a 長文 10.1週 ku
1「今日(きょう)は十五夜(じゅうごや)だから、お団子(だんご)作ろ(つく )うか。」
 朝(あさ)ごはんのあとで、お母さん( かあ  )が言い(い )ました。私(わたし)は、大きな声(こえ)で、
「うん、作ろ(つく )う。作ろ(つく )う。」
と騒ぎ(さわ )ました。お母さん( かあ  )は、にっこりしながら、
「じゃあ、材料(ざいりょう)用意(ようい)しておくから、今日(きょう)は遊ぶ(あそ )約束(やくそく)をしないでね。」
と言い(い )ました。
 2私(わたし)は、小さいころから何(なん)回(かい)もお団子(だんご)を作っ(つく )たことがあります。私(わたし)はお団子(だんご)作り(づく )が大好き(だいす )です。こねた生地(きじ)を手の平(て ひら)でころころと丸め(まる )ます。まるで粘土(ねんど)遊び(あそ )のようです。粘土(ねんど)と違う(ちが )のは、お団子(だんご)の方(ほう)がおいしそうな匂い(にお )がするところです。3お母さん( かあ  )はゆでてからでないと食べ(た )られないと言う(い )のですが、いつも、こっそり一口だけかじってみたくなります。
 家(いえ)に帰る(かえ )と、すぐにお団子(だんご)作り(づく )に取りかかり(と    )ました。お母さん( かあ  )が用意(ようい)してくれていたお団子(だんご)の粉(こな)と水を混ぜ(ま )ます。
4「ゆっくり混ぜ(ま )ないと、はねるから気をつけて。」
と注意(ちゅうい)されたので、なるべく丁寧(ていねい)に気をつけてかき混ぜ(  ま )ました。だんだん粘土(ねんど)のようにまとまってきました。お母さん( かあ  )は、
「どれどれ、ちょっと見せて。」
と、少し(すこ )つまむと、
「耳たぶくらいの柔らか(やわ  )さになったかな。5うん、いいんじゃない。もう丸め(まる )ていいよ。」
と言い(い )ました。そんなときのお母さん( かあ  )は、てきぱきしていて、まるで学校の先生のようだなと思い(おも )ます。生地(きじ)をむにゅっと取っ(と )て、ピンポン玉くらいの大きさに丸め(まる )ていきます。お供え( そな )にするのは十五個(こ)です。
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6残り(のこ )は、お母さん( かあ  )と私(わたし)のおやつになります。十五個(こ)までは同じ(おな )大きさになるように、丁寧(ていねい)に丸め(まる )ました。
「やった。十五個(こ)できた!」
 丸め(まる )終わっ(お  )たお団子(だんご)をよく見てみると、大きさもまちまちだし、形(かたち)もまん丸(  まる)ではありません。7丁寧(ていねい)に作っ(つく )たはずなのに、おかしいなあと心(こころ)の中で思い(おも )ました。そんな私(わたし)の気持ち(きも )がわかったのか、お母さん( かあ  )は、
「上手にできたね。お母さん( かあ  )が子どものころは、こんなに上手に丸め(まる )られなかったよ。お月様(さま)も喜ん(よろこ )でくれるね。」
と言っ(い )てくれました。8ゆで上がったお団子(だんご)は、もっちりしていてとてもおいしそうでした。
 十五夜(じゅうごや)では、お団子(だんご)は十五個(こ)お供え( そな )するのだそうです。中秋(ちゅうしゅう)の名月というのは、昔(むかし)の暦(こよみ)で八月十五日のお月様(さま)のことをいうのだとお母さん( かあ  )が教え(おし )てくれました。9十五日だから十五個(こ)お供え( そな )するのかなと心(こころ)の中で思い(おも )ました。十五個(こ)のお団子(だんご)を、まるでピラミッドのように重ね(かさ )て、窓(まど)のそばに置き(お )ました。まん丸(  まる)なお月様(さま)が嬉し(うれ )そうにこちらを見ているような気がしました。0

(言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい) ω)
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a 長文 10.2週 ku
 ものの色(いろ)は当たっ(あ  )た光(ひかり)の中で、どの色(いろ)を反射(はんしゃ)するかによって決まり(き  )ます。「赤」のものに光(ひかり)が当たる(あ  )と、「赤」以外(いがい)の色(いろ)はものの表面(ひょうめん)に吸収(きゅうしゅう)されてしまいます。そして「赤」だけが反射(はんしゃ)して、その光(ひかり)が見えるので赤く見えるというわけです。それ以外(いがい)の光(ひかり)は、プリズムを通す(とお )と見ることができます。美しい(うつく  )七色(なないろ)の虹(にじ)のように、実際(じっさい)は光(ひかり)にはいろいろな色(いろ)が入っています。 
 この人間(にんげん)に見える色(いろ)というのは、可視(かし)光線(こうせん)とよばれ、波長(はちょう)の長(なが)さで決まっ(き  )ています。光(ひかり)の中で可視(かし)光線(こうせん)より波長(はちょう)の長い(なが )ものを赤外線(せきがいせん)、短い(みじか )ものを紫外線(しがいせん)と呼ん(よ )で、これらは目で見ることはできません。しかし、昆虫(こんちゅう)の中には紫外線(しがいせん)を見えるものも多く(おお )、モンシロチョウも紫外線(しがいせん)で相手(あいて)を見て、オスかメスか判断(はんだん)しているそうです。
 ベンハムの独楽(こま)という実験(じっけん)があります。これは、ほんとうはない色(いろ)が見えるというもので、目の錯覚(さっかく)のひとつです。円の下半分(はんぶん)を黒く(くろ )ぬり、上半分(はんぶん)は黒(くろ)でしまのようなもようを描き(えが )ます。これにしんを通して( とお  )独楽(こま)を作り(つく )ます。回し(まわ )てみるとあらふしぎ。白と黒(くろ)しかないはずなのに、回し(まわ )方(かた)の速(はや)さや向き(む )によって「青」「緑(みどり)」「赤」などの色(いろ)が見えるのです。これは、人間(にんげん)の目がもついくつかのセンサーの「感じ取る(かん と )時間(じかん)」に差(さ)があるため、黒(くろ)から白に切り替わる(き か  )ときに、別(べつ)の色(いろ)に見えてしまうというのが主(おも)な原因(げんいん)と言わ(い )れています。この独楽(こま)で見える色(いろ)のことは「ベンハムカラー」と言い(い )ます。 
 ベンハムとは人の名前(なまえ)で、イギリスのおもちゃ製造(せいぞう)業者(ぎょうしゃ)でした。十九世紀(せいき)の終わり(お  )頃(ごろ)、実際(じっさい)にこのような独楽(こま)を作っ(つく )て発売(はつばい)したそうです。
 目の錯覚(さっかく)の例(れい)には次(つぎ)のようなものもあります。たくさんの斜線(しゃせん)のために、ほんとうはまっすぐなはずの白い部分(ぶぶん)が、ゆがんだり斜め(なな )に見えたりします。
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 このことは、人間(にんげん)が目で物(もの)を見ているのではなく、目を通して( とお  )脳(のう)で物(もの)を見ていることを示し(しめ )ています。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(φ)


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a 長文 10.3週 ku
 1生まれたてのおたまじゃくしは、長い(なが )しっぽをゆすって、およいでいますね。
 ところが、足がはえて、おかにあがるころには、しっぽが、とてもみじかくなっています。2そして、おやがえるになったときには、しっぽは、もう、そのあとさえみえません。
 おたまじゃくしのしっぽは、どこへいったのでしょうか。
 3おたまじゃくしが、かえるになって、おかにあがったあとで、池(いけ)の中をさがしてみてもしっぽは、どこにもおちていませんね。
 おたまじゃくしのしっぽは、おたまじゃくしが、たべてしまったのです。
 4でも、それは口でたべたのではありません。おたまじゃくしのからだが、じぶんのしっぽをいつのまにかすいこんでしまったのです。だから、しっぽは、ちぎれたのではなくて、ちぢんだわけです。
 5わたしたち、にんげんのからだだって、おたまじゃくしのようなことがありますよ。わたしたちは、年よりになると、たいてい、かみの毛(け)が白くなりますね。6あれは、かみの毛(け)にはいっている黒い(くろ )色(いろ)のもとを、からだがすいこんでしまったからです。
 7おたまじゃくしが、大きくなって、しっぽがきえるのと、にんげんが年をとって、しらがになるのと、おなじわけだなんて、おもしろいではありませんか。
 8わたしたちのからだは、すみからすみまで、血(ち)がながれていますが、あの血(ち)には、わるいものや、いらないものをたべてしまうはたらきがあります。
 9たとえば、びょうきのばいきんがはいってくると、血(ち)は、それをたべてしまいます。
 おたまじゃくしのからだが、じぶんのしっぽをたべるのも、それとおなじようなことなのです。0
 
 (「理科(りか)なぜどうして三年生」偕成社(かいせいしゃ))
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a 長文 10.4週 ku
 ユーモラスな表情(ひょうじょう)がかわいらしいドジョウは、どろの中がだいすきで、池(いけ)や田んぼなどのどろの中をすみかにしています。稲作(いなさく)をもとに生きてきた日本人にはたいへんなじみのある魚(さかな)で、どんぐりころころなどの身近(みぢか)な童謡(どうよう)にも歌わ(うた )れています。
 ドジョウの顔(かお)をおもしろく見せているのは、口元(くちもと)にはえた十本のひげです。このひげは、においをかいだり食べ物(た もの)をさがしたりするためにあるもので、生きるためには欠か(か )せない器官(きかん)なのです。
 おもしろいのは表情(ひょうじょう)だけではありません。ドジョウは人間(にんげん)と同じ(おな )ようにおならをするのです。
 魚(さかな)はえらを使っ(つか )て体(からだ)に酸素(さんそ)を取り込み(と こ )ますが、ドジョウはえらばかりでなく、腸(ちょう)からも酸素(さんそ)を取り入れ(と い )ています。ドジョウが、まるで水の外(そと)の様子(ようす)をうかがうように、ひょっこりと水面(すいめん)に顔(かお)をのぞかせることがありますが、それは空気を吸う(す )ためなのです。そして、腸(ちょう)の中にのこった空気は、おならとして排出(はいしゅつ)します。ですから、魚(さかな)なのにおならがでるというわけです。
 では、なぜドジョウが腸(ちょう)で呼吸(こきゅう)するのでしょうか。ドジョウは、水の底(そこ)にある泥(どろ)を飲み込ん(の こ )でその中にあるエサを食べ(た )、残り(のこ )の泥(どろ)のかすをえらから出して暮らし(く  )ています。そのために、ほかの魚(さかな)がするようなエラ呼吸(こきゅう)が十分(じゅうぶん)にできないので、腸(ちょう)を使っ(つか )て呼吸(こきゅう)をすると調子(ちょうし)がよいのです。
「本当(ほんとう)ですか。ドジョウさん。」
「ちょうです。」

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(ω)
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a 長文 11.1週 ku
1「リレーの選手(せんしゅ)は、そろそろ入場(にゅうじょう)門(もん)に行き(い )ましょう。」
 大内(おおうち)先生の大きな声(こえ)が聞こえ(き  )ました。その声(こえ)を聞い(き )たぼくは、急(きゅう)に心臓(しんぞう)がどきどきしてきました。ぼくは今年(ことし)、リレー選手(せんしゅ)になれたのです。そわそわしながら入場(にゅうじょう)門(もん)まで全速力(ぜんそくりょく)で走り(はし )ました。
 2入場(にゅうじょう)門(もん)に着く(つ )と、六年生の太一(たいち)君(くん)からゼッケンを渡さ(わた )れました。ぼくのグループは、青いゼッケンです。太一(たいち)君(くん)にゼッケンをつけてもらっていると、いつのまにかお母さん( かあ  )が隣(となり)に来(き)ていました。
「ゼッケンつけると、さすがにリレー選手(せんしゅ)って感じ(かん )がするね。がんばって。」
と言い(い )ました。3ぼくは少し(すこ )照れくさく(て    )なりました。
 いよいよ入場(にゅうじょう)です。入場(にゅうじょう)の音楽(おんがく)が流れ(なが )てきたら、不思議(ふしぎ)なことに緊張(きんちょう)はどこかへ飛ん(と )でいってしまいました。体(からだ)も軽く(かる )、いつもより速く(はや )走れ(はし )そうな気がしてきます。
 ピストルの音で一年生がスタートしました。4トラックを一周(いっしゅう)します。ぼくは身(み)を乗り出し(の だ )て一年生を応援(おうえん)しました。練習(れんしゅう)のときは、いつも二位(い)でバトンをもらっていました。今日(きょう)はどうだろうと気になって仕方(しかた)ありません。
 今度(こんど)は、いつものように二位(い)だけれど、一位(い)の子とあまり差(さ)がないようです。5ぼくは、絶対(ぜったい)に一位(い)になりたいと思い(おも )、バトンを受け取り(う と )ました。
 赤のゼッケンは、すぐ目の前(まえ)にいます。すぐにでも追い越せ(お こ )そうな気がしました。ぼくの周り(まわ )を歓声(かんせい)が包ん(つつ )でいます。ぼくは、走る(はし )のに夢中(むちゅう)で、応援(おうえん)団(だん)の声(こえ)もお母さん( かあ  )たちの声(こえ)も、はっきりと聞こえ(き  )ませんでした。6直線(ちょくせん)でぼくは一気に赤を抜き(ぬ )ました。あっという間(     ま)の出来事(できごと)でした。
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「やった! 抜かし(ぬ  )たぞ!」
 心(こころ)の中で叫び(さけ )ました。目の前(まえ)を誰(だれ)も走っ(はし )ていないのは、なんて気持ち(きも )がいいのだろうと思い(おも )ました。7そのまま一位(い)でバトンを渡し(わた )ました。太一(たいち)君(くん)がぼくに飛びつい(と   )てきて、
「やったな、やったな」
と頭(あたま)をくるくるとなでました。ぼくは、まるでホームランを打っ(う )た野球(やきゅう)選手(せんしゅ)のようだと思い(おも )ました。
 8ぼくたちのグループは、そのあと二位(い)になったり一位(いちい)になったりを繰り返し(く かえ )ていましたが、アンカーの太一(たいち)君(くん)には、三位(い)でバトンが渡り(わた )ました。太一(たいち)君(くん)は、バトンを受け取る(う と )と、ひゅうっと風(かぜ)を切る(き )ように走り出し(はし だ )ました。9すぐに白を抜い(ぬ )て二位(い)です。ぼくは必死(ひっし)で応援(おうえん)しました。最後(さいご)のコーナーで、ついに赤も抜き(ぬ )ました。一位(い)でゴールに入ってきた太一(たいち)君(くん)は、とてもかっこうよくて、ぼくは太一(たいち)君(くん)みたいになりたいと思い(おも )ました。0

(言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい) ω)
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a 長文 11.2週 ku
 雨が落下(らっか)するスピードは雨粒(あまつぶ)の大きさによって変化(へんか)します。
 霧雨(きりさめ)とよばれる霧(きり)のように小さな雨粒(あまつぶ)の直径(ちょっけい)は、〇・五ミリメートル以下(いか)です。この大きさで雨のスピードは、秒速(びょうそく)ニメートルです。時速(じそく)にするとおよそ七キロメートルです。
 ごく普通(ふつう)の雨は、直径(ちょっけい)ニミリメートルくらいだといわれています。この大きさでは秒速(びょうそく)七メートルになります。時速(じそく)にすると、およそニ十五キロメートルで、気持ちよく(きも   )自転車(じてんしゃ)をこいでいるくらいのスピードです。
 体(からだ)に当たる(あ  )と痛い(いた )と感じる(かん  )ほどの大粒(おおつぶ)の雨、たとえば夏(なつ)の夕立などの雨になると、雨粒(あまつぶ)の直径(ちょっけい)は五ミリメートル以上(いじょう)にもなります。この大粒(おおつぶ)の雨では、秒速(びょうそく)は十メートル。時速(じそく)では三十六キロメートルになるのです。
 雨に比べる(くら  )とハラハラと踊る(おど )ように舞い降り(ま お )てくる雪(ゆき)は、もっとゆっくり落ち(お )てきます。雪(ゆき)も、雨と同様(どうよう)に様々(さまざま)な大きさがありますが、だいたい秒速(びょうそく)で五十センチから一・五メートルです。
 雷(かみなり)とともにふることが多い(おお )ものに雹(ひょう)がありますが、この雹(ひょう)が驚く(おどろ )べきスピードでふってくるのです。直径(ちょっけい)五センチの雹(ひょう)で秒速(びょうそく)三十メートル以上(いじょう)、時速(じそく)にして計算(けいさん)すると時速(じそく)一〇八キロメートル以上(いじょう)ということです。これは高速(こうそく)道路(どうろ)を走る(はし )自動車(じどうしゃ)のスピードぐらいですから、車のボンネットがへこんだり、農作物(のうさくもつ)に被害(ひがい)をもたらしたりすることもあるのです。雹()の標的(ひょうてき)になったらたまりません。
 雨粒(あまつぶ)が落ち(お )てくるときは、細長い(ほそなが )形(かたち)でも丸い(まる )形(かたち)でもありません。あんパンやメロンパンのように、上が丸く(まる )て下が平ら(たい )な形(かたち)です。しかし、あまり速く(はや )落ち(お )てくるので、人間(にんげん)の目には雨が線(せん)のような形(かたち)で降っ(ふ )ているように見えるのです。
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 「雨が降ろ(ふ )うが槍(やり)が降ろ(ふ )うが」というのは、「どんなときでも」という意味(いみ)の言葉(ことば)ですが、本当に(ほんとう )槍(やり)が降っ(ふ )てきたらどのくらいのスピードになるのでしょうか。そんな実験(じっけん)はあまりやりたくありませんね。
 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(ω)
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a 長文 11.3週 ku
 1冬(ふゆ)のさむい日がくると、げんきなみなさんでも、手や足がかじかむことがあるでしょう。夏(なつ)のように、やたらにのどがかわいて、がぶがぶ水をのむこともありませんね。
 木だって、おなじことです。
 2冬(ふゆ)になって、土がひえると、木の根(き ね)がかじかんで、水をすわなくなります。
 それでは、あついとき、わたしたちが、のどがかわくのは、なぜだかしっていますか。
 それは、からだをひやそうとして、あせをかくからですね。3あせをかいてからだの中の水けがたりなくなると、水をのみたくなるのです。
 木だって、あせをかきます。
 にんげんのあせは、毛(け)あなからでますが、木のあせは、葉っぱ(は  )にあいている、目にみえない小さなあなからでます。4木のあせは、じょう気になってでていくので、葉っぱ(は  )がぬれることはありません。
 わたしたちは、あついときには、毛(け)あなをひらいて、あせをだします。さむいときには、毛(け)あなをとじて、あせをとめます。
 5ところが、さくらや、もみじの葉っぱ(は  )は、どんなときでも、あせのあなが、あけっぱなしです。こんな葉っぱ(は  )が冬(ふゆ)でもくっついていたら、どうなるとおもいますか。
 6葉っぱ(は  )からは、どんどんあせがでます。それなのに、根(ね)のほうは、かじかんで水をすいません。これでは、えだも、みきも、からからにかわいてしまうでしょう。かわいた木は、かれないわけにいきません。これではたいへんです。
 7だから、さくらや、もみじは、さむい冬(ふゆ)がくるまえに、さっさと、葉っぱ(は  )をおとしてしまうのです。
 8まつや、つばきの葉っぱ(は  )は、冬(ふゆ)でもおちません。それは、あせのでるあなが、にんげんほどでもないけれど、さくらなどよりは、ぐあいよく、できているからです。
 9さくらや、もみじでも、春(はる)になったら、さっそく、葉っぱ(は  )をださなければなりません。それで、冬(ふゆ)のうちに、葉っぱ(は  )になるめをよういします。0
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 (「理科(りか)なぜどうして三年生」偕成社(かいせいしゃ))
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a 長文 11.4週 ku
 奈津(なつ)は幼い(おさな )ころからとても利発(りはつ)で、本を読む(よ )ことや文を書く(か )ことが大好き(だいす )な女の子でした。ひとたび本を読み(よ )始める(はじ  )と、友達(ともだち)が遊び(あそ )に誘っ(さそ )ても全く(まった )応じ(おう )ません。なぜなら、友達(ともだち)と遊ぶ(あそ )より本を読む(よ )ほうがずっと楽しい(たの  )のです。一冊(さつ)の本を読み(よ )終わる(お  )と、もう一度(  いちど)はじめから何(なん)度(ど)も繰り返し(く かえ )て味わう(あじ  )ように読む(よ )のです。まるで本の世界(せかい)に入り込ん(はい こ )でしまったかのように熱中(ねっちゅう)してしまうのでした。
 そんな奈津(なつ)は、学校でも大変(たいへん)熱心(ねっしん)に勉強(べんきょう)に取り組み(と く )ました。あまりに熱心(ねっしん)なので、先生も驚い(おどろ )てしまうほどです。学ぶことが楽しく(たの  )て仕方(しかた)がないのです。砂(すな)が水を吸う(す )ように勉強(べんきょう)を理解(りかい)していくのですから、成績(せいせき)も大変(たいへん)優秀(ゆうしゅう)でした。
 ところがある日、思いがけない(おも     )ことが起こり(お  )ました。女の子は家(いえ)の手伝い(てつだ )や針仕事(はりしごと)をしたほうが役に立つ(やく た )のだから、学校はやめるようにと、お母さん( かあ  )が言う(い )のです。
 そのころは、学校へ通う(かよ )ことは恵まれ(めぐ  )た家庭(かてい)の子だけが持つ(も )特権(とっけん)でした。普通(ふつう)の家庭(かてい)では、家計(かけい)の足しにするために働く(はたら )ことが、学校で勉強(べんきょう)することよりも優先(ゆうせん)されていました。東京(とうきょう)に限っ(かぎ )てみても、女の子の半数(はんすう)以上(いじょう)が小学校に通え(かよ )なかったのです。学校へ行け(い )ない子たちは、家(いえ)でお母さん( かあ  )の手伝い(てつだ )をしたり、小さな弟(おとうと)や妹(いもうと)の世話(せわ)をして働き(はたら )ました。
 奈津(なつ)は、その時代(じだい)の女の子たちと同じ(おな )ように、学校をやめました。しかし、勉強(べんきょう)に対する( たい  )熱い(あつ )思い(おも )は一向に(いっこう )冷め(さ )ません。冷める(さ  )どころか、ますます大きく、強く(つよ )なってくるのでした。本が読み(よ )たくてたまらない奈津(なつ)は、こっそりと蔵(くら)に入り込み(はい こ )、暗がり(くら  )の中、小窓(まど)から差し込む(さ こ )光(ひかり)をたよりに、本を読みふける(よ    )ようになりました。
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 今(いま)から百二十年ほど前(まえ)の明治(めいじ)時代(じだい)の話(はなし)です。奈津(なつ)はのちに樋口(ひぐち)一葉(いちよう)という名前(なまえ)で作家(さっか)になり、「たけくらべ」「にごりえ」といった名作(めいさく)を残し(のこ )ました。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(ω)
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a 長文 12.1週 ku
 1今日(きょう)のお昼休み(ひるやす )に、さとし君(くん)が、
「サッカーしたい人、集まれ(あつ  )。」
と言っ(い )たので、ぼくは、
「はあい。」
と、手を上げながら、さとし君(くん)のところに行き(い )ました。ゆうや君(くん)もたけし君(くん)も、
「僕(ぼく)も、僕(ぼく)も。」
と言っ(い )て、やって来(   き)ました。2それを見ていた、ほかの友達(ともだち)も集まっ(あつ  )て来(き)ました。ちょうど十人集まっ(あつ  )たので、五人ずつに分かれ(わ  )てチームを作り(つく )ました。
「さあ、急い(いそ )で校庭(こうてい)に行こ(い )う。」
と、僕(ぼく)が声(こえ)をかけると、ゆうや君(くん)が、
「うん、早く行か(い )ないと六年生に場所(ばしょ)を取ら(と )れちゃうよ。」
と、大きな声(こえ)で言い(い )ました。
 3運(うん)よく、サッカーコートは空(あ)いていました。いよいよ試合(しあい)開始(かいし)です。僕(ぼく)は、キーパーになりました。どんなボールが飛ん(と )できても、絶対(ぜったい)に止め(と )てやるぞと思い(おも )ました。相手(あいて)チームには、地元(じもと)のサッカーチームで活躍(かつやく)しているはやと君(くん)や体(からだ)の大きいまさたか君(くん)がいます。4早速(さっそく)、はやと君(くん)がシュートをしてきました。ものすごい勢い(いきお )でボールが飛ん(と )できます。
「けんと、止めろ(と  )よ。」
 誰か(だれ )の声(こえ)が聞こえ(き  )ました。ぼくは、心(こころ)の中で、
「ヨッシャー。」
と叫び(さけ )、ボールに飛びつき(と   )ました。一瞬(いっしゅん)、はやと君(くん)のがっかりした顔(かお)が目に映り(うつ )ました。
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 5たけし君(くん)が、
「けんと、よくやった。」
と、声(こえ)をかけてくれたので、僕(ぼく)は、
「おお。」
と、手を上げました。
 そのあとも何(なん)度(ど)かボールが飛ん(と )できましたが、僕(ぼく)は、必死(ひっし)でボールを止め(と )ました。どちらのチームも、なかなか点(てん)が入りません。6このまま引き分け(ひ わ )で終わる(お  )かなと思っ(おも )ていたときです。少し(すこ )遠く(とお )にいたまさたか君(くん)がいきなりシュートをしてきました。ボールは、ゴールに向かっ(む  )て、一直線(いっちょくせん)に飛ん(と )できます。僕(ぼく)は、あわててボールに飛びつこ(と   )うとしました。7指(ゆび)の先がボールに触れ(ふ )たのがわかりました。でも、そのあと、ボールは、すっぽりゴールにおさまってしまいました。相手(あいて)チームから歓声(かんせい)が上がりました。
 ゆうや君(くん)が、
「けんと、ドンマイ。大丈夫(だいじょうぶ)だよ。僕(ぼく)が絶対(ぜったい)に点(てん)を入れるから。負け(ま )てたまるか。」
と、真剣(しんけん)な顔(かお)で言い(い )ました。8僕(ぼく)は、まるで、ワールドカップの決勝(けっしょう)戦(せん)に出場(しゅつじょう)しているような気分(きぶん)になってきました。そのあと、ゆうや君(くん)は、パスされたボールを、見事(みごと)な足さばきでゴール近く(ちか )まで運び(はこ )、ゴールの右端(みぎはし)をねらってシュートしました。9相手(あいて)チームのキーパーは、手も足も出ません。見事(みごと)なゴールでした。
 そのとき、お昼休み(ひるやす )の終わり(お  )を告げる(つ  )チャイムが鳴り(な )ました。ゆうや君(くん)が、
「勝負(しょうぶ)は、明日(あした)に持ち越し(も こ )だな。」
とつぶやきました。僕たち(ぼく  )は、急い(いそ )で教室(きょうしつ)に向かい(む  )ました。0

(言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい) Λ)
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a 長文 12.2週 ku
 スフィンクスというのは、エジプトやギリシア、メソポタミアの神話(しんわ)に登場(とうじょう)する、人間(にんげん)の顔(かお)を持ち(も )、ライオンの胴体(どうたい)を持つ(も )という怪物(かいぶつ)です。エジプトのスフィンクスは、あごひげを生やした王様(おうさま)の顔(かお)をしていて、王様(おうさま)や神様(かみさま)を守る(まも )とされています。メソポタミアのスフィンクスは、顔(かお)は女性(じょせい)で、鷲(わし)の翼(つばさ)を持っ(も )ています。ギリシアのスフィンクスも、顔(かお)は美しい(うつく  )女性(じょせい)、脚(あし)と尾(お)は獅子(しし)で、翼(つばさ)は鷲(わし)となっています。
 スフィンクスは、たいへん知恵(ちえ)があり、なぞなぞやゲームが大好き(だいす )です。神話(しんわ)によると、王の息子(むすこ)オディプスは、スフィンクスがテーバイという町で通る(とお )ものになぞなぞを出して、解け(と )ない者(もの)を食べる(た  )という話(はなし)を聞き(き )ました。オディプスが行(い)ってみると、スフィンクスは次(つぎ)のような問題(もんだい)を出しました。
「朝(あさ)には四本足、昼(ひる)には二本足、夜(よる)には三本足で歩く(ある )ものは何(なに)か。その生き物(い もの)はすべての生き物(い もの)の中で、いちばん姿(すがた)を変える(か  )ものである」
 それまでにも、多く(おお )の人たちが挑戦(ちょうせん)しましたが、誰(だれ)もこの謎(なぞ)を解く(と )ことはできませんでした。しかし、オディプスは、スフィンクスにこう言い(い )ました。
「答え(こた )は人間(にんげん)だ。なぜかと言う(い )と、赤ん坊(あか ぼう)の頃(ころ)はハイハイで四つ足、大人になると二本足で歩き(ある )、年をとると杖(つえ)をつくので三本足になるからだ。」
 謎(なぞ)を解か(と )れたスフィンクスは海(うみ)に身(み)を投げ(な )てしまいました。
 人間(にんげん)はこのように、一生のうちでその姿(すがた)を何(なん)度(ど)も変え(か )ます。姿(すがた)だけでなく、脳(のう)の働き(はたら )や感情(かんじょう)なども、成長(せいちょう)とともに変化(へんか)します。これは他(た)の動物(どうぶつ)よりも、脳(のう)をはじめとした体(からだ)のしくみが複雑(ふくざつ)なせいです。スフィンクスは、このなぞなぞを通じて( つう  )、ほんとうは何(なに)を人間(にんげん)に問う(と )ていたのでしょうか。今(いま)となっては知る(し )よしもありません。
 では、「朝(あさ)には八本足、昼(ひる)には七本足、夜(よる)には六本足の生き物(い もの)」は何(なに)でしょうか。答え(こた )は、お腹( なか)のすいたタコが、昼(ひる)に自分(じぶん)の足を一本食べ(た )、夜(よる)にもう一本食べ(た )てしまったところです。
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 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(φ)
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a 長文 12.3週 ku
 1ふろあがりに、どこかのおじさんが、ぬれタオルをあたまにのせているのを、みたことはありませんか。
 2ふろあがりでなくても、夏(なつ)のあついとき、ぬれタオルをあたまにのせると、すずしいかんじがします。
 なぜでしょうか。
 3それは、タオルの水がかわくとき、ねつをもっていってくれるからです。
 わたしたちは、ほんとうは、いつもタオルのようなものを、もってあるいています。4さむいときは、そのタオルをかわかしておきますが、あついときは、さっそく水でぬらして、すずしくなるくふうをします。
 5そのタオルのようなものというのは、わたしたちのひふです。からだじゅうにきているひふです。
 6ひふタオルは、もめんのタオルほど、よく水をすいませんが、ぬらしたいときには、あとからあとから、あせをだして、しめらせておくことができます。
 7そうすると、あせが、わたしたちのからだからねつをすいとって、じょうはつするのです。
 ところが、犬は、気のどくに、大きなひふタオルをもっていません。8あつくても、あせをかいて、ひふタオルをぬらすわけにはいかないのです。
 でも、犬は、小さなタオルを一まいだけもっています。それが、したです。9そこで、夏(なつ)のあついとき、犬は、ぬれたしたをだして、はあはあやるのです。
 犬がしたをだすのは、おじさんが、あたまにぬれタオルをのせるのとおなじわけなのです。0

 (「理科(りか)なぜどうして三年生」偕成社(かいせいしゃ))
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a 長文 12.4週 ku
 「いちばん貧しい(まず  )人に仕える(つか  )ため、町に出て行こ(い )う。」
何(なに)不自由(ふじゆう)ない生活(せいかつ)を送っ(おく )ていたマザー・テレサが、そう決心(けっしん)して修道院(しゅうどういん)をあとにしたとき、持っ(も )ていたお金はわずか五ルピーのみでした。今(いま)の日本のお金にしてみると、およそ百五十円です。たったこれだけのお金でいったい何(なに)ができるというのでしょう。しかし、マザーはあきらめません。神(かみ)に与え(あた )られた自分(じぶん)の使命(しめい)を果たす(は  )ためにも、あきらめるわけにはいかないのです。
 カルカッタの町には、多く(おお )の子供(こども)たちが表情(ひょうじょう)もなく座り込ん(すわ こ )でいました。学校へ通う(かよ )お金もなく、食べる(た  )ものも満足(まんぞく)になく、ただじっと座り込ん(すわ こ )でいるのです。
 教育(きょういく)こそが貧し(まず )さから抜け出す(ぬ だ )鍵(かぎ)になると直感(ちょっかん)したマザーは、すぐさま子供(こども)たちを集め(あつ )て青空教室(きょうしつ)を開き(ひら )ました。もちろん机(つくえ)もいすもありません。地面(じめん)を黒板(こくばん)代わり(か  )にし、読み書き(よ か )の基礎(きそ)から指導(しどう)していきました。
 その噂(うわさ)はまたたく間(    ま)に広まり(ひろ  )、たくさんの子供(こども)たちがつめかけるようになりました。すると、マザーの活動(かつどう)に賛同(さんどう)し手助け(てだす )をしてくれる強力(きょうりょく)な協力(きょうりょく)者(しゃ)が次々(つぎつぎ)と現われ(あら  )ました。
 たった五ルピーしか持た(も )ないマザーが、その活動(かつどう)を大きく広げ(ひろ )ていったのは、こうした人々の愛(あい)によるところが大きいのです。
 多く(おお )の心(こころ)ある人々に支え(ささ )られ、マザーなき現在(げんざい)も、マザーの活動(かつどう)はカルカッタの町にしっかりと根づい(ね  )ています。
 私(わたし)たちはみな、愛(あい)を持っ(も )ています。ただ、十分(じゅうぶん)に人に与える(あた  )方法(ほうほう)がわからないだけなのかもしれません。
「いったい、いつ、まずしい人々の貧困(ひんこん)はやむのですか。」
そうたずねられたマザーは、
「あなたと私(わたし)が分かち(わ  )合い(あ )はじめたときに。」
と答え(こた )ました。

 言葉(ことば)の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員(いいん)会(かい)(ω)
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