a 長文 10.1週 mu2
 1明治十年(一八七七)に英語のソサイエティが社会という言葉に翻訳(ほんやく)され、明治十七年にインディヴィデュアル()が個人という言葉に訳された。しかし訳語が出来ても社会の内容も個人の内容も現在にいたるまで全く実質をもたなかった。2西欧(せいおう)では個人という言葉が生まれてから九世紀もの闘争(とうそう)を経てようやく個人は実質的な権利を手に入れたのである。日本で個人と社会の訳語が出来てもその内容は全く異なったものだった。なぜなら日本では古代からこの世を「世間」と見なす考え方が支配してきたからである。3では、この「世間」はどのような人間関係をもっていたのだろうか。そこにはまず贈与(ぞうよ)・互()酬()の関係が貫か(つらぬ )れていた。「世間」の中には自分が行った行為(こうい)に対して相手から何らかの返礼があることが期待されており、その期待は事実上義務化している。4例えばお中元やお歳暮( せいぼ)、結婚(けっこん)の祝いや香典(こうでん)などである。
 重要なのはその際の人間は人格としてそれらのやりとりをしているのではないという点である。贈与(ぞうよ)・互()酬()関係における人間とはその人が置かれている場を示している存在であって、人格ではないのである。5こうした互()酬()関係と時間意識によって日本の世間はヨーロッパのような公共的な関係にはならず、私的な関係が常にまとわりついて世間を疑似公共性の世界としているのである。
 6贈与(ぞうよ)の場合それは受け手の置かれている地位に送られるのであって、その地位から離れれ(はな  )ば贈り物(おく もの)がこなくなっても仕方がないのである。贈り物(おく もの)の価値に変動がある場合も受け手の地位に対する送り手の評価が変動している場合なのであり、あくまでも人格ではなく、場の変化に過ぎないのである。7しかし「世間」における贈与(ぞうよ)は現世を越え(こ )ている場合もあり、あの世へ行った人に対する贈与(ぞうよ)も行われている。
 日本における人間関係を考える場合、この贈与(ぞうよ)・互()酬()慣行を無視することは出来ない。8何らかの手助けをして貰っ(もら )たときなどにもお礼としてものなどを送ることがある。その場合にも返礼はしなければならないが、場合によっては礼状で済ますことも出来る。日本で人間関係を良く保ちたいと思えば、この慣行をうまく利用することが必要となる。9単に場に対する贈り物(おく もの)であっても、自分の人格
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に貰っ(もら )たものとして丁重に礼状を書き、場合によっては返礼をするのである。これは贈与(ぞうよ)・互()酬()慣行を逆手にとった手であって、それによっては相手の敬意を受ける場合もある。
 0次に時間意識の問題がある。「世間」の中には共通の時間意識が流れている。日本人の挨拶(あいさつ)に「今後ともよろしくお願いします」という挨拶(あいさつ)があるが、これは日本特有のものであって、欧米(おうべい)にはそれに当たる挨拶(あいさつ)はない。なぜなら日本人は「世間」という共通の時間の中で生きているので、初対面の人でも何時かまた会う機会があると思っている。しかし欧米(おうべい)の人は一人一人の時間を生きているので、そのような共通の時間意識はない。
 これと関連して日本では「先日はありがとうございました」という挨拶(あいさつ)がしばしば交わされる。しかし同じ挨拶(あいさつ)は欧米(おうべい)にはないのである。欧米(おうべい)ではそのときのお礼はそのときにするものであって、遡っ(さかのぼ )てお礼をいう習慣はない。日本の「今後ともよろしく」という挨拶(あいさつ)がお礼の先払い(さきばら )であるとすると、「先日はありがとう」という挨拶(あいさつ)は過去の行為(こうい)に対するお礼の後払(あとばら)いということになる。
 「世間」は広い意味で日本人の公共性の役割を果たしてきたが、西欧(せいおう)のように市民を主体とする公共性ではなく、人格ではなく、それぞれの場をもっている個人の集合体として全体を維持(いじ)するためのものである。公共性という言葉は公として日本では大きな家という意味であり、最終的には天皇に帰着する性格をもっている。そこに西欧(せいおう)との大きな違い(ちが )がある。現在でも公共性という場合、官を意味する場合が多い。「世間」は市民の公共性とはなっていないのである。

(阿部(あべ)謹也(きんや)『近代化と世間』による)
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a 長文 10.2週 mu2
 1文明人は時計によって時間を測る。それによって、一日は二十四時間に正確に区切られ、共通の時間が設定される。これは多くの人間が社会をつくっていくためには、非常に大切なことである。2これによって、われわれは友人と待ち合わせもできるし、学校も会社も、同一時刻に一斉(いっせい)に始めることもできる。時計の発明によって、人類はどれほど時間が節約できるようになったかわからない、本当に便利なことだ。
 3ところで幼児たちは、大人のもつ時計によって区切られた時間とは異なる時間を生きているようだ。「きのう」とか「あした」とかの意味も、はっきりとしていない子もある。4「また、あしたにしようね」などと言っている子も、それは厳密にあしたということをさすのではなく、「近い将来」を意味していることも多い。
 5あるいは、何かに熱中していたが、何かで中断しなければならなくなったとき、「また、あしたにしよう」と言うのは、このことを言うことによって、中断することを自らに納得させようとする意味あいで言っている子もある。6この場合の「あした」は、二十四時間の経過後に存在する時期などではなく、断念しなければならないという気持ちと、何か希望を残しておきたいような気持ちの交錯(こうさく)した現在の状況(じょうきょう)をのべている表現なのである。
 7道くさをしたために叱ら(しか )れる幼児たちが、悪かったという気持ちをあらわしながら、何とも納得のいきかねる表情をしていることがよくある。彼ら(かれ )も叱ら(しか )れながら、「おくれてしまった」「おそくなって悪かった」ということはよくわかっているのである。8しかし、なぜおそくなったのだろう。「ぼくは何もしてなかったのに」、「ちょっとだけ、おたまじゃくしを見てただけなのに」と思っているのである。たしかに子どもたちは「ちょっとだけ」何かをしていたのである。9しかし、残念なことに、それは大人のもっている時計では、「一時間」も道くさを食っていたことになるのだ。
 おたまじゃくしを見ていた子どもが、一時間を「ちょっとの間」と思ったように、われわれ大人でも、同じ一時間を、長く感じたり短く感じたりする。0時計の上では一時間であっても、経験するものにとっては、その一時間の厚みが異なるように感じられるのである。もちろん、時間そのものには厚みなどあるはずがないから、あくまで、それを経験するものの主観として、厚みが生じてくるのだ。
 何かひとつのことに熱中していると、時間が早くたっていくことは誰(だれ)もが知っていることである。といっても、何かひとつのことを
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していると、必ず充実(じゅうじつ)した時間を過ごしたことになるとは限らない。たとえば、テレビのドラマなどを見るともなく見ていると、ついひきこまれて終わりまで見てしまう。終わってみるといつの間にか一時間たってしまっている。しかし、このあとでは充実(じゅうじつ)感よりも空虚(くうきょ)な感じを味わうことだってある。時間は早くたったと感じられるが、その厚みの方はうすく感じられるのである。
 あるいは、ひとつのことをしていても時間が長く感じられるときもある。その一番典型的な場合は、「待っている」時間である。誰(だれ)かが来るのを待っているとき、われわれはなかなか他のことができない。そわそわしながら待つ。しかもその間は随分(ずいぶん)と長く感じられるのである。「待つ」ということだけをしているのだが、時間を長く感じてしまう。
 これらのことを考えると、自分のしていることに、その主体性がどのように関係しているかにしたがって、時間の厚みが異なってくるらしいと思われる。「待つ」ことは、受動的なことである。その人がいつ来るかは、その人の行動にまかされているわけで、待っている方としては、ただそれにしたがって待つより仕方がないのである。これはテレビの場合でも同様である。テレビを見終わって充実(じゅうじつ)感のない場合は、私たちがテレビを見たのではなく、テレビが私たちをひきこんでしまったのである。私たちは受動的に見ていたのだ。(中略)
 テレビは見たいが勉強はどうするのか、父親は野球が見たいが子供は漫画(まんが)が見たい。これをどう解決するか。食事中にテレビを見ないのはわが家のおきてである。ところが、食事時間にどうしても見たい番組ができた。これをどうするか。
 これらの葛藤(かっとう)と対決していくことによってこそ主体性が得られる。対決を通じて獲得(かくとく)した時間、それは主体性の関与(かんよ)するものとして、「厚み」をもった時間の体験となるのである。

(河合隼雄(はやお)「子どもの『時問』体験」より)
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a 長文 10.3週 mu2
 1激しい雨が降りつづくなかで、乗っていた特急が停まった。これで三度目だなと私は思った。豪雨(ごうう)地帯だということもあるけれど、この紀伊半島(きいはんとう)を走る紀勢線と私とは、不思議に相性が悪いらしい。過去にも二度ほど不通になった経験があった。
 2この日も見知らぬ駅に特急は臨時停車したままで、車内には土砂崩れ(どしゃくず )のために停車しているという車内放送が何度か流れた。そのうち乗客たちに牛乳と菓子パン(かし  )が配られ、そしてさらに何時間かが過ぎ、復旧のみこみがないので臨時バスで輸送することが告げられた。
 3そういえば、山が崩れる(くず  )ほどの豪雨(ごうう)は、私の畑のある群馬県の上野村でも、何度か経験したことがある、と私は思いだしていた。道路が全く通行できなくなって、路上でどうすることもできなくなった日もあった。4ところが、同じような豪雨(ごうう)による土砂崩れ(どしゃくず )でも、上野村で遭遇(そうぐう)したときと、この紀勢線の場合とでは、私の受け取り方が面白いように違っ(ちが )ていた。
 5汽車が豪雨(ごうう)で停まったときは、そのことに対して私は不便を感じているのに、上野村での私は、雨が上がったあとの畑仕事の段取りなどを考えて、それはそれで結構楽しんでさえいたのである。6豪雨(ごうう)は一方では私の行動を阻害(そがい)する困ったものになり、他方では村にいるときは、私は豪雨(ごうう)もまた自然の営みと受け入れていて、この雨によって生まれた自分の仕事をも、当然の村の生活だと感じていた。
 この違い(ちが )は、どこから生じているのだろうか。7そんなことを考えているうちに、「場所」という言葉が生まれてきた。
 村にいるときは、私は村という「場所」のなかで、ものごとを考えている。そして村という「場所」は、村人の暮らすところであるとともに、自然が暮らす「場所」でもある。8だから自然とともに「場所」を共有する人間が、自然の営みを受け入れ、その結果生じた仕事をこなしていくのはごく当たり前のことであって、何ら自然によって不便を強いられたことにはならないのである。
 9ところが汽車のなかでは、私は営みの「場所」をもたない旅人である。この汽車のなかは、私が生活する「場所」ではない。そのような「場所」をもたない人間としての感覚が豪雨(ごうう)という現象を、不便なもののように感じさせる。
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 0とすると、人間の思考のなかには、「場所」をもつ思考と、「場所」をもたない思考とが、あることにはならないだろうか。
 ところで、そんなふうに考えていくと、私たちが学んできた近代思想は、「場所」をもたない思想だったという気がしてくるのである。近代社会は、共同体や地域とともにあった思想を否定し、「場所」をこえた共通の思想を、その意味で普遍(ふへん)的な思想をつくりだそうとした。「場所」ごとにさまざまな思想があったのでは、近代的な世界を成立させることはできなかったのである。こうして「場所」に影響(えいきょう)されることのない人権思想や、近代的個人観などが生まれてきた。それとともに、私たちも、「場所」に影響(えいきょう)されることのない普遍(ふへん)的な思想こそが、すぐれた思想だと思うようになった。
 だがそれでよかったのだろうか。私が紀勢線のなかで感じていたのは、こんな思いだった。豪雨(ごうう)を不便なことだと感じる「場所」をもたない思考と、豪雨(ごうう)をも村の営みのなかに包みこんでいく「場所」をもった思考。そのどちらの思考のほうが、人間や自然にとって、自由な思考なのだろうか。
 おそらく自由もまた、「場所」とともに成立する自由さと、「場所」をもたない自由さとは異なっているはずなのである、その「場所」のなかでは、人間が制御(せいぎょ)できない自然の動きも不自由を強いるものではないのに、「場所」を失った感覚のなかでは、制御(せいぎょ)不能な自然の動きが不自由なものとして感じられるように。
 人間同士の関係でも同じようなことがいえる。その「場所」のなかで暮らしているときは、不自由と感じることなく受け入れている決まりでも、その「場所」がなければ、人間たちに不自由を強いるものでしかないものは、たくさんあるはずである。
 とすると、「場所」は自由にどのような影響(えいきょう)を与える(あた  )ものなのだろうか、このような視点から、私は近代的自由を検証しなおしてみようと思う。

(内山 節「自由論」より)
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a 長文 10.4週 mu2
 1「ボランティアってのは、自分にとって一銭の得にもならないことを一生懸命(いっしょうけんめい)やっているみたいだ。だから、ボランティアは偉い(えら )、感心だ」。こんなふうにいう人は好意的な人だ。2その気持ちが少し皮肉な側に傾け(かたむ )ば、ボランティアは「変わった人だ」、「物好きだ」となるかもしれないし、反発心が混じれば、ボランティアは「偽善(ぎぜん)的だ」となりかねない。
「偽善(ぎぜん)的だ」と言われたとき、ボランティアは考え込ん(かんが こ )でしまうかもしれない。3自分がしていることが「見返り」を求めない「尊い」行為(こうい)だと言う自信はない。もしかすると自分は、自分の力を誇示(こじ)したいだけなのではないか、弱いものと接することで優越(ゆうえつ)感を感じたいだけではないか、「こんないいことをしましたよ」と周りの人に自慢(じまん)したいだけなのではないか……と考え出すと、自分でも不安になってしまう。
 4私は、ボランティアが行動するのはある種の「報酬(ほうしゅう)」を求めてであるからに違い(ちが )ないと考える。私自身の限られた経験からもそう思うし、考え方の枠組み(わくぐ )として、とりあえずそのような想定をしてから出発することが有効なアプローチであると思う。
 5ボランティアにとっての「報酬(ほうしゅう)」とは、もちろん、経済的なものだけとは限らない。その人によっていろいろなバリエーションが可能なものである。私は、ボランティアの「報酬(ほうしゅう)」とは次のようなものであると考える。6その人がそれを自分にとって「価値がある」と思い、しかも、それを自分一人で得たのではなく、だれか他の人の力によって与え(あた )られたものだと感じるとき、その「与え(あた )られた価値あるもの」がボランティアの「報酬(ほうしゅう)」である。
 7ボランティアはこの広い意味での「報酬(ほうしゅう)」を期待して、つまり、その人それぞれにとって、自分が価値ありと思えるものをだれかから与え(あた )られることを期待して、行動するのである。その意味で、ボランティアは、新しい価値を発見し、それを授けてもらう人なのだ。
 8ボランティアの「報酬(ほうしゅう)」についてわかりにくいところがあるとしたら、その本質が「閉じて」いてしかも「開いて」いるとい
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う、一見相反する二つの力によって構成されているからではないだろうか。
 人が何に価値を見いだすかは、その人が自分で決めるものである。9他人に言われて、規則で決まっているから、はやっているからとかいう「外にある権威(けんい)」に従うのではなく、何が自分にとって価値があるかは、自分の「内にある権威(けんい)」に従って、つまり、独自の体験と論理と直感によって決めるものだ。その意味で、価値を認知する源は「閉じて」いる。
 0「内なる権威(けんい)」に基づいていること、自発的に行動すること、何かをしたいからすること、きれいだと思うこと、楽しいからすること、などが「強い」のは、それらの力の源が「閉じて」いて、外からの支配を受けないからだ。しかし、ボランティアが、相手から助けてもらったと感じたり、相手から何かを学んだと思ったり、だれかの役に立っていると感じてうれしく思ったりするとき、ボランティアは、かならずや相手との相互(そうご)関係の中で価値を見つけている。つまり、「開いて」いなければ「報酬(ほうしゅう)」は入ってこない。このように、ボランティアの「報酬(ほうしゅう)」は、それを価値ありと判断するのは自分だという意味で「閉じて」いるが、それが相手から与え(あた )られたものだという意味で「開いて」いる。
 「外にある権威(けんい)」だけに基づいて行動すること、つまり「開いている」だけの価値判断によって行動するのは、わかりやすいことであるとともに、楽なことだ。うまくいかなくとも、自分のせいではないし、いつでも言い訳が用意されているのだから。また、自分の独自なるものを賭ける(か  )必要がないから、傷つくこともない。しかし、「外にある権威(けんい)」だけに準拠(じゅんきょ)して判断をするということは、物事をある平面で切り取り、それと自分との関係性をはじめから限定してしまうことになる。それでは、何も新しいものは見つけられないし、だいいち、楽しくない。
 一方、「閉じて」いるだけのプロセスも、複雑なところはなくはっきりしているし、周りのことを考えなくていいわけだから楽なことである。しかし、そこからは排他(はいた)性とか独善しか生まれない。つまり、「開いている」だけ、または「閉じているだけ」の行動は、わかりやすく、楽であるかもしれないが、力と魅力(みりょく)に欠けるということだ。新しい価値は「閉じている」ことと「開いている」ことが
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長文 10.4週 mu2のつづき
交差する一瞬(いっしゅん)に開花する。
 ボランティアの「報酬(ほうしゅう)」は「見つける」ものであると同時に「与え(あた )られる」ものであるということは、新しい価値が「報酬(ほうしゅう)」として成立するには、ボランティアの力と相手の力が出会わなければならない、つまり、つながりがつけられなければならないということだ。

(金子郁容(いくよう)『ボランティア――もうひとつの情報社会』による。本文を改めたところがある)
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a 長文 11.1週 mu2
 1ひとは食べずには生きていけない。そして食べるためには、食べるものを作らなければならない。狩猟(しゅりょう)民や採集民にしても、獲物(えもの)や採集物を、調理もせずに食べるのはまれであろう。2調理は、人間生活におけるもっとも基礎(きそ)的な行動であることは疑いない。火がしばしば文明の象徴(しょうちょう)とされるのも、おそらくそういう理由からであろう。
 が、この調理といういとなみに、奇妙(きみょう)なことが起こっている。3独身の人たちにかぎらず、料理をしないひとが増えてきたというのは、正確な数字情報はもっていないけれども、コンビニエンス・ストアやデパートの地下の食料品売り場、あるいは夜の居酒屋などの風景を見るかぎり、どうもたしかな事実のようである。4昼休みともなると、みずから調理したお弁当を開けるひとはさらに少なくなる。ほとんどのひとが社員食堂に行くか、弁当を買いに行く。パンやスナック菓子(    がし)ですませるひとも少なくない。
 5他方で、テレビをつければ、朝から晩おそくまで、料理番組やグルメ番組がずらっと並んでいる。ワイドショーがめじろ押し(お )の「主婦」の時間帯には、料理番組がもともと多い。が、最近は深夜十一時をまわってからの、それもたっぷり時間をとった番組が増えている。6料理のレシピを伝えるというより、あきらかにゲーム感覚のショーといった感じである。それに、ふだんとても手に入らないような食材を使っている。つまり視聴(しちょう)者があとで作るであろうことは計算に入っていない。7そしてそれで番組がなりたっているということだ。
 作らないということは、食事の調理過程を外部に委託(いたく)するということだ。調理を家の外に出すということ、そのことの意味は想像以上に大きいようにおもう。
 8たしかに、むかしは調理も公共の場で、たとえば露地(ろじ)の共同炊事(すいじ)場でおこなわれることが多かった。それは戦後の二十年くらいまではふつうの光景だった。9その後料理の仕事は「マイホーム」に内部化されたのだが、現在ふたたびその過程が、わたしたちからは見えない場所に移動させられつつある。それはちょうど、かつて排泄(はいせつ)が野外や共同便所でなされ、汲み取り(く と )もわたしたちの面前でなされていたのに、下水道の完備とともに排泄(はいせつ)物処理が見えない過程になったのと同じことである。
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 0それとほぼ並行して、病人の世話が病院へと外部化された。出産や死という、人生でもっとものっぴきならない瞬間(しゅんかん)も家庭の外へと去った。家で母親のうめき声を聴く(き )ことも、赤ちゃんの噴き(ふ )だすような泣き声も聴く(き )ことはなくなってしまった。いや、じぶんの身体でさえ、もはやじぶんでコントロールできず、体調がすぐれないときには、すぐに医院にかけつけるしまつだ。自己治療(ちりょう)、相互(そうご)治療(ちりょう)の能力はほぼ枯渇(こかつ)した、その点で、身体はもはやじぶんのものではない。
 誕生や病いや死は、人間が有限でかつ無力な存在であることを思い知らされる出来事である。同じように排泄(はいせつ)も、じぶんがほかならぬ自然の一メンバーであることが思い知らされるいとなみである。そういう出来事、そういういとなみが、「戦後」という社会のなかで次々に外部化していった。そして家庭内にのこされたそういう種類の最後のいとなみが、調理だった。
 ひとは調理の過程で、じぶんが生きるために他のいのちを破壊(はかい)せざるをえないということ、そのときその生き物は潭()身の力をふりしぼって抗う(あらが )ということを、身をもって学んだ。そしてじぶんもまたそういう生き物の一つでしかないということも。そういう体験の場所がいまじわりじわり消えかけている。見えない場所に隠さ(かく )れつつある。このことがわたしたちの現実感覚にあたえる影響(えいきょう)は、けっして少なくないとおもう。

(鷲田(わしだ)清一「普通(ふつう)をだれも教えてくれない」より)
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a 長文 11.2週 mu2
 1上野で絵を見たあと、夕方からは日比谷でチェコのヤナーチェク弦楽(げんがく)四重奏団の演奏会をきいた。
 モーツァルト、ドヴォルジャーク()、ブラームスの順に三曲きいたが、ドヴォルジャーク()がいちばんであった。2実はこの日、はじめの二曲は二階席できいて、最後の曲を、芝居(しばい)でいえばカブリツキに当たるところの招待席できく珍しい(めずら  )経験をした。そして、招待席と二階席とでは、どうも、音の大小ではなく、音色の質がかなり違う(ちが )ということに気がついた。3正直なところ、私には、二階の方がまとまった印象をもつことができた。一階正面の最前列に座っていると、音楽がすこし近すぎるのではないかという感じである。おそらくそれは物理的で同時にまた心理的な問題であろう。
 4同じ音楽でも、あるときはひどく感心し、別のときはさほどでないことがある。それと似て、ある席ではすばらしい演奏が、ほかの席では何割か割引きしなくてはならぬということがないとは言えないだろう。
 5芸術において、作品は必ずしも絶対ではない。時、所を超越(ちょうえつ)して価値にすこしのくるいもないという芸術がないのは、どんな作品にも、それを受けとる人間の心が必要だからで、両者のふれ合うところにしか美は生まれない。
 6そんなことを考えるともなく考えていると、きょうめいということばが頭に浮かん(う  )だ。
 人の意見に共鳴する、などと、いまでは比喩(ひゆ)として用いられるが、もともとは物理現象を指すことばであって、いまも物理学で共鳴という術語は生きている。
 7むかし中学校で共鳴の実験をしたものだ。振動(しんどう)数の等しい二つの音叉(おんさ)の一方を鳴らすと他方もつられて鳴り出す。その実験、やれと言われてやっただけで、別に不思議とも思わなかったが、いまから考えると、もったいないことをしたものだ。8もうすこしよく心に留めておけばよかったと悔やま(く  )れる。いまやりたくてもだいいち音叉(おんさ)がない。それはとにかく、比喩(ひゆ)であることすら忘れられて使われている。
 9共鳴ということばを、もう一度、物理の世界へお返ししてみると、そこに、われわれの芸術的感動の原理のようなものが、チラリと姿をのぞかせるように思われる。
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 われわれはみんな心の奥(おく)に音叉(おんさ)をもっている。0絵を見、音楽をきき、詩や小説を読む――そういう外からのいろいろの刺激(しげき)は意識されない波となってこの胸中の音叉(おんさ)に達する。それによって、われわれは「心を動かし」、「感動し」、あるいは「心の琴線(きんせん)にふれた」と言うが、要するにそれは共鳴である。
 ただ、物理実験で使用する音叉(おんさ)には振動(しんどう)数がはっきりしているのに、心の琴線(きんせん)が共鳴をおこす振動(しんどう)数はまだはっきりしていない。それがとらえられれば、鑑賞(かんしょう)が学問となるかもしれない。
 芸術的共鳴の成立する条件については何ひとつわかっていないが、鑑賞(かんしょう)者が作品、表現にあまり接近しすぎては共鳴に不便らしいこと、その距離(きょり)が美感に関係のあるらしいことなどは見当がつきそうである。ひょっとすると、共鳴によって芸術の与える(あた  )感動を説明できるかもしれない、そう思ったら、自分でもおかしいくらい心が高ぶって来た。

(外山滋比古(とやましげひこ)「きょうめい」より)
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a 長文 11.3週 mu2
 1じつは、「正しい」という言葉には、真理という意味と正義という意味の二つが含ま(ふく )れている。真理のほうは、どちらかというと、事実に合致(がっち)しているとか、論理的に整合的だとかいう意味であるため、客観的に証明できる可能性が高い。2しかし正義というのは、人間としてのあり方が正しいという道徳的な意味合いが強いので、主観的な色合いが強い。だから客観的に主張できないところがある。3そして正義を旗印にして不正義をしたり、侵略(しんりゃく)することもできる。歴史を調べてみると、悪いことは必ず正義の旗印のもとになされたと言う人もいる。そこで、正義など掲げる(かか  )奴(やつ)は悪い奴(やつ)ばかりだと言って、正義という言葉そのものに不信感をぶっつける人もいるくらいである。
 4正義というのは、人間として道理にかなっている、人間としてあるべき正しい姿に合致(がっち)しているということ。うそ、いつわり、ごまかし、汚い(きたな )ことをしないという意味である。5自分が正しいということは、世の中のほうが間違っ(まちが )ている、それと対立している自分のほうが正しいという判断と感情をもつことである。その間違っ(まちが )ている世の中に合わせると、本来の自分が失われてしまうことになる。6正しいと思う自分を貫く(つらぬ )ということが、「個性化」の道を歩むということである。
 ただし、そのときに注意しなければならないことがある。それは第一に「正しさ」の主張が「ひとりよがり」になってはならないということである。7自分が「正しい」と思っていたことが、「正しくなかった」と思い知らされることもある。それが「一段上の基準や立場から自我が否定される」ということであり、自分の価値観を変えなければならないという体験である。8この体験も個性化の中でよく起きることである。このように自分の「正しさ」について謙虚(けんきょ)にならないといけないが、そうかといって、自分だけで正しいと思うように暮らしていれば事足りるというのではない。9自分だけ好きなように暮らすということだけでも、周囲の人たちの支持や理解がないと不可能である。本人が変わっていればいるほど、周囲の人たちの理解がないと、なかなか生きていくことさえ難しい。自分の「正しさ」をどれだけアピールできるかが大切なのである。0そしてそのためには、自分の「変わっている」ところが、どれだけ普遍(ふへん)性をもっているか、そしてそれをどれだけ主張できるかが、も
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っとも大切なのである。
 以上のように「正しさ」を考えるときには、一方で自己主張し、他方では謙虚(けんきょ)になることが大切だが、しかしそういうことも、じつは「正しさ」や「価値」を追求しているからこそ起きるのである。「正しさ」そのもの、価値そのものを否定してしまっては、自分が「変わる」ということも起こりえないのである。
 このごろ、「価値の多様化」とか、「多様な家族」とか、「人間いろいろあるのがいいんだ」などということを、したり顔に言う人がふえてきた。それらは「絶対に正しいことなんかないんだ」という意味を含ん(ふく )だ言葉である。「絶対に正しいということはない」という命題は正しいと思うのだが、それがさらに進んで「正しいと思うことを主張してはいけない」となると、自己矛盾(むじゅん)を犯すことになる。「正しいと思うこと」を主張し合うのが「価値の多様化」ということではないだろうか。「正しいことは何だ」ということを追求してはいけないと言ったら、多様化もなにもあったものではない。各人が自分の正義を追求するからこそ、多様な価値観が生まれるのである。正義や真理を追究してはいけないとなったら、多様もなにも、価値そのものがなくなってしまう。「価値の多様化」を主張している人たちの多くの部分が、じつは価値の消失をひそかに願っているのかもしれない。
 結論を言えば、「個性化」にとっては、普遍(ふへん)的な意味を追求するという姿勢が大切なのである。何が普遍(ふへん)的なのか、正義感があるほうが普通(ふつう)なのかないほうが普通(ふつう)なのか、お化粧(けしょう)をするほうが普通(ふつう)なのかしないほうが普通(ふつう)なのか、そういうことに絶対的な基準はない。でも、どちらが正しいか、という各人の観点は必要である。それが「個性」であり、何が正しいのかを追求することなしに個性化はありえない。答えがそれぞれ違っ(ちが )たら、きちんと理論的にも感情的にも納得させることのできる内容をもって自己主張するべきである。何人を納得させればいいのか、ということではないが、まあ最低限一人くらいには納得させるものがなくてはならないだろう。恋人(こいびと)、夫、妻、親、子……。そのうち一人も納得させられないようであれば、それは個性とは言えない。

(林道義「心の不思議を解き明かす」より)
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a 長文 11.4週 mu2
 1なかでも、二十歳(はたち)になったばかりの障害者の娘(むすめ)さんが車椅子(くるまいす)でひとり旅をする、その一部始終をとったフィルムが素晴らしいものだった。京都を見てから、さらに田舎のお祖母(ばあ)ちゃんに会いに行く、その旅の終り、娘(むすめ)さんは新しい経験で強くなった、しかし苦しみと徒労感のあとすらもきざまれている、気丈(きじょう)さと翳り(かげ )のある美しい表情で、旅が教えてくれたことを話した。
 2その言葉どおりここに書きしるすことは、本人の承諾(しょうだく)をえていない以上さしひかえるが、次のような意味のことが語られて印象に濃く(こ )きざまれたのである。障害を持っている人間もどんどん外に出て行って、自分のしたいと思うことをすればいいと思う。3他人に迷惑(めいわく)をかけてもいい。健常者に手助けをもとめて、たとえそれが迷惑(めいわく)をかけることになっても、自分の意志をとおして、本当にやりたいことをやるといいと思う……
(中略)
 娘(むすめ)さんは出発をきめると、親を説きふせ、自分で旅の予定地のホテルにも予約の電話をかける。4集団でではなく、ひとり旅で、しかも車椅子(くるまいす)のという条件に、電話の向こうで突っ(つ )けんどんにことわる相手もいれば、部屋へ入るまでの通路がどういう構造になっているかを丹念(たんねん)に説明して、娘(むすめ)さんの宿泊(しゅくはく)が可能であることを教えてくれる相手もいる。
 5僕(ぼく)の娘(むすめ)も、サークルで障害者の仲間たちとの旅を計画するシーズンになると、毎日毎日、予定地の安い宿舎との談判を電話で繰りかえし(く    )ていた。その電話をやはり脇(わき)で聞きながら、現在わが国の障害者が、そうした所でどのようなあつかい方をされているかの実態にふれる思いがしたものだった。6しかし決してあたたかい対応を期待できない電話に、こちらの条件をはっきり呈示(ていじ)しながらねばり強く交渉(こうしょう)をつづける障害者の娘(むすめ)さんを見ていると――ヴォランティアー()側の僕(ぼく)の娘(むすめ)もふくめて――、新世代の、ある強さというものも感じないではいないのだった。
 7さて困難もあり感動もあった旅の終点に、娘(むすめ)さんは田舎のお祖母ちゃんの家へと辿り(たど )つく。旧家の印象の、落着いた玄関(げんかん)で娘(むすめ)
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さんは車椅子(くるまいす)のまま待っている。8事故の後、はじめて会うお祖母ちゃんが驚く(おどろ )のではないかと気にかけながら、しかし幼女の頃(ころ)、そのお祖母ちゃんに可愛がられた様子のあきらかな娘(むすめ)さんは、ひとり車椅子(くるまいす)でやって来たことを誇らしく(ほこ   )も感じている……。
 9そこへお祖母ちゃんは、着物の前がはだけてしまいそうになるほど気持ちを急がせて、這い(は )ながら迎え(むか )に出るのである。そして行なわれたほとんど言葉もない対面のなんと感動的だったことだろう。0(中略)
 やがて炬燵(こたつ)を間にむかいあって坐っ(すわ )たふたりは、とくに言葉をとりかわすというのでもない。老人性痴呆(ちほう)とはいわぬまでも、それに近い状態で、家人に幼児あつかいされるかたちで暮している模様のお祖母ちゃんには、急に言葉も出てきにくいはずだし、介(かい)ぞえ役のお嫁さん(よめ  )が手ぎわよくかわりの発言をしてさばいてしまうのであるから――話がそれるが、僕(ぼく)は自分の身のまわりにも、このようにして言葉をもぎとられてしまう老婦人を見て来た――。
 そのうち娘(むすめ)さんが、お祖母ちゃんのために京都のお寺でお守りを買ってくれていたことがわかる。もらった包みからもどかしげにそれを取り出して喜びをあらわすお祖母ちゃんは、その老年による障害、つまり老衰(ろうすい)とそれに付随(ふずい)してのすべてを受容している人だと感じとられてくる。(中略)
 この祖母と孫娘(まごむすめ)とが、ともに健康であったとして、かならずしもこれだけ深い理解関係をかちとりうるときまっていなかっただろう。祖母の方が、どうしても避ける(さ  )ことのできない老衰(ろうすい)へとしだいに下降しつづけるのであれば、それに反撥(はんぱつ)するのも、健康なさかりの孫娘(まごむすめ)の自然な生理ではないか? しかし、テレヴィ()・フィルムのおたがいにその障害を受容している老若の女性は、じつにあたたかくおたがいを理解して、優しく向かいあい、そのふたりをつつむ微光(びこう)は尊敬をさそうほどの上品さなのであった。

(大江(おおえ)健三郎(けんざぶろう)の文章による)
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a 長文 12.1週 mu2
 1自然科学の中のどのような分野の研究にあっても、研究がその分野の進展に対する何らかの貢献(こうけん)となることを目指している以上、そこでは、科学者が行うことは、未知の土地に踏みこむ(ふ   )探検家のすることに似た点があると言えよう。2当面の研究テーマの中に新しい事実の発見をするとか、既知(きち)、あるいは、新発見の事実に対する新しい解釈(かいしゃく)や理論を構築するとかいったことが、進歩への寄与(きよ)となるのであるから、研究の最前線に立っていれば、科学者個人は自分固有の研究プランや方法に従って研究を進めることになるのは当然であろう。3そのとき、自分のもつ研究に対する現状分析(ぶんせき)の結果や見通しが、大きな役割を果たす。これらを持ち合わせていなかったら、進歩への寄与(きよ)となるような研究成果があげられることなど、ほとんど期待しえないからである。
 4このような分析(ぶんせき)や見通しが立てられるためには、何が自分にとって疑問なのか、それをどのように解き明かしていったら研究成果につながるのかといった、いわば現実的なテーマヘの迫り(せま )方が重要となる。5したがって、この作業はきわめて個人的なものであって、客観的に誰(だれ)にでも当てはめられるというものではない、ということになる。
 6科学の研究というと、私たちがしばしば聞かされるのは、大方に受け入れられるような一般(いっぱん)的な方法があるというもので、その典型的なものとして、帰納と演繹(えんえき)との二つの方法があげられる。7だが、これらの方法が適用される以前になされるべきことのあることが、忘れられてはならないと私は考える。それは、これらの方法を研究に用いることができるためには、科学者の心中に、研究の出発点を決めるある種の仮説とかアイデアがなければならないからである。8もしなかったとしたら、どのように研究を進めればよいのかとか、どんなデータを集めればよいか、あるいはまた、どのように理論的に攻め(せ )ていけばよいのかといった、研究の進め方が確定されえないはずなのである。
 9こうした、研究を進めるに当たっての指針となる仮説やアイデアは、「作業仮説」としばしば呼ばれるが、これなしには、私たちには研究が進められないのだという大切な事実を忘れてはならない。
 0この研究テーマの向こうに何かまだ知られていないこととか、
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理解されていない何かがあると感じるのは、たぶん、きわめて個人的なもので、客観性などないものであろう。個人のもつ現状分析(ぶんせき)の結果が、他の人々とみな同じだったとしたら、ある科学者がある分野の研究の突破口(とっぱこう)を開くなどということは、なくなってしまうであろう。誰(だれ)にも同じことができるはずだ、ということになってしまうからである。一人ひとりがまったく異なった描()像を研究の現場にあって持っているからこそ、ある人には大発見に至る道が開かれたりすることになるのである。
 ある分野の進歩に寄与(きよ)することになった何らかの研究成果をあげられた人々に、そのような成果をあげることになった手順、あるいは、行き方を客観的に説明してみよと尋ね(たず )ても、たぶん、その説明はできないであろう。そこには、「何かあるに違い(ちが )ない」といった信念が背景にあり、それからアイデアや作業仮説がつくられていったのだからである。最前線にあって、科学者がしていることを理解するには、アインシュタインが言ったという、「科学者の言うことよりも、彼ら(かれ )が実際にやっていることを見る」ことが、大切なのである。研究成果があげられて、研究の経過が系統的に、当の科学者によって語られるときにはすでに、研究の現場で実際に起こっていたことはほとんどすべて忘れられてしまい、客観性をもった説明だけが残ることになるからである。ここから、科学の研究は客観的に進められるもので、科学には固有な研究方法があるのに違い(ちが )ないという誤解が生まれてくるのである。
 科学の研究は、「科学的」に進められるのかという疑問については、その成果が客観的で、大部分の科学者にとって、当然、あるいは、必然なものとされ、受容されて初めて「事実」として一応承認されるという実際の手順から見れば、「そうだ」と答えたくなる。だが、研究の現場で実際に起こっていることと、あげられた成果の客観性の解釈(かいしゃく)とを混同してはならない、と私は考えている。

(桜井(さくらい)邦(くに)朋(とも)「自然科学とは何か」より。一部表記を改めたところがある。)
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a 長文 12.2週 mu2
 1常識という言葉を辞書を開いて調べると、「一般(いっぱん)の人が持っている、また、持つべき知識・理解カ・判断力」といった解釈(かいしゃく)をしている。
 ただ、私個人の解釈(かいしゃく)を言うなら「社会生活を営むうえで、当然知っている、と予想される知識」となるかもしれない。2この「当然知っている、と予想される」というところがこの言葉の難しいところだ。つまり、個人個人の考え方や生きてきた環境(かんきょう)が違え(ちが )ば、この「当然知っている、と予想される」内容も少なからず違っ(ちが )てきてしまうからだ。
 3私の父、京助は東北の岩手県出身、母は生粋(きっすい)の江戸(えど)っ子だった。この二人はしょっちゅう意見が衝突(しょうとつ)していたが、それは正月の雑煮(ぞうに)は何を入れるか、といった大変ささいなことから始まっていた。4父は絶対鮭(さけ)の子を入れなくては正月のめでたい気分は味わえない、と言い、母はお雑煮(ぞうに)にそんな生ぐさいものを入れるなんて聞いたことがない、と反論する。
 つまり、父にとっては雑煮(ぞうに)には鮭(さけ)の子を入れる、ということが「常識」なのであり、母にとっては入れないことが「常識」なのである。5そしておたがいに自分の「常識」が正しいと思い込ん(おも こ )でいる。相手も自分と同じ考え方をするはずだ、と予想し、それが外れると、「あの人は常識がない」という言い方をする。つまり「常識」とは大変個人的な考え方の尺度だ、と言えると思う。
 6「世間」という言葉がある。これを英語に訳すとWORLD(ワールド)になるが、「世界」と「世間」はちょっと違う(ちが )。「社会」とも似ているが、受ける感じはやはり違う(ちが )。土居健郎(たけお)氏の『甘え(あま )の構造』によると、日本人の生活は一番内側に身内の世界があり、これは遠慮(えんりょ)がいらない。7その外側に世間があり、そこでは窮屈(きゅうくつ)な心遣い(こころづか )をすべきである。そしてその外側にまったく遠慮(えんりょ)のいらない他人の世界があると考えられてきたのだそうだ。
 日本人にとって「常識」が大切になるのは、この「世間」の世界である。8ここでは身内の世界で学んだ「常識」がいろいろな形で試されることになる。「世間さまに笑われる」とか、「世間に出
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て恥(はじ)をかく」というような言葉はいかにも日本的だ。
 しかしこの「世間」から抜け出し(ぬ だ )て、まったく他人の世界に行ってしまえば、「常識」はそれほど大切ではないという考えになってしまうようだ。9日本人は公徳心がないとよく言われる。公園や道路に空きカンを投げ捨てたりするのは、この辺に原因がありそうだ。「旅の恥(はじ)はかきすて」などとも言う。誰(だれ)も知っている人がいなければ、何をしてもいいというわけであろう。
 0欧米(おうべい)にも我々のような社会生活を営むうえでの「常識」というのは当然ある。そしてそれは日本人の「常識」としばしば食い違う(く ちが )のもおもしろい。たとえば、私があるアメリカ人に大変世話になって、その次にその人の妹に会った。彼(かれ)にはとても世話になったのでよろしく伝えてください、と頼ん(たの )だ。日本人なら至極あたり前のことだ。ところがその妹はつっけんどんに、私と兄とは別々の人間で関係ない。そのようなことを頼ま(たの )れるのは迷惑(めいわく)なことだ、と言うのでびっくりした。アメリカ人にとってはそんなことを言われるのは、常識外れということらしい。私はつくづく難しいものだと思った。
「郷に入れば郷に従え」という。つまり、「常識」というのは、そのくらい地域や家庭によって違う(ちが )、ということだ。逆に言えば「常識」とは、必ずしも普遍(ふへん)的な知識ではなく、また合理的ですぐれたルールというわけでもないのである。

(金田一春彦(はるひこ)「日本語を反省してみませんか」より)
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a 長文 12.3週 mu2
 1二一世紀を資源循環(じゅんかん)型社会に転換(てんかん)させていくために守らなくてはならない常識を広く浸透(しんとう)させるためには、環境(かんきょう)倫理(りんり)の確立が望まれる。具体的には、環境(かんきょう)倫理(りんり)を国民の守るべき最優先モラルのひとつとして位置づけ、幼児から環境(かんきょう)教育を徹底(てってい)させることが必要だ。
2『大江戸(おおえど)リサイクル事情』『大江戸(おおえど)エネルギー事情』などの著書がある作家の石川英輔(えいすけ)氏によると、江戸(えど)時代は、世界に例のないような見事な資源循環(じゅんかん)型の社会をつくりあげていたとして、様々な事例を紹介(しょうかい)している。3資源を大切に使う、無駄(むだ)なくリサイクルさせるといった「もったいない精神」が、人々の心の中に自然な形で息づいていた。
 たとえば、農産物の消費地である江戸(えど)と、人間の排泄(はいせつ)物である下肥を肥料として使う農村との間では、完壁(かべ)といってよいほどのしっかりしたリサイクルの輪ができていた。4下肥を運ぶ「部切船」が頻繁(ひんぱん)に江戸(えど)と農村を行き来していた。下肥を使う習慣のなかった西洋では、同じ時代、排泄(はいせつ)物を川や排水(はいすい)用の溝(みぞ)に一方的に捨てていたので、たとえばパリのセーヌ川やロンドンのテームズ川は汚物(おぶつ)が腐敗(ふはい)し、住民は悪臭(あくしゅう)に悩まさ(なや  )れた。5このころの江戸(えど)は、資源のリサイクルが徹底(てってい)し、世界一清潔な都市だった。
 明治に入ってからも、日本人の伝統的な節約心、もったいない精神は脈々と生き続けてきた。それがすたれてしまったのは、第二次世界大戦後、高度成長の時代に入ってからである。6「大きいことはいいことだ」といったテレビコマーシャルが一世を風靡(ふうび)し、バブル期には、ガソリン消費量の大きい三ナンバー(大型車)がもてはやされた。冷蔵庫も電力消費量の大きい大型のものがよく売れるようになった。7使い勝手のよい「使い捨て商品」が奨励(しょうれい)され、家電類やワープロ、パソコンなども頻繁(ひんぱん)にモデルチェンジが行われ、新製品が次々登場した。
 8大量生産、大量消費の経済の歯車が順調に回転するためには、製品を量産することが欠かせなかったし、そのためには、まだ使える製品をせっせと捨てさせることが、新しいマーケティングの手法
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として歓迎(かんげい)された。9消費者も、便利な使い捨て文化に浸る(ひた )ことが、時代の先端(せんたん)を行く消費行動と思い込ん(おも こ )でいた。それが、当時を支配する時代の空気だったのである。だがそうした一方通行型の経済システムが長く続くはずはなかった。地球の資源は無限ではなく有限であり、酷使(こくし)すれば劣化(れっか)する存在でもあるからだ。
 0日本人にとって、環境(かんきょう)倫理(りんり)の確立はそれほど難しいことではないだろう。日本人にはもともと、資源を大切に長持ちさせて使う、無駄(むだ)をなくす、リサイクルさせる、環境(かんきょう)を悪化させない――といったもったいない精神が伝統的に身についている。それが戦後の数十年の間、脇道(わきみち)に逸れ(そ )てしまった。それを元の軌道(きどう)に戻せ(もど )ばよい。今でも、地方に行くと、もったいない精神を身につけたお年寄りが多い。彼ら(かれ )は、小さい時から、親や小学校の先生から物を大切に使うこと、環境(かんきょう)を汚さ(よご )ないことなどを徹底的(てっていてき)に学びながら育った。同じような環境(かんきょう)教育が今、再び求められている。

(三橋規宏()「ゼロエミッションと日本経済」より)
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 1牛の生き血を満たしたコップが目の前にさしだされたとき、頭に浮かん(う  )だのは「細菌(さいきん)がいっぱいだろうな」だった。
 しかし、見つめているマサイの若者たちの手前、飲まないわけにいかない。思い切って一気に飲んだ。2意外に血のにおいはしない。私の懸命(けんめい)の表情がおかしかったのだろう、若者たちが手をたたいて笑った。
 アフリカ特派員時代、マサイの伝統的な生活が見たくてケニアのサバンナを訪れた。出会った遊牧のマサイ青年たちに同行を認めてもらい、彼ら(かれ )と一緒(いっしょ)に野宿した。3その翌朝、生き血の接待にあずかったのである。
 伝統的な生活をするマサイの人々は、野菜や穀物をいっさい口にしない。土から生えてくるものは不浄(ふじょう)だとする教えがあるからだ。食べるのは肉、乳、血だけである。4それでも脚気(かっけ)や壊()血症(しょう)のようなビタミン欠乏症(けつぼうしょう)にならないのは、牛が草を食べてとったビタミンを生き血から摂取(せっしゅ)しているためだった。
 細菌(さいきん)の恐れ(おそ )がある牛の血など飲まず、新鮮(しんせん)な野菜を食べればいいではないか。5穀物や野菜は不浄(ふじょう)だなどという不合理な考えは捨てて……。そこまで考えてハッとした。
 マサイが住むサバンナでは、雨が年間に三百ミリ程度しか降らない。平均千八百ミリといわれる日本の六分の一以下だ。6そんな土地で農耕に依存(いぞん)する生活を始めたら最後、たちまち干ばつに悩まさ(なや  )れることになる。民族の存亡にも関わる問題だ。そのため彼ら(かれ )は、「土から生えるものは不浄(ふじょう)だ」という教えで農業を遠ざけ、遊牧の生活に依拠(いきょ)しているのではないか――。7牛の生き血を飲むのは、野蛮(やばん)で未開だからではない。そうしなければ生きていけない環境(かんきょう)に住む人々の、生活の知恵(ちえ)だった。
 牛の血だけではない。アフリカ南西部のガボンでは、知らずにサルを食べてしまったことがある。8食事がすんでから、シチューの中身がサルの肉だったことを教えられた。なぜガボンの人々はサルなど食べるのだろう。
 サバンナと逆に、ガボンは熱帯雨林帯にあり、年間降水量が五千ミリに達する。9ちょっと奥地(おくち)に入ると巨大(きょだい)な樹木がびっしり密生
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しており、農業をしたり、牛や羊を飼うような開けた土地を確保するのはむずかしい。人々は生きていくため、密林の中でたんぱく質を手に入れなければならない。密林のたんぱく質――それがサルだったのだ。
 0一方でアフリカには「食べない文化」もある。イスラム圏(けん)の豚肉(ぶたにく)だ。
(中略)
 ユダヤ教も豚肉(ぶたにく)を食べないのは同じだ。ある日、ユダヤ人の知人から「反芻(はんすう)しない動物は食べられないことになっている」と聞いて合点がいった。
 牛や羊、ヤギ、ラクダなどの反芻(はんすう)する動物は、草を食べて消化する能力がある。人間は草を消化できないから食べない。したがって、牛と人間が食物をめぐって競合することはない。しかし反芻(はんすう)しない豚(ぶた)は草を食べることができず、穀物を食べる。したがって人間と競合する。
 ユダヤ教やイスラム教が生まれた土地は砂漠(さばく)の荒れ地(あ ち)だ。苦労してつくったわずかな穀物を、豚(ぶた)に取られてはたまらない。豚肉(ぶたにく)は、牛肉や羊肉にくらべてくさみがなく、やわらかい。権力者や金持ちは、庶民(しょみん)から穀物を奪っ(うば )てでも豚(ぶた)を育てようとするかもしれない。それを防ぐために「豚(ぶた)を食べてはいけない」と教えたのではないか――。
 食文化というのは、暑さ寒さや雨の量、地形風土、その他もろもろの環境(かんきょう)の影響(えいきょう)を受けながら、長年かかってその地域で形成されてきたものだ。未開とか野蛮(やばん)とかいうレベルの問題ではないのである。
 気候や風土などの環境(かんきょう)は、食に影響(えいきょう)を与える(あた  )だけではない。人々の社会生活やものの考え方、宗教にも影響(えいきょう)していく。
 特派員としてアフリカ大陸で八年暮らした。その中で、「食べる」とか「寝る(ね )」という行為(こうい)を通じて「なぜ」を考え続けた。異文化と出会ったとき「野蛮(やばん)!」と切り捨ててしまってはいけない。「なぜ?」と考えていけば、その根っこにあるものにさわれるかもしれないのである。 (松本仁一「異文化の根っこ」による)
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