1われわれが歩いたり、走ったりする運動を考えてみましょう。足を前後に往復させて前進します。犬や馬もそうです。足は四本ですが、やはり往復運動です。鳥はどうでしょう。烏も羽を上下に動かして進みます。2カエルが泳ぐのも往復運動ですし、魚も尾びれを左右に往復させて推進力を生み出しています。神様がお造りになった生物は、みんな往復運動で前進します。
それでは、人間が作った道具はどうでしょうか。3ノコギリも手で使うノコギリは、前後に往復させて板を切ります。しかし、これでは能率が悪いということで、回転ノコが考え出され、製材所などでは大変なスピードで木を切っています。
4ジェームス・ワットが発明し、産業革命のもとになった蒸気機関も、そこから取り出せた力は往復運動でしたが、蒸気機関車は、ピストンの往復運動を回転運動に変えて使っています。回転運動をフルに利用したものに自動車があります。
5回転運動がふえるのは、速いからです。自動車と動物の走るスピードを比べてください。いかに速い競走馬でも、大衆車のスピードにもかないません。このことは、自動車の方が馬よりはるかにすぐれているかのような印象をあたえます。6人間の知恵は、とうとう神様の知恵を追いぬいたと考える人もいるかもしれません。
たしかに、車輪の発見は技術の発達史上における大きな発見で、四本足で走る馬より、回転する車の自動車のほうが楽だし、速くもあります。7しかし、実際に走ってみると、楽に走れて速いのは平らで道のよいところだけで、山あり谷ありといったデコボコ道では、必ずしも楽ではありません。道のないところは車では進めません。人間や動物なら、川は泳いで渡りますし、ガケもよじ登ることができます。8やはり人間の知恵は神様の知恵にかなわないわけです。
現代社会は、言ってみればどこも平らですが、それは人間が作ったもので、自然ではありません。平らなところがふえたので、世の中すべてが平らであると思いこむ人がふえてしまったようです。
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