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 研究者をめざす多くの人は、「何を研究するか」(what)が一番大切だと思うかもしれないが、その前に「どのように研究するか」(how)という問題意識の方がより重要だと私は考える。
 科学的な発想や思考、問題を見つけるセンスから始まって、理論的な手法や実験的な手技に見られる基本的な勘所かんどころは、すべての分野に共通している。その意味で、「どのように研究するか」という考え方や方法論をしっかり身につけておけば、どんな分野の研究でもできることになる。
 逆に、「何を研究するか」のみを重視すると、ある分野の知識を蓄えたくわ たあとで研究分野を変えた時に、一からやり直しになるかのような気がしてしまいがちである。その結果、同じ分野に安住することになり、新しい発想や異分野からの知見を取り入れることに、二の足を踏むふ ことになりかねない。だから、まず「どのように研究するか」を十分に体得した上で、「何を研究するか」を考えた方が良い。
 大学や大学院で始めた研究が、将来のライフワークとなる研究分野と一致いっちしたとしたら、それはとても幸運なことだが、そうでなくともがっかりすることはない。その過程で、「どのように研究するか」をまなぶことができたとしたら、それは研究者の卵として最大の財産になるに違いちが ない。
 「どのように研究するか」は、言い換えれい か  模倣もほうの段階である。そして、「何を研究するか」は、創造の段階に対応する。すでに述べたように、この順番が大切だ。「一に模倣もほう、二に創造」である。
 幅広くはばひろ 科学の知識を吸収し、研究の仕方や考え方を確実に模倣もほうした上で、専門的な分野で創造的な研究に進むことが望ましい。ただし、模倣もほうするにしても、受身になって情報に触れるふ  だけでは身につかない。自分で吸収しやすいようにかみ砕くくだ 必要がある。そのためには、やはり自分なりに考えなくてはならない。
 大学で講義の内容を一方的に説明するのでは学生を受身にさせているだけなので、私はできるだけ学生に質問を投げかけて、講義中に考えてもらうようにしている。ところが、学生に質問すると、オウム返しに同じ質問が返ってくることがしばしばある。
 たとえば、「フェヒナーの法則といって、感覚として感じる大きさは刺激しげきの強さの対数(注・累乗るいじょうの逆算法のひとつ。例えば一〇
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

の二乗=一〇〇なら二)に比例することが知られていますが、これはどんなことに役立っていますか?」と質問すると、「それって、フェヒナーの法則がどんなことに役立つかってことですか?」と逆に切り返される。ほとんど反射的に質問の主導権を奪っうば ておいて、それでいて考えようとしているようには見えないのがとても不思議である。質問を確認して質問者にボールを投げ返したら、あとはただ相手の出方を待つだけだ。実際、「そう質問したのですよ」と言うと、判で押しお たように黙りこくっだま    てしまう。答えを述べる時でも、「○○じゃないんですか?」と質問調で返ってくることがあまりに多い。ずいぶんと不作法なやりとりに聞こえるだろうが、これは今時の風潮である。
 いつも受身で待っているだけの模倣もほうでは、その内容を良く吸収できない。オウムが内容をわからずに同じフレーズ(句)をくり返すようなものである。反射的なオウム返しはやめて、知恵ちえをはたらかせるべきだ。
 「光の強さや音の大きさに感覚の大きさが比例するのでは、すぐに飽和ほうわしてしまって環境かんきょうにある広い範囲はんい刺激しげきに対して対応できません。対数に比例することで、動物が環境かんきょうに適応するのに役立っていると考えます」というように、自分の考えとしてはっきり述べるようにしたい。そうすれば、新しい知識が確実に自分のものになる。

酒井邦嘉『科学者という仕事』による)
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