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 二一世紀を資源循環じゅんかん型社会に転換てんかんさせていくために守らなくてはならない常識を広く浸透しんとうさせるためには、環境かんきょう倫理りんりの確立が望まれる。具体的には、環境かんきょう倫理りんりを国民の守るべき最優先モラルのひとつとして位置づけ、幼児から環境かんきょう教育を徹底てっていさせることが必要だ。
大江戸おおえどリサイクル事情』『大江戸おおえどエネルギー事情』などの著書がある作家の石川英輔えいすけ氏によると、江戸えど時代は、世界に例のないような見事な資源循環じゅんかん型の社会をつくりあげていたとして、様々な事例を紹介しょうかいしている。資源を大切に使う、無駄むだなくリサイクルさせるといった「もったいない精神」が、人々の心の中に自然な形で息づいていた。
 たとえば、農産物の消費地である江戸えどと、人間の排泄はいせつ物である下肥を肥料として使う農村との間では、完かべといってよいほどのしっかりしたリサイクルの輪ができていた。下肥を運ぶ「部切船」が頻繁ひんぱん江戸えどと農村を行き来していた。下肥を使う習慣のなかった西洋では、同じ時代、排泄はいせつ物を川や排水はいすい用のみぞに一方的に捨てていたので、たとえばパリのセーヌ川やロンドンのテームズ川は汚物おぶつ腐敗ふはいし、住民は悪臭あくしゅう悩まさなや  れた。このころの江戸えどは、資源のリサイクルが徹底てっていし、世界一清潔な都市だった。
 明治に入ってからも、日本人の伝統的な節約心、もったいない精神は脈々と生き続けてきた。それがすたれてしまったのは、第二次世界大戦後、高度成長の時代に入ってからである。「大きいことはいいことだ」といったテレビコマーシャルが一世を風靡ふうびし、バブル期には、ガソリン消費量の大きい三ナンバー(大型車)がもてはやされた。冷蔵庫も電力消費量の大きい大型のものがよく売れるようになった。使い勝手のよい「使い捨て商品」が奨励しょうれいされ、家電類やワープロ、パソコンなども頻繁ひんぱんにモデルチェンジが行われ、新製品が次々登場した。
 大量生産、大量消費の経済の歯車が順調に回転するためには、製品を量産することが欠かせなかったし、そのためには、まだ使える製品をせっせと捨てさせることが、新しいマーケティングの手法
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として歓迎かんげいされた。消費者も、便利な使い捨て文化に浸るひた ことが、時代の先端せんたんを行く消費行動と思い込んおも こ でいた。それが、当時を支配する時代の空気だったのである。だがそうした一方通行型の経済システムが長く続くはずはなかった。地球の資源は無限ではなく有限であり、酷使こくしすれば劣化れっかする存在でもあるからだ。
 日本人にとって、環境かんきょう倫理りんりの確立はそれほど難しいことではないだろう。日本人にはもともと、資源を大切に長持ちさせて使う、無駄むだをなくす、リサイクルさせる、環境かんきょうを悪化させない――といったもったいない精神が伝統的に身についている。それが戦後の数十年の間、脇道わきみち逸れそ てしまった。それを元の軌道きどう戻せもど ばよい。今でも、地方に行くと、もったいない精神を身につけたお年寄りが多い。彼らかれ は、小さい時から、親や小学校の先生から物を大切に使うこと、環境かんきょう汚さよご ないことなどを徹底的てっていてきに学びながら育った。同じような環境かんきょう教育が今、再び求められている。

(三橋規「ゼロエミッションと日本経済」より)
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