1電車や飛行機の中で、乗務員に対して理由もなく横柄な人がいる。こっけいだ。乗せてもらわなくては困るくせに、何をいばっているのだろう。旧国鉄の内部には「乗せてやる」という言い回しがあったそうで、それもひどい勘違いだと思うけれど。
2「いや、お客は偉い。買う時は、だれもが王様になる」という考え方もあるだろう。しかし、それだと無用のストレスが社会に広がりそうで、賛同しかねる。王様やお姫様の気分にしてあげることを目的とした一部のサービス業を例外として。
3子供のころ、駄菓子屋でキャラメルを買う時や、食堂で親が精算をしている時、「買ってやったぞ」とお客様面をしていた。高度経済成長期に育ったので、小学生でもいっぱしの消費者として扱われた結果と言える。4そんな私が現在のように「転向」したのは、自分が社会に出て接客の現場にいたせいだろうが、それに先立つ経験もある。
中学生になるかならずかという夏休み。両親の郷里である高松で過ごし、源平合戦で有名な屋島に遊びに行った。5三つ年下の弟と二人だったように思う。平日のことで山上に人は少なかった。蝉しぐれの遊歩道を散策した私は、ある光景に出くわす。
休憩所の店先に帽子をかぶったおじさんが立ち、中をのぞいていた。五十代ぐらいの人だったのではないか。6連れはいなかった。うどんでも食べて店を出ようとしていたらしい。おじさんは財布を片手に、店の奥に向かって言った。「ごちそうさまぁ」
意外な言葉だった。代金を払おうとしているのに店員の姿が見当たらない場合、とりあえず「すみませーん」と呼びかけるものだと思っていた。7いや、それしか思いつかなかった。なのに、このおじさんは無料でもてなされたかのように「ごちそうさま」と言う。一瞬だけ違和感を覚えた後、私の内に変化が起きた。
自分のために料理を作ってくれたのだから、お客として代価を支払うとしても「ごちそうさま」と言うのが礼儀にかなっている。
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