a 長文 12.1週 hu
 わたし朝寝坊あさねぼうなどしたことがない。いつも早寝はやね早起きを心がけ、時間的余裕よゆうを持って行動している。それはなぜかというと、以前、父から「会社に遅刻ちこくして上司を激怒げきどさせた」という話を聞いたことがあるからだ。
 父はそのことをまるで笑い話のように語るが、わたしは、とてもそんなのん気にはなれない。わたしの学校の先生は、みんな厳しいきび  のだ。そんな先生たちに叱らしか れて、震え上がるふる あ  ような思いをするのは絶対にいやである。
 理由はもう一つある。そうした生活パターンのおかげで、わたしは六年生になるまで、ずっと皆勤かいきん賞を続けていた。卒業まであと数ヶ月かげつ。六年間の皆勤かいきんは、わたしの大きな目標でもあった。
 しかし、わたしのそんな頑張りがんば があっさりと無駄むだになる出来事が、つい最近起こってしまった。その日もわたし寝坊ねぼうをしなかった。定刻ていこくに起きて、家を出発したのである。それなのに、乗り込んの こ だ電車が止まってしまったのだ。
 車内アナウンスが、電線に異常いじょうがあり走行できなくなった、と伝えていた。わたし呆然とぼうぜん した。このままでは遅刻ちこくはまぬがれない。それも、ひどい大遅刻ちこくだ。せっかくこれまで気をつけてきたというのに、しかも自分の責任ではないのに!
 携帯けいたいで母に電話をかけると、速報が出ているから学校も分かっているはずだ。あなたは怪我けがをしないように気をつけなさい、と優しくやさ  言ってくれた。そうやって落ち着かせてもらうまで、わたしの頭は焦りあせ 苛立ちいらだ 混乱こんらんしていた。
 しばらく待っても電車は動く気配がない。ついに、わたしたちはその場で電車を降ろさお  れ、次の駅まで歩く羽目になった。
「今からドアを開きます。お体をお離しはな ください。お()りになる際は、押しお 合わずゆっくりとお願いいたします。」
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 そんなアナウンスを聞いて、わたしは「いつもは乗るときに同じことを言っているのにな」と少し面白くなった。このころには、普段ふだんのペースから外れた特別な状況じょうきょうを、どこか楽しめるようになっていたのである。
 長々と続く線路。普段ふだんなら決して見ることができない光景だ。その上を歩いていると、昔見た古い映画えいがのワンシーンが思い出されて、思わずうきうきしてしまった。
 学校に到着とうちゃくしたのは、一時間目の授業が終わるころだった。教室に入ったわたしを、担任たんにんの先生は気の毒そうに見た。母の言ったとおり、遅刻ちこくの理由も、そしてわたし皆勤かいきんを目指していたことも知ってくれていたのだろう。今日、遅刻ちこくしたのは自分のせいではない。しかしわたしは不思議と、素直に「すみません」と謝ることができた。
 人間にとって、たまには時間に縛らしば れず、解放的な気分を味わうのもいいのかもしれない。皆勤かいきん賞の夢は途絶えとだ たが、代わりに貴重きちょうな体験をすることができた。「急がば回れ」ということわざもある。わたしは一度くらい、のんびり朝寝坊あさねぼうをしてみるのもいいかな、とふと思った。

(言葉の森長文ちょうぶん作成委員会 ι)
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