a 長文 1.1週 he
 1私(わたし)の家では、大晦日(おおみそか)に二つの「除夜(じょや)の音」が聞こえる。一つは除夜の鐘(じょや かね)、もう一つは「除夜(じょや)の汽笛」だ。私(わたし)は横浜(よこはま)に住んでいて、家は高台にある。2だから年末には、近所の寺から響く(ひび )「ゴォーン、ゴォーン」という鐘(かね)の音と、港で鳴らされる「ブォーウ、ブォーウ」という汽笛の音が聞こえてくるのだ。ベランダに出て、そんな二つの音に耳を傾ける(かたむ  )のが、毎年私(わたし)のひそかな楽しみである。 
 3大晦日(おおみそか)の夜の空気は、いつもと違う(ちが )。普段(ふだん)なら「うう、寒い寒い、早くこたつに入りたい」と思うだけなのだが、この日ばかりはその寒さが、身も心も引き締め(ひ し )てくれる感じがする。4長かった一年が終わろうとしていることを、実感するからかもしれない。 
 ある友達は毎年、大晦日(おおみそか)にはアイドルのカウントダウンコンサートに行っているらしい。しかも、お姉さんやお母さんまで一緒(いっしょ)だというから驚き(おどろ )だ。5そして夜遅く(おそ )まで開いているお店で、豪華(ごうか)な外食をして帰ってくるのだという。それはそれでたいへんにぎやかで、楽しそうだと思う。しかし私(わたし)にとっては、そういう大晦日(おおみそか)はなんだか落ち着かない。6どこかに出かけるわけでも、何かをするわけでもなく、静かに過ごしたいと思うのだ。食事だって年越し(としこ )そばで満足である。 
 これも聞いた話だが、大晦日(おおみそか)にそばを食べるのは「細く長く」生きていけるように、つまり来年も「大きな波乱(はらん)なく、平穏(へいおん)に暮らせ(く  )ますように」という意味があるのだという。7母の手作りのそばをすすっていると、私(わたし)もまさにそんな気分になる。
 どのように過ごすかは、人それぞれだ。しかし人間にとって、大晦日(おおみそか)が特別な日であることに違い(ちが )はない。友達は「大晦日(おおみそか)ぐらい、時間を忘れ(わす )て大騒ぎ(おおさわ )したい」と言っていた。8私(わたし)は逆に、「大晦日(おおみそか)ぐらい、時間が過ぎるのを大切に感じたい」と考えている。そうやって、新年を迎える(むか  )心の準備ができるのは、大晦日(おおみそか)という一日だけではないだろうか。「待てば海路の日和あり」というが、
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「歳月(さいげつ)人を待たず」ともいう。9楽しいお正月がやってくるが、のんびりしてばかりはいられない。 
 一年が過ぎ去ろうとする、大晦日(おおみそか)の夜。除夜(じょや)の汽笛を耳にするたび、私(わたし)は背中(せなか)を押さ(お )れるような、前向きな気持ちになる。勇気を持って、新しい一年へと「出航」していこう。0

(言葉の森長文作成委員会 ι)
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a 長文 1.2週 he
 1テレビが普及(ふきゅう)して、映画(えいが)を見る人が少なくなったというのはほんとうです。「視聴覚(しちょうかく)文化」が盛大(せいだい)におもむき、本を読む人が少なくなるだろう、というのは、どうもほんとうらしくありません――ということは、およそ常識からも察せられるでしょう。
 2娯楽(ごらく)としてのテレビと映画(えいが)とはたいへんよく似ています。見るほうが受け身で、すわっていれば画面のほうがこちらを適当に料理してくれます。それほど似ているから、どちらか一方でたくさんだという考えのおこるのもむしろ当然のことでしょう。3ところが本を読むのにはいくらか読む側に努力がいります。また読む速さをこちらが加減することもできるし、つまらぬところを省くこともできる。おもしろいところを二度読むこともできるし、むかしの人の言ったようにしばらく巻(かん)をおいて長嘆息(ちょうたんそく)することもできます。4そういう本をよみながらできることは、映画(えいが)やテレビを見物しながらは、どうしてもできません。要するに本を読むときのほうが、読む側の自由が大きい、自分の意志や努力で決めることのできる範囲(はんい)が広い、つまり態度が積極的だということになるでしょう。
 5「今日は疲れ(つか )たから、映画(えいが)でも見ようか」とはいいますが、「疲れ(つか )たから本でも読もうか」という人があまりいないのはそのためであり、そもそも読書法ということは成りたっても、映画(えいが)・テレビ見物法ということが意味をなさないのもそのためです。6一方は受け身のたのしみ、他方は積極的なたのしみで、受け身のたのしみが増えるということは、かならずしも積極的なたのしみを求めなくなるということではありません。娯楽(ごらく)の性質がまったく違う(ちが )から、いわゆる視聴覚(しちょうかく)「文化」または「娯楽(ごらく)」は、読書のたのしみを妨げる(さまた  )ものではないでしょう。
 7しかしテレビには娯楽(ごらく)番組のほかに、いくらか知的好奇(こうき)心を刺激(しげき)する番組もあります。たとえば憲法(けんぽう)についての座談(ざだん)会とか、ダム建設工事現場の写真とかいったものが「憲法(けんぽう)」や「ダム建設」に対する好奇(こうき)心を刺激(しげき)します。8しかし、その好奇(こうき)心を十分に満足させるようなまとまった知識を与え(あた )てくれることは、ほとんどありません。そこで「憲法(けんぽう)」に関しまた「ダム建設」に関して、まとまった知識を読書によって得ようという欲求(よっきゅう)がおこっても、ふしぎではない。
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9そうなればテレビは、読書を妨げ(さまた )ないばかりでなく、むしろ助長するようにはたらくということになりましょう。少なくともそういう一面がありうると思います。
 新しい絵はわからないという人がよくあります。0新しい絵というのは、抽象(ちゅうしょう)絵画のことでしょう。よくわからないというのは、その絵が本来、魚を描い(えが )たものか、女性を描い(えが )たものかわからないという意味でしょう。それならば、新しい絵はわかる必要のないものです。(中略)しかし、本を読むということになると、これはどうしてもわからなければ無意味です。魚のことを言っているのか、女性のことを言っているのかわからなくてはどうにもなりません。少なくとも、ある種の美術はわかる必要のないものです。音楽は絵と同じ意味ではなにものも表現していないので、そもそもわかるはずがない。読書だけが絵を見ることや音楽を聴く(き )ことと違う(ちが )のです。すべての本は言葉からできあがっていて、すべての言葉はなにかを意味します。その意味をとらえて、意味相互(そうご)のあいだの関係を理解することが、本を読む法、つまり本をよくわかることでしょう。読むこととわかることとは切り離せ(き はな )ません。
 しかし、世の中にはむずかしい本があります。どうすればたくさんの本を読んで、いつもそれをわかることができるようになるでしょうか。その方法は簡単(かんたん)です。しかし、おそらく読書においてもっとも大切なことの一つです。すなわち、自分のわからない本はいっさい読まないということ、そうすれば、絶えず本を読みながら、どの本もよくわかることができます。少しページをめくってみてあるいは少し読みかけてみて、考えてもわかりそうもない本は読まないことにするのが賢明(けんめい)でしょう。一冊(さつ)の本がわからないということ、ただそれだけでは、あなたが悪いということにもならず、またその本が悪いということにもならない。これはよく心得ておくべきことで、そのことさえ十分に心得ていれば無用の努力、無用の虚栄(きょえい)心、または無用の劣等(れっとう)感をはぶき、時間のむだをはぶくことができるでしょう。だれにもわかりにくい本というのがあります。私(わたし)にはわかりにくいけれども、ほかの人にはわかりやすい本というのがあります。また最後に、だれにもわかりやすい本というものがあるでしょう。
 (加藤(かとう)周一「読書術」より)
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a 長文 1.3週 he
 1まさかソフィーは、世界をわかりきったものだと思っている人の仲間ではないよね? これはわたしにとって切実な問題なのです、親愛なるソフィー。だから念のため、想像のなかで二つ、体験をしてみましょう。
 2さあ、想像してみて。ソフィーは森を散歩しています。突然(とつぜん)、行く手に小さな宇宙船(うちゅうせん)を見つけます。宇宙船(うちゅうせん)の上には一人の小さな火星人がよじ登ってソフィーをじっと見おろしている……。
 さあ、そんな時、ソフィーなら何を考えるだろう? 3まあ、それはどうでもいいとして。でも、自分を異(い)星人みたいに感じたことはない?
 ほかの惑星(わくせい)の生物にでくわすなんて、そんなにありそうなことではない。ほかの惑星(わくせい)に生命が存在(そんざい)するかどうかもわからないし。4けれども、ソフィーがソフィー自身にでくわす、ということはあるかもしれない。ある晴れた日、ソフィーがソフィー自身をまったく新しく体験してはっとする、ということは。ちょうど森を散歩している時なんかにね。
 5わたしっておかしなもの、とソフィーは考える。わたしはなぞめいた生き物、と……。
 ソフィーはまるで何年もつづいたいばら姫(ひめ)の眠り(ねむ )から目覚めたように感じる。わたしはだれ? ソフィーはたずねる。ソフィーは自分が宇宙(うちゅう)のある惑星(わくせい)の上をごそごそ動きまわっているということは知っている。6でも宇宙(うちゅう)とはなんだろう? なんであるのだろう? 
 もしもソフィーがこんな自分に気がついたなら、ソフィーは自分自身をさっきの火星人と同じくらいなぞめいたものとして発見したことになるのです。いえ、宇宙(うちゅう)からやってきたものを見てびっくりするほうが、まだましなくらいだ。7ソフィーはソフィー自身をとびきりおかしなものとして、とっくりと深く感じるのです。
 わたしの話についてきている? ソフィー。もう一つ想像の体験をしますよ。
 ある朝、パパとママと小さなトーマスが、そう、二つか三つの男の子です、キッチンで朝食を食べている。8ママが立ちあがり、流し台のほうに行く、するとそう、突然(とつぜん)パパが天井(てんじょう)近くまでふわっと浮かび(う  )あがる。
 トーマスはなんて言ったと思う? たぶんパパを指さして、「パ
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パが飛んでる!」と言うでしょう。
 もちろんトーマスはびっくりだけど、どうせトーマスはいつもびっくりしています。9パパはいろいろおかしなことをするから、ちょっとばかり朝食のテーブルの上を飛ぶなんて、トーマスの目にはべつにたいしたことには映ら(うつ )ない。パパは毎日へんてこな機械でひげをそるし、しょっちゅう屋根に登って、テレビのアンテナをあちこちひん曲げる。0かと思うと、自動車に首をつっこんで、カラスみたいにまっ黒になって出てくる。
 さて、こんどはママの番です。ママはトーマスの声に、何気なくふり返る。ソフィーは、キッチンのテーブルの上を飛びまわるパパを見て、ママがどう反応すると思う?
 ママの手からジャムのガラスビンが落ち、ママはびっくり仰天(ぎょうてん)してけたたましく叫び(さけ )ます。パパがいすに戻っ(もど )たあと、ひょっとしたらママは医者に診(み)てもらわなければならないかもしれない。(パパがテーブルマナーを守らなかったばっかりに、とんだ大騒ぎ(おおさわ )だ。)
 どうしてトーマスとママの反応はこんなにちがうのかな? ソフィーはどう思う?
 これは「習慣」の問題です。(このことば、メモして!)ママは人間は飛べないということをとっくに学んでいる。トーマスは学んでいない。トーマスはまだ、この世界では何がありで何がありではないか、よく知らない。
 でもソフィー、この世界そのものは、どうなっているんだったっけ? こんな世界はありかな? 世界もパパのように宇宙(うちゅう)空間にふわふわと漂っ(ただよ )ているんじゃなかったっけ……。
 悲しいことに、わたしたちはおとなになるにつれ、重力の法則になれっこになるだけではない。世界そのものになれっこになってしまうのです。
 わたしたちは子どものうちに、この世界に驚く(おどろ )能力を失ってしまうらしい。それによって、わたしたちは大切な何かを失う。
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a 長文 1.4週 he
 十年ほど前、ボルドーの近くを走っていて、くるまの接触(せっしょく)事故をおこしたことがある。人身には何の影響(えいきょう)もなかったし、こちらの日本製の車体がへこんだくらいで、何と日本のくるまは弱いんだといまいましいくらいのものであったが、――それにこちらにも言い分があり、相手にも幾分(いくぶん)の非があったのだが――。
 それでも口をついて出たのは「すみません」ということばであった。相手は朴訥(ぼくとつ)な農民夫婦で「はじめてパリへ行って無事故で帰ってきたのに……」と愚痴(ぐち)をさんざん並べ(なら )ていた。
 しばらくして「しまった」と思った。「すみません」とは、あやまり文句である。こちらがあやまってしまえばもうそれでおしまい。非はすべて当方がかぶらねばならない。
 そのことは、フランスへ来て、くどく言われていたのだ。問題をおこしたら、ぜったいにあやまってはいけない。こちらの責任がいくら明白なときでも、まず「汝(なんじ)ニ咎(とが)ガアル」(?()ous avez tort.)と言うべきである。そうでないと、賠償(ばいしょう)責任はすべてこちらが負わねばならぬ。「すみません」とは口が裂け(さ )ても(――はちと大げさだが)言ってはならぬ。自動車保険の契約(けいやく)の注意書にさえ「事故のときにあやまってはならぬ」と書いてある。にもかかわらず、日本人である私(わたし)はつい「すみません」と言ってしまった。習慣はおそろしいものである。
 リリアーヌ・エルという女性は「あやまるということ」(『潮(うしお)』昭和五十三年四月号)というエッセイの中で、日仏比較(ひかく)文化のおもしろい観点を出している。日本人は簡単(かんたん)にあやまる。フランス人はなかなかあやまらない。どうしてか、という問題である。彼女(かのじょ)の引いている例は、仲間を裏切っ(うらぎ )たやくざが、のちに仲間にリンチを受けるというテレビドラマの場面である。彼女(かのじょ)は同じ状況(じょうきょう)を描い(えが )たドラマを日本とフランスで見た。状況(じょうきょう)と結果はまったく同じである。どちらも、見下げた奴(やつ)として仲間に憐()まれ、ゆるされる。ところが、その過程の、憐()みを乞う(こ )文句がちがう。日本だと「悪かった! 許してくれ」と言い、フランスだと「おれが悪いんじゃない! 殺さないでくれ」と言う。まるで正反対である。
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 ここで私(わたし)が言いたいのは、フランスでの「自分が悪かった」ということばの重みである。神の前で自己(じこ)の全人格を否認(ひにん)するということ、それが自分の悪をみとめるということである。これは勇気ある行為(こうい)である。もし、やくざがそんな勇気ある行為(こうい)を示せば、人は彼(かれ)を尊敬(そんけい)し、そして簡単(かんたん)に殺してしまうだろう。憐()みを乞う(こ )たことにはならないのだ。憐()みを乞う(こ )場合は、状況(じょうきょう)が悪かったとくどくどと弁解しなければならないのだ。
 日本ではちょうど逆である。弁解すれば、憐()みはかけてもらえぬ。弁解は理屈(りくつ)であり、理屈(りくつ)は卑怯(ひきょう)である。ただ一言、悪かったとあやまる。この頭を下げるというのが、日本社会でゆるしのえられる唯一(ゆいいつ)の行為(こうい)である。
 「悪かった」と言っても、日本では勇気ある行為(こうい)とはいえない。みんな、いつでも「悪かった」とあやまる。つまり社会的定型である。人は、定型によって憐()みを求め、定型によって憐()みを与える(あた  )。物を言っているのは、文化の型である。
(中略)
 絶対の罪というものはない。しかし、おたがいに小さな悪、小さな迷惑(めいわく)をかけあっている。それは無意識の領域(りょういき)にちらばっているので、いちいちとりたてては言えないくらいである。だから、たえず「すみません」と言う。「すみませんで済む(す )か」と言われればその通り、といった重大な場面では、「ではどうすれば済む(す )のですか、あなたの気持ちの済む(す )ようになさってください」という「すみません」の語源(ごげん)に迫る(せま )ような科白(せりふ)も出てくる。もっとも「どうすれば済む(す )のか」という反問じたい、あやまる文化の型にそむいている。これは日本では反抗(はんこう)であり皮肉である。
 というわけで、もっぱら私(わたし)たちは腰(こし)を低くしている。日本文化の型になじんだ外国人のなかには、腰(こし)を――というより背(せ)をかがめて愛想笑いをふりまく人もいる。いつだったか、約束をたがえた外国人がおり、その人物、次に私(わたし)に会ったとき、彼(かれ)は「日本ふう」に背(せ)を海老のようにまげ、謝罪したものである。その極端(きょくたん)な姿勢(しせい)
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長文 1.4週 heのつづき
におどろいた。私(わたし)たちは、外国人という鏡に映っ(うつ )た自分たちの文化の姿(すがた)におどろくのである。

 エルさんはフランス人の論理(ろんり)好きには、二つの種類があるという。客観的、普遍(ふへん)的な論理(ろんり)と、もう一つは、自分の立場をあくまで正当化しようとする論理(ろんり)癖(へき)と、である。後者の、いわばフランス人の癖(くせ)のようなものが前者を形づくり、前者が逆に、後者の癖(くせ)を助長するということがあるのだろう。
 とりあえずあやまるという日本文化には、人と人とのつながりをなめらかにするという普遍(ふへん)的知恵(ちえ)に通じるものがある。同時に、何でも「すみません」で通そうとするあつかましさもある。済む(す )とか済ま(す )ないとか――そんなことを意識しないで、ともかく「すみません」と言っている。感謝でも謝罪でもない。「すみません」というのは、あやまる文化の型をつたえることばである。同時に、安直なことばでもある。後者はむしろ、伝統をなしくずしにする面がある。
 ひとつのことばをめぐって、伝統と、それをなしくずしにしようという力と、その双方(そうほう)がせめぎあっているようである。
 ことばはむずかしいものである。ことばの解釈(かいしゃく)もむずかしいものである。外国人は、あやまる文化に卑屈(ひくつ)さを見いだして感心したりするが、事は(少なくとも今は)それほど簡単(かんたん)ではないように思われる。

(多田道太郎(みちたろう)『日本語の作法』)
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a 長文 2.1週 he
 1僕(ぼく)は、手の中にある小さなカードをにらみつけた。そこには僕(ぼく)の名前と、「受験番号008」という文字が印刷してある。そう、これは受験票なのだ。といっても、学校で開かれる「受験面接体験会」に使う、練習用のものである。 
 2いよいよ中学受験が迫っ(せま )ている。勉強はしっかりしてきたつもりだが、面接を受けるのは初めての経験だ。だから練習とはいえ、準備は入念にした。「尊敬(そんけい)している人は誰(だれ)ですか」と聞かれたら「父です」、「日課はありますか」と言われたら「自習として読書と暗唱を続けています」と答えるように決めていた。 
 3体験会の当日。廊下(ろうか)にたくさんの椅子(いす)が置かれ、顔をこわばらせた同級生たちがずらりと並ん(なら )で座っ(すわ )ている。一人一人、部屋に呼び込ま(よ こ )れていき、自分の番が目に見えて近づいてくる。いつも見慣れているはずの教室への入り口が、別世界への扉(とびら)か、大きく開いた怪物(かいぶつ)の口のように思えてきた。 
 4そして、僕(ぼく)の番が来た。返事をして、教室の入り口で一礼。「どうぞ」と言われるまで待ってから、静かに椅子(いす)に腰(こし)を下ろし、受験票を提出する……ここまではイメージ通りだ。目の前に面接官役として、三人の先生が座っ(すわ )ている。5どんな難しい(むずか  )質問をされるのか……と身構えていたら、真ん中の先生が困っ(こま )たように笑って、こう言った。 
「これは、逆だねえ。」 
ハッとして机(つくえ)の上を見ると、「受験番号008」の文字が、僕(ぼく)の方を向いている。受験票は当然、それを見る面接官に向けて出すべきものだ。6僕(ぼく)は緊張(きんちょう)のあまり、まるで漫画(まんが)のようなミスをしてしまったのだった。 
 自分のしでかしたことが自分で信じられず、一気に顔が赤くなる。面接でのやりとりは、今でも「逆だねえ」以外には何も覚えていない。7結局、あまりにも分かりやすい失敗だったせいか、とくに注意されることはなかった。とても恥ずかしい(は    )思いをしてしまったが、それだけに、本番で同じ間違い(まちが )をすることは決してないだろ
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う。8緊張(きんちょう)しそうになったら「とりあえず、受験票を逆に出すなよ」と過去の自分に言い聞かせて、リラックスするつもりだ。 
 人間にとって、身が縮む(ちぢ )ような緊張(きんちょう)の体験も、たまには必要だ。そうすることで自分と向き合い、思わぬ発見ができるかもしれないからだ。
9「初心忘()るべからず」。 
 この時の緊張(きんちょう)を忘れる(わす  )ことなく、些細(ささい)な失敗は笑い話にしてしまえるように、本番では良い結果を残したい。僕(ぼく)は練習用の受験票を、机(つくえ)の引き出しにそっとしまい込ん(こ )だ。0

(言葉の森長文作成委員会 ι)
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a 長文 2.2週 he
 1私(わたし)の家は自動車がやっと通れるぐらいの路地に面している。三年前まではその路地は、さまざまな人や動物の散歩道として利用されていた。都内にはめずらしくほそうされていず、道ばたには草が生えていた。となり近所には古い家が多くて、敷地(しきち)からはみ出した樹木(じゅもく)の茂み(しげ )が路上に日かげをつくった。
 2それだけの道である。長さにして一〇〇メートル、石段(いしだん)を経て下の大きな道に出る。買物に行く主婦も、下のバス停に行く人も、ちょっと回り道をしてこの道を通っていった。毎朝定刻(ていこく)につえをついてくるおじいさん、犬を連れたおくさんも通った。3犬は大喜びで所々で地面に鼻をつけ、最後に足をあげて自分である印を残していった。ネコも走りぬけた。一度だけだがへびもはいだしてきた。私(わたし)の娘(むすめ)たちは大学生になった今もなつかしげにこの道のことを話すが、実際近所の子供(こども)たちのたまり場でもあった。
 4何が彼ら(かれ )をこの路地に引きつけたのだろう。女の子や小さい男の子が草の葉を引っぱっているのを私(わたし)はよく見かけた。彼ら(かれ )はこの路地で地球のかけらを発見していたのではなかったろうか。犬たちが鼻でその存在(そんざい)を確かめたように。
 5私(わたし)自身もコンクリートにはあきあきしていて、道ばたに草が生えている風景を心ひそかに楽しんでいた。ある秋、黄褐色(かっしょく)に熟し(じゅく )たエノコログサをながめていると、となりの家のおばあちゃんが近づいてきた。6片手(かたて)に花ばさみを持っている。おばあちゃんは昔は踊り(おど )の名手だったそうだから、背筋(せすじ)がピンと伸び(の )ている。
「こんにちは。いいお天気ですね」
「ちょっとネコジャラシをいただきますよ。お花の材料に。それにしてもこんな所に生えてくるなんてねえ」
とおばあちゃんは感心している。
7「穂(ほ)にさわってごらんなさいよ。気持ちのいいこと」
「でも近ごろの子供(こども)はこれでネコと遊ぶなんて知らないみたい」
 私(わたし)はすっかりとなりの家のおばあちゃんに仲間意識を持った。
 しかしほどなく人間とは矛盾(むじゅん)した生き物であることが証明される
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できごとが起こった。8翌(よく)春私(わたし)の家の前にスミレがさいた。明るい赤むらさきの花は日を浴びるととりわけあざやかで、私(わたし)はふまないように注意して出入りした。花が散ると葉が大きく伸び(の )てよく目だった。来年はもっとふえるだろう、と私(わたし)は楽しみにしていた。9ところがある日外出から帰ってくるとスミレがない! そういえば出がけにおばあちゃんがほうきとちりとりを持って立っていたので、あいさつを交わしたのだった。清潔好きのおばあちゃんは、自宅(じたく)の前から私(わたし)の家にかけてていねいに草むしりをしてくださったのである。
 0数年たって路地全体に異変(いへん)が起きた。下水道工事が始まって地面がほりかえされ、車の震動(しんどう)で下水管がこわれぬようにしっかりとほそうされてしまったのだ。ネコジャラシにスギナ、スミレもタチイヌノフグリもそれ以来路地から姿(すがた)を消してしまった。道は車向きの道路になり、地球のかけらではなくなってしまった。
 町中の雑草に対する人間の態度は時と場所によってさまざまである。ハイキングに行けば「緑がいっぱいで気持ちいいわねえ」と喜ぶ人も、自分の庭に出てきた雑草は血眼で引き抜い(ひ ぬ )てしまう。
 「雑草のようにたくましい」「雑草のように生命力が強い」という表現がほめ言葉としてよく使われる。でも、「雑草のようにかわいい」とはぜったいに使われない。「あなたは雑草の花のようですね」などと言おうものなら、九九パーセント相手をまちがいなく怒ら(おこ )せるにちがいない。言い方にもよるけれど、私(わたし)なら残りの一パーセントの部類に入る。
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a 長文 2.3週 he
 1ヨーロッパにおけるリンゴの栽培(さいばい)は『創世(そうせい)記』までさかのぼり、四千年を越える(こ  )歴史をもっています。なえ木を導入して明治から始まった日本のそれは、ようやく百年を越え(こ )たばかりです。2ウィリアム・テルが息子の頭上のリンゴを矢で射(い)ぬいたときも、ニュートンがリンゴの落ちるのを見たときも、グリム兄弟が、「白雪姫(しらゆきひめ)」に毒リンゴを食べさせたときも、日本人は誰(だれ)もこの果物を知りませんでした。
 3こうした歴史の違い(ちが )は、東西のリンゴのありように大きな差をもたらしました。欧米(おうべい)のリンゴは大衆(たいしゅう)の中で育ち、生食用、加工用、料理用と多彩(たさい)な用途(ようと)に分かれ、小玉でも外観が悪くても、味がよければよしとするポリシーで今日に至っ(いた )ています。4それに対し、日本の場合は、病気見舞い(みま )のぜいたく品として出発し、生食用一本で、ひたすら外観重視(じゅうし)の「高級化」の道を歩いてきました。こうした流れは、リンゴが十分大衆(たいしゅう)化した今日まで、変わることなく続いています。
 5外国を旅すると一目瞭然(いちもくりょうぜん)ですが、今日、日本のリンゴほど見栄えのするリンゴは世界のどこにもありません。また、そうした外観への極度のこだわりは、リンゴだけではなく、日本の果樹(かじゅ)生産の一般(いっぱん)的風潮(ふうちょう)にすらなっています。6料理を目でも食べることが身についている日本人にとって、より美しい果物を食べたいというのは国民性といえるかもしれません。とくに、輸入自由化をひかえた今、国産果実の美観は日本の果樹(かじゅ)産業を外国の果樹(かじゅ)産業から防衛するための大きなセールスポイントになることでしょう。7また、すべての食べ物は、見た目に汚い(きたな )よりはきれいな方が精神衛生にいいことも否定(ひてい)できません。
 ただ、本末転倒(ほんまつてんとう)なのは、しばしば味よりも「見てくれ」の方が、「高品質化」の上位に座っ(すわ )ていることです。8外国から物や技術を導入してそれを独自に改変し、付加価値(かち)をつけて発展(はってん)させるのは、いわば日本の「お家芸」で、貿易摩擦(まさつ)の要因にもなっています。果
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実もその例外ではありません。
 9昭和五十六年(一九八一年)の夏、カナダから数人の昆虫(こんちゅう)学者が来日して、盛岡(もりおか)で「リンゴ害虫の総合防衛」についてのシンポジウムが開催(かいさい)されました。これは日本とカナダの二国間科学技術協定に基づいて行ったものです。0シンポジウムのあと、同伴(どうはん)の夫人たちともども、折から紅葉(こうよう)真っ盛り(ま さか )の十和田湖を経由して、青森のリンゴ栽培(さいばい)地を視察(しさつ)してもらいました。夫人たちがびっくりしたのは紅葉(こうよう)で、「これほど美しい紅葉(こうよう)は生まれて初めて見た」と歓声(かんせい)しきりでした。冬になるといきなり葉が枯れ(か )て色気もなく落葉してしまうカナダから来て、日本でも指折りの十和田の紅葉(こうよう)を、それも最高の時期に見たのですから、あながちお世辞ではないようです。しかし、夫人たち以上に学者たちがびっくりしたのは、日本のリンゴ栽培(さいばい)のやり方でした。リンゴ園の地面を銀色のビニールで覆い(おお )、反射光(しゃこう)でリンゴの尻(しり)を着色させたり、リンゴをひとつずつ手で一八〇度回してまんべんなく日に当てて着色させる技術は、欧米(おうべい)にはまったくないものです。
 日本では、いろいろな果物を紙袋(かみぶくろ)で覆っ(おお )て育てます。この労力を要する技術は・多雨・多湿(たしつ)の風土の中で、病害虫の被害(ひがい)防止のために生み出されました。リンゴの場合も「袋(ふくろ)かけ」は、幼虫(ようちゅう)が果実に深く穴(あな)を開けて致命(ちめい)的な害を与える(あた  )シンクイムシ類の被害(ひがい)防止が目的でした。しかし、化学農薬が発達し、別の防除(ぼうじょ)技術が確立された現在でも、袋(ふくろ)かけは根強く残っています。果実の葉緑素の形成を抑え(おさ )、袋(ふくろ)をはずした後の果実を鮮やか(あざ  )に着色させるためです。その代わり、糖度(とうど)は下がり、味は確実に落ちます。このような特異(とくい)な国産技術は、多かれ少なかれほとんどあらゆる果樹(かじゅ)で見られますが、特にリンゴで目立ちます。
 これらのキメ細かな技術は、リンゴをおいしくするためでなく、ひたすら美しく色づかせる目的で開発されてきました。人工着色などは、ふつうなら人気品種をうまく作れない土地でも美しく色づか
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長文 2.3週 heのつづき
せるために編み出された苦しまぎれの技術で、確かに購買(こうばい)意欲(いよく)をそそるような見事に美しいリンゴが生まれます。もちろん味はがた落ちで、作っている生産者自身が食べないようなこんなリンゴを、消費者が何度もだまされて買うとはとても思えません。
 さすがにこうした味を悪くする技術は県の指導もあってすたれる傾向(けいこう)にありますが、一体この日本特有の現象はだれが悪いのでしょうか。美しくなければ買わない消費者が悪い、外観重視(じゅうし)で値段(ねだん)をたたく流通機構に問題がある、まずくなるのを承知でやっている生産者が悪い……意見はさまざまでしょうが、はっきりしているのは、この奇妙(きみょう)な日本人の美意識には、いささかの軌道(きどう)修正の必要があることです。
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a 長文 2.4週 he
 保吉(やすきち)の海を知ったのは五歳(さい)か六歳(さい)の頃(ころ)である。もっとも海とはいうものの、万里の大洋を知ったのではない。ただ大森の海岸に狭苦しい(せまくる  )東京湾(とうきょうわん)を知ったのである。しかし狭苦しい(せまくる  )東京湾(とうきょうわん)も当時の保吉(やすきち)には驚異(きょうい)だった。奈良(なら)朝の歌人は海に寄せる恋(こい)を「大船の香取(かとり)の海に碇(いかり)おろしいかなる人かもの思わざらん」と歌った。保吉(やすきち)はもちろん恋(こい)も知らず、万葉集の歌などというものはなおさら一つも知らなかった。が、日の光に煙っ(けむ )た海の何か妙(みょう)にもの悲しい神秘(しんぴ)を感じさせたのは事実である。彼(かれ)は海へ張り出した葭(よし)簾(すだれ)張りの茶屋の手すりにいつまでも海を眺め(なが )つづけた。海は白じろと赫(かがや)いた帆(ほ)かけ船を何艘(そう)も浮かべ(う  )ている。長い煙(けむり)を空へ引いた二本のマストの汽船も浮かべ(う  )ている。翼(つばさ)の長い一群の鴎(かもめ)はちょうど猫(ねこ)のように啼き(な )かわしながら、海面を斜め(なな )に飛んで行った。あの船や鴎(かもめ)はどこから来、どこへ行ってしまうのであろう? 海はただ幾重(いくえ)かの海苔(のり)粗朶(そだ)の向こうに青あおと煙っ(けむ )ているばかりである。……
 けれども海の不可思議をいっそう鮮やか(あざ  )に感じたのは裸(はだか)になった父や叔父(おじ)と遠浅の渚(なぎさ)へ下りた時である。保吉(やすきち)は初め砂(すな)の上へ静かに寄せてくるさざ波を怖(おそ)れた。が、それは父や叔父(おじ)と海の中へはいりかけたほんの二、三分の感情だった。その後の彼(かれ)はさざ波はもちろん、あらゆる海の幸を享楽(きょうらく)した。茶屋の手すりに眺め(なが )ていた海はどこか見知らぬ顔のように、珍しい(めずら  )と同時に無気味だった。―()―()しかし干潟(ひがた)に立って見る海は大きい玩具(おもちゃ)箱と同じことである。玩具(おもちゃ)箱! 彼(かれ)は実際神のように海という世界を玩具(おもちゃ)にした。蟹(かに)や寄生貝は眩い(まばゆ )干潟(ひがた)を右往左往に歩いている。浪(なみ)は今彼(かれ)の前へ一ふさの海草を運んできた。あの喇叭(らっぱ)に似ているのもやはり法螺貝(ほらがい)というのであろうか? この砂(すな)の中に隠れ(かく )ているのは浅蜊(あさり)という貝に違い(ちが )ない。……
 保吉(やすきち)の享楽(きょうらく)は壮大(そうだい)だった。けれどもこういう享楽(きょうらく)の中にも多少
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の寂し(さび )さのなかった訳(わけ)ではない。彼(かれ)は従来(じゅうらい)海の色を青いものと信じていた。両国の「大平」に売っている月耕や年方の錦絵(にしきえ)をはじめ、当時流行の石版画の海はいずれも同じようにまっ青だった。殊に(こと )縁日(えんにち)の「からくり」の見せる黄海の海戦の光景などは黄海というのにも関わらず、毒々しいほど青い浪(なみ)に白い浪(なみ)がしらを躍ら(おど )せていた。しかし目前の海の色は―()―()なるほど目前の海の色も沖(おき)だけは青あおと煙っ(けむ )ている。が、渚(なぎさ)に近い海は少しも青い色を帯びていない。正にぬかるみのたまり水と選ぶところのない泥(どろ)色をしている。いや、ぬかるみのたまり水よりもいっそう鮮やか(あざ  )な代赭色(たいしゃいろ)をしている。彼(かれ)はこの代赭色(たいしゃいろ)の海に予期を裏切ら(うらぎ )れた寂し(さび )さを感じた。しかしまた同時に勇敢(ゆうかん)にも残酷(ざんこく)な現実を承認(しょうにん)した。海を青いと考えるのは沖(おき)だけ見た大人の誤り(あやま )である。これは誰(だれ)でも彼(かれ)のように海水浴をしさえすれば、異存(いぞん)のない真理に違い(ちが )ない。海は実は代赭色(たいしゃいろ)をしている。バケツの錆(さび)に似た代赭色(たいしゃいろ)をしている。
 三十年前の保吉(やすきち)の態度は三十年後の保吉(やすきち)にもそのまま当て嵌(あ はま)まる態度である。代赭色(たいしゃいろ)の海を承認(しょうにん)するのは一刻(いっこく)も早いのに越し(こ )たことはない。かつまたこの代赭色(たいしゃいろ)の海を青い海に変えようとするのは所詮(しょせん)徒労に畢()るだけである。それよりも代赭色(たいしゃいろ)の海の渚(なぎさ)に美しい貝を発見しよう。海もそのうちには沖(おき)のように一面に青あおとなるかも知れない。が、将来(しょうらい)に憧れる(あこが  )よりもむしろ現在に安住しよう。―()―()保吉(やすきち)は預言者的精神に富んだ二、三の友人を尊敬(そんけい)しながら、しかもなお心の一番底にはあいかわらずひとりこう思っている。
 大森の海から帰った後、母はどこかへ行った帰りに「日本昔噺(はなし)」の中にある「浦島(うらしま)太郎(たろう)」を買ってきてくれた。こういうお伽噺( とぎばなし)を読んで貰う(もら )ことの楽しみだったのはもちろんである。が、彼(かれ)はその外にももう一つ楽しみを持ち合わせていた。それはあり合わせの水絵の具に一々挿絵(さしえ)を彩る(いろど )ことだった。彼(かれ)はこの「浦島(うらしま)
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長文 2.4週 heのつづき
太郎(たろう)」にもさっそく彩色(さいしき)を加えることにした。「浦島(うらしま)太郎(たろう)」は一冊(さつ)の中に十ばかりの挿絵(さしえ)を含ん(ふく )でいる。彼(かれ)はまず浦島(うらしま)太郎(たろう)の籠宮(りゅうぐう)を去るの図を彩り(いろど )はじめた。籠(りゅう)宮は緑の屋根亙(がわら)に赤い柱のある宮殿(きゅうでん)である。乙姫(おとひめ)は―()―()彼(かれ)はちょっと考えた後、乙姫(おとひめ)もやはり衣裳(いしょう)だけは一面に赤い色を塗る(ぬ )ことにした。浦島(うらしま)太郎(たろう)は考えずとも好い。漁夫の着物は濃い(こ )藍色(あいいろ)、腰蓑(こしみの)は薄い(うす )黄色である。ただ細い釣り竿(つ ざお)にずっと黄色をなするのは存外(ぞんがい)彼(かれ)にはむずかしかった。蓑(みの)亀(かめ)も毛だけを緑に塗る(ぬ )のはなかなかなまやさしい仕事ではない。最後に海は代赭色(たいしゃいろ)である。バケツの錆(さび)に似た代赭色(たいしゃいろ)である。―()―()保吉(やすきち)はこういう色彩(しきさい)の調和に芸術家らしい満足を感じた。殊に(こと )乙姫(おとひめ)や浦島(うらしま)太郎(たろう)の顔へ薄(うす)赤い色を加えたのは頗る(すこぶ )生動の趣(おもむき)でも伝えたもののように信じていた。
 保吉(やすきち)はそうそう母のところへ彼(かれ)の作品を見せに行った。何か縫い(ぬ )ものをしていた母は老眼鏡の額越し(ご )に挿絵(さしえ)の彩色(さいしき)へ目を移した。彼(かれ)は当然母の口から褒め(ほ )言葉の出るのを予期していた。しかし母はこの彩色(さいしき)にも彼(かれ)ほど感心しないらしかった。
「海の色はおかしいねえ。なぜ青い色に塗ら(ぬ )なかったの?」
「だって海はこういう色なんだもの。」
「代赭色(たいしゃいろ)の海なんぞあるものかね。」
「大森の海は代赭色(たいしゃいろ)じゃないの?」
「大森の海だってまっ青だあね。」
「ううん、ちょうどこんな色をしていた。」
 母は彼(かれ)の強情さ加減に驚嘆(きょうたん)を交えた微笑(びしょう)を洩らし(も  )た。が、どんなに説明しても、―()―()いや、癇癪(かんしゃく)を起こして彼(かれ)の「浦島(うらしま)太郎(たろう)」を引き裂い(ひ さ )た後でさえ、この疑う(うたが )余地のない代赭色(たいしゃいろ)の海だけは信じなかった。……

(芥川(あくたがわ)龍之介(りゅうのすけ)「少年」)
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a 長文 3.1週 he
 1僕(ぼく)の目の前に、テストの問題用紙が山積みされている。教室には誰(だれ)もおらず、僕(ぼく)一人。とても静かな、居残り勉強の時間である。いつもなら頭を抱える(かか  )か、逃げ出し(に だ )てしまいたくなるところだ。しかし、この時の僕(ぼく)はやる気に満ちていた。2なぜなら、今まで休ませてもらったぶん、ここでがんばろうと決意していたからだ。 
 僕(ぼく)はつい昨日まで、北海道にいた。三日間、旅行へ行っていたのだ。両親が計画したこの旅行は、学校のテスト期間とぶつかってしまっていた。3卒業と進学を控え(ひか )たこの時に、テストを休んで遊びに行くなんて言ったら、怒ら(おこ )れるんじゃないか……と僕(ぼく)は思っていた。けれども担任(たんにん)の先生は、 
「学校の勉強より、旅行の方がずっと良い経験になります。ぜひ行ってきてください。」
と言ってくれた。4僕(ぼく)はとても感動した。だからこそ、旅行から帰った後、テストをまとめて受けることになっても、嫌(いや)だなんて感じなかったのだ。 
 この旅行は本当に楽しく、新鮮(しんせん)なことばかりだった。飛行機に乗るのは初めてで、はじめは不安もあった。5墜落(ついらく)したらどうしよう、という心配はもちろん、それ以上に、海外旅行の経験がある友達から「暗いし、混んでいるし、とても窮屈(きゅうくつ)だった」と聞いていたからだ。 
 だが、僕たち(ぼく  )の乗った飛行機はビックリするくらい空いていた。6時季を外れていたからで、両親の計画のうちだったらしい。ばたばたと座席(ざせき)を移動して、色々な方向から雲の下の景色を楽しむことができた。昔、母が滑り(すべ )に行ったという蔵王(ざおう)のスキー場も見えた。国内の移動だから、二時間も乗っていられないのが、残念だったくらいだ。
 7北海道では、最初に摩周湖(ましゅうこ)を見た。雪と霧(きり)で一面が真っ白、それは綺麗(きれい)だったのだが、積もった雪が太陽の光を照り返して、すごくまぶしかったことの方が忘れ(わす )られない。そこで撮っ(と )た写真では、
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僕(ぼく)は目を細めて、まるでとても機嫌(きげん)が悪いかのような表情をしている。
 8他にも、アイヌ族の村を見たり、凍っ(こお )た湖の上を歩いたり、スノーモービルに乗ったりした。どれも、先生の言っていたとおり、同じ冬でも東京にいたのでは決してできない経験ばかりだった。 
 気がつけば、僕(ぼく)はいつも以上にサッサッと問題を解いていた。9一番苦手な、算数のテストも片付い(かたづ )た。人間は、楽しい思い出があるからこそ、やらなければならない辛い(つら )勉強にも取り組むことができるのだろう。あと、机(つくえ)の上に残っているのは、数枚(まい)の作文用紙だけ。最後は、「この冬の思い出」という課題の作文テストだ。0書くことはもう決まっている。「鉄は熱いうちに打て」という。思い出を文章に残すのも、きっと早い方がいいに違い(ちが )ない。僕(ぼく)は笑顔でペンを握り(にぎ )直した。

(言葉の森長文作成委員会 ι)
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a 長文 3.2週 he
 1端的(たんてき)にいって、私(わたし)たちは、お話を文学――文学のうちでも、文字によらず、声によって伝達される文学――と考えています。口承文学ということばもありますが、そういうかたいことばをさけるとすれば、文学作品を、語り手が、おもに声によって表現し、それを聞き手ともども楽しむことだといってもよいでしょう。2ですから、たとえば交差点の正しい渡り(わた )方を教えるためのお話、あるいは、幼稚園(ようちえん)などでよくやるような、集団生活のルールを教えたり、衛生上のしつけをするために聞かせるお話など、何かを教える方便としてのお話は、ここでは一応のぞいて考えます。母親や教師が、自分の見聞きしたこと感じ考えたことを話すのも同じです。3これらの話は、子どもにたいへん喜ばれますし、子どもとの気持ちの交流という点からいうと非常に貴重(きちょう)ですが、内容や表現が吟味(ぎんみ)され、個人的なつながりをもっている人だけでなく、もっと一般(いっぱん)に通用する文学的な価値(かち)をもつ場合を除い(のぞ )て、ここでいうお話には含め(ふく )ません。
 4したがって、ここで扱う(あつか )お話は、話そのものに文学的な価値(かち)があることを前提とします。この文学的価値(かち)ということは、たいへんむつかしい問題で、論じ(ろん )だせばきりがありませんが、ここでは、ひとまず、文学的に価値(かち)のある作品とは、「私(わたし)たちの心を楽しませ、人間についての私(わたし)たちの理解を助けてくれるもの」と、表現しておきましょう。5そして、この「心を楽しませる」ことの中には、内容だけでなく、その表現の形式からくる美しさが、私(わたし)たちの心を楽しませることが含ま(ふく )れていることを、とくに指摘(してき)しておきたいと思います。
 6さて、ではそういう作品をどこに求めるかということになりますと、具体的には昔話と創作(そうさく)(主として子ども向きの短編)ということになります。そして、語るという点からいえば、このうち、とくに昔話が重要になってきます。7昔話は、なんといっても本来語りつたえられてきたものなので、語って聞かせる話のそなえていなければならない基本的な条件を満たしているからです。8また、昔話は、一般(いっぱん)大衆(たいしゅう)の文学でしたから、とり扱う(あつか )テーマは、普遍(ふへん)的、根源(こんげん)的ですし、その表現形式は、簡潔(かんけつ)でそぼくな心の持ち主にもよ
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くわかるようになっています。つまり、今日の子どもの興味や心理や理解能力によく合うのです。9昔話が、今日では、もっぱら子どものための文学になっているのはこのためでしょう。
 昔話の中には、単に語ることから生じた表現の形式や民衆(みんしゅう)の文学であることからくる内容の普遍(ふへん)性ということだけでなく、何かもっと大きな力がかくされているような気がしてなりません。0昔話は、文学のもとの形といってよいものですから、そこには、人間が物語を生み出し、それを支えてきた心の動きや力のもとが内蔵(ないぞう)されています。昔話のもつこのふしぎな力の本質を解き明かすことは、私(わたし)にはとうていできませんが、子どもの時代に、少しも昔話にふれることなく育ったら、文学を味わい楽しむために必要な、何か非常に大切な要素が欠けおちてしまうのではないか、とだけはいうことができます。
 語り手としても、もし、よい語り手になりたいと願うなら、たえず昔話にふれている必要があると私(わたし)は思います。それは、単に、そこから話の材料が得られるからというだけでなく、昔話に親しむことによって、「物語」やそれを「語る」ことの意味が少しずつわかってくるように思えるからです。お話に興味をもつ者にとっては、昔話は、たえずそこに自分をうるおしにかえっていかなければならない泉(いずみ)のようなものだと思います。
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a 長文 3.3週 he
 1私(わたし)が市場へゆく道は、いかにも自然発生的な細いやさしい道だ。家と家との間に何となく作られた人間のふみならした道だ。ところが、その道は最近アスファルトがしかれてしまった。夏の日など、かごを下げて歩いてみると、いかにもむんむんして照りかえしがきつい。それに何ともふぜいがなくなった。
 2私(わたし)は舗装(ほそう)されたのを残念に思った。新たに作った高速道路のようなものならまことにりっぱな舗装(ほそう)があってしかるべきだと思う。しかしほとんど車も通らない昔ながらの通り路のようなものまで舗装(ほそう)する必要は果たしてあるのだろうか。3いちおう石ころで足裏(うら)がごろごろすることもなくて歩きやすいようではあるが、幅(はば)一メートルありやなしやのこんな細道がべタッと黒くアスファルトを塗ら(ぬ )れているのはいたましくさえある。弱いはだにこってりドーラン(おしろいの一種)をぬって皮膚(ひふ)呼吸(こきゅう)をふさいでしまった感じがする。
 4私(わたし)がこどものころはいていた皮靴(くつ)は、たいていどれもこれも爪(つま)さきがけばだっていた。石けりをしながら歩くせいだ。これときめた小石を、小さくけりつづけながら学校へゆき家に帰る。車の心配などほとんどせず、けとばした石のゆくてのまにまに、よろけながら歩くのである。5いま、こんなことをしたら、それはもういっぺんに車にひかれてしまうが、昔はそんなことをしながらにぎやかにこどもは道を歩いた。
 道にはいろいろなものがあった。しゃれた石、虫の死がい、雑草の可憐(かれん)な花、ラムネびんの破片(はへん)、石炭のかけら、鳥の羽。6そんなものにいちいち心をとめながら、ゆっくりとこどもは楽しみながら歩くのであった。舗装(ほそう)された道にはそんな、手にとりたいようなものは何にもないのだ。
 最近ある方から石を一ついただいた。7ダイヤモンドやルビーでもない、また当然石ブームでさわがれる菊(きく)石とか赤石とかのしろものでもない。平べったい薄茶(うすちゃ)色の石で、手のひらに軽く乗る大きさ、重さである。
 ただおもしろいのは、全体にキララ(光る鉱物の一種)が入っていることで、光を受けて小さく一せいにまたたく。8太陽にあてると楽しいですと言われて、私(わたし)は日の光にも、また月の光にも照ら
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してみた。チカチカとかわいらしくきらめくのをみると、いわゆる童話の世界のおもむきがある。その人は、道で拾いましたと言った。どんな道だろう。9ゆたかな気持ちで、ものみなすべてにいとしみを感じながら歩く土の道にちがいない。無味乾燥(かんそう)なアスファルト道路、車が通るだけのための道にはこんな石はないのだ。
 もちろん舗装(ほそう)された道も場合によっては大切である。0ほこりをあびせかけられる街道筋(かいどうすじ)の家などは気の毒で見られない。一刻(いっこく)も早く舗装(ほそう)しなければ、道すじの家は窓(まど)も開けられない。だが、道が一番道らしいのは、人間のくらしをあたたかに支え、いろいろなものを発見することのできるふみしめられた道である。この事だけは忘れ(わす )てはならないのだ。
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a 長文 3.4週 he
 オーストラリアのヨーク半島のつけね、西側にいたイル=イヨロント族の変化を見てみます。
 かれらは食料採集民で、狩り(か )をしたり木の実を集めたりという生活をしていました。かれらにとっても石斧(いしおの)は男のものでした。奥さん(おく  )や子供(こども)が借りることはできましたけれど、借りるとき、返すときのあいさつは、夫は妻に、父は子に優位(ゆうい)に立っていることを確かめる機会でした。そこへ白人がやってきて、鉄の斧(おの)が入ってきました。イル=イヨロント族の人びとが白人の手助けをすると、その代償(だいしょう)として鉄の斧(おの)をくれたりします。ときには、奥さん(おく  )が鉄の斧(おの)をもらうことがあります。夫のほうは石の斧(おの)しかもっていないのに、奥さん(おく  )が鉄の斧(おの)をもっていることになります。そうすると、「すまんけど、おまえの鉄の斧(おの)を貸してくれ」ということもおきてきます。これが石が鉄に代わったことでおきたさまざまな結果の一つです。
 もっと重要なことは、イル=イヨロント族が浮い(う )た時間をどう使ったかということです。この点にいま私(わたし)は大きな関心をもっています。
 浮い(う )た時間を使って、なんとかれらは昼ねをしたのです。私(わたし)はじつは、その部分を読んだときに吹き出し(ふ だ )てしまいました。この笑いには軽蔑(けいべつ)の意味もふくまれていたと思うのです。ところが、私(わたし)のこの感想はじつはまちがっていた、といまは思っています。
 二千年前、日本ではどうだったでしょうか。石から鉄へと変わってきたときに、弥生(やよい)人はおそらく浮い(う )た時間で宴会(えんかい)に出席することも、昼寝(ひるね)をすることもしませんでした。石から鉄への変化を、生産力の飛躍(ひやく)的な増大につなげたのです。いままで石の斧(おの)が一本倒し(たお )ている時間で、四本倒す(たお )というぐあいに、すごく生産力を高めたのです。
 四世紀、六世紀(古墳(こふん)時代)の農民が働き者だったことは、群馬県で火山の噴火(ふんか)や洪水(こうずい)の直後に復旧工事にとりくんだ証拠(しょうこ)からわかっています。また、日本の農業が草をとればとるほど、よい収穫(しゅうかく)
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を約束される農業であることから、弥生(やよい)農民が働き者だったことを、私(わたし)は予測しています。
 パプア=ニューギニアやオーストラリアでは浮い(う )た時間を遊びに使ったのに、日本では労働に使ったということで、日本人は勤勉(きんべん)だと先祖をほめたたえるつもりか、と思われるかもしれません。そうではありません。
 道具や技術は、毎年のようにどんどんすぐれたものになっていきます。なんのためだと思いますか。質問すると、すこしでも楽になるようにとか、効率がよくなるようにとか、企業(きぎょう)がもうけるためだとかいう答えがよくもどってきます。しかし、結果から見ると、私(わたし)はそうではない面もあると思うのです。
 じつは、私(わたし)たちを忙しく(いそが  )するために道具や技術は発達してきているのではないでしょうか。それまで十時間かかったところを、三時間で行くことができるようになったとします。浮い(う )た七時間をどう使うかと考えてみると、ほかの仕事をしているのです。
 すくなくともつい最近までは、歩いている時間とか車に乗っている時間はボケーッとしていることができました。あるいは空想にふけることができました。しかし、いまや携帯(けいたい)電話ができたのです。歩いていても、車に乗っていても、いつ電話がかかてくるかわかりません。相手からだけでなくて、自分からもかけます。なにもそんなときまでと思うのですが、そんな大人たちが増えています。
 私(わたし)たちは、技術や道具の発達は自分たちを解放するためだと思っていますが、じつは大きな誤解(ごかい)で、自分たちを忙しく(いそが  )するために技術や道具が発達している面もあるのではないかと思うのです。そこで私(わたし)は思うのです。オーストラリアのイル=イヨロント族が浮い(う )た時間を寝(ね)たというのは、正解だ、と。
 多田道太郎(みちたろう)さんは、つぎのようなことを私(わたし)に語ってくれました。
『日本には「休む」とか「怠ける(なま  )」ということばがあるけれども、みんな悪い意味で使われている。しかし、私(わたし)たちは、むしろ強制されたことはなにもしないという状況(じょうきょう)に自分をおくことがたいせつだ。そういう状況(じょうきょう)のなかで、自由にしたいことをする、それが
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長文 3.4週 heのつづき
遊びだ。』
 多田さんのいうことのなかに、私(わたし)にとってひじょうに重要なことがふくまれていました。それは、強制されている状況(じょうきょう)からは空想力がはばたくはずがない、休んではじめて人間の構想力とか空想力がはばたくのだということです。働きづめに働いていると、そのあげくに出てくることは、しょせんたいしたことはないのだということです。空想力は想像力とおきかえてもいい。アインシュタインが知識よりも想像力のほうがずっとたいせつだ、といっていることを思いだします。
 たしかに日本人は働きすぎると思います。私(わたし)たちはもうすこし余裕(よゆう)をもって、いい意味での怠惰(たいだ)の精神、遊びの精神で生きていくべきではないでしょうか。これをなによりもまず自分自身にいいたいと思います。もっと余裕(よゆう)をもって、遊びをもって生きていったらいいのではないか、それをイル=イヨロント族に学びたいという思いなのです。

(佐原(さはら)真「遺跡(いせき)が語る日本人のくらし」)
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