1大学だけでなく、各地の保育園や幼稚園に講演に行く機会もかなりあって、参観に来た母親と子どもの様子をそれとなく観察してきました。極端にことば数が少ないお子さんの場合、母親のタイプは二通りに分けられるのではないかと思います。
2一つは、お母さん自身も無口で引っ込み思案、自己主張が少なく、ウサギのようにほとんど声を出さないというケースです。おしめを換えるにも、授乳するにも、靴をはかせるにも、すべて黙々と行っている。3気質の遺伝などもあるでしょうが、子どもの側からすれば、どういう局面でどういうことばを用いるのか、模範を示してもらうチャンスが少ないのですから、自分のことばが出てくるまでに、時間がかかるのは当然かもしれません。4ようするにこれは、マザリーズのところで述べた「くりかえし」の不足だと思います。
もう一つは逆に、母親がひどくおしゃべりで、子どもの自発性を生かす「間」が不足している場合です。子どもは家で四六時中ことばのシャワーを浴びているはずなのに、なぜこんなに無口なのか。5ほんとにこれがあの母親の子なのかと、わが目わが耳を疑うことがあります。でも長い目で見ると、やはり、因果関係の釣り合いが、ちゃんと保たれているのかもしれません。ふだんはほとんどおしゃべりしない子が、ある日突然、母親のいないときにかぎって、堰を切ったように話しはじめる。6いったいこの子、どうなってるのと、まわりの人はびっくり。しばらくすると、ピタッとおさまって、何事もなかったかのようにまた無口な子どもにもどります。そういう子はえてして、大人になってからも、ふだんは寡黙な、はにかみやと見なされている場合が多いようです。
7母親との語らいが子どもの脳を活性化するという川島さんの実験データは、じつに興味深いものがあります。だとすれば、臨界期の中心に位置すると思われる大切な時期に、魔法使いであるはずの母親が魔法の力をふるうことを怠れば、刷り込みの力ははたらかないわけです。
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