1私の家は自動車がやっと通れるぐらいの路地に面している。三年前まではその路地は、さまざまな人や動物の散歩道として利用されていた。都内にはめずらしくほそうされていず、道ばたには草が生えていた。となり近所には古い家が多くて、敷地からはみ出した樹木の茂みが路上に日かげをつくった。
2それだけの道である。長さにして一〇〇メートル、石段を経て下の大きな道に出る。買物に行く主婦も、下のバス停に行く人も、ちょっと回り道をしてこの道を通っていった。毎朝定刻につえをついてくるおじいさん、犬を連れたおくさんも通った。3犬は大喜びで所々で地面に鼻をつけ、最後に足をあげて自分である印を残していった。ネコも走りぬけた。一度だけだがへびもはいだしてきた。私の娘たちは大学生になった今もなつかしげにこの道のことを話すが、実際近所の子供たちのたまり場でもあった。
4何が彼らをこの路地に引きつけたのだろう。女の子や小さい男の子が草の葉を引っぱっているのを私はよく見かけた。彼らはこの路地で地球のかけらを発見していたのではなかったろうか。犬たちが鼻でその存在を確かめたように。
5私自身もコンクリートにはあきあきしていて、道ばたに草が生えている風景を心ひそかに楽しんでいた。ある秋、黄褐色に熟したエノコログサをながめていると、となりの家のおばあちゃんが近づいてきた。6片手に花ばさみを持っている。おばあちゃんは昔は踊りの名手だったそうだから、背筋がピンと伸びている。
「こんにちは。いいお天気ですね」
「ちょっとネコジャラシをいただきますよ。お花の材料に。それにしてもこんな所に生えてくるなんてねえ」
とおばあちゃんは感心している。
7「穂にさわってごらんなさいよ。気持ちのいいこと」
「でも近ごろの子供はこれでネコと遊ぶなんて知らないみたい」
私はすっかりとなりの家のおばあちゃんに仲間意識を持った。
しかしほどなく人間とは矛盾した生き物であることが証明される
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