a 長文 1.1週 nnge2
 1約四万年前、クロマニヨン人などの新人が現れ、約一万年前まで棲息(せいそく)したが、生活の仕方そのものは、ネアンデルタール人などの旧人と大差ない状態が持続した。2つまり人類が誕生した約一七〇万年前から約一万年前に至るまでの間、人類はほぼ同じ形態で生活し続けてきたわけで、この時代にすでに獲得(かくとく)していた形態・能力・性向こそが、今もなお人類であるための基本条件だとしなければならない。
 3その後人類は、紀元前三〇〇〇年頃(ごろ)から各地に文明を生み出し始める。文明とは人間がより豊かに、より安全に生活するための、富の生産と消費のシステムである。文明を成立させる要素としては、金属器の使用、文字の使用、都市の建設、階級制度などが挙げられる。4人類の文明はその後も発展し続けるが、一八世紀後半にイギリスで開始され、一九世紀前半に西ヨーロッパやアメリカに広がった産業革命は、文明のレベルを飛躍(ひやく)的に向上させた。5自然科学と科学技術の発達、工場と動力機械による工業生産の発展、自然科学や科学技術の発達を支える学校教育制度、資本主義的経済システム、市場と輸送路を確保するための強力な軍事力、議会制度に基づく政治体制、法による支配などが、西欧(せいおう)近代文明を構成する要素であり、これが地球上に存在する唯一(ゆいいつ)の文明である。6西欧(せいおう)近代文明が生み出した軍事力は圧倒的(あっとうてき)に強大で、他のいかなる文明も全く対抗(たいこう)できなかったからである。
 この西欧(せいおう)近代文明は、二度の大戦を経てますます高度に発展し、現代文明を形づくっている。7我々はこの現代文明の傘(かさ)の下に身を置くことによって、より豊かでより安全な生活を享受(きょうじゅ)している。これは史上最強の捕食(ほしょく)者としての人類が、人類の都合にのみ合わせて作り上げたシステムである。8もし環境(かんきょう)問題の中心に人類を据え(す )、現代文明のシステムを一日でも永く持続させるのが、環境(かんきょう)対策の目標であると再確認できるのであれば、我々はそれが現代の人類の利益のみを計る利己的運動であることをも、徹底(てってい)して再確認すべきであろう。
 9ある生物種が突出(とっしゅつ)して繁栄(はんえい)すれば、そのあおりを受けて他の
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生物種が片隅(かたすみ)に追いやられる事態は、過去に幾度(いくど)となく繰り返さ(く かえ )れてきたことである。0もし先ほどの再確認が合意されるのであれば、たまたま現代の人類も、この時代において最も効率的なエネルギー摂取(せっしゅ)のシステムを作り上げ、最強の捕食(ほしょく)者として食物連鎖(れんさ)の頂点に君臨しているのであり、過去に繁栄(はんえい)した動物の通例に倣っ(なら )ているだけだ、何か悪いのかと開き直る論理も成立する余地があろう。
 環境(かんきょう)の中心から人類をはずしてしまえば、そもそも環境(かんきょう)対策など存在しないことになろう。環境(かんきょう)の中心に人類を据える(す  )のであれば、所詮(しょせん)それは最強の捕食(ほしょく)者たる人類の繁栄(はんえい)を一日でも永く持続させたいと願う、人類本位の利己的発想なのだということを徹底的(てっていてき)に自覚すべきであろう。もし、現代文明がもたらす恩恵(おんけい)も享受(きょうじゅ)したいが、自然の生態系も保全したいと望むのであれば、「待ってはいられない、俺(おれ)たちが悪いのだ」と叫ん(さけ )で、いささかの気休めとするしか道はないであろう。

(浅野裕一(ゆういち)「動物としての人間」による。)
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a 長文 1.2週 nnge2
 1いつの時代でも、大人は子どもに対して、常に教育的関係を取り結んできている。先行世代が獲得(かくとく)した生活の技術を、後続世代に伝えることを怠る(おこた )なら、その種族は自然や他種族との厳しい戦いを戦い抜く(ぬ )ことが出来ないからである。2動物を狩り(か )、魚介類(ぎょかいるい)を漁り、作物を育てるなど、すべて与え(あた )られた環境(かんきょう)のなかでよく生き抜く(い ぬ )ための知恵(ちえ)であり、そのための技術に他ならない。3子どもたちは、大人とともにそれらの営みに参加することを通じて、それぞれの知識と技術を身につけ、成長とともにそれらに習熟して、生存に事欠かぬだけの知識・技術の持ち主であると認められたとき、一人前の徴(しるし)を付与(ふよ)されるのが常であった。
 4したがって、教育の成果とは、一人前になれるか否かで決まる。仮にそれぞれの技に優劣(ゆうれつ)があろうとも、その序列化にまして「一人前としての自立権の獲得(かくとく)」にこそ重きがおかれた。子どもたちは、自身の属する種の一員として生き抜く(い ぬ )ために、要求される技のあれこれを最低限度は獲得(かくとく)せねばならない。5それが、やすやすと取得された巧み(たく )な技であろうとも、また、ようやく身につけられた拙い(つたな )技術であったにせよ、最低基準を満たしてしまえばそれでよい。つまりは、一種の資格試験であり、その最低ラインに到達(とうたつ)するか否かは本人の努力次第ということになる。
 6たとえば、一人前の徴(しるし)として、単独で一定期間内に、ある広さの畑を耕すという課題が与え(あた )られているとする。その場合、達者な農作業の腕(うで)を発揮して短時間で成し遂げよ(な と  )うとも、あるいは、夜を徹し(てっ )て働いてやっとぎりぎりに期限に間に合ったにせよ、課題が達成されていれば同等に扱わ(あつか )れて、一人前の資格を与え(あた )てもらえる。7したがって、他者と比較(ひかく)しての技の巧拙(こうせつ)や敏速(びんそく)さは、とりたてて問題とされず、結果として、教える側の大人の、教授者としての巧拙(こうせつ)も、さほど問題とはなり得なかったのである。
 8しかし、文字文化の興隆(こうりゅう)によって「教師」という社会的身分が用意されると、文字を獲得(かくとく)した大人が単に既得(きとく)の技を伝えるだけ
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の役割を越え(こ )、「教師」には、いかに巧み(たく )にいかに効率的に、未習得者にその技を伝え得るかが問われるようになる。9つまり、教授の仕方の巧拙(こうせつ)が問題とされるのである。その結果、巧み(たく )に教える者が、「よき教師」として評価され、それなりの地位と財力を確保し得るのは当然であろう。「教師」あるいは「学者」という、知識を売る商売の発生である。0文字とその学習が身分と財力をもたらすとなれば、それは、おのずから、学ぶ者たちの上に新手の抑圧(よくあつ)を用意する。よき学習者、すなわち、懸命(けんめい)に励ん(はげ )で他者を凌駕(りょうが)することが、将来の地位や富を左右するとして、彼ら(かれ )の現在の自由を束縛(そくばく)し始めたのであった。勉強時代の到来(とうらい)は、子どもたちを、文字による権力志向へと追い立て、「文字文化」という新しい抑圧(よくあつ)機構のなかに組み込ん(く こ )だのである。
 文字文化がもたらした権力の構図は、教える大人を絶対の地位に置いた。文字は、字体にせよ文法にせよ、一定の規範(きはん)に従った文化であり、その規範(きはん)は一度獲得(かくとく)すれば生涯(しょうがい)にわたって有効に機能する。短期間に、全面的改定がなされて、既得(きとく)のものが通用しなくなる、などということはないのである。したがって、先に文字を身につけた大人は、後から学ぶ子どもに対して、常に、その優位性を誇る(ほこ )ことが出来る。「教師」「学者」などと呼ばれる専門家に至っては、その権威(けんい)はゆるぎようもない。文字文化がもたらしたのは、こうした大人―子ども間の権力関係であった。
 しかし、文字文化の絶対性が薄れ(うす )、新しいメディアが興隆(こうりゅう)したことで、こうした子ども―大人関係は更改(こうかい)、もしくは逆転のときを迎え(むか )ている。「子どもが分からない」という嘆声(たんせい)は、この関係の変化を十分認識し得ぬ大人世代の繰り言(く ごと)とも言えよう。しかも、この潮流は、ベビーブーム世代が漫画(まんが)に熱中し、漫画(まんが)文化に市民権を与え(あた )たとき、そして、先行する文字世代がその勢いを阻み(はば )得なかったとき、すでに、今日に向かって流れ始めていたのであった。

(本田和子『変貌(へんぼう)する子ども世界』による)
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a 長文 1.3週 nnge2
 1ぼくの身体でぼくがじかに見たり触れ(ふ )たりして確認できるのは、つねにその断片でしかないとすると、このぼくの身体って離れ(はな )て見ればこんなふうに見えるんだろうな……という想像のなかでしか、ぼくの身体はその全体像をあらわさないと言っていいはずだ。2つまり、ぼくの身体とはぼくが想像するもの、つまり「像」でしかありえないことになる。言いかえると、見るにしろ、触れる(ふ  )にしろ、ぼくらはじぶんの身体に関してはつねに部分的な経験しか可能ではないので、3そういうばらばらの身体知覚は、ある一つの想像的な「身体像」を繋ぎ(つな )目としてたがいにパッチワークのように繋が(つな )れることではじめて、あるまとまった身体として了解(りょうかい)されるのだということだ。ぼくらが着る最初の服は、この意味で、「像」としてのからだの全体像なのだ。4そして、身体はその意味で想像の産物、解釈(かいしゃく)の産物でしかないからこそ、もろいもの、こわれやすいものなのだ。
 だから、他人に怪訝(けげん)そうな表情で全身嘗める(な  )ように見回されるだけで、じぶんの抱い(いだ )ている身体像はとたんに揺らい(ゆ  )でしまう。5あるいは、異性の服装をするよう強制されるだけで、たちまちそういう自己解釈(かいしゃく)によって成り立っているじぶんの同一性は危うくなる。
 そこでひとは、こうした「像」としての身体のもろさを補強するために、いろんな手段を編みだすことになる。6つまり、「わたし」というものの存在の輪郭(りんかく)を補強することで、じぶんのもろい存在が醸す(かも )不安をしずめようとする。そのために、たとえば皮膚(ひふ)感覚を活性化することで、見えない身体の輪郭(りんかく)を浮き彫り(う ぼ )にしようとする。7熱い湯に浸かっ(つ  )たり、冷水のシャワーを浴びたり、日光浴したり、スポーツで汗(あせ)をかいたりする。あるいは、他人と身体を接触(せっしょく)させたりする、あぐらを組む父親のふところに入る、異性と身体をふれあう……。
 8なぜこういう行為(こうい)が心地よいかというと、たとえばお風呂(ふろ)に入ったりシャワーを浴びたりすると、湯や水と皮膚(ひふ)との温度差によって皮膚(ひふ)が刺激(しげき)され、皮膚(ひふ)感覚が覚醒(かくせい)させられる。ふだん見えない背中
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や太股(ふともも)の裏の存在が、その表面のところでくっきり浮かび上がっ(う  あ  )てくる。9視覚的には直接感覚することのできない身体の輪郭(りんかく)が、皮膚(ひふ)感覚というかたちでくっきりしてくるのだ。お父さんの膝(ひざ)のあいだに座ってもたれたときに背中で感じる温かい壁(かべ)のような感触(かんしょく)にひたって安心するというのも、心理的以外にこういう理由もあるのだろう。0激しい運動をして筋肉がこったり、汗(あせ)をかいて肌(はだ)がひんやりするのも、他人の手で身体をなでられるのも、お酒を呑む(の )と血が皮膚(ひふ)の裏側ぎりぎりのところにまで押し寄せ(お よ )てくるような感覚があるのも、みな、身体のおぼろげなイメージ、たよりないイメージを補強する効果をもっているのだろう。それらがひとの存在に確かな囲いを与え(あた )てくれるのだ。
 服についても同じことが言える。服を着ると、身体を動かすたびに皮膚(ひふ)が布地に擦れる(す  )。身体の動きとともに、身体表面のそこかしこで身体と衣料との接触(せっしょく)が起こるのだ。その接触(せっしょく)感が、ふだんはじかには見えない身体のあやふやな輪郭(りんかく)を、くっきりと浮き立た(う た )せてくれるのだ。こういう感覚が、存在のベーシック・トーンとでもいうべきものとなって、ぼくらの気分をあるていど安定させているのだろう。
 ところで、「わたし」の輪郭(りんかく)を補強するには、皮膚(ひふ)感覚を使うこのようなフィジカルな方法のほかに、もう一つ別の方法がある。これまで、ぼくらの身体というものはイメージとしてしかとらえられないもの、つまり想像や解釈(かいしゃく)の対象でしかありえないということをみてきたのだけれど、そういうイメージとしてのじぶんの存在を、社会的な「意味」で何重にも包装し、強化していく方法だ。身体の表面にさまざまの意味を発生させ、増殖(ぞうしょく)させることで、じぶんがだれかという、そういう意味づけをもっと細かく、そしてもっと多様なしかたで与え(あた )ていくということ、要するに、じぶんの性別、あるいは性格、職業、ライフスタイルなどを、眼に見えるかたちで表現していくというやりかただ。

(鷲田(わしだ)清一の文による。一部改変)
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a 長文 1.4週 nnge2
 1ベルクソンの記憶(きおく)論に戻っ(もど )ていえば、彼(かれ)は、こう言っている。記憶(きおく)には二つの種類のものがある。一つは身体運動の反復によって得られる「習慣的記憶(きおく)」であり、この場合には経験は表象されない。もう一つは、自発的な「純粋(じゅんすい)記憶(きおく)」であり、この場合には、精神が過去を表象として想起する。2このように習慣的記憶(きおく)と純粋(じゅんすい)記憶(きおく)とを分類した場合に、後者を機器に委ねることは不可能であろう。想起的な純粋(じゅんすい)記憶(きおく)は、思い出されるのは個々の事物であっても、イメージ的全体としての世界にかかわっているからである。
 3基本的にベルクソンのこの想起的記憶(きおく)の考え方にのっとりつつ、思い出の持つ意味をいっそう鮮やか(あざ  )に示しているものに、小林秀雄(ひでお)の次のことばがある。「思ひ出が、僕(ぼく)等を一種の動物である事から救ふのだ。記憶(きおく)するだけではいけないのだらう。4思ひ出さなくてはいけないのだらう。多くの歴史家が、一種の動物に止まるのは、頭を記憶(きおく)で一杯(いっぱい)にしてゐるので、心を虚しく(むな  )して思ひ出す事ができないからではあるまいか。/上手に思ひ出す事は非常に難しい。」(「無常といふ事」)
 5ここには、思い出が精神的な純粋(じゅんすい)記憶(きおく)として、動物的・機械的な記憶(きおく)と対比されて鋭く(するど )とらえられている。ベルクソンの純粋(じゅんすい)記憶(きおく)もそうなのだが、これらの場合、想起的記憶(きおく)だけが精神の記憶(きおく)とされ、そこから身体的なものはまったく排除(はいじょ)されている。6が、想起的記憶(きおく)はまったく身体から切り離せる(き はな  )ものであろうか。いうまでもなく、人間は心身の高次の統合体であり、いまや人間において、精神とは、活動する身体のことだと見なされている。そして、記憶(きおく)が担うイメージ的な表象は、つまりは、身体的なものを基盤(きばん)とした感性的なものだからである。
 7記憶(きおく)の働きは近代の知から排除(はいじょ)されたが、それには、それなりの理由があった。それまでの歴史の拘束(こうそく)や重圧から逃れ(のが )、共同体から個人が独立するためには、どうしても過去との繋がり(つな  )を断ち切る
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必要があった。8そのとき新しく要請(ようせい)されたのが、デカルト的な意味での「方法」であった。方法とは、記憶(きおく)や習慣によらずにわれわれを真理に導くものでなければならなかった。「方法」をそのように位置づけるヒントを私が得たのは、フランシス・A・イエイツの『記憶(きおく)術』(一九六六年)からである。
 9イエイツはデカルト的な意味での「方法」について立ち入って述べてはいないが、面白いのは、デカルト自身が「記憶(きおく)力」の弱さをたいへん気にしていたことである。彼(かれ)は「私はつねに、他の何人かと同じように、豊かで、なんでもすぐに思い出せる記憶(きおく)力を持ちたいものだと願った」、と『方法序説』の初めのところで書いている。0デカルトはそのため、「記憶(きおく)術」に代わって、確実な前提から出発し、論理的な連鎖(れんさ)によって物事をその原因から演繹(えんえき)的にとらえていく「方法」を打ち立てたのである。「方法とは習慣の反対物である」とG・バシュラールも『適用された合理論』(一九四八年)のなかで述べている。
 だからこそ、「方法」は科学的思考や科学に基づくテクノロジーと結びつくのである。その意味で、近代とは、まさしく「方法の時代」であった。ところが、P・ヴァレリー()のいう「方法的制覇(せいは)」が進み、貫徹(かんてつ)して、自然的・文化的環境(かんきょう)を破壊(はかい)したため、人びとは自己の存立基盤(きばん)の喪失(そうしつ)を痛切に感じるようになった。そのため、生存の基盤(きばん)と密接に結びついた記憶(きおく)の問題をもう一度考え直さざるを得なくなったのである。

(中村雄二郎(ゆうじろう)「記憶(きおく)」による)
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a 長文 2.1週 nnge2
 1しかし、ここで面白いのは「やりたいこと」とか「好きなこと」といっていても、それをいう自我主体に多少とも疑いを抱き(いだ )始めているということである。2本当は何が好きなのか、何をやりたいかわからないから、肉体的「行動」を、ともかくもおこし、そこで味わえるはずの未知の経験から得られるであろう感覚、感情に身をゆだねようということになるのである。3これはまあ、いわばよく解釈(かいしゃく)した場合ではあるが、そして今の若ものたちの流行のなかには、すべてとはいわないまでもこういう要素がふくまれていると見てよいだろう。ところがこの方向をまともにやって行こうとするなら、これはいわばニヒリズムを方法として用いるということであるから、かなりの精神的緊張(きんちょう)を必要とする。4何が好きかわからない、何をやりたいかつかめないという状態を肯定(こうてい)せず、むしろ否定的にとらえ、本当に好きなものを発見するという態度のなかでの、実験的一方法が、行動による偶然(ぐうぜん)を通じての自己発見というものだろうから。
 5しかし、何が好きかわからないためにやむを得ずする行動を「好き」といってしまっては、短絡(たんらく)という以外いいようがない。これでは、「社会心理学」などでいう、集団的な反社会的行動への逃避(とうひ)などといわれてしまってもしかたない。
 6また、たとえばサーフィン。これはやれば面白いだろうと思う。ゴルフだってやれば面白いだろうが、すこし違う(ちが )かもしれない。両方やったことがないのだから、無責任な話だが、しかし板を手で持つ波乗りぐらいはしたことがある。7波という自然の大きな、しかしじつに微妙(びみょう)なリズムに、己れの肉体のリズムがぴったり合一した時の快感、これにつきるのだと思う。ボートのエイトならエイトで、八人の漕ぎ(こ )手のオールさばきが、見事に水をとらえて、ふねと漕ぎ(こ )手と水との不思議な一体感のなかで陶酔(とうすい)する時、もっともスピードが出ている(これは体験だ)ということと似ていると思う。8官能の喜びではある。この直接的な官能性はこたえられないということはあるだろう。サーフィンが流行る根底にはこれがあるわけだが、実際に流行るプロセスでは、その体験は一種の神話的雰囲気(ふんいき)という枠(わく)と化してしまっている。9波の来ない海岸にサーファーが集まり、それどころか、シティ・サーファーとかいう始めか
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ら海岸に行く気はないのに、車の天井(てんじょう)にサーフ・ボードを乗せ、顔には日焼けクリーム(日焼け除けではない)を茶色に塗る(ぬ )という流行は一体何なのであろうか。0ここに軽薄(けいはく)な心理を見出すことはたやすい。わたしはここにむしろ軽いシニシズムがあると思う。官能の体験は淡い(あわ )神話と化してそれにこの半分腐っ(くさ )たような傲慢(ごうまん)で半ちくな自己韜晦(とうかい)とが結びついて、今日の「流行」の原型をみせているのである。

(小野二郎(じろう)の文章による)
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a 長文 2.2週 nnge2
 1ヨーロッパのコトバでは、いずれも、「風景」を意味するコトバは「土地」「地域」を意味するコトバから第二次的に出来てきたわけで、ドイツ語では、Landは土地・田舎・地方・国土を意味していまして、それから出来たラントシャフト(Landschaft)という語は、地方行政区域のこと、つまり州とか地方県とかを意味します。2それがどうして、そのままに同時に「風景」を意味するようになったのか。まことに不思議なこととも言うべきです。とにかくこのように、風景の場所性といいますか、風土性といいますか、地域に根ざすものを色濃く(いろこ )反映したものになっているわけです。
 3そして、考えてみれば当然のことであるわけですけれども、「土地」すなわち、それぞれの個性的な「場所」を離れ(はな )て風景は存在しえない。土地の地形、風物その他一切のもの、川とか森とか、山とか丘(おか)とか平野とか、雲とか、そういう一切のものの全体がつくりだしている姿・形の場所的特徴(とくちょう)、これが風景であるわけでしょう。4ですから西洋の言語において風景概念(がいねん)が、「地域・地方・土地」がそのまま「風景」となっている。すなわち「場所」としてのラントシャフトとして成立している。このことは考えてみますと、誠に自然でもあり、風景の本筋をいくものだ、とも言えましょう。
 5そして、このような西洋語の風景の意味形成の方向性、特徴(とくちょう)を、さきほど述べましたような、日本語における「風景」概念(がいねん)の含意(がんい)のもっている方向性、特徴(とくちょう)と比較(ひかく)してみますと、大変興味深いこと、そればかりか大変重要な一つの点が浮かび上がっ(う  あ  )てまいります。6といいますのは、日本語の風景概念(がいねん)の含意(がんい)の方向性やその特徴(とくちょう)が「風景」にしても「景観」にしても主として主観性を示している。あるいは主情性に溢れ(あふ )ているのに対しまして、西洋語のそれは、対象性、客観性そして場所性を示している、ということが言えると思うからです。7日本のばあいには、対象についての主観的な感じ方、感情性、自分中心の好みや感じ方の方面が主として表現されているのに、西洋のばあいには主我性、主観性から一応自由に、外界にある土地について、その地理的空間性、風土生活環境(かんきょう)の場所性(トポス性)と形状性(ゲシュタルト)、それらの特徴(とくちょう)が「風景」だと認識されている、ということです。
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 8このように見てまいりますと、さきほど私が考察いたしました中に、日本語の「風景」という語には、風情、情景の「情」(心情)が隠さ(かく )れている、あるいは含ま(ふく )れている、ということを言ったのですけれども、この「情」(心情)は、客観的な対象世界(自然)の姿・形とその美しさを、自然の生きた心として、9つまりは風景の心として感ずる(印象体験する)という点の情(心)であるよりは、むしろ、自分の主観の側の身勝手な感情の流れ、つまり四季の移ろい、時の流れ、時間性を感ずるあの感情の方に重点があるとみてよいと思えるのです。0日本の詩歌に表われている美意識のトーンの主要な特徴(とくちょう)が、自然の対象に即し(そく )た表現であるよりは、むしろ四季の移ろい、時の流れのあわれさ、その時間性の主観的体験の表現という特徴(とくちょう)を示していることと、このことは一致(いっち)してくると思います。
 これに対しまして、西洋のランドスケープ、ラントシャフトの方は、「対象としての自然」の「地域」に即し(そく )た姿・形、その美を、その「場所性」において、つまりは空間性の生ける現象としてとらえる所において成り立っていると言えるでしょう。
 このことは西洋の場合、対象としての自然に内在している生命・美というものを大切に思う心、つまり生きた自然の心を大切にする心が育ってくることを暗示しているのです。

(内田芳明(よしあき)『風景とは何か』)
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a 長文 2.3週 nnge2
 1デカルトが述べたことで、もう一つ、科学の発展にとって非常に重要だったことは、世界の真実の状態と、われわれが五感で認識する世界の状態とは、必ずしも同じものではないかもしれないという指摘(してき)にある。2私たちは、地面の上に空が広がり、空は青くリンゴは赤いと認識するが、そうやって私たちが認識する通りのものが、まさに世界の物質の実体であるとは限らない、と彼(かれ)は指摘(してき)した。
 このことも、デカルト以前の時代には、はっきりと認識されてはいなかった。3物体が落ちるのは、まさに「上から下」に向かって落ちるのであり、色には、私たちがみるとおりの「赤」なら「赤」の本質というものがあると思われていたのである。
 4事実は、万有引力の法則によって、物体が互いに(たが  )引き合うのであり、「上から下」へは、たまたま地球が非常に大きいために、地上のものはみな地表に引きつけられるから起こることである。5色も、じつはいろいろな波長の電磁波であり、私たちの網膜(もうまく)の細胞(さいぼう)に喚起(かんき)されるインパルスの違い(ちが )が異なる色として認識されるだけである。
 これは、デカルトのたいへんな慧眼(けいがん)であったと私は思う。人間は、なかなか、自分自身にとっての現実から逃れ(のが )られないものだ。6自分の実感と世界の真の姿との間に、なんらかのずれがあるかもしれないなどと気づくのは、なみたいていのことではないだろう。
 しかし、そこでつぎにまた疑問がわく。私たちの世界の認識は、世界の真の姿とは関係がなく、なんら特別な根拠(こんきょ)のない把握(はあく)の仕方なのだろうか。7それとも、まったく同じものを把握(はあく)しているのではないとしても、私たちの世界の認識は、なんらかの形で真実と対応した認識の一形態なのだろうか。つまり、私たちの世界の認識の仕方は、まったく無作為(むさくい)、任意の、たまたま偶発(ぐうはつ)的になされる勝手なものなのか、それとも、なんらかの真実との対応をもっているものなのか、ということである。
 8これは、科学的知識の確かさについての、昔からの議論の題材である。さらに、最近のポストモダンの相対主義者ならば、科学も、ある個人の世界の認識も、すべては、単に一つの見方、勝手な構築にすぎないというのだろう。
 9しかし、私はそうは思わない。私たちが世界をどのように認知するかは、私たちという生物種が、ある特定の生態学的位置の中で
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生存していく上で、役に立つような仕方に作られているはずだ。私たちは、空を飛ばずに地上を歩く生物なので、三次元的なアクロバティックな運動や感覚には優れていない。0一方、昼間に活動する生物なので、色や明暗の認識には長けている。その意味では、私たちの感覚世界は制限を受けている。しかし、私たちの認識は、確かに、世界の真実の一部と対応している。
 ミミズは私たちとは大いに異なる生活様式をもっているから、私たちとは大いに異なる世界の認識をしているだろう。ミミズの認識する世界を、私たちは実感することはできないだろうが、ミミズの認識も、世界の真実の一部に対応しているはずだ。
 このあたりの認識世界のようすは、それぞれの生物の進化の道筋によって形成されているはずである。デカルトがダーウィンと話す機会があったとしたら、非常におもしろい会話が発展したことだろう。

(長谷川眞理子(まりこ)『科学の目 科学のこころ』より)
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a 長文 2.4週 nnge2
 1「書物」とはいったい何だろうか! それを評価するとか、読むとかいうことは何を意味するのだろうか? それを売るとか買うとかいうことになるのは、何だろうか?
 これらの問いに、もっとも近づきやすいのは、「書物」を人間からもっとも遠くにある観念の「人間」とみなすことである。
 2わたしたちは誰(だれ)でも、子どものころは親とか兄弟とか友人とか教師から、知識や判断力や書物にたいする習慣的な位置のとり方を習いおぼえる。そして青年期に足を踏みこむ(ふ   )と、しだいに親や兄弟や教師たちを、教え手としては物足りなく思いはじめ、離反(りはん)するようになる。3これは個人にとっては「乳離れ(ちばな )」とおなじで必然的なものである。
 しかし、わたしたちは誰(だれ)もここで錯覚(さっかく)した経験をもっている。親や兄弟や教師などはくだらない存在であり、自分はかれらより優れてしまったし、かれらより純粋(じゅんすい)であるし、かれらから学ぶものはなにもないというように思いはじめる。4こういう思い込み(おも こ )が真実でありうるのは、半分くらいである。あとの半分では、青年期に達したとき、わたしたちは眼の前に何を与え(あた )られてもくだらないし、何にたいしても否定したいという衝動(しょうどう)をもつようになる。
 5これは、自己にたいする不満の投射された病いにすぎない。つまり誰(だれ)もかれを満足させるものではなく、何を与え(あた )ても否定的であることの一半の原因は、対象の側にはなく自己の側にあるだけである。
 6この時期に、わたしたちは、じぶんを充たし(み  )てくれるものとして、「書物」をもとめる。「書物」は周囲で眼に触れる(ふ  )事柄(ことがら)や人間にすべて不満である時期に、いわば、「肉体」をもたない「親」や「兄弟」や「教師」の代理物としてあらわれる。
 7ほんとうは「書物」は、身近にいる「親」や「兄弟」や「教師」などよりつまらないものであるかもしれない。しかしわたしたちは青年期に足を踏みこん(ふ   )だとき、「書物」には肉体や性癖(せいへき)や生々しい触感(しょっかん)がなく、ただの「印刷物」であるということだけで、不満や否定から控除(こうじょ)するのだといってよい。
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 8そこで「書物」は、身近にいる「親」や「兄弟」や「教師」などより格段に優れた「親」や「兄弟」や「教師」に思われてくる。つまり、遠くの存在だというだけで苛立た(いらだ )しい否定の対象から免れる(まぬか  )のだ。
 9しかし、青年期にはいったときわたしたちは、さらに錯覚(さっかく)する。こういう優れた「書物」を書いた著者は、人格も識見もじぶんの知っている「親」や「兄弟」や「教師」などより格段に優れており、平凡(へいぼん)な肉親や教師たちとちがった特異な生活をしているにちがいない、ぜひ一度会って、できるならばその生活ぶりも知りたいものだというように。
 0しかし、かれが実際に訪れてみると、その「書物」の著者は、すくなくとも見掛け(みか )たところ、ごく普通(ふつう)の生活をやっている平凡(へいぼん)な人物にすぎない。じぶんの「親」や「兄弟」や「教師」とおなじように、子どもを叱り(しか )とばしたり、女房(にょうぼう)と喧嘩(けんか)をしたり、くだらぬお説教のひとつも喋言(しゃべ)るありふれた人物である。

(吉本(よしもと)隆明(たかあき)『読書の方法』より)
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a 長文 3.1週 nnge2
 1社会の仕組みの正しさ(倫理(りんり)性)に関して多くの異なる理論が存在しているが、それらに共通していることは、各理論がそれぞれ重要とみなす何事かについては平等を要求する、という特徴(とくちょう)である。なぜそうなのか? 2社会的なことがらに関する倫理(りんり)的な根拠(こんきょ)が妥当(だとう)性をもつためには、決定的に重要とみなされるレベルで、社会のすべての構成員に対して基本的に平等な配慮(はいりょ)がなされている必要がある。もしそのような平等性がなければ、その理論は恣意(しい)的に差別を行っていることになり、正当化されがたい。3理論というものは、多くの点で不平等を受け入れ、さらに不平等を要求することもありうる。しかし、そのような不平等が正当化されるためには、本質的なところですべての人々に平等な配慮(はいりょ)がなされていなければならない。4また、その配慮(はいりょ)が究極において不平等と関連していることを示す必要がある。
 おそらくは、このような特徴(とくちょう)から、倫理(りんり)的な根拠(こんきょ)が第三者からみて、潜在(せんざい)的にはすべての他者からみて、信頼(しんらい)にたるものでなければならないという要件が必要になってくる。5とくに社会の仕組みに関する倫理(りんり)的な根拠(こんきょ)については、そういえる。「なぜこのシステムなのか」という問いに対する答は、そのシステムに属するすべての人々に与え(あた )られなければならない。
 6「自分の行動を正当化するためには、他の人々が理性では拒否(きょひ)できないことを根拠(こんきょ)とすべきである」と、トーマス・スキャンロンは主張する。人の行動にとって、このような要件が妥当(だとう)であり説得力をもつと、彼(かれ)は分析(ぶんせき)している。7ロールズは「公正」という要件を基礎(きそ)にして正義論を展開している。それは、人が理性的に拒否(きょひ)できるもの、あるいは拒否(きょひ)できないものとは何かを決定する枠組(わくぐみ)を提供しているとみなすことができる。同様に、より一般(いっぱん)的な「公平さ」という要件が主張されることもある。8その場合にも、基本的に平等な配慮(はいりょ)をするという特徴(とくちょう)がともなってくる。このような一般(いっぱん)的な形での理由づけは、倫理(りんり)学の基礎(きそ)と大いに関連している。
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それゆえに、それぞれの倫理(りんり)的な提言の中で、様々に異なった形で現れてきている。
 9ここで関心があるのは、以下の主張の妥当(だとう)性である。すなわち、「社会の仕組みに関する政治的な、あるいは倫理(りんり)的な理論を提示する場合、重要だとみなされるレベルでの平等な配慮(はいりょ)は、簡単には無視しえない要求である」という主張である。0社会制度において支持を受け続け、合理的な擁護(ようご)が行われている主要な政治的倫理(りんり)的な提言には、何らかの形で公平さや平等な配慮(はいりょ)が共通の背景としてある。このことを指摘(してき)しておくことは、非常に実践(じっせん)的な意味があろう。そのひとつの帰結は、問題となる領域において個人間で優位性に格差があることを正当化する必要性を、しばしば暗黙(あんもく)裏に受け入れることである。このような不平等は、その他のさらにもっと重要な変数に関する平等と強く結びついていることを示す形で正当化されている。
 ここで、変数の重要性は、必ずしもその変数に固有のものではないということに注意しよう。例えば、ロールズの「基本財の平等」や、ドーキンの「資源の平等」は、必ずしも基本財や資源のもつ固有の重要性によって正当化されているわけではない。このような変数の平等は、それが人々の目的を達成するために必要な機会を平等に与える(あた  )手段となるために、重要とみなされている。実は、この両者の間の距離(きょり)が、これらの理論にある種の内的な緊張(きんちょう)を生み出すことになる。なぜなら、基本財や資源の重要性は、基本財や資源を各人の目的の達成やそれを遂行(すいこう)する自由へと変換(へんかん)していく能力にかかっているからである。そのような変換(へんかん)を行う能力は、実際には人によって差があり、このことが基本財や資源を平等に保有することの重要性の根拠(こんきょ)を弱めているのである。

(アマルティア・セン『不平等の再検討』より)
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a 長文 3.2週 nnge2
 1漱石(そうせき)は、イギリスでの暮らしの経験の中で日本とは違っ(ちが )た個人のあり方を目撃(もくげき)してきた。このことは当時海外で暮らした者にとっては大きな衝撃(しょうげき)であっただろう。個人と社会の関係に目を開かされたのである。2漱石(そうせき)は、多くの留学経験者がそうだったように、わが国には個人が生まれていないと慨嘆(がいたん)してすます程度の人間ではなかった。彼(かれ)は日本の社会と個人のあり方について真剣(しんけん)に考えたと思われる。特に彼(かれ)にとって問題であった親族、つまり家族の問題との関わりの中で、個人と社会の問題に関わらざるをえなかった。
 3しかし、その際に、西欧(せいおう)流の社会という概念(がいねん)をわが国にそのまま仮定し、それに対して日本の個人を対比させたところに彼(かれ)の問題があった。わが国には、個人が社会に対する以前にそれぞれの世間があったのであるが、この世間は、彼(かれ)には社会の未成熟なもの、すなわち同一線上で語りうるもの、としてしか見えなかったのである。4ところがこの頃(ころ)には世間という概念(がいねん)は現実にはっきりとした輪郭(りんかく)をもっていた。しかし、それにもかかわらず、漱石(そうせき)は社会と世間の区別をなしえなかったのである。
 漱石(そうせき)が、このような問題意識に立って諸作品を書いていったとして、その彼(かれ)の姿勢を支えていたものは何だったのだろうか。5一つ一つの作品を見れば出来不出来はあるし、社会の見方も到底(とうてい)鋭い(するど )とはいえないが、彼(かれ)の作品には、当時から現在までのわが国が抱え(かか )てきた、あるいは引きずってきた重要な問題が示されている。何度もいうように、それは個人と社会の関係の問題である。6そこに親族の問題や男女の関係が絡ん(から )でくることはいうまでもない。漱石(そうせき)はそれらの問題に対して作品の中では世間や社会に背を向けた立場を選んでいる。彼(かれ)の小説の主人公はほとんど社会や世間の中で主要な地位を得ていない人たちである。7現実には、漱石(そうせき)の家に集まった人々の中には後に日本の知的世界を背負ってゆくことになる多くの人物がいたが、作品の中ではそういう構図にはなっていない。
 明治以降の日本の社会の中で、世間や社会にしかるべき地位を得ている人の世間や社会を見る目ははっきりしていた。8そのような
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人々を主人公にした小説類はおびただしい数に上るが、それらは必ずしも時代を超え(こ )て読者に訴え(うった )てゆく力をもってはいなかった。
 それに対して漱石(そうせき)の作品が読み継が(つ )れてきた一つの理由には、世間や社会に背を向けようとしたその視点にあったといえよう。9このような視点に立って初めて日本の社会と個人の主要な一面が見えてくるからである。
 もとより漱石(そうせき)自身が「隠者(いんじゃ)」的であったというのではない。作品の中にその傾向(けいこう)がみられるというのである。0このように見てくると「徒然草」の吉田(よしだ)兼好(けんこう)から漱石(そうせき)に至るまで、わが国の文学の世界はいかに多くを一種の「隠者(いんじゃ)」に負うてきたことだろう。隠者(いんじゃ)とは日本の歴史の中では例外的にしか存在しえなかった「個人」にほかならない。日本で「個」のあり方を模索(もさく)し自覚した人はいつまでも、結果として隠者(いんじゃ)的な暮らしを選ばざるをえなかったのである。

(阿部(あべ)謹也(きんや)『「世間」とは何か』より)
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a 長文 3.3週 nnge2
 1時間の進行と希望の消息、それが占い(うらな )の主題である。なんとなくそんなことを考えだした時から、私は「時の装飾(そうしょく)法」というものに興味を持ち出した。いったい、時間というものは実在しているものなのか、実在しない制度に過ぎないのか。2もし、時間というものが実在しているとすれば、それはいったい何時から始まり、何時をもって終りとするのか。この問題を巡っ(めぐ )て実に様々な分野で目の回るような議論が繰広げ(くりひろ )られていることを知ったのは、もっと後のことだ。3時間論は現代の神学だ。それは単なる比喩(ひゆ)ではなくて、無神論の登場と時間論の白熱は軌を一に(き いつ )しているのである。一方では中世の神学者も驚異(きょうい)を感じるかもしれないほど複雑、煩雑(はんざつ)、精緻(せいち)な議論が戦わされている。4一方では、そちらの方が世の中の大半だが、時計と行動の相談ができない人間を無視するほど、時計への信望が高まっている。八十年代の半ば頃(ころ)から目立ちはじめた時計だけが不釣り合い(つ あ )に高級というアンバランスはここ数年、服装に関しては幾分(いくぶん)、バランスを取り戻し(と もど )ているように見える。
 5身を飾る(かざ )という世界では一見、バランスを取り戻し(と もど )たように見えるが、経済の世界はますます「時は金なり」という筋を突き進ん(つ すす )でいるように思える。「時は金なり」「時は神なり」ゆえに「金は神なり」という三段論法がまたたくまに成立してしまうという短絡(たんらく)がいつ現れないとも限らない。6このような単純すぎる筋というものは、簡単に成立してしまいそうで、たいていの場合、その寸前で何かしらのブレーキがかかるものだ。いったい、どんなブレーキがかかるのか。今のところ私には想像もできないが、世界はますます時と金を巡っ(めぐ )て、無表情な数字に衝き(つ )動かされているようだ。7そこでは夜も昼もない。数字に換算(かんさん)された時と、数字に換算(かんさん)された金が恐ろしい(おそ   )スピードで動き回っているらしい。一日のうちの大半をタクシードライバーとして過ごしながら、東京、ロンドン、ニューヨークの株式市場や為替(かわせ)市場、債券(さいけん)市場の動きを読んで取り引きを繰返し(くりかえ )ているという男にあったことがある。8タクシーの乗務を終えて自宅にもどったあとは、「市況(しきょう)の把握(はあく)は女房(にょうぼう)に任せて寝る(ね )ん
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です」と話していた。旨く(うま )すれば、それほど歳月(さいげつ)をかけずにタクシードライバーから抜け出せる(ぬ だ  )とは言わなかったが、元来のタクシードライバーではなくて、何かの苦境で資金稼ぎ(かせ )にこの商売を始めた人のようだった。
 9占い(うらな )なんてと笑う男性は結構いて、ちっとも信じていない様子を見せるけれども、「金」と「人気」を扱う(あつか )人間はそんなに簡単に占い(うらな )を笑ったりはしない。時によっては実力以上の何かが起きるからだ。0私はそういう人々を見るたびに、「時の匂い(にお )」を嗅ぎ(か )分ける鼻というものを想像してみる。あるいは潮時を見極めるするどい目を想像してみる。そこでは時は決して数値化されていないし、また均質に流れてもいない。時の装飾(そうしょく)法として最初に浮かぶ(う  )のが占い(うらな )である。そのなかでもとりわけ西洋占星術(せんせいじゅつ)は装飾(そうしょく)法として魅力(みりょく)的なアレゴリーをふんだんに持っている。
 もっとも、女の子が西洋占星術(せんせいじゅつ)のアレゴリーに感じるような魅力(みりょく)を、「人気」商売や「金」の出入りの大きな投機家が覚えるかというとそうでもない。日本の、あるいは東京では幾らか(いく  )占い師(うらな し)のすみわけというようなものがあって、西洋占星術(せんせいじゅつ)のお得意さんの第一は恋(こい)をしている、あるいは恋(こい)をしたい女性だ。たぶん、天球を十二分割して、そこに獅子(しし)やさそり、双子(ふたご)、乙女(おとめ)といった星座を割り当てて行くという意匠(いしょう)が女性好みなのだろう。ただし、それらの意匠(いしょう)はあくまでも西洋の文明がもたらしたものだから、あの「時の匂い(にお )」を嗅ぎ(か )分ける鼻や潮時を見極める眼力(がんりき)を養うには、いささか、甘(あま)すぎる意匠(いしょう)なのかもしれない。とは言え、それが天文学に基づき、現在の暦(こよみ)である太陽暦(たいようれき)と密接に繋がっ(つな  )ている以上、最初に時の装飾(そうしょく)法の研究の対象とするふさわしさがあるだろう。

(中沢(なかざわ)けい『時の装飾(そうしょく)法』より)
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 1一八九九年、新渡戸(にとべ)稲造(いなぞう)が英文をもって著わした『武士道』は、日清戦争後の新興日本に対して興味をもち出していた欧米(おうべい)各国民に向かって、日本の道徳体系を解明したものとしてすこぶる好評を博した。
 2それはそれなりに功績はあったにちがいないが、史実的に見ればほとんどむちゃくちゃともいうべき乱雑さで「寺子屋」や「千代萩(はぎ)」まで引用しているのでは、とうてい、学問的価値のある述作とは認められない。3しかし新渡戸(にとべ)の著書は、明治以後武士道復活が叫ば(さけ )れるごとに、かならず持ち出されるものであるから、一応その内容を瞥見(べっけん)しよう。
 4新渡戸(にとべ)は、武士道とは武士のかならず実践(じっせん)すべき倫理(りんり)綱領(こうりょう)であるとし、その内容として、正義、勇気、仁愛、礼儀(れいぎ)、至誠、名誉(めいよ)、忠義、克己(こっき)などをあげ、特に忠の観念を「封建(ほうけん)諸道徳を結んでの均整美あるアーチと為し(な )た要石である」と述べている。
 5江戸(えど)時代に完成された武士階級の道徳綱領(こうりょう)としては、ほぼ正しいであろう。もちろんこれは武士はまさに「かくあるべきもの」という規範(きはん)であって、現実に「こうである」という意味でないことは当然である。6大部分の武士はこれらの道徳律に反した存在であり、ただ表面的にこれに従っているかのように見せていたにすぎない。だからこそ、くり返し、これらの道徳律を「武士道」として教えなければならなかったのである。
 7――けしからん、そんなばかなことがあるか、と、いくつかの例をあげて怒り(おこ )だす人もいるだろうが、それらの例は明らかに、それが当時、珍しい(めずら  )ことであったから称賛(しょうさん)され、喧伝(けんでん)されたのであって、決して武士一般(いっぱん)がそうであったということにはならない。
 8それでは、単にそれに向かって努力すべき道徳指標として考えた場合、武士道はどのような特色を持っているのであろうか。
 正義も、勇気も、仁愛も、礼儀(れいぎ)も、至誠も、名誉(めいよ)も、克己(こっき)も、いずれも武士にのみ特有の倫理(りんり)ではないはずである。すべて規律ある社会人として生活する以上、すべての人間が当然これらの道徳律を目標とすべきであろう。9それが武士道として、とくに武士階級に
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強く要求されたのは、武士が封建(ほうけん)社会における指導的階級とされ、農工商に範(はん)たるべきものとされていたからにちがいないが、もっとも肝要(かんよう)な点は、忠義という武士に特有の観念が、これらの道徳の要石としてすえられていたからだ。0忠義の一点を除けば、他の諸点は、欧米(おうべい)の紳士(しんし)道についてさえ、ほとんど一致(いっち)するといってよい。
 したがって武士道の根底をなす「忠」という観念を究明することなくしては武士道の本質を把握(はあく)することはできないであろう。
 ところが、江戸(えど)時代における忠義の観念ぐらい奇妙(きみょう)なものはない。「忠」はいうまでもなく、おのれの主君に対する服従および忠誠である。それも絶対的な服従であり、必要とあれば生命をささげて奉仕(ほうし)することである。
 そしてその主君たるものは、知謀(ちぼう)、才幹、力量においてすぐれているのでもなく、人間的にすぐれているわけでもない。ただ主家に生まれたがゆえにその地位を世襲(せしゅう)しているにすぎない。大部分は愚劣(ぐれつ)な存在だといってよい。
 こんな主君に対して、忠臣は二君に仕えずといい、君君たらずとも臣臣たりというような戒律(かいりつ)を守らねばならないとされたのだ。

(南条範夫(のりお)の文章による)
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