美術担当の先生洋は、学校の近くで開かれている写生大会を見まわりながら指導していたが、その途中で、描くのに苦労している女の子の下絵をよかれと思って手伝った。一方、学校で何かと話題の中心になる根元少年の姿が見えず、気になっていたが……。
ふりむくと――根元少年が立っていた。
―先生は描かんのきゃあ?
と、きいた。
―ん? 今日は見まわるだけで手一杯やからな。
正直に答えてから、ふと気になってきき返した。
―根元はもう描いたンか。
根元少年は黙って画板をさしだした。白紙だった。ピンを外して裏返して見ても何も描いてなかった。
―今までなにしてたンや。
ちょっときつい声になってとがめるように言ってしまった。根元少年は平気で、チョウチョを追いかけとった――と答えた。
―白紙なんか受けとらヘンよ。
と言ってやっても、やっぱり平然としている。そしてさっきとおなじ質問をした。
―先生は描かんの?
―描く用意してへんさかいなあ。
根元少年は黙って自分の画板と絵具箱と、カンヅメを利用した水入れをさしだした。
―根元のを描いてやるわけにはいかんがな。
やんわり断ると、根元少年はついと横をむいて鼻を鳴らした。
―女の子のは手伝ってやったのによ……。
どこからか見ていたらしい。
―あんまりおそいから、ほんのちょと手伝うたンや。
弁解がましくなると知りながらも正直に説明した。すると根元少年は自分の画用紙を指して、おれの方がもっとおそい……と、つぶやいた。
―それはちがうで。あの子は一生懸命やってもおくれたンや。根元はチョウチョを追うとっておくれてただけやろ。
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