a 長文 7.4週 hi
 美術担当たんとうの先生洋は、学校の近くで開かれている写生大会を見まわりながら指導していたが、その途中とちゅうで、描くえが のに苦労している女の子の下絵をよかれと思って手伝った。一方、学校で何かと話題の中心になる根元少年の姿すがたが見えず、気になっていたが……。

 ふりむくと――根元少年が立っていた。
―先生はかんのきゃあ?
と、きいた。
―ん? 今日は見まわるだけで手一杯ていっぱいやからな。
正直に答えてから、ふと気になってきき返した。
―根元はもういたンか。
根元少年は黙っだま て画板をさしだした。白紙だった。ピンを外して裏返しうらがえ て見ても何も描いえが てなかった。
―今までなにしてたンや。
ちょっときつい声になってとがめるように言ってしまった。根元少年は平気で、チョウチョを追いかけとった――と答えた。
―白紙なんか受けとらヘンよ。
と言ってやっても、やっぱり平然としている。そしてさっきとおなじ質問をした。
―先生はかんの?
く用意してへんさかいなあ。
根元少年は黙っだま て自分の画板と絵具箱と、カンヅメを利用した水入れをさしだした。
―根元のをいてやるわけにはいかんがな。
やんわり断ると、根元少年はついと横をむいて鼻を鳴らした。
―女の子のは手伝ってやったのによ……。
どこからか見ていたらしい。
―あんまりおそいから、ほんのちょと手伝うたンや。
弁解がましくなると知りながらも正直に説明した。すると根元少年は自分の画用紙を指して、おれの方がもっとおそい……と、つぶやいた。
―それはちがうで。あの子は一生懸命いっしょうけんめいやってもおくれたンや。根元はチョウチョを追うとっておくれてただけやろ。
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さすがに洋もちょっととんがった声で言ってやると、根元少年は首をすくめ、
―言えてる。
さすがに自分のさぼったことをみとめた。
―今からでもくか。手伝わンけど、見てたるさかい……。
洋が誘うさそ と、根元少年は素直にうなずいた。
―どこでくンや?
―さっきの女の子のとこ。
根元少年はただちに答えた。
―あそこ、先生の気にいったとこだろが。
―なんでわかるンや?
―チョウチョ追いかけながらでも気がついとったけど、先生、あそこに五ヘンも立ってたもんだでよ。
(ちゃんと見ておったンやな。いや、おれをつけとったな。そやさかい、こっちが探しさが ても見つからんわけや……。)
洋は苦笑して、さっきの場所へいそいだ。ところがそこで思いもかけない光景を見てしまったのだ。

今江いまえ祥智よしとも 「牧歌」)
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