1私はゲオルク・ジンメルという約百年前ドイツで活躍した社会学者の研究を専門にしていて、数年前に『ジンメル・つながりの哲学』(NHKブックス)という本を書きました。その作業中、まさに百年前にドイツで生きたジンメルという人間と、「どうなの? これどうなの?」という会話をしている実感があったのです。2たしかにそこまでのめり込むには相当な集中力を要します。でも、真剣にある程度耳を傾けようとすれば、「いま・ここ」にはいない筆者と、いつのまにか直接対話しているような感覚を味わえることもあるのです。
3みなさんでしたら、大好きな小説家、詩人、歴史上の人物でもいいでしょう。本の世界に没頭していくと、文字を通して、書き手や登場人物の肉声がなんとなく聞こえてくるような感覚、コミュニケーションがだんだん双方向になっていく感覚が生じてくることがあるのです。
4もちろん本を読めばいつでも、というわけにはいきません。でも、私が『つながりの哲学』を書いていたときは、「ジンメルだったら今の日本をどういうふうに見るんだろうな」というようなことを、ずっと考えながら執筆していたので、5なんとなく彼がいつのまにか今の時代にタイムスリップしてきて、今の日本を見ながら私に語りかけてくれているような気分になっていました。
コミュニケーションの本質って、じつはこういうところにあるんじゃないかと思います。
6具体的な人との関係でも、漫然と言葉を交わしているだけではだめなのです。
ちょっと心地よくなると、すぐその場を放棄できてしまう言葉がいくつも準備されていて、自分の感覚的なノリとかリズムとか、7そういうものの心地よさだけで親しさを確認していると、やはり関係は本当の意味で深まっていきません。料理でいうと「苦み」のない、ただ甘いだけの料理を求めてしまう感じですね。
ノリとリズムだけの親しさには、深みも味わいもありません。8そればかりか、友だちは多いのに寂しいとか、いつ裏切られるかわからないとか、ノリがちょっと合わなくなってきたらもうダメだと
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