1今日の都市生活に欠かせない行列という社会現象がある。行列という形式そのものは、カラハリ砂漠の狩猟採集民サン人が狩りなどで遠出するときにも組まれ、西洋では戦争の捕虜を行列させたことが古代の歴史書にもみえる。2しかし、モノを手に入れたりサービスを受けたりする順番を待つ行列は、近代の工業化社会に特有のものだろう。3小さな個人商店では並ぼうとする買物客はいないが、スーパーマーケットでは工場のアセンブリィ・ラインのように、客がレジで列をつくることが前提にされていることは行列の工業社会的性格を端的にしめしている。
4駅の切符売場やタクシー乗り場や学生食堂などでの行列は以前からあったが、近ごろではデパートのトイレの前や、昼食時の都心の食堂でも行列はあたりまえの光景になった。5今日の大都会がそうであるように、一般にモノやサービスの需要―供給関係に一定程度以上の不均衡があるところではどこでも行列ができる可能性がある。6難民キャンプの行列ではモノの供給の不足が強調され、モノやサービスの供給に不足はないはずの現代日本のアイスクリーム店やコロッケ屋の前の行列では需要が浮き彫りにされる。
7しかしながら、たとえ需要―供給に顕著な不均衡があっても、身分や地位にかかわらず先着優先の原則がなければ、だれも列をつくって順番を待とうとはしないだろう。8行列が頻繁にみられる現代の公共的場面では、年齢や社会的地位や性差や人種差などは体系的に無視されるが、そうした先着優先の平等主義がないところでは行列は生まれない。9行列をつくって順番を待つという習慣は、たとえば士農工商の身分制社会ではかんがえられないように、元来が西欧の近代社会に特有な行動様式なのである。
さらにいえば、行列は用件をひとつずつかたづけるという近代的事務処理の発想に根ざしている。
0以前ギリシアで調査中に気づいたことだが、ギリシアの役所や銀行などでは、相談事をもってくる人を、先客にかまわずつぎつぎと自室に入れ、用件を聞いて、処理しやすいものから答えていくというやり方をとることが多い。アラブ社会でも伝統的には同様な方式がとられるようだが、このような事務処理の習慣をもつ社会には行列はなかなかなじまないようだ(ギリシアなどでは、行列は後ろの者もやりとりがみえるように横並びになる傾向がある)。
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