u
 ヘレンは一歳(さい)半(はん)のころ、重い(おも )病気(びょうき)で、目(め)が見え(み )なくなり、耳(みみ)も聞こえ(き  )なくなりました。声(こえ)を出す(だ )ことはできましたが、他(た)の人(ひと)の話(はなし)が聞こえ(き  )ないため、正しく(ただ  )話す(はな )こともできませんでした。そのために、人(ひと)に思っ(おも )ていることをうまく伝え(つた )られずに、毎日(まいにち)癇癪(かんしゃく)をおこしてはあばれ、まるで動物(どうぶつ)のように手づかみ(て   )でものを食べる(た  )というような生活(せいかつ)ぶりでした。家族(かぞく)の人(ひと)たちは、いったいこの子(こ)は将来(しょうらい)どうなってしまうのだろうと、胸(むね)がつぶれる思い(おも )でした。 
 ぽかぽかとおひさまがほほえむ四月(しがつ)のはじめ、運命(うんめい)の日(ひ)がやってきました。サリバン先生(せんせい)は、庭(にわ)の井戸(いど)から水(みず)をくみ、ヘレンの手(て)をとって、そのつめたい水(みず)をかけました。
 ヘレンはおどろいて手(て)をひっこめました。その手(て)をまたとって、サリバン先生(せんせい)は水(みず)をかけました。何(なん)度(ど)かそうするうちに、ヘレンは気持ちよ(きも  )さそうに、手(て)をのばしたままにしました。そこで先生(せんせい)は、ヘレンの手のひら(て   )に指(ゆび)でこう書き(か )ました。
 「w a t e r(ウォーター)」 
 ウォーター、そう、水(みず)のことです。ヘレンは不思議(ふしぎ)そうな顔(かお)をしています。そこで、サリバン先生(せんせい)はもう一度(  いちど)、その手(て)に水(みず)をかけました。そして、すぐにまた、「water」と書き(か )ました。ヘレンは、考え(かんが )ているようすです。さらに先生(せんせい)が、ヘレンの手(て)に水(みず)をかけたところ、ヘレンがうなずいたのです。すかさず、先生(せんせい)は「water」と書き(か )ました。すると、へレンが、先生(せんせい)の手(て)を探り(さぐ )あて、同じ(おな )ように何(なに)かをその手(て)に書こ(か )うとしました。 
 「わかってくれたのね」サリバン先生(せんせい)は、胸(むね)の高鳴り(たかな )をおさえつつ、ヘレンの手(て)をとり自分(じぶん)の顔(かお)に持っ(も )て行き(い )、ほおをなぞらせたあと、くちびるにあてがいました。それから、ゆっくりとそしてはっきり、発音(はつおん)しました。 
「ウ、ォーター」 
もう一度(  いちど)、言い(い )ました。
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「ウォーター」 
すると、ヘレンもまねをするようにくちびるを少し(すこ )うごかしました。息(いき)とも声(こえ)ともつかないかすかな音(おと)がヘレンの口(くち)から出(で)ました。 
 この日(ひ)のことをサリバン先生(せんせい)は一生(いっしょう)忘れ(わす )なかったでしょう。目(め)が見え(み )ず耳(みみ)も聞こえ(き  )ず、口(くち)もきけなかったヘレンが、生まれ(う  )てはじめて言葉(ことば)にふれた瞬間(しゅんかん)です。ヘレンは、服(ふく)をびしょぬれにしながら、何(なん)度(ど)も水(みず)にさわり、先生(せんせい)の手(て)をとって、文字(もじ)らしきものをその手(て)に書き(か )、くちびるを動かし(うご  )ました。サリバン先生(せんせい)も、よろこびの涙(なみだ)と水(みず)でぐしゃぐしゃになりながら、「ウォーター」「ウォーター」と繰り返す(く かえ )のでした。

 言葉(ことば)の森(もり)長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(φ)
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a 長文 10.3週 00u
 今、地球(ちきゅう)上には、百五十万種類(しゅるい)を超える(こ  )生物(せいぶつ)がいます。そのうちの八十万種類(しゅるい)が昆虫(こんちゅう)で、四十万種類(しゅるい)が動物(どうぶつ)で、残り(のこ )の三十万種類(しゅるい)が植物(しょくぶつ)です。もし、世界(せかい)が十種類(しゅるい)の生物(せいぶつ)の村だったら、五種類(しゅるい)が昆虫(こんちゅう)で、三種類(しゅるい)が動物(どうぶつ)で、残り(のこ )の二種類(しゅるい)が植物(しょくぶつ)ということになります。昆虫(こんちゅう)の種類(しゅるい)がずいぶん多いということがわかります。もしかすると、昆虫(こんちゅう)がこの地球(ちきゅう)でいちばん元気よく暮らし(く  )ていると言えるのかもしれません。そう言えば、ゴキブリなどは、元気のかたまりのようです。
 生物(せいぶつ)は、約(やく)三十億(おく)年前に原始(げんし)的(てき)な生物(せいぶつ)から進化(しんか)してきました。進化(しんか)の過程(かてい)で絶滅(ぜつめつ)した生物(せいぶつ)も含める(ふく  )と、今の生物(せいぶつ)の種類(しゅるい)の百倍(ばい)、一億(おく)五千万種類(しゅるい)もの生物(せいぶつ)がいたと推定(すいてい)されています。
 どの生物(せいぶつ)も自分が生きるのに都合(つごう)のよい形をしています。例えば(たと  )、キリンは首が長いので、遠くにいる敵(てき)を見つけたり、高い木の枝(えだ)の葉(は)を食べたりすることができます。ゾウは鼻(はな)が長いので、自分の鼻(はな)をホースがわりにしたり、鼻(はな)を手のように使っ(つか )たりすることができます。三グラムしかないジネズミは、自分の小ささをうまく生かして生きています。逆に(ぎゃく )百三十トンもあるクジラも、自分の大きさをうまく生かしていきています。このジネズミとクジラがシーソーをしたとすると、つりあいを取る(と )ためには、一頭のクジラの反対(はんたい)側(がわ)に、四千万匹(びき)以上(いじょう)ものジネズミがぶらさがらなければなりません。これぐらい違い(ちが )のある生物(せいぶつ)がそれぞれ、自分の長所(ちょうしょ)を上手に生かして生きているのです。
 このように多くの種類(しゅるい)の生物(せいぶつ)がいる理由(りゆう)を、昔(むかし)は、神様(かみさま)が作ったからだと考えていました。しかし、いくら神様(かみさま)でも、百五十万種類(しゅるい)もの生物(せいぶつ)を作るのは大変(たいへん)です。それでも、昔(むかし)の人は、神様(かみさま)ならそういう神業(かみわざ)ができると考えていたのです。
 十八世紀(せいき)に、ゾウの化石(かせき)を研究(けんきゅう)した学者(がくしゃ)が、生物(せいぶつ)の中には既に(すで )絶滅(ぜつめつ)したものがあるということを発見(はっけん)しました。ラマルクは、この
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考えを発展(はってん)させて、生物(せいぶつ)の種(しゅ)が変化(へんか)するという説(せつ)を述べ(の )ました。例えば(たと  )、キリンは、高いところに生えている葉(は)を食べるために、首を長く伸ばし(の  )ているうちに、今のようなキリンになったと言うのです。
 しかし、この説(せつ)には重大(じゅうだい)な弱点がありました。確か(たし )に一頭のキリンの一生に関して( かん  )言えば、高いところの葉(は)を食べようとしているうちに、だんだんと首が長くなるということは言えるかもしれません。しかし、その首の長さがそのまま子供(こども)に受け継が(う つ )れるかどうかということはわかりません。
 みなさんのお父さんやお母さんが子供(こども)のときにしっかり勉強(べんきょう)してくれたおかげで、あなたは生まれつき何でも知っていたということになれば、これほどいいことはありません。しかし、実際(じっさい)には、あなたはあなたでまた最初(さいしょ)からお父さんやお母さんがしたのと同じ勉強(べんきょう)をしなければなりません。こういうことを見ると、親の獲得(かくとく)した能力(のうりょく)がそのまま子供(こども)に受け継が(う つ )れるということはないようです。
 ラマルクの説(せつ)を批判(ひはん)する学者(がくしゃ)は、次(つぎ)のような実験(じっけん)をしました。まず、ネズミのしっぽを短く(みじか )切ってしまいます。ネズミにはかわいそうですが、しっぽだけなので命(いのち)には別状(べつじょう)がなかったというところが少しほっとするところです。このしっぽを切ったネズミから生まれたネズミのしっぽも、また短く(みじか )切ってしまいます。このようにして、何代(だい)もしっぽを短く(みじか )切ったにもかかわらず、生まれる子供(こども)はいつもしっぽの長いネズミでした。
 しかし、この実験(じっけん)は、ラマルクの説(せつ)を批判(ひはん)するにはあまり確か(たし )なものとは言えませんでした。なぜなら、ネズミは自分から進ん(すす )でしっぽを短く(みじか )しようとしたのではなく、無理矢理(むりやり)しっぽを短く(みじか )させられたからです。この実験(じっけん)のために何匹(びき)ものネズミのしっぽを切った学者(がくしゃ)は今ごろ、「しっぽの実験(じっけん)はしっぽい(失敗(しっぱい))だったなあ」と思っているかもしれません。
 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(Σ)
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a 長文 10.4週 00u
 梅雨(つゆ)の季節(きせつ)になるとよく見かける(み   )カタツムリ。まるでシャワーを楽しむ(たの  )ように雨(あめ)の中(なか)をのんびりと散歩(さんぽ)しています。カタツムリは虫(むし)ではありません。海(うみ)に住む(す )貝(かい)の仲間(なかま)なのです。昔(むかし)々、カタツムリは水(みず)の中(なか)に住ん(す )でいました。ですから、陸(りく)に上がっ(あ  )て生活(せいかつ)するようになった今(いま)でも、雨(あめ)の降る(ふ )日(ひ)が大好き(だいす )なのです。からっとさわやかに晴れ(は )た日(にち)や暑い(あつ )日(ひ)は大(だい)の苦手(にがて)です。しかし、殻(から)があるから、からからに乾い(かわ )てしまうことはありません。暑い(あつ )日(ひ)は、木の葉(こ は)や草(くさ)の陰(かげ)に隠れ(かく )てじっとしています。梅雨(つゆ)の季節(きせつ)にあれだけよく見かける(み   )ことができたカタツムリが、夏(なつ)になるとすっかり消え(き )てしまうのはそのためです。カエルやヘビが冬眠(とうみん)するように、カタツムリは夏(なつ)のあいだ、ひたすら眠り(ねむ )続け(つづ )ます。そして秋(あき)になり雨(あめ)が多く(おお )なってくると、眠り(ねむ )から覚め(さ )、活動(かつどう)を開始(かいし)するのです。
 動物(どうぶつ)や昆虫(こんちゅう)にはオスとメスの区別(くべつ)があります。けれども、カタツムリにはオスもメスもありません。一匹(ひき)のカタツムリがオスの役目(やくめ)とメスの役目(やくめ)をするのです。だから、どのカタツムリも大人(おとな)になると卵(たまご)を生み(う )ます。一回(かい)の産卵(さんらん)でニ十個(こ)から六十個(こ)の卵(たまご)を生み(う )ますが、一つの卵(たまご)を生む(う )のには十分(ぷん)から二十分(ぷん)もかかります。卵(たまご)からかえったカタツムリの赤ちゃん(あか   )は、生まれ(う  )たときから殻(から)があります。

 言葉(ことば)の森(もり)長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(ω)
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a 長文 11.1週 00u
 1都会(とかい)で見(み)られるカラスは、ハシブトガラスとハシボソガラスの二種類(しゅるい)です。名前(なまえ)のとおり、くちばしが太く(ふと )、「カアカア」と澄ん(す )だ声(こえ)で鳴く(な )のがハシブトガラス、くちばしが細く(ほそ )、「ガアガア」と濁っ(にご )た声(こえ)で鳴く(な )のがハシボソガラスです。
 2カラスは、高い(たか )木(き)や鉄塔(てっとう)などの上(うえ)に巣(す)を作り(つく )ます。都会(とかい)では、針金(はりがね)のハンガーやビニール袋(ぶくろ)などを使っ(つか )て巣(す)作り(づく )をすることもあります。
 カラスは雑食(ざっしょく)性(せい)で、果物(くだもの)、昆虫(こんちゅう)、小動物(しょうどうぶつ)など、いろいろなものを食べ(た )ます。3都会(とかい)では、カラスがゴミをあさる姿(すがた)がよく見(み)られますが、カラスが生(なま)ゴミの中(なか)から好ん(この )で食べる(た  )のは、油分(あぶらぶん)の多い(おお )唐揚げ(からあげ)やポテトチップスなどです。
 4カラスは、食べ物(た もの)を一度に(いちど )全部(ぜんぶ)食べ(た )てしまわずに、余っ(あま )た分(ぶん)を木(き)の穴(あな)や石(いし)の下(した)に隠す(かく )習性(しゅうせい)があります。5このため、何(なに)をどこに隠し(かく )たかを記憶(きおく)しておかねばならないので、カラスの頭(あたま)がよくなったのだと言わ(い )れています。
 6人間(にんげん)からはあまり好か(す )れていないカラスですが、雛(ひな)のうちから育てる(そだ  )と、人(ひと)にもよくなつきます。7巣(す)から落ち(お )た雛(ひな)にミルクやドッグフードをやっているうちにすっかり人(ひと)になつき、口(くち)を開け(あ )て餌(えさ)を待つ(ま )ようになったという話(はなし)もあります。
 8ゴミをあさって散らかし(ち   )たり、人間(にんげん)を襲っ(おそ )たりするのは困り(こま )ますが、カラスも本当は(ほんとう )人間(にんげん)に嫌わ(きら )れたいわけではないのです。9人間(にんげん)がカラスの気持ち(きも )を理解(りかい)するところカラスタートすれば、カラスとうまく共存(きょうぞん)できるかもしれません。0

 言葉(ことば)の森(もり)長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい) Λ
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a 長文 11.2週 00u
 藤原道長(ふじわらのみちなが)は五番目の子だったので、父の位(くらい)である摂政(せっしょう)や関白(かんぱく)を継ぐ(つ )ことができるとはだれも思っていませんでした。しかし、子供(こども)のころから負けず嫌い(ま  ぎら )で、気が強く、また胆(きも)のすわったところのある道長は、のちに強運(きょううん)も手伝っ(てつだ )て、事実(じじつ)上、天皇(てんのう)以上(いじょう)の権力(けんりょく)を持つ(も )摂政(せっしょう)・関白(かんぱく)の位(くらい)につき、全盛(ぜんせい)をきわめました。そして、ほこらしげに「この世(  よ)をばわが世(よ)とぞ思う望月(もちづき)のかけたることもなしと思えば」(この世(  よ)は私(わたし)の世(よ)だと思うよ。今日の満月(まんげつ)のように欠け(か )ているところがないと思えば)という歌をよみました。権力(けんりょく)をほしいままにした道長は、莫大(ばくだい)な財産(ざいさん)を持っ(も )ていたので、それを生かし、貴族(きぞく)の文化(ぶんか)、平安(へいあん)文化(ぶんか)をささえました。漢詩(かんし)や和歌(わか)、絵巻物(えまきもの)、そしてかな文字による文学は、この時代(じだい)に大きく発展(はってん)しました。紫式部(むらさきしきぶ)の「源氏物語(げんじものがたり)」や清少納言(せいしょうなごん)の「枕草子(まくらのそうし)」などもこの時代(じだい)の作品(さくひん)です。
 さて、子供(こども)のころの道長はどんなふうだったのでしょう。兄たちとともに父の前に呼ば(よ )れた時のことです。父兼家(かねいえ)は、できのよい公任(きんとう)という自分のいとこの息子(むすこ)を引き合いに出し、「お前たちは、公任(きんとう)のかげもふめんぞ」と叱咤(しった)激励(げきれい)しました。兄たちは、うなだれて聞いていましたが、道長だけは、「あいつの影(かげ)なんか、たのまれてもふむもんか。私(わたし)だったら、顔をふんづけてやる」と言ったそうです。なんという負けん気(ま  き)の強い性格(せいかく)でしょう。 
 また、道長は十七歳(さい)の時、仕え(つか )ていた天皇(てんのう)の発案(はつあん)で肝試し(きもだめ)をしました。雨のふりしきる真っ暗(ま くら)な夜、怖い(こわ )話を聞いた後、天皇(てんのう)は、そこにいた三人にそれぞれ違う(ちが )場所(ばしょ)に一人でいってくるように言いました。他(た)の二人はおそるおそる出かけたと思ったら、すぐに「ぶきみな声が聞こえた」とか「怪物(かいぶつ)が出た」などと叫び(さけ )ながら舞い戻っ(ま もど )てきました。道長はと言うと、指示(しじ)された大極殿(だいごくでん)という場所(ばしょ)に一人で行き、証拠(しょうこ)として柱(はしら)の木を小刀でけずりとってきたのです。ま
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さか、一人で行けるまいと思った天皇(てんのう)が翌日(よくじつ)調べ(しら )させてみると、削り取っ(けず と )た木片(もくへん)はぴたりと柱(はしら)のえぐれた部分(ぶぶん)に合いました。天皇(てんのう)はその勇気(ゆうき)におどろきました。 
 このように、積極(せっきょく)的(てき)で怖い(こわ )もの知らずの道長は、人生を前向き(まえむ )に生きるすべを幼い(おさな )ころから知っていたかのようです。だからこそ、強運(きょううん)を呼び込む(よ こ )ことができたのでしょう。父の後を継い(つ )だ一番上の兄道隆(みちたか)は、関白(かんぱく)になったものの伝染病(でんせんびょう)で亡くなっ(な   )てしまいました。その兄の後を継い(つ )だ次(つぎ)の兄道兼(みちかね)もまた同じ伝染病(でんせんびょう)で、関白(かんぱく)になってたった一週間で命(いのち)を落とし(お  )ました。時の天皇(てんのう)はそのあとの関白(かんぱく)を決める(き  )のに迷っ(まよ )ていました。すると、天皇(てんのう)の母が、自分の弟でもある道長を強く推薦(すいせん)しました。
 出世(しゅっせ)する道は長いと思っていた道長でしたが、三十歳(さい)のころには政府(せいふ)の第一人者(だいいちにんしゃ)となっていました。「望月(もちづき)」の歌は道長が五十三歳(さい)のころに詠ん(よ )だものです。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(φ)
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a 長文 11.3週 00u
 魚(さかな)の顔(かお)にはえらがあります。魚(さかな)が水の中で呼吸(こきゅう)ができるのは、このえらのおかげです。
 人間(にんげん)は肺(はい)を使っ(つか )て体(からだ)の中に酸素(さんそ)を取り込み(と こ )ます。息(いき)を吸い込む(す こ )ときに酸素(さんそ)を取り入れ(と い )、吐く(は )ときに二酸化炭素(にさんかたんそ)を捨て(す )ています。これを肺(はい)呼吸(こきゅう)と呼び(よ )ます。それに対して( たい  )魚(さかな)はえらを使い(つか )ます。これをえら呼吸(こきゅう)と呼び(よ )ます。
 水の中にはたくさんの酸素(さんそ)がとけていますが、目で見ることはできません。砂場(すなば)で使う(つか )ふるいがありますが、ふるいをえらだと想像(そうぞう)してみます。そして、石は酸素(さんそ)、砂粒(すなつぶ)は水です。砂場(すなば)の砂(すな)をふるいにかけると、ふるいの上には石だけがのこって砂粒(すなつぶ)はサラサラとこぼれ落ち(   お )ます。魚(さかな)は口から水を飲み込み(の こ )、えらから吐き出し(は だ )ていますが、えらというふるいで酸素(さんそ)だけを体(からだ)の中に取り込む(と こ )のです。えらが酸素(さんそ)を選ん(えら )でいるわけです。
 しかし、えらが取り込める(と こ  )酸素(さんそ)は、水の中にとけているものだけです。空気の中からは取り込め(と こ )ません。ですから、魚(さかな)は水の外(そと)では呼吸(こきゅう)ができません。
 水の中の酸素(さんそ)が足りなくなると、魚(さかな)が水面(すいめん)に出て口をぱくぱくさせることがあります。これは、空気を吸っ(す )ているのではなく、水面(すいめん)近く(ちか )の水に空気を混ぜ(ま )て吸っ(す )ているのです。
 人間(にんげん)も、お母さん( かあ  )のお腹(なか)の中()にいる一ヶ月(かげつ)目のころにエラのようなものがあります。これは、昔(むかし)、人間(にんげん)が水の中にいる生物(せいぶつ)だったころの名残り(なご )だと言わ(い )れています。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(ω)
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a 長文 11.4週 00u
 清作(せいさく)は一歳(さい)半の時に、いろりに落ち(お )て、左手に大やけどを負い(お )ました。悲鳴(ひめい)を聞いて、外で野良(のら)仕事(しごと)をしていた母シカが驚い(おどろ )てかけつけた時には、清作(せいさく)の手は、やけどで開く(ひら )ことができなくなっていました。一八七七年、福島(ふくしま)県(けん)の猪苗代湖(いなわしろこ)のそばにある小さな村でのできごとです。
 当時の医療(いりょう)では、やけどでくっついた指(ゆび)をもとの通りに戻す(もど )手術(しゅじゅつ)は不可能(ふかのう)でした。何軒(けん)も医者(いしゃ)をたずね、遠い町の医者(いしゃ)に、
「残念(ざんねん)だが、この子の手はなおらん」 
と言われた時、シカは声をあげて泣き(な )ました。 
 まだ幼い(おさな )友達(ともだち)は、清作(せいさく)の手を見てからかいました。清作(せいさく)はものをつかむことも、自由(じゆう)に動かす(うご  )こともできない左手をくやしがって、一人泣く(な )こともありました。しかし、学校にあがってからは、たいへん熱心(ねっしん)に勉強(べんきょう)し、だれにも負け(ま )ない成績(せいせき)をおさめたのです。
 父親が大酒(おおざけ)飲みで(の  )働か(はたら )ないため、たいへん貧しかっ(まず   )た清作(せいさく)のうちでは、どんなに優秀(ゆうしゅう)でも上の学校へ進学(しんがく)させる余裕(よゆう)がありませんでした。子供(こども)の清作(せいさく)にとっては、母のシカしか頼る(たよ )人がいなかったのです。しかし、ちょうど清作(せいさく)のいる小学校に巡回(じゅんかい)に来ていた小林先生が、清作(せいさく)の勉強(べんきょう)に対する( たい  )熱意(ねつい)を知り、清作(せいさく)の進学(しんがく)を助け(たす )てくれたのです。
 また、先生はアメリカ帰りの高い技術(ぎじゅつ)を持つ(も )医師(いし)に紹介(しょうかい)状(じょう)を書いてくれました。大変(たいへん)お金のかかる手術(しゅじゅつ)が必要(ひつよう)でしたが、先生や学校の友達(ともだち)がお金を出し合ってくれて、清作(せいさく)は手術(しゅじゅつ)を受ける(う  )ことができました。ついに、指(ゆび)が一本一本離れ(はな )、ものをにぎれるようになったのです。 
 清作(せいさく)は、直してくれた医師(いし)や恩人(おんじん)の小林先生らに感謝(かんしゃ)しながら、心に誓っ(ちか )たことがありました。 
 「一生治ら(なお )ないと思っていた左手が、医学(いがく)の力で治っ(なお )た。私(わたし)も将来(しょうらい)医者(いしゃ)になって、自分のように苦しむ(くる  )人々を助け(たす )たい。それが
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私(わたし)の恩返し(おんがえ )だ」 
 この清作(せいさく)少年こそが、のちの野口英世(ひでよ)です。その献身(けんしん)的(てき)な研究(けんきゅう)ぶりは、まさに寝る(ね )間も惜しむ(お  )ほどだったそうです。留学(りゅうがく)先のアメリカでは、「日本人はいつ眠る(ねむ )のだ」と他国(たこく)の学者(がくしゃ)を驚か(おどろ )せるほどの猛(もう)勉強(べんきょう)をし、その生涯(しょうがい)を医学(いがく)の研究(けんきゅう)にささげたのです。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(φ)
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a 長文 12.1週 00u
 1記憶(きおく)には、さまざまな種類(しゅるい)があります。トランプの「神経(しんけい)衰弱(すいじゃく)」の記憶(きおく)にあたるものは「短期(たんき)記憶(きおく)」です。これは必要(ひつよう)のある短い(みじか )間(あいだ)だけ覚え(おぼ )ているものです。2そのときにだけ必要(ひつよう)な記憶(きおく)をいつまでも覚え(おぼ )ていると、頭(あたま)の中が余分(よぶん)な記憶(きおく)でいっぱいになってしまいます。役目(やくめ)が終わっ(お  )たらすぐに忘れ(わす )ていけるのが、この記憶(きおく)の特徴(とくちょう)です。
 3「手続き(てつづ )記憶(きおく)」と呼ば(よ )れるものは、からだで覚える(おぼ  )といった種類(しゅるい)の記憶(きおく)です。練習(れんしゅう)して乗れる(の  )ようになった自転車(じてんしゃ)には、何(なん)年たっても心配(しんぱい)なく乗れ(の )ます。4水泳(すいえい)やスキーなどもからだが覚え(おぼ )ているので、言葉(ことば)で説明(せつめい)できなくても自然(しぜん)とからだが動い(うご )ていくものです。
 言葉(ことば)の意味(いみ)や数字(すうじ)の関係(かんけい)など、ふだん机(つくえ)で勉強(べんきょう)するものは「意味(いみ)記憶(きおく)」です。5また自分(じぶん)だけの時間(じかん)や場所(ばしょ)によって作ら(つく )れる、つまり思い出(おも で)にあたるものは、「エピソード記憶(きおく)」です。
 更に(さら )「プライミング記憶(きおく)」というのもあります。これは自分(じぶん)でも知ら(し )ない間(あいだ)に覚え(おぼ )ている記憶(きおく)のことです。6たとえば、「シカを十回(かい)言っ(い )て」と言い(い )、相手(あいて)が「シカ、シカ、シカ、……」言い終わっ(い お  )たあとに、「サンタクロースが乗っ(の )ていたものは」と聞く(き )と、つい「トナカイ」と答え(こた )てしまうようなものです。7答え(こた )はソリなのですが、シカという言葉(ことば)が気がつかないうちに記憶(きおく)に残っ(のこ )ているので、シカに似(に)たトナカイと答え(こた )てしまうのです。
 8人間(にんげん)は単純(たんじゅん)な生物(せいぶつ)から進化(しんか)してきましたが、記憶(きおく)の中で進化(しんか)の最も(もっと )早いころからあったものは手続き(てつづ )記憶(きおく)です。そのあと、意味(いみ)記憶(きおく)や短期(たんき)記憶(きおく)が生まれ、最後(さいご)に作ら(つく )れた記憶(きおく)がエピソード記憶(きおく)です。9ただ、エピソード記憶(きおく)の仕組み(しく )ができあがるのは、三、四歳(さい)ころです。ですから、一歳(さい)のお誕生(たんじょう)日に初めて(はじ  )歩い(ある )て、みんなに手をたたかれたというようなエピソードは、記憶(きおく)としては残っ(のこ )ていないのです。0 言葉(ことば)の森長(ちょう)文作成(さくせい)委員(いいん)会(かい) α
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a 長文 12.2週 00u
 夜(よる)の道(みち)を歩い(ある )ていると、何(なに)かが黙っ(だま )てついてきます。あなたが止まる(と  )と、それも止まり(と  )ます。あなたが歩き(ある )はじめると、またどこまでもついてきます。
 もちろん、キツネやお化け( ば )などではありません。夜空(よぞら)に明るく(あか  )輝く(かがや )もの、それはお月(つき)さまです。
 月(つき)がついてくるのは、電車(でんしゃ)に乗っ(の )ていても同じ(おな )です。電車(でんしゃ)の窓(まど)から見る(み )と、家(いえ)や電信柱(でんしんばしら)は、どんどん後ろ(うし )へ飛び(と )去っ(さ )ていきます。遠く(とお )に見える(み  )山(やま)も、近く(ちか )の家々(いえいえ)ほどではありませんが、少し(すこ )ずつ後ろ(うし )の方(ほう)へ動い(うご )ていくように見え(み )ます。しかし、空(そら)に浮かぶ(う  )月(つき)は山(やま)を越え(こ )、町(まち)を越え(こ )、電車(でんしゃ)の中(なか)のあなたについてくるように見え(み )ます。
 家(いえ)、電信柱(でんしんばしら)、山(やま)、月(つき)。これらを比べ(くら )て違う(ちが )のは、電車(でんしゃ)からの距離(きょり)です。つまり、遠く(とお )のものほど、動か(うご )ないように見える(み  )のです。
 月(つき)は、わたしたちの地球(ちきゅう)を三十個(こ)ぐらい並べ(なら )たほど先(さき)にある空(そら)のかなたに浮かん(う  )でいます。ですから、地球(ちきゅう)の上(うえ)を少々(しょうしょう)移動(いどう)したくらいでは、月(つき)の位置(いち)は変わら(か  )ないように見える(み  )のです。
 もちろん、月(つき)よりもっと遠く(とお )の太陽(たいよう)でも、同じ(おな )ことが言え(い )ます。あなたがどんなに動い(うご )ても太陽(たいよう)はついてきます。しかし、太陽(たいよう)はまぶしすぎて、あまり見上げる(みあ  )ことはありません。やはり、夜(よる)、明るい(あか  )月(つき)が一緒(いっしょ)についてくるところにこそ、不思議(ふしぎ)さがあるのでしょう。
 地球(ちきゅう)は月(つき)の四倍(ばい)の大き(おお )さです。したがって、もし、月(つき)の上(うえ)を歩き(ある )ながら地球(ちきゅう)を見る(み )と、月(つき)よりも四倍(ばい)大きい(おお  )、青く(あお )美しい(うつく  )地球(ちきゅう)がついてきます。月(つき)と地球(ちきゅう)のツキあいは、遠く(とお )ても深い(ふか )ものなのです。

「ねえ、どうしてついてくるの?」
「だって、ツキだから。」
「では、もし太陽(たいよう)だったら?」
「やっぱり、ついて行き(   い )タイヨウ。」
「甘えん坊(あま  ぼう)なんだね。」
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 言葉(ことば)の森(もり)長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(α)
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a 長文 12.3週 00u
山(やま)んばのにしき3
 1そこで、いろりの火(ひ)をどんどんもやし、でっかいなべにくまのすまし汁(   じる)こさえ、もちいれて食っ(く )た。まず、そのうまいこと、ばんばは、腹いっぱい(はら    )になったと。
2「やれ、ごちそうだったこと。そんではおら、これで村(むら)へかえらしてもらうから。」
 ばんばがそういうと、山(やま)んばは、
「なに、そんなにいそぐことはねえ。ここにはてつだいもいねし、二十一日(にち)ほどてつだっていってくれや。」
といった。
 3しかたなくあきらめて、あかざばんばは、水(みず)くんだり、山(やま)んばの足(あし)もんだり、きょう食わ(く )れるか、あすこそ食わ(く )れるかとおもいながら、はやいもので二十一日(にち)たってしまった。
 4そこで、ばんばはおそるおそる、
「家(いえ)でもしんぱいしてるべから、かえりたいども。」
というと、
「なんとやっかいかけたな。家(いえ)のつごうもあるべから、かえってくれ。なんの礼(れい)もできんが、にしきを一ぴきくれてやる。5これは、なんぼつかっても、つぎの日(ひ)には、またもとどおりになっている、ふしぎなにしきだ。村(むら)の人(ひと)たちには、なんにもねえどもだれもかぜひとつひかねよに、まめでくらすよに、おれのほうで気(き)をつけてやるでえ。」
6山(やま)んばは、そういうと、がらに、
「がら、がら、ばんばをおぶっていってやれ。」
といいつけた。
「なに、おら、あるいてかえるから。とんでもねえ、おぶさるなんて。」
 7ばんばは、あわてて手(て)をふったが、がらはすっとんできて、ばんばを、ひょいとせなかへのせ、
「目(め)え、ふさいでれ。」
といったかとおもうと、耳(みみ)のあたりにすうすう風(かぜ)がふいていく。
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8とんと、地面(じめん)におろされて、目(め)をあけてみれば、そこはなんと、ばんばの家(いえ)のまえであった。
「がら、がら、よってやすんでいけ。」
といったときには、もう、がらのすがたはなかった。
 9ばんばが家(いえ)の中(なか)へはいろうとすると、
 なんまんだあ なんまんだあ
 なんまんだあ なんまんだあ
と、お経(きょう)をあげる声(こえ)がする。それにまじって、おうえ、おうえ泣く(な )声(こえ)もして、どうやら、だれかが死ん(し )だようだ。0ばんばはたまげて、
「だれか死ん(し )だかやえ。」
とはいっていった。すると、
「ひえ、ゆうれいだ。たましいがかえってきたど。」
と、あつまっていた村(むら)じゅうのもんが、目(め)えむいたり、ひっくりかえったり、でかさわぎになった。
「ゆうれいなものか。おらだ、あかざばんばがいまもどったど。」
「ほんとか、ほんとにばんばは、生き(い )ているだか。」
 村(むら)の衆(しゅう)は、泣い(な )てよろこんだと。
 そこで、ばんばは、
「さあさあ、山(やま)んばのにしきをやるべ。」
と、村(むら)じゅうに山(やま)んばのにしきを、きってはわけ、きってはわけ、じぶんの手もと(て  )には、ほんのすこししかのこさなかったと。しかし、つぎの日(ひ)になってみると、ばんばの手(て)にのこったにしきは、もとどおりになっていたそうな。
 村(むら)の人(ひと)たちは、みたこともないにしきを、ふくろにしてさげたり、はんてんにしたり、おおよろこびで家(いえ)の宝(たから)にしたと。
 そして、それからというもの、村(むら)の人(ひと)たちは、かぜもひかず、みんな、らくにくらしたということだ。
 とっぴんぱらりのぷう
 
「日本(にっぽん)のむかし話(   ばなし)1(松谷(まつたに)みよ子(  こ))講談社(こうだんしゃ)青(あお)い鳥(とり)文庫(ぶんこ)」
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a 長文 12.4週 00u
 暑かっ(あつ  )た夏(なつ)も終わり(お  )に近づき(ちか  )、涼しい(すず  )風(かぜ)が吹き(ふ )始める(はじ  )ころ、夜(よる)になると虫(むし)たちの声(こえ)が聞こえ(き  )てきます。そんな虫(むし)たちの鳴き声(な ごえ)は、秋(あき)の到来(とうらい)を知らせ(し  )てくれます。
 生まれつき(う    )日本語(にほんご)を使っ(つか )ている人(ひと)は、自然(しぜん)の音(おと)を左脳(さのう)で聞き(き )ます。左脳(さのう)は言葉(ことば)を理解(りかい)する脳(のう)ですから、虫(むし)の音(おと)も声(こえ)のように聴こえ(き  )ます。これに対して( たい  )、英語(えいご)など欧米(おうべい)の言葉(ことば)を使っ(つか )ている人(ひと)は、自然(しぜん)の音(おと)を右脳(うのう)で聞き(き )ます。右脳(うのう)は音楽(おんがく)を感じる(かん  )脳(のう)ですから、虫(むし)の音(おと)は雑音(ざつおん)にしか聴こえ(き  )ないそうです。
 コオロギ、キリギリス、スズムシ、マツムシ、ウマオイ、カンタン、クツワムシなど、秋(あき)に鳴く(な )虫(むし)にはいろいろな種類(しゅるい)がいますが、大きく(おお  )分ける(わ  )とコオロギ類(るい)とキリギリス類(るい)に分け(わ )られます。上(うえ)から見(み)て、右羽(みぎばね)を上(うえ)にして鳴く(な )のがコオロギ類(るい)、左羽(ひだりばね)を上(うえ)にして鳴く(な )のがキリギリス類(るい)です。「右(みぎ)」という漢字(かんじ)の左(ひだり)半分(はんぶん)を消す(け )とコオロギの「コ」という字(じ)に、「左(ひだり)」という字(じ)の左(ひだり)半分(はんぶん)を消し(け )て、たての棒(ぼう)を少し(すこ )伸ばす(の  )とキリギリスの「キ」という字(じ)になります。これが覚え(おぼ )方(かた)です。
 コオロギ類(るい)には、コオロギ科(か)やカネタタキ科(か)の虫(むし)がいます。キリギリス類(るい)には、クサキリ、クツワムシ、ウマオイなど、たくさんの虫(むし)がいます。どちらの種類(しゅるい)も、鳴き(な )羽(ばね)を持っ(も )ているのはオスだけです。なぜなら、虫(むし)が鳴く(な )のはメスを呼ぶ(よ )ためだからです。また、自分(じぶん)の縄張り(なわば )を他(た)のオスに知ら(し )せるために鳴く(な )こともあります。
 コオロギは、「コロコロ」と鳴い(な )たり、「リーンリーン」と鳴い(な )たりします。スズムシは、その名(な)のとおり鈴(すず)のように、「リンリン」と鳴き(な )ます。「ガチャガチャ」とうるさく鳴く(な )のはクツワムシ。まるでスイッチがオンになったように「スイッチョン」と鳴き(な )始める(はじ  )のはウマオイ。「リーリーリーリー」と簡単(かんたん)な鳴き(な )方(かた)をするのはカンタンです。いろいろな音色(ねいろ)を楽しむ(たの  )ことができる秋(あき)の夜(よ)の草原(くさはら)は、まさに地球(ちきゅう)のコンサート会場(かいじょう)です。
 言葉(ことば)の森(もり)長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(Λ)
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