1「話に花が咲く」とはだれがいちばん初めにいい出したのか知りませんが、なんといい形容だろうと思います。これがなければ、世の中の花のいくつかの種類が消失するようなものです。
しかし、あらためて考えてみると、話に花を咲かせるには、それなりの水やりならぬ気の配りが欠かせないように思えます。
2いつだったか、テレビで、俳優のKさんを中心に、噺家さんやタレントさんが、ひとときの座談や歌を楽しむ、といった番組をみていたら、終わり近くなってKさんがこんなことを言ったのが印象に残りました。3きょう、ぼくは都々逸(江戸時代にはやった歌)などいくつかやらしてもらったけど、ここにいるみんなは、たいていその文句を知っているものばかりだっただろう。しかし、初めて聞くような顔をして、聞き入ってくれ、拍手をしてくれた。ありがとう、と。
4自分が知っていることというのは、なかなか自分のなかにしまっておけないものです。友人と会って、雑談のとき、仕入れたばかりのニュースを口にし、とくとくとして説明しようとしたら、相手はこちらよりもっとそのニュースにくわしかった、なんていうとき、全くがっかりした気分を味わうものです。
5知っていることというのは、とにかくだまっていられないものです。あるとき、つり好きの女性に出会ったことがあります。始めて三年目くらい、熱の入れ方がピークに達する時期です。私はもっと年季が入っている。6そこで二人でつり談義がえんえんと続くことになった。かなり話がはずんだころ、その人がこんなことをいいました。「ほんと、つりの話をするときって、もう自分がしゃべりたくって、人の話なんて耳に入らないのよね。7そうだ、こんどはあの話をしようって、てぐすねひいて待っているの。相手の話が終わるや否や、待ってましたとばかり、ぱっと割りこんで、なんていうふうでしょう? あはは。」8「あははは、ほんとにそうだね、それでぼく、いつだったか小笠原の父島に行ったとき、カヌーに船外機を取りつけたやつで、オキザワラの引きつりをやったんだけど、サメがうようよいてね……」
と、さっそく話をとったりしたのでした。
9話に花が咲くというより、花が咲き競うという感じで。ですが、つり好き同士の話のときは、どうしても、そんなふうになる
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