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 タケとササは花が違うちが と聞いても、そもそもタケとササに花が咲くさ の? と思われる方も少なくないだろう。もちろん、タケにもササにも花が咲くさ 。タケやササは風で花粉を運ぶ風媒花ふうばいかで、イネによくた花を咲かせるさ   ただし、タケが花を咲かせるさ   ということはほとんどない。タケの花にお目にかかるチャンスはきわめて少ないのだ。
 一説には「タケは六十年に一度花を咲かせるさ   」といわれている。実際じっさいにモウソウチクでは六十七年、マダケでは百二十年の周期で花を咲かせさ  たという記録もある。
 世にも珍しいめずら  タケの花。ところが、タケの花が咲いさ た後、竹林には奇妙きみょう現象げんしょうが起こる。一面に広がっていた広大な竹林がいっせいに枯れか てしまうのである。
 しかし考えてみれば、これは不思議でもなんでもない。植物のなかには何度も何度も花を咲かせるさ   多回繁殖はんしょくせいの植物と、一度花を咲かせさ  て種子を残すと枯れか てしまう一回繁殖はんしょくせいの植物とがある。たとえば、ヒマワリやアサガオなどは花を咲かせさ  て種子を残すと枯れか てしまう。タケも花が咲いさ 枯れるか  。これは、ごくふつうのことである。ただ、タケの場合はその周期が途方とほうもなく長いというだけなのだ。
 タケは地下茎ちかけい伸びの 増えふ ていくから、無数のタケが生えた広大な竹林が、すべて地下茎ちかけいでつながった一つの個体こたいということも決して大げさな話ではない。つまり、一本のヒマワリが花を咲かせさ  枯れるか  ように、タケが花を咲かせさ  枯れるか  ということは、竹林全体のタケが枯れか てしまうことになるのだ。そうはいっても、いままで夏も冬も青々としていた竹林が、いきなり枯れか だすのだから、大変である。そのため昔の人は気味悪がって、タケに花が咲くさ のは天変地異てんぺんちい前触れまえぶ だといってひどく恐れおそ たのである。
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 ところが、である。どうやら、それも昔の人の迷信めいしんとかたづけるわけにもいかないようなのだ。タケやササが花をつけると、実際じっさい恐ろしいおそ   ことが起こることが知られているのである。
 タケやササが花を咲かせさ  た後は、無数の種子ができる。そして、この種子をえさとするネズミが大発生してしまうのだ。ネズミの妊娠にんしん期間はわずか二十日。一ひきのネズミは十ひきの子どもを出産し、生まれた子どもはわずか五十日で成獣せいじゅうとなり繁殖はんしょく能力のうりょくを持つというから、恐るべきおそ   繁殖はんしょく能力のうりょくである。ただ、通常つうじょうはえさの量が限らかぎ れているから、えさにありつけずに死ぬネズミも多く、ネズミの数は増えふ すぎることもなく保たたも れている。しかし、えさが豊富ほうふにあり、すべてのネズミが死ななかったとしたらどうなるだろう。文字どおりネズミ算式に増加ぞうかし、数カ月のうちに百倍くらいには平気で増えふ てしまう。そして、増えふ すぎたネズミはタケやササの種子を食い尽くしつ  、やがては田畑の農作物を食べ荒しあら て、ついには人々が大事に蓄えたくわ 穀物こくもつをも食べ尽くしつ  てしまうのである。こうして、タケやササの花は飢饉ききん原因げんいんにもなってしまうのだ。
 どんな植物でも花が咲くさ のは待ち遠しいものだが、どうやらタケやササだけは別のようだ。どうぞ、今年もタケやササに花が咲きさ ませんように、と短冊たんざくに願いをかけるとしよう。

稲垣いながき栄洋『蝶々ちょうちょうはなぜ菜の葉にとまるのか』(草思社)による)
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