a 長文 4.1週 ha2
 1こうしてこれまでに人間は、平和のための備えをし、平和のためと称する(しょう  )戦争を始め、いつしかそれが人間から平和を奪う(うば )ただの戦争になっていた、という経験をしばしばしてきました。2備えをすることが全く不要だとは言えないでしょうが、平和というものが相手のある問題、他者との関係である以上、備えさえあれば平和でいられるという単純(たんじゅん)なものではないことも、次第に明らかになってきたのです。
 3加えて、平和についての思索(しさく)が進むにつれ、こういう別の問題も意識されるようになります。すなわち、戦争さえなければそれで平和と言えるか――。
 たとえば、多くの人々が極度の貧困(ひんこん)にさいなまれ、飢え(う )に苦しんでいるような社会は平和だろうか。4また、人種や性による差別が根強く残り、女児の就学(しゅうがく)率が男児のそれよりもいちじるしく低いような社会は平和だろうか。あるいは、字が読めないばかりに十分な社会参加ができず、自分たちが不利益をこうむっていることさえ気づかない人がたくさんいる社会は平和か。そういう問題です。
 5一九六〇年代も終わる頃(ころ)、それらもまた暴力と呼ぶ(よ )べきだ、と主張する学者が現れました。ノルウェーのヨハン・ガルトゥンクという人です。6いま述べたさまざまな問題は、誰(だれ)かが誰か(だれ )を殴っ(なぐ )たり殺したりするという意味での暴力ではないが、みずから望んだわけではない不利益をこうむる人は確実にいるのだから、それもまた別のかたちの暴力と呼ぶ(よ )べきだという考え方で、その種の「暴力」に「構造的暴力」という名前をつけました。7これに対し、人を殴っ(なぐ )たり殺したりするような種類の暴力を「直接的暴力」と呼び(よ )ます。
 「構造的」という言葉づかいはあまりなじみのないものかもしれませんが、おおよそ次のような意味です。たとえば、一つの社会の中で、一方には巨額(きょがく)の富を占め(し )、飽食(ほうしょく)している人がいる。8もう一方にはいくら働いても十分な収入(しゅうにゅう)が得られず、あるいは職さえも得られず、十分な食糧(しょくりょう)さえ得られない人がいる。それが当人たちの能力ややる気の問題ではなく、富の配分の仕組みが不適切であることの結果であるとしたなら、また、特定の人種や性が原因でなかば自動的に貧困(ひんこん)や飢餓(きが)の中に閉じ込め(と こ )られているとしたなら9―
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―それは社会構造が原因で生み出されている暴力と呼ぶ(よ )ほかないのではないか。富める人々が貧しい人々を殴りつけ(なぐ   )て飢え(う )させているのではなく、したがって加害者は特定できないが、社会構造の被害(ひがい)者はいるという意味での「暴力」なのではないか。0
 この構造的暴力論(ろん)は、それまでの平和論(ろん)の見落としていた点を浮き彫り(う ぼ )にし、新たな地平を開くものでした。それまでは「戦争のないこと」が「平和」だとされていたのに対し、戦争がなくとも「平和ならざる状態」はある、という視点(してん)を理論(りろん)化するものだったからです。その背後(はいご)には、平和とは何より社会正義の問題なのではないか、という問題意識があります。人間が自分の責任によらないことで差別され、排除(はいじょ)され、悲しみ、傷つく(きず  )のは平和とは言えないのではないか、という問題意識です。
 平和研究の課題は一挙に広がりました。戦争や武力紛争(ふんそう)や軍拡(ぐんかく)が主題だった(少なくともそう信じられていた)のに対し、貧困(ひんこん)や開発や人権(じんけん)や平等といった、いわば非軍事的な社会問題に関心を広げていったのです。いまでも平和研究といいますと戦争や軍拡(ぐんかく)の研究ですねと言う方が少なくありませんが、けっしてそうではありません。それ以外の問題に対する関心も高く、その中にはジェンダーとか環境(かんきょう)とかいった、今日的な問題も含ま(ふく )れます。それは単に「研究対象を広げた」ということではありません。暴力の意味が変わり、平和の意味が変わったからそれらの問題が必然的に平和研究に入り込ん(はい こ )できた、ということなのです。

(最上敏樹(としき)『いま平和とは』)
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a 長文 4.2週 ha2
 1最近、諸(しょ)外国とくにアメリカとの貿易摩擦(まさつ)が国民の大きな関心を集めている。第二次世界大戦の敗戦国としてほとんど無の状態から出発した我が国(わ くに)の諸(しょ)産業が著しい(いちじる  )発展(はってん)をとげた結果、いまや経済(けいざい)大国として世界の注目を集めているのはまぎれもない事実である。2ところが、日本と同じように、戦後めざましい経済(けいざい)発展(はってん)をとげた西ドイツも自動車産業をはじめ、世界のトップレベルの工業力を持つ、有数の黒字国であるが、我が国(わ くに)ほどの貿易摩擦(まさつ)をおこしているということはあまり聞かない。
 3我が国(わ くに)の商社マンは、語学力に優れ(すぐ )、相手国の政治や経済(けいざい)に精通している有能な人ばかりである。彼ら(かれ )の働きで、日本製品は、どんどん海外に進出できたわけである。しかし、商品を大量に売りさばいてさえいればはたして事足りるのであろうか。
 4昨年の秋、私(わたし)の友人の画家がニューヨークで個展(こてん)を開いた。ふとしたことがきっかけであちらの新聞記者と知り合いになって、話がとんとん進み、はるばるかの地での個展(こてん)実現の運びとなったのだという。帰国後の彼(かれ)の話は私(わたし)にはとても興味深かった。5友人は当然のことながら美術に関する深い理解を持っているが、それに加えて能や歌舞伎(かぶき)などの日本の古典芸能にもくわしく、かなりの知識を持っている。そのためにアメリカで実に多くの友人を得ることができたというのである。6彼ら(かれ )は日本の古典を愛し、日本人を通してその文化にふれることを熱心に望んでいるというのである。果たして、我が国(わ くに)の商社マン諸君(しょくん)はこういう外国人の期待にどの程度こたえてきたのだろうか。歌舞伎(かぶき)や能を熱心に鑑賞(かんしょう)し、何かを吸収(きゅうしゅう)しようと食い入るように舞台(ぶたい)を見つめている外国人をよく目にする。7ところが、日本の若者(わかもの)はおおむね我が国(わ くに)の古典芸術には関心がうすいように見受けられる。たとえば、俳句(はいく)はアメリカでは小学校の教科書にもとりいれられているのだが、日本の大学生は、ほとんど見向きもしない。8音楽や、映画(えいが)、演劇(えんげき)などには、多くの若者(わかもの)がかなりの興味を示すのだが、歌舞伎(かぶき)や能などにはそれほど関心をもたない。お茶や、お花を習っているといえば、ヘェーとびっくりされるぐらいのものである。
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 本居宣長(のりなが)という江戸(えど)時代の学者がこんなことをいっている。9我が国(わ くに)の儒者(じゅしゃ)(中国の思想家孔子(こうし)の教えを学び、それを教える人)のうちには、日本のことを聞かれて知らないことは恥じ(は )と思わず、中国のことを聞かれて知らないというのを大変恥ずかしく(は    )思って、ろくすっぽ知らないことまで知ったかぶりをする者がいる。0彼(かれ)はまさに日本人なのだから、日本のことをやらなくていいはずがない。もし中国の人に日本のことを何か聞かれて、自分はあなたの国のことはよく知っているけれど、日本のことはあまり知らないとは、まさかいえないだろう。もし、そんなことをいったら、自分の国のことすら知らない学者が、どうして外国のことを知ろうぞ、といって手を打ってひどく笑うだろう――。
 私(わたし)たちは有能な商人であると共に、自国の伝統に深い理解を持った日本人でなければならないのである。そして外国人と友人どうしのつきあいができるようになれば、現在のような貿易摩擦(まさつ)もかなり少なくなるのではないだろうか。優れ(すぐ )た商社マン諸君(しょくん)のすべてが、同時にりっぱな日本文化の担い手(にな て)であってくれることを願うのである。
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a 長文 4.3週 ha2
 1何年か前、中米奥地(おくち)の調査に出かけた研究チームの報告を読んだ中に、こんなことがありました。調査団は、必要な器機等の持物一式を持って行くためにインディアンのグループをやとった。調査作業の全行程には完璧(かんぺき)な日程表ができていた。2そして初日から四日間はプログラムが予想以上によくはかどった。運搬(うんぱん)役のインディアンたちは屈強(くっきょう)で従順(じゅうじゅん)で、日程どおりにことが進んだのだ。ところが五日目になって、彼ら(かれ )は先へ行く足をぷっつり止めた。3だまって全員で輪になり、地べたに座りこん(すわ   )で、もうてこでも動かない。調査団の人たちは賃金(ちんぎん)アップを提案したがだめだった。しかりつけたり、ついには武器まで持ち出しておどしたりしてみたが、インディアンたちは無言で車座(くるまざ)になったまま動かない。4学者たちはおてあげの状態で、とうとうあきらめた。日程には大幅(おおはば)な遅れ(おく )が生じた。と、とつぜん――二日後のことだった――インディアンたちは同時に全員が立ちあがった。荷物をかつぎあげ、予定の道を前進しだした。賃金(ちんぎん)アップの要求はなかった。5調査団側から改めて命令したのでもなかった。このふしぎな行動は、学者たちにはどうにも説明のつかぬことだった。インディアンたちは、理由を説明する気などまるでないらしく、口をとざしたままだった。ずっと後になって、はじめてひとりが答えをあかした。6「はじめの歩みが速すぎたのでね。」という答えだった。「わたしらのたましいがあとから追いつくのを待っておらねばなりませんでした。」この答えについて、私(わたし)はよく考えこむことがあります。私(わたし)たちは、外的な時間計画=日程をとどこおりなくこなしていきます。7が、内的時間、たましいの時間にたいするこまやかな感情を、とっくに殺してしまいました。私(わたし)たちの個々人にはもはや逃げ道(に みち)がありません。ひとりでワクをはずれるわけにはいきませんから。私(わたし)たち自身がつくってしまったシステムは、厳しい(きび  )競争と殺人的な業績強制の経済(けいざい)原理です。8これをともにしないものは落伍(らくご)します。昨日新しかったことが、今日はもう古いとされる。先を走る者を、はあはあ舌を出しながら追いかける。すでに狂気(きょうき)と化した輪舞(りんぶ)なのてす。だれかがスピードを増せば、ほかのみんなも速くなるしかない。この現象を進歩と名づける私(わたし)たちです。9が、あわただしく走り続ける私(わたし)た
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ちは、はたしていかなる源(みなもと)から遠ざかりゆくのでしょう。私(わたし)たちのたましいからですって? そう私(わたし)たちのたましいは、もうはるか以前に途上(とじょう)に置き捨て(す )られました。それにしてもたましいを捨て子(す ご)にしたことで、肉体が病んでいきます。0だから病院は、ひとびとであふれています。
 もうひとつの答えもひとりのインディアンの女性の口から出ています。ある山の頂上(ちょうじょう)に彼ら(かれ )の村があった。その地方一帯には水源(すいげん)がたった一ヵ所(かしょ)しかなくて、それは山のふもとの井戸(いど)だった。村の女たちは、毎日半時間の坂道をおり、帰りは重い水がめを肩(かた)にして一時間、山をのぼって行く。あるとき、女たちのひとりにたずねた――いっそ村ごと、ふもとの水源(すいげん)近くに移したほうがかしこいのではないかね――。女の答えはこうだった。「かしこい、かもしれませんね。でも、そうしたら私(わたし)たちは、快適さという誘惑(ゆうわく)に負けることになると思います。」
 快適であることがなぜ誘惑(ゆうわく)と呼ば(よ )れるのか。私(わたし)たちが手にした自動車、飛行機、電話、コンピューター、要するにおよそ現代社会を構成するすべてのものは快適な生活のためにつくられたはずです。これらのものはくらしを楽にします。骨(ほね)の折れる仕事から私(わたし)たちを解放し、もっと本質的なことのための時間をめぐんでくれる。そうではなかったでしょうか、私(わたし)たちを解放するんでしょう? そうです、確かに――。ただ何から解放するのでしょう。ひょっとして、まさに本質的なことから、だとしたら、いったいどうなっているんでしょう。私(わたし)には、あのふしぎな言葉を口にしたインディアンの女性のほうが、ほんとうはこの私(わたし)たちのだれよりも、ずっとはるかに解放されて自由なのだ、という思いがつきまとってはなれません。

(ミヒャエル・エンデの文章より)
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a 長文 4.4週 ha2
 1最近の日本にはプロフェッショナルが少ないと思います。いつからか専門(せんもん)家というか、プロフェッショナルが敬遠(けいえん)され始めた。なぜそうなったか分析(ぶんせき)はしていないけれど、結果としてアマチュアがもてはやされる国になってしまった。2何のプロでもない者が、日常感覚でものをいうことが大変重要だというような、そんな価値(かち)観がはびこっています。
 たとえば審議(しんぎ)会などに参加しても、普通(ふつう)の人としかいいようのない委員が堂々と日常感覚の意見を述べる。3その情報はいわゆるマスコミで取り上げられるような程度で、実際のところはどうなっているのか、そのデータを知らないのに、ある限られた情報源(げん)に基づく日常感覚があたかもすべての判断の基準かのようなことを主張する。4またそれがもっともなことのように、マスコミで取り上げられる。最近はそういうことを頻繁(ひんぱん)に見かけます。
 本来、そういう場は、さまざまな分野のプロフェッショナルの意見を聞くところでした。5プロとはあることがらに関する事実がどうなっているのか、少なくともある条件下ではあるにしても、客観的なデータとして把握(はあく)しています。国というものは、プロフェッショナルが運営しなければ危険(きけん)きわまりない。6もっとも、最近の政治家も大衆(たいしゅう)に迎合(げいごう)するばかりですから、その程度のアマチュアの政治家が多いということですが。いまの我が国(わ くに)は、この意味では限りなくアマチュアの国になりつつあると思います。
 7ここでいうアマチュアとは、その主張の根拠(こんきょ)がほとんどマスコミに出ている程度のことにある人のことです。自分の知っている範囲(はんい)のことをすべてだと思い込み(おも こ )、あたかもそれが正論(せいろん)であるかのように、堂々としゃべる。そんな風潮(ふうちょう)が目につきすぎます。
 8結局、そういう人たちには謙虚(けんきょ)さがないということです。実際のところはよく知りませんが、私(わたし)の知っている範囲(はんい)はこうだけど――といういい方をするのが当然なのに、そうではありません。これっぽっちの経験しかないのに、それを拡大(かくだい)して、人類一般(いっぱん)の普遍(ふへん)的な話としてどうのこうのというような議論(ぎろん)までするわけです。9こういう状態を見ていると、この国はどうしようもない国になったなという感じがします。
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 プロフェッショナルがいないということは、いいかえれば、エリートが少なくなったということかもしれません。いい大学に入って、いい会社に入って、というのがエリートという意味ではありません。0自分の頭できちっと考えることができる、しかもその座標軸(ざひょうじく)は古今東西の歴史から、芸術、哲学(てつがく)に通じ、科学に通じる、それがエリートです。このような広い時空スケールの中に自分の尺度(しゃくど)を持ち、したがってすべてのことが判断でき、行動できる。それがエリートです。
 秀才(しゅうさい)と呼ば(よ )れ、大学に残って学者になる人間はいっぱいいます。しかし、現在のいわゆる秀才(しゅうさい)というのは所詮(しょせん)、与え(あた )られた問題が解けるだけの人間です。解くべき問題がつくれない人が、多い。問題がつくれない人はエリートではありません。
 戦後教育は、あえてエリートをつくろうとしなかったともいえます。すべての子どもに、最初から我(が)がある、などという誤っ(あやま )た前提に立ったために、教育と呼べる(よ  )ような教育をしてこなかったのではないでしょうか。だから、当然のことながらエリートは育たなかったのです。

(松井(まつい)孝典(たかのり)『コトの本質』(講談社))
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a 長文 5.1週 ha2
 1僕たち(ぼく  )は人間として生きてゆく途中(とちゅう)で、子供(こども)は子供(こども)なりに、また大人は大人なりに、いろいろ悲しいことや、つらいことや、苦しいことに出会う。もちろん、それは誰(だれ)にとっても、決して望ましいことではない。2しかしこうして悲しいことや、つらいことや、苦しいことに出会うおかげで、僕たち(ぼく  )は、本来人間がどういうものであるか、ということを知るんだ。
 心に感じる苦しみや痛(いた)さだけではない。3からだにじかに感じる痛(いた)さや苦しさというものが、やはり、同じような意味をもっている。健康で、からだになんの故障(こしょう)も感じなければ、僕たち(ぼく  )は、心臓(しんぞう)とか胃とか腸とか、いろいろな内臓(ないぞう)がからだの中にあって、平生大事な役割(やくわり)をつとめていてくれるのに、それをほとんど忘れ(わす )て暮らし(く  )ている。4ところが、からだに故障(こしょう)が出来て、動悸(どうき)がはげしくなるとか、おなかが痛み(いた )出すとかすると、はじめて僕たち(ぼく  )は、自分の内臓(ないぞう)のことを考え、からだに故障(こしょう)の出来たことを知る。5からだに痛み(いた )を感じたり、苦しくなったりするのは故障(こしょう)が出来たからだけれど、逆に、僕たち(ぼく  )がそれに気づくのは、苦痛(くつう)のおかげなのだ。
 6苦痛(くつう)を感じ、それによってからだの故障(こしょう)を知るということは、からだが正常な状態にいないということを、苦痛(くつう)が僕たち(ぼく  )に知らせてくれるということだ。7もし、からだに故障(こしょう)が出来ているのに、なんにも苦痛(くつう)がないとしたら、僕たち(ぼく  )はそのことに気づかないで、場合によっては、命をも失ってしまうかも知れない。だからからだの痛み(いた )は、誰(だれ)だって御免(ごめん)こうむりたいものに相違(そうい)ないけれど、この意味では、僕たち(ぼく  )にとってありがたいもの、なくてはならないものなんだ。8それによって僕たち(ぼく  )は、自分のからだに故障(こしょう)の生じたことを知り、同時にまた、人間のからだが、本来どういう状態にあるのが本当か。そのこともはっきりと知る。
 9同じように、心に感じる苦しみやつらさは人間が人間として正常な状態にいないことから生じて、そのことを僕たち(ぼく  )に知らせてくれるものだ。そして僕たち(ぼく  )は、その苦痛(くつう)のおかげで、人間が本来ど
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ういうものであるべきかということを、しっかりと心に捕らえる(と   )ことが出来る。0

(吉野(よしの)源三郎(げんざぶろう)『君たちはどう生きるか』より)
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a 長文 5.2週 ha2
 1個人が集まって社会を作りあげている。だから、個人をぬきにしては社会はなりたたないし、考えることもできないということにまちがいはありません。2しかし、それは砂粒(さりゅう)が集まって砂山(すなやま)を作り、歯車やネジが集まって機械を作りあげているのと同じでしょうか。あるいは、動物や植物のからだが無数の細胞(さいぼう)からできあがっているのと同じなのでしょうか。3個人とは、社会に対して、砂山(すなやま)を作っている一粒(つぶ)の砂(すな)や、機械の一部分である一つの歯車や、あるいは、生物のからだをつくっている一つの細胞(さいぼう)のようなものにすぎないのでしょうか。――いいえ、そこには、けっして同一に考えられない大きな大きなちがいがあるのです。
 4砂粒(さりゅう)は喜ぶことも悲しむこともありません。歯車は自分から動くことはできず、ただ動かされるままに動くだけです。そして細胞(さいぼう)は生きてはいても、自分で考えたり自分で目的をさだめたりすることはありません。5ところが、ひとりひとりの人間は、喜んだり悲しんだりする心の持ち主です。また、自分から動きだして、ほかのものを動かしてゆく力の持ち主です。6自分の選んだ目的に向かって、自分の意志で行動してゆく能力の持ち主です。石も砂(すな)も、草も木も、人間以外のものはすべて、自分で自分のありかたや行動を選ぶことができないのに、ただ人間だけがそれをやれるのです。7それが人間の自由というものであって、しかもひとりひとりの人間が、いや、ひとりひとりの人間だけが、この能力を持っているのです。8――社会が個人の集まりからできているということは、ほかでもない、このような能力の持ち主の集まりだということです。そして、個人にくらべてどんなに大きくとも、社会がこの能力を持っているというのではありません。9社会全体の動き、あの大波のようにゆれ動き、大河のように流れてゆく動きというものも、このような能力を持った個人個人の動きが、あるいはぶつかりあい、あるいは結びつき、あるいはからみあって生じてくるものなのです。0

(吉野(よしの)源三郎(げんざぶろう)『人間の尊(とうと)さを守ろう』より)
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a 長文 5.3週 ha2
 1赤字その他の理由で姿(すがた)を消した鉄道線路は、これまで数多くあるが、私(わたし)が夢の中でもいいからもう一度乗りたいと願っているものに岡山(おかやま)県の小私鉄(してつ)、西大寺鉄道がある。
 岡山(おかやま)市の有名な後楽園のそばから西へ向かって、お寺の門前町、西大寺まで、たった一一・四キロ。2左右の線路の間隔(かんかく)は九一センチ四ミリという日本ではめずらしい狭軌(きょうき)である。明治十四年開業当時は西大寺軌道(きどう)と名乗っていたが、大正三年以来鉄道となり、戦後両備バス会社と合併(がっぺい)、昭和三十七年鉄道線が廃止(はいし)となった。3私(わたし)が乗ったのは戦後のことで、もう蒸気(じょうき)機関車はいなくてディーゼル車であった。後楽園を出て間もなく、百けん川を横切るのだが、ここがおもしろいのだ。
 百けん川は岡山(おかやま)市内を流れる旭川(あさひかわ)の放水路であって、ふだんは左右の堤防(ていぼう)にはさまれた広い河川敷(かせんじき)には水は全然流れていない。4ほとんどが畑として利用されている。上流で大雨が降り(ふ )、市内に洪水(こうずい)の危険(きけん)がせまったときだけ、こちらに水を流すのである。平常は何の役にも立たぬ余計者のように見え、非常の時だけその真価が認め(みと )られる。5普通(ふつう)、鉄道が川を横切る時は、堤防(ていぼう)の高さまで上がり、橋で川を渡る(わた )。JRの山陽本線も新幹線も、もちろんこのようにして百けん川を渡っ(わた )ている。ところが西大寺鉄道はちがう。堤防(ていぼう)の一部を切りとり、河原にじかに線路をしいているのだ。
 6めったに水の流れない川に橋をかけるのは、金のむだづかいである。非常の際には切りとった土手を頑丈(がんじょう)な扉(とびら)でふさげばよい。線路の一部は流されるかもしれないが、水が引いた後またしき直せばよい。バカな、と笑う人もいよう。7私(わたし)も最初のうち、なんてみみっちい、と笑っていたが、次第に考えが変わってきた。
 鉄道建設は確かに人間のちえである科学技術による自然の征服(せいふく)、おさえこみである。技術が進めば進むほどそのおさえこみ方が強引になってきた。8かつては自然の障害(しょうがい)物(例えば高い山や深い谷)があれば、線路の方がまわり道をしたり、坂で上り下りして――つまり、自然との妥協(だきょう)によって問題を解決していたのだが、それ
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で満足できなくなってきた。
 9山があれば切り通しやトンネルで、谷があれば土手や橋を造ってごりおしに突進(とっしん)するのが技術の進歩、人知の自然に対する勝利と見なされる。明治以来新幹線に至る(いた )鉄道の歴史がそれを物語っている。しかし、その勝利のかげでどれほどの自然が、生きもの(人間をふくむ)が犠牲(ぎせい)になってきたことか。0
 私(わたし)が西大寺鉄道に脱帽(だつぼう)したのは、自然に対して実に合理的に、しかも謙虚(けんきょ)に対応していたからだ。むだな金や力を使って自然の力をねじふせるのではなく、自然とうまく折り合いをつけ、だましだまし共存(きょうぞん)しようという姿勢(しせい)に対してである。

(小池滋(しげる)『西大寺鉄道の知恵(ちえ)』より)
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a 長文 5.4週 ha2
 1メダカは長さが三、四センチしかない小さな魚で、私(わたし)たちが子どものころはほんとうにどこにでもいました。あまりにありふれていたので、フナやコイなどとくらべると、子どもにとってあまり魅力(みりょく)のない、雑魚の代表のような魚でした。
 2ところが、このメダカがなんと「絶滅(ぜつめつ)危惧(きぐ)種」として絶滅(ぜつめつ)を心配されているというニュースが流れたのです。一九九九年のことです。子どものころ魚とりに熱中したことのある、私(わたし)たちの世代にはとても信じられないことでした。3減ったことは事実かもしれない、でもメダカにかぎって絶滅(ぜつめつ)ということは考えられない、というのが実感でした。しかし、これはどうやら信じなければならない事実のようです。じつに悲しいことです。その背景(はいけい)にはつぎのようなことがありました。
 4かつて田んぼは用水路で水を引いていました。その用水路は田んぼとほぼ同じ高さにあり、微妙(びみょう)な高さの違い(ちが )を利用して水の入り口と出口がつくられていました。ひとつの田んぼから出た水がとなりの田んぼに入る、という構造になっているものもありました。5そのような用水路は地形に応じて曲がっており、深さも一定でないので、水の流れにも微妙(びみょう)に違い(ちが )があり、それに応じて違う(ちが )植物が生えていました。昔の子どもが夢中で魚とりをしたのは、このような用水路でした。6秋になって田んぼから水が抜か(ぬ )れても用水路には水が残っており、くぼみが「魚だまり」となって魚が生きていたのです。
 ところが、一九六〇年代からはじまった農業基本整備事業によって、自然の地形に応じてつくられていた田んぼに大きな変化が生じました。7かつて人力で営々と築かれてきた田んぼは、大規模(きぼ)な土木工事によって完全につくりかえられてしまったのです。田んぼの水が管理しやすいように、用水路はU字管というコンクリートの管にされました。断面の形がU字型なのでこう呼ば(よ )れます。8U字管の機能は水田に水を運ぶことですから、それ以外のものは必要ありません。その結果、水を流すときは洪水(こうずい)のように大量の水が勢いよく流れます。
 魚が隠れる(かく  )ところもなければ、カエルが卵(たまご)を産むところもありません。9用水路は田んぼから効率的に排水(はいすい)するために、水田との
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高さの差が大きくなるようにつくられました。このため、水を抜く(ぬ )と田んぼは完全に干上がり(ひあ  )ます。U字管には魚だまりはありませんから、土の中にもぐって生きるドジョウや小さなメダカも生き延びる(い の  )ことはできません。0その結果、夏の「洪水(こうずい)」と冬の「砂漠(さばく)」がくりかえされることになります。これでは生きていける動物はいません。
 ところが、小動物に対する仕打ちはこれにとどまりませんでした。ちまちました小さな田んぼは農作業の効率が悪いことは確かです。そこで「暗渠排水(あんきょはいすい)」といって、田んぼの地中に管を埋め(う )、水を集めて排水(はいすい)することがすすめられたのです。こうすれば水路に使った土地も使えるし、細かなデコボコをなくすことができると考えたのです。こうなると動物には生活する場所がまったくなくなってしまいます。こうして、メダカに代表される無数の小さな生きものたちは、田んぼから姿(すがた)を消していったのです。
 日本の農業は稲作(いなさく)が中心ですが、それは米を巨大(きょだい)なポットのようなところで効率的につくることだけではありませんでした。毎日の営みの中で米づくりを中心におきながらも、家畜(かちく)を飼い、裏山(うらやま)から肥料となる枯れ葉(か は)を集め、ときどきドジョウやフナをとるなど、じつにさまざまな営みの中でおこなわれたものでした。また、田植えのときには若い(わか )女性が晴れ着を着て早苗(さなえ)を植え、近所の人が助けあって田植えや稲刈り(いねか )をするという社会の営みでもありました。そして先祖から引き継い(ひ つ )だ土地に祈り(いの )をささげ、収穫(しゅうかく)物に感謝をささげるという心に支えられたものだったはずです。それは工場で米という名の製品をつくるのとはほど遠い営みでした。
 しかし、この土木工事はそのようなことをすべて無視(むし)したものでした。そのことの意味の深さを私(わたし)たちは考えつづけなければならないと思います。

(高槻(たかつき)成紀『野生動物と共存(きょうぞん)できるか――保全生態学入門』(岩波ジュニア新書))
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a 長文 6.1週 ha2
 1「話に花が咲く(さ )」とはだれがいちばん初めにいい出したのか知りませんが、なんといい形容だろうと思います。これがなければ、世の中の花のいくつかの種類が消失するようなものです。
 しかし、あらためて考えてみると、話に花を咲かせる(さ   )には、それなりの水やりならぬ気の配りが欠かせないように思えます。
 2いつだったか、テレビで、俳優(はいゆう)のKさんを中心に、噺家(はなしか)さんやタレントさんが、ひとときの座談(ざだん)や歌を楽しむ、といった番組をみていたら、終わり近くなってKさんがこんなことを言ったのが印象に残りました。3きょう、ぼくは都々逸(どどいつ)(江戸(えど)時代にはやった歌)などいくつかやらしてもらったけど、ここにいるみんなは、たいていその文句を知っているものばかりだっただろう。しかし、初めて聞くような顔をして、聞き入ってくれ、拍手(はくしゅ)をしてくれた。ありがとう、と。
 4自分が知っていることというのは、なかなか自分のなかにしまっておけないものです。友人と会って、雑談のとき、仕入れたばかりのニュースを口にし、とくとくとして説明しようとしたら、相手はこちらよりもっとそのニュースにくわしかった、なんていうとき、全くがっかりした気分を味わうものです。
 5知っていることというのは、とにかくだまっていられないものです。あるとき、つり好きの女性に出会ったことがあります。始めて三年目くらい、熱の入れ方がピークに達する時期です。私(わたし)はもっと年季が入っている。6そこで二人でつり談義がえんえんと続くことになった。かなり話がはずんだころ、その人がこんなことをいいました。「ほんと、つりの話をするときって、もう自分がしゃべりたくって、人の話なんて耳に入らないのよね。7そうだ、こんどはあの話をしようって、てぐすねひいて待っているの。相手の話が終わるや否や(いな )、待ってましたとばかり、ぱっと割り(わ )こんで、なんていうふうでしょう? あはは。」8「あははは、ほんとにそうだね、それでぼく、いつだったか小笠原(おがさわら)の父島に行ったとき、カヌーに船外機を取りつけたやつで、オキザワラの引きつりをやったんだけど、サメがうようよいてね……」
 と、さっそく話をとったりしたのでした。
 9話に花が咲く(さ )というより、花が咲き(さ )競うという感じで。ですが、つり好き同士の話のときは、どうしても、そんなふうになる
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し、また逃がし(に  )た魚ばかりでなく、つり上げた魚の大きさも尾ひれ(お  )がついて大きくなり、数もサバを読むことが、暗黙(あんもく)の了解(りょうかい)事項(じこう)となっているのを感じます。0
 ここでまた、Kさんの話にもどるわけですが、話に花を咲かせる(さ   )ためには、それぞれが聞き上手にならなければなりません。話し上手というのは、聞き上手ということでもあります。ことばを変えていえば、思いやりです。思いやりというのは、わたしは、想像力の問題だと思っています。相手の立場に立ってみる、その想像力があるかないかでしょう。
 いつもいつも、自分が知っていることをロに出すなというのではありませんが、雑談に花が咲い(さ )ているときくらい、相手に花を持たせ、自分も持たせてもらう、それでこそ、お互い( たが )の言葉はお互い( たが )の心にとどくのだと思います。
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a 長文 6.2週 ha2
 1本とはふしぎな王国だ。そこにはこの世のあらゆるものごとが生きながらにとじこめられている。
 本たちはおとなしい。白い紙の上につつましくくりひろげられた黒い文字の織りなすレース。2そのとばりのかげに数々の驚異(きょうい)をひそめながら、彼ら(かれ )はあくまでも沈黙(ちんもく)のうちにやすろうている。ページをひらき、この文字という暗号を読み解かないかぎり、すべてはひっそりと眠っ(ねむ )たままだ。
 3ときどきふっと、こんなふうに思うことがある。字というものをおぼえてこのかたこの年までに、本のなかで出会った人々の数ははたしてどれくらいだろうか、と。何百人、いや何千人にも及ぶ(およ )だろうか。4その数は、もしかすると現実に生身のわたしが知り合った人の数をはるかに上回るかもしれない。わたしのまずしい行動半径ではおよそ考えられないような出会いも、本の王国では、たしかになしとげられたのであるから。
 5現実の人間がそうであるように、本のなかの人々も、会ったひとすべてがそのまま友達になれるわけではない。会うそばからわすれてしまうこともあり、目のまえをただ通りすぎていっただけでそれっきり思い出さない場合もあるだろう。
 6それでも、長年のうちには、そうした本のなかの住人のいく人かと、生身の友人にもまさるとも劣ら(おと )ぬ友情をむすぶことができた。一目ぼれでぞっこんまいってしまった相手もあれば、はじめは反発しながらも奇妙(きみょう)に心にこびりついて、いつしか忘れ(わす )られない人物になっていった人もある。
 7本がもたらしてくれた友人は、何も作中人物ばかりとはかぎらない。たいていの本にはその生みの親である作者がいて、その人々との交流もまた楽しいものだ。8作品自体はそれほど成功していなくても、また文学書以外の実用書や科学書でも、それを書かずにいられなかった作者や著者(ちょしゃ)のよろこびや痛み(いた )、その一冊(さつ)にたくした夢や、時にはその人間的弱味までが生き生きと、たくまずして伝わってきて、思いがけない親しみのきっかけになったりもする。
 9本のなかの子供(こども)――。作者という存在(そんざい)を考えるとき、本のなかの人々はすべてその作者の血をわけた生みの子であり、また本そのものが彼ら(かれ )の子供(こども)だということもできよう。0

(矢川澄子(すみこ)の文章より)
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a 長文 6.3週 ha2
 1私(わたし)たちは、日本も外国もみんなおなじようだと思いがちです。そこで、治水のためにはダムを作り、雨をためこみ、そして洪水(こうずい)をなくそうと考えるでしょう。そういう考えによって、エジプトを流れるナイル川をせきとめ、年々の洪水(こうずい)をとめて、下流の農業地域(ちいき)に水利をきりひらき、肥沃(ひよく)な農村にしようという計画が生まれました。
 2ダムには発電所を作り、電気をおこして肥料会社をつくる。その肥料で農地を豊かにしよう。こういう計画がナイルの川をせきとめてつくったアスワン・ハイ・ダムです。
 しかし、これと同じような計画が、すでに、一九〇二年にアスワン・ロー・ダムとしてイギリスによっておこなわれていたのです。3規模(きぼ)は小さいのです。しかし、それによって、年々のナイルの洪水(こうずい)はとまったかに思えました。だが、その結果なにがおこったでしょう。
 エジプトは、非常に暑い熱帯地域(ちいき)にある国です。そこは、暑さゆえに、たえず地中の水が蒸発(じょうはつ)していく土地なのです。4そういう土地では、塩分が地表にどんどんすいあげられていきます。
 エジプトでは、洪水(こうずい)がなくなったために、塩分が、どんどん地表に集まりだしたのです。昔ならば、一年一度の洪水(こうずい)が、この塩をとかして流してくれました。5それがなくなったのです。その結果、塩が地表にたまってしまいます。加えて、洪水(こうずい)のために上流から流れてきた有機物――あのアフリカの密林(みつりん)から流れでる豊富な有機質が昔は洪水(こうずい)とともに畑にまかれ、肥料となったものが流れてこなくなってしまったのです。
 6こうして、有機質をたくさん必要とする熱帯のはげしい自然条件のもとでは、有機質が急速に不足しだして、作物の収穫(しゅうかく)はへりだしました。
 おまけに塩分の問題です。この結果、五、六年たつと、畑の収穫(しゅうかく)量は落ちだし、十年ののちには、畑をすててよそに逃げる(に  )ということがおこったのです。7このためエジプトの砂漠(さばく)は逆に拡大(かくだい)してしまいました。
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 豊かな農地をつくろう、洪水(こうずい)から農民をまもろうという温帯の人の親切な心が、じつはエジプトの農民から農地をうばったのです。
 8風土の違い(ちが )、それを無視(むし)して自分たちも相手も同じだという具合に考えると、こうしたことがおきてしまうのです。日本は、外国との仕事上のつきあいがますます多くなりました。みなさんが大きくなる時代には、さらに盛ん(さか )になるでしょう。9そうしたとき、自分たちの国の通念で相手を割り(わ )きって考えると、このエジプトのダムのように、思わぬあやまちをおかしてしまいます。その意味では、私(わたし)たちの時代より、皆さん(みな  )の生きる時代のほうが、むずかしいということができます。0

(伊東(いとう)光晴『君たちの生きる社会』より)
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a 長文 6.4週 ha2
 1小学生のとき、夢中になって『ファーブル昆虫(こんちゅう)記』を読んだ。理科よりも国語、算数よりも社会が好きだった私(わたし)は、はじめこの本のタイトルを見て、敬遠(けいえん)していた。
 「おもしろいわよ。たまには、こういうのも読んでみたら?」
 物語にばかり偏る(かたよ )私(わたし)に、勧め(すす )てくれたのは母だった。
 2朝顔の観察とか、蟻(あり)の巣づくりを調べるとかいうことは、好きなほうではなかった。たぶん、そんなようなことが、たくさん書いてある本だろうと思っていた。そして実際に読んでみると、たしかに内容は、そんなようなことである。3にもかかわらず、ぐいぐい引き込ま(ひ こ )れていった。勧め(すす )た母親のほうがあきれるくらい、寝(ね)ても覚めても『ファーブル昆虫(こんちゅう)記』、という感じだった。
 それでは、私(わたし)はファーブルによって、昆虫(こんちゅう)への理科的な興味を開眼させられた、といっていいだろうか?
 4ちょっと違う(ちが )ような気がする。それまで夢中になった本と同じように、私(わたし)はそこに「物語」を読んでいたのだ。
 登場する昆虫(こんちゅう)たちは、ユニークで頭がよくて愛嬌(あいきょう)のある主人公。彼ら(かれ )のくりひろげる「生きる」という物語にすっかり魅せ(み )られてしまった。
 5『ファーブル昆虫(こんちゅう)記』の素晴らしさは、ここにあるのだと思う。自然のなかに隠さ(かく )れている、楽しくて不思議でときには厳しい(きび  )物語の数々を、現在進行形でファーブルとともに発見してゆく喜び。『オズの魔法使い(まほうつか )』や『不思議の国のアリス』を読んでいるときにも似たような興奮(こうふん)が、そこにはあった。
 6なかでも印象に残っておもしろかったのは「ふんころがし」すなわち「オオタマオシコガネ」の章である。今回あらためて読みかえしてみて、この虫を描く(えが )ときのファーブルの筆には、ひときわ愛情がこもっているように感じられた。子ども心にもそれが伝わったのだろうか。
 7自然の恵み(めぐ )を受けることと、自然と戦うことが、表裏一体(ひょうりいったい)となって紡が(つむ )れるドラマ。西洋ナシの形をしたお団子のなかで生きる
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幼虫(ようちゅう)の話は、何度読んでも飽き(あ )ないものである。虫の持つ知恵(ちえ)への驚き(おどろ )も、もっとも大きい章だった。
 8ところで、昆虫(こんちゅう)というと、最近ちょっと気になる報道があった。
 昆虫(こんちゅう)採集は自然破壊(はかい)につながるのでやめようという意見があるという。子どもにも自然を大切にする心を教えなければ、と。
 一瞬(いっしゅん)、なるほどと思いかけて、いやいや待てよ、と思った。9蝉(せみ)を採ったり甲虫(かぶとむし)をつかまえることは、自然と親しむことにこそなれ、自然を破壊(はかい)することにはならないのではないだろうか。むしろ、そういう体験をすることなしに大人になってしまうことのほうが、こわいような気がする。0
 貴重(きちょう)な高山植物や珍(ちん)種の蝶(ちょう)を採ることはもちろん規制されてしかるべきだろう。が、そういう特殊(とくしゅ)な例を除け(のぞ )ば、昆虫(こんちゅう)採集の禁止は、それこそ近視眼(きんしがん)的な発想ではないかと思う。子どもが採集するぐらいで、蝉(せみ)や昆虫(こんちゅう)は絶滅(ぜつめつ)したりはしない。山を切り崩し(き くず )たり、ゴルフ場を造ったりするほうがよっぽど虫たちを脅かす(おびや  )ことになるだろう。
 そんな愚行(ぐこう)から虫たちを守ろうと、将来(しょうらい)発想することができるのは、どんな育ちかたをした子どもだろうか。蝉(せみ)も甲虫(かぶとむし)も見たことがない、というのでは、はなはだ心もとない。
 ファーブルも、さまざまな実験の途中(とちゅう)では、多くの虫たちを死なせてしまっている。蝉(せみ)をフライにして食べちゃったりもする。が、ファーブルが心から虫を愛していた人であることはいうまでもない。昆虫(こんちゅう)採集禁止をとなえる人は、ファーブルの行為(こうい)もまた残酷(ざんこく)だというのだろうか。
 愛情は、なにもないところからは生まれない。まず「知る」ことが、愛情のめばえのスタートだ。

(俵万智(まち)「二十一世紀の子どもたちへ」(『世界文学の玉手箱四 昆虫(こんちゅう)記 下』(解説)(河出書房新社(かわでしょぼうしんしゃ))所収(しょしゅう))より)
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