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 日本は、世界の中でもきわめて安全な社会だといわれています。国民一人あたりの犯罪発生率も低いですし、ふだんスリや置き引きの心配をせずに生活できます。ハンドバッグをいすにかけたり、カバンを電車の網棚あみだなにのせたり、わきに置いたまま電話をかけたりといったことはあたりまえになっています。こうしたことができるのは、もちろんたいへんいいことなのですが、ごみの視点してんで見たときに、この安全度の高さが困っこま た問題の原因となっていることがあります。
 それは自動販売はんばい機の普及ふきゅうです。安全な社会でなければ自動販売はんばい機をだれも監視かんししていない所に置いておくことはできません。日本では、ジュースなどの清涼せいりょう飲料からはじまって、酒、たばこ、週刊から乾電池かんでんちにいたるまで、自動販売はんばい機は、いたるところに見られます。普及ふきゅう台数は全国で六百万台近く、国民二十人あたり一台の割合わりあいになります。これが安全についての日本の特殊とくしゅ事情によることはいうまでもありません。
 ところが問題もあります。自動販売はんばい機はいつでも気軽に買えるために、清涼せいりょう飲料の消費が大きくのび、その結果ごみも増えることとなりました。また、屋外で飲まれることが多いため、容器がどうしても散乱さんらんすることになります。道路わきや海岸、公園などに散乱さんらんする空き缶あ かんやペットボトルは、ごみ問題の一つの象徴しょうちょう存在そんざいです。道徳心にうったえることも大切ですが、野放しの自動販売はんばい機にも一考の余地がありそうです。
 日本人は働きすぎだといわれます。しかし、現在は週休二日制などが導入され、また労働時間の短縮たんしゅくもはかられていますから、これからは余暇よか利用はますますさかんになるでしょう。その代表は観光です。そこで観光で生きていこうとする地域ちいきでは、どうすれば人が来てくれるか、知恵ちえをしぼることになります。
 先日、静岡しずおか県の伊東いとう観光協会から、「伊東いとうの観光のあり方を考える」というテーマで講演をたのまれたのを機会に、観光とはなんだろうか、人はなにを求めて観光地に行くのだろうか、観光客はどうすれば満ち足りた気分になるのだろうかと考えてみました。
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の答えは一言でいえば、日常生活からの解放、つまりいつもとまったくちがう世界を楽しむということです。都会のオフィスで、毎日コンピュータとにらめっこしているサラリーマンにとって、人里はなれた渓流けいりゅうでヤマメを釣るつ こと、毎日食事のしたくにいそがしい主婦にとって、食事のしたくや後かたづけをせずに過ごせるということは、それだけでなんとなく豊かな気分になれます。
 ところでごみですが、これは、わたしたちが生活していくうえで、いつでもどこでもかならず出てくるものですから、日常性の代名詞だいめいしといってもいいものです。とすると、ごみが一つもない世界は、わたしたちの日常生活とはまったくちがった世界だということです。観光地からいっさいのごみをなくせば、そのことがそこを訪れおとず た人の心をいつもとちがった新鮮しんせんなおどろきで満たし、またそこへ行きたいという気持ちをおこさせることになるでしょう。
 この原理を適用して大成功した観光地、それが東京ディズニーランドです。ここには自動販売はんばい機は一台もありません。食べもの、飲みものの持ちこみも禁止されています。どこを見わたしても、ごみが一つも落ちていません。もしだれかがごみを捨てす たとすると、目にもとまらぬ速さで係員がちり取りに入れてしまいます。ちょうどウインブルドンのテニス世界選手権せんしゅけんで、ネットにかかったボールがすばやく取り去られるような要領です。
 ミッキーマウスもシンデレラ(じょうも、確かに非日常の世界なのですが、ごみが散乱さんらんしていたのではたちまち日常の世界に引きもどされてしまいます。ごみはそれほど日常を強く意識させ、わたしたちの日々の生活に深く結びついているのです。というわけで、伊東いとうの海岸にまた行ってみようという気持ちにさせるには、この方法を応用したらどうか、道徳心にうったえる方法とはまったく逆の、つまりごみをすばやく拾い、砂浜すなはまにはごみが一つも落ちていないようにするという方法を考えてみたらどうかということを、お話したのです。
 このように、ごみは社会を考える切り口をあたえてくれます。ごみから社会を見ていくと、社会の新しい面が見えてきます。ごみはわたしたちの生活や社会と表裏一体ひょうりいったいの関係にあるからです。
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