a 長文 10.1週 nngu2
 1昭和の時代は、戦前を知る人たちが身近に多くいたため、戦後の日本社会の「外側」を意識することが容易であった。また、国外には社会主義体制が、未だ大きな勢力として存続していたため、資本主義の世界の外側を意識することも容易であった。2つまり私が物心のついた八〇年代は、自分が生きている世界に外側があり、外側の世界から自分が生きる世界を相対化して考えることが容易な時代であったといえる。
 しかし昭和から平成に元号が変わり、バブルが弾(はじ)け、冷戦体制が崩壊(ほうかい)すると、このような「外側」を想像することが難しくなっていく。3チェーン店の接客マニュアルのような言葉遣い(ことばづか )が全国津々浦々(つつうらうら)に浸透(しんとう)するようになり、できる限り「外側」と接触(せっしょく)しないですむような「デオドラントなコミュニケーション」が社会へと浸透(しんとう)してきたのである。
 4このため私たち「平成育ち」の若者は、チェーン店のマニュアルのように、感じよく、当たり障りのないコミュニケーションを行うことに慣れている。5しかしその一方で、他人と衝突(しょうとつ)したときに「オン」「オフ」の回路でキレたり、他人と衝突(しょうとつ)した後始末をするときに逆ギレしたり、「想定」の「外側」でコミュニケーションを行うことが下手くそである。
 6つまり平成期に入り、グローバリゼーションとIT革命が進行し、世界が「外側」へとどんどん広がったのとは対照的に、「平成育ち」のコミュニケーションは「内側」へとどんどん閉じてきたのである。
 7また、「有史以来最も分かりにくい戦争」といわれた湾岸(わんがん)戦争が暗示していたように、冷戦が終わり、グローバリゼーションとIT革命が進行したことで、世界は未だかつてないほど「分かりにくく」なった。
 8しかしこれとは対照的に、平成期に入ると「分かりやすさ」を全面に打ち出し、視聴(しちょう)者も議論に参加できる「平(フラット)な報道番組」が流行してきた。番組の討論にファックスで視聴(しちょう)者が参加するのが一般(いっぱん)的になったのも、平成五年前後である。
 9そしてこのような番組を通して「分かりやすい歴史観」や「分かりやすい世界観」が広まるようになり、戦前の歴史や社会主義体制など、昭和期には「外側」にあったものが、容易に超克(ちょうこく)可能な
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「内側」とみなされるようになった。
 0今日から振り返れ(ふ かえ )ば、コスモ星丸というキャラクターは、この点でも時代の変化を予見するキャラクターであったといえる。当時、ボイジャー二号の到達(とうたつ)点は土星であり、当時の科学が測定できる最果ての地は、輪っかのかっちょいい土星であった。つまりコスモ星丸は、私たちが把握(はあく)できる世界の「外側」と「内側」の境界に、異形のキャラクターとして屹立(きつりつ)していたのである。
 平成期を通して私たち「平成人(フラット・アダルト)」は、「外側」に存在する星々から自己の位置を測ることができず、「何時の何処だか分からないような平成日本」の「内側」を迷走してきた。
 宇宙が広がり続けているのと同様に、グローバリゼーション下の世界は「外側」へと複雑に広がり続けているが、私たち「平成人」の世界は「内側」へと狭まり(せば  )続けているのである。

 (酒井(さかい)信『平成人(フラット・アダルト)』(文藝春秋(ぶんげいしゅんじゅう))より)
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a 長文 10.2週 nngu2
 1植民地主義イギリスの紀行文学の根強い伝統を論じた著作『海外へ』のなかで、イギリスの批評家ポール・フュッセルは旅人を「探検家」「トラヴェラー()」「ツーリスト」の三種類のタイプに類別している。
 2「探検家」とは、フランシス・ドレーク卿(きょう)やエドモンド・ヒラリー卿(きょう)のように、しばしば爵位(しゃくい)をもってその活動を顕彰(けんしょう)されるようなタイプの旅人である、とフュッセルは言う。3いかなるトラヴェラー()もツーリストも、彼ら(かれ )のなしとげた行為(こうい)によって爵位(しゃくい)を贈ら(おく )れる、というようなことはない。トラヴェラー()やツーリストの旅が探検家のそれと同じ程度に困難で記憶(きおく)されるべき内実をそなえたものであるとしても、それは「行為(こうい)」として本質的に探検家の実践(じっせん)とは意味づけを異にしているからだ。4「探検家」は未知の探求者である。彼ら(かれ )の旅は処女的発見のための旅であり、その地理的・博物学的・考古学的発見の行為(こうい)は新しい科学的世界像の形成と深く結びついている。彼ら(かれ )は死の危険をすら冒し(おか )て未知を彼ら(かれ )の世界の側に奪取(だっしゅ)する文化英雄(えいゆう)たろうとする。
 5一方現代の「ツーリスト」の求めるものは商業主義的な企業(きぎょう)家によってあらかじめ発見された大衆的価値である。ツーリストはマスメディアの巧妙(こうみょう)なプレゼンテーションによって彼ら(かれ )のために準備されたルートとトポスとをめぐる、現代の受動的な好奇(こうき)心を代表している。6探検家がかたちのないもの、知られざるものと対峙(たいじ)するリスクを進んで冒そ(おか )うとする人々であるならば、その反対にツーリストは徹底(てってい)して既知(きち)の側につき、すでに確認された紋(もん)切り型の「知識」を安全性の保証のもとに追認するにすぎない。
 7そしてこの探検家とツーリストの両極の中間に「トラヴェラー()」がいる。彼ら(かれ )は移動の途上(とじょう)で生起するであろうあらゆる予期せぬ経験を旅の長所として留保しつつ、一方で彼ら(かれ )の西欧(せいおう)的アイデンティティが揺らぎ(ゆ  )だす手前で巧妙(こうみょう)に旅の混沌(こんとん)から身を引き離す(ひ はな )。8彼ら(かれ )は自分がいまどこにいるのかを熟知しつつ、世界
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放浪(ほうろう)のロマンティックな動機に過渡(かと)的に身をまかせることのできる旅人なのである。適度な異国趣味(しゅみ)と適度な冒険(ぼうけん)を内側から支える安定した「世界」像のなかで、トラヴェラー()は時代の経済原理をたくみに利用しながら旅してゆく……。
 9フュッセルは「トラヴェラー()」に一つの旅人としての理想のスタイルを見出そうとしている。探検家とツーリストという、旅の始まりと終焉(しゅうえん)の実践(じっせん)の両極をわたる中庸(ちゅうよう)の旅人のなかに、真正の旅人へのレクイエムを聞きだそうとしている。0だがここで重要なのは、探検家であろうとトラヴェラー()であろうとツーリストであろうと、およそフュッセルの描きだす(えが   )旅のトポグラフィにはつねに特定の起点と終点があらかじめ想定されているという事実の方である。探検家にとっての旅の起点も終点もきわめて明瞭(めいりょう)だ。ヨーロッパの中心から国家の期待を背負って旅立った彼ら(かれ )は、ふたたび彼ら(かれ )の都市へと凱旋(がいせん)する。彼ら(かれ )の冒険(ぼうけん)物語を語り、撮影(さつえい)した処女地の写真を展覧し、爵位(しゃくい)を授けられるために……。そしてその点において、トラヴェラー()とツーリストもじつは変わることがない。トラヴェラー()の詩的なヴァガボンドの物語はあらかじめ文明世界において語られるためにこそ体験されるのであるし、ツーリストも保証された帰還(きかん)をすべての前提として土産を購入(こうにゅう)し、エキゾティックな土地の一時的占有(せんゆう)を示す絵はがきを郷里の友人に旅先から送って彼ら(かれ )の知的戦利品としての風景を誇示(こじ)するのである。
 こうして旅は家と外国とを空間的に峻別(しゅんべつ)することでその内容を盛られてきた。自己と他者が明確に差異化されることによって、西欧(せいおう)的旅人の主体性はアイデンティティを維持(いじ)しつづけることができた。だが二十世紀末の現在、ギリシャの旅人=理論家の末裔(まつえい)たちは彼ら(かれ )の思考と表現の基地・中心地としての「家」を失いつつある。安定した起点と終点を喪失(そうしつ)した現代の旅の実践(じっせん)は、旅を日常の生から聖別された感覚と思考の閉鎖(へいさ)的領域から解き放った。旅の遂行(すいこう)の途上(とじょう)で、現代の私たちは自己と他者の不思議な混交を体験し、場所の奇妙(きみょう)な溶解(ようかい)に立ち会うことになったからである。旅その
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長文 10.2週 nngu2のつづき
ものが安定したアイデンティティの実践(じっせん)であることをやめ、行方のない彷徨(ほうこう)を開始したのだ。
 旅の物語を語ろうとする私たちは困惑(こんわく)しはじめている。家の喪失(そうしつ)は、疑いもしなかった「帰還(きかん)」のディスクールの根底を揺るが(ゆ  )せたからだ。中心から周縁(しゅうえん)へと赴い(おもむ )たはずの旅人は、もっとも隔絶(かくぜつ)された「辺境」で傍若無人(ぼうじゃくぶじん)のツーリストたちに遭遇(そうぐう)してエキゾティックな物語を見失った。落胆(らくたん)して家へ帰りついたはずの彼ら(かれ )は、そこがあるときから別な世界からやってくる移民と総称(そうしょう)される人々の意識の果てにひろがるディアスポラの領域であったことを逆に発見した。世界の中心が別な世界の周縁(しゅうえん)となり、「第一世界」の核心(かくしん)に「第三世界」の楔(くさび)が打ち込ま(う こ )れようとしている……。

(今福龍太(りゅうた)「遠い挿話(そうわ)」より)
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a 長文 10.3週 nngu2
 1芸術作品の特徴(とくちょう)は何か、という問題に対して、かなり広い支持を集めた説明は、「それは文とか、絵の中にある違い(ちが )ではなく、それに接する人の態度の違い(ちが )である」というものである。2美しいものを見出す時の態度は、美的態度と呼ばれるが、それは実用的目的や利害を離れ(はな )た、無関心的態度にほかならない。そしてそのために作られたものが芸術作品である。それに対して新聞記事や似顔絵などは、特定の実用的目的のために作られている。3これが決定的な違い(ちが )だと考えるのである。
 しかしこの説明も不十分であるように思われる。「無関心的」という表現の意味を、芸術だけにあてはまるように限定するという肝心(かんじん)の仕事が残っているし、「態度」の概念(がいねん)が十分明らかになってはいない。4その時々の心の状態を観察すればどんな態度をとっているのかが分るのだろうか。それともその時の外面的なふるまいによってどんな態度かが決まるのか。そもそも態度ということによって、芸術をめぐる多様な現象をとらえることができるだろうか。
 5わたしはむしろ、ウィトゲンシュタイン的に、一種のゲームの中で芸術をとらえ、人間のさまざまな行動の中でどのような役割を果しているか、という問題として考えるのが最も適当であると思う。6なにかを芸術としてみなすことと新聞記事のような事実の記述とみなすことの違い(ちが )は、さまざまな行動に関係し、さまざまな場面に現れる。それらを一つずつ記述する以外に、芸術作品の特徴(とくちょう)を明らかにする方法はない、と思うのである。
 7似顔絵をめぐるわたしたちの行動はどのようなものだろうか。似顔絵については正確さが問題になる。よく似ているほどよい似顔絵だとされ、まったく似ていなければ無価値である。また「誤った」描写(びょうしゃ)と「正しい」描写(びょうしゃ)がありうる(たとえば目の形を忠実に描い(えが )ているかなど)。8上手・下手という評価も下されるが、その基準はもっぱら正確さ、犯人の識別のし易さにおかれている。こどもに似顔絵の描き(えが )方を教える時も、この基準を使う。描く(えが )たびに同じ絵を描い(えが )ても、正確な絵でさえあれば問題にはならない。9むしろ、記憶(きおく)が確かだと評価される。犯人の似顔絵を描く(えが )よう命令された時、故意に誤った描写(びょうしゃ)をしたり、忘れたふりをして描か(えが )ないことがある。また、それに相当するものによって代替(だいたい)可能である。
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0たとえば、言語による記述、写真、モンタージュ写真、別の絵などによって置き換える(お か  )ことができる。それどころかよく似た人によって代用することもできる。
 芸術としての絵画の場合、このようなことは成立しない。似顔絵の場合と違っ(ちが )て、対象に似ているかどうかは、芸術的な価値に影響(えいきょう)しない。たとえ芸術が事実を描写(びょうしゃ)したものであっても、それが芸術とみなされているかぎり「正しい」とか「誤っている」という表現は使わず、真偽(しんぎ)は問題にならないのである。したがって故意に誤った絵を描く(えが )こともありえない。上手・下手の基準は、識別のし易さにおかれるわけではない。こどもに教える時も特有の基準を使う。こどもに文字の書き方を教える場合、はじめは正しい書き方を教え、正しく書けるようになれば、上手な書き方を教えるが、このとき、正誤の基準と上手・下手の基準は異なっている。さらに、芸術作品は他のものによって代用することは不可能である。写真や、別の絵によって置き換える(お か  )ことはできず、絵の対象によって置き換える(お か  )こともできない。それどころか、その一部の色や線をちょっとでも変えると、その絵が台無しになってしまうことがある。同機能のものによって代用できないという特徴(とくちょう)によって芸術性と実用性を区別することもできるだろう。建築、食器、衣服などは実用的なものであっても芸術作品でありうる。もしこれらが実用性だけを考えて作られたり、使われたりしているなら、そのかぎり、ほかの同じ機能をもつものと交換(こうかん)することができるが、芸術とみなされているかぎりでは代替(だいたい)不可能である。

(土屋賢二(けんじ)「猫(ねこ)とロボットとモーツァルト」より)
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a 長文 10.4週 nngu2
 1ではこの「世間」はどのような人間関係をもっていたのだろうか。そこにはまず贈与(ぞうよ)・互()酬()の関係が貫か(つらぬ )れていた。贈与(ぞうよ)・互()酬()とは、マルセル・モースが提唱した人間関係の概念(がいねん)であるが、モースはニュージーランドのマオリ族やアメリカ先住民の慣行からこの概念(がいねん)を抽出(ちゅうしゅつ)しており、その基礎(きそ)には呪術(じゅじゅつ)があったとしている。
(中略)
 2重要なのはその際の人間は人格としてそれらのやり取りをしているのではないという点である。贈与(ぞうよ)・互()酬()関係における人間とはその人が置かれている場を示している存在であって、人格ではないのである。3こうした互()酬()関係と時間意識によって日本の世間はヨーロッパのような公共的な関係にはならず、私的な関係が常にまとわりついて世間を疑似公共性の世界としているのである。
 4贈与(ぞうよ)の場合それは受け手の置かれている地位に送られるのであって、その地位から離れれ(はな  )ば贈り物(おく もの)がこなくなっても仕方がないのである。5贈り物(おく もの)の価値に変動がある場合も受け手の地位に対する送り手の評価が変動している場合なのであり、あくまでも人格ではなく、場の変化に過ぎないのである。しかし「世間」における贈答(ぞうとう)は現世を越え(こ )ている場合もあり、あの世へ行った人に対する贈与(ぞうよ)も行われている。
 6日本における人間関係を考える場合、この贈与(ぞうよ)・互()酬()慣行を無視することは出来ない。なんらかの手助けをして貰っ(もら )たときなどにもお礼としてものなどを送ることがある。7その場合にも返礼はしなければならないが、場合によっては礼状ですますことも出来る。日本で人間関係を良く保ちたいと思えば、この慣行をうまく利用することが必要となる。8単に場に対する贈り物(おく もの)であっても、自分の人格に貰っ(もら )たものとして丁重な礼状を書き、場合によっては返礼をするのである。これは贈与(ぞうよ)・互()酬()慣行を逆手に取った手であって、それによって相手の敬意を受ける場合もある。9しかしその場合も相手次第であって、相手がどうしようもない俗物(ぞくぶつ)や企業(きぎょう)である場合にはその手は通用しない。
 次に問題になるのは長幼の序である。これは説明の必要はないかに見える。年長者に敬意を払う(はら )という意味であるが、ときには年長
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者を馬鹿(ばか)にする場合もある。0現実の日本では長幼の序は消えつつあり、若年者が優位に立ちつつある。
 次に時間意識の問題がある。「世間」の中には共通の時間意識が流れている。日本人の挨拶(あいさつ)に「今後ともよろしくお願いします」という挨拶(あいさつ)があるが、これは日本特有のものであって、欧米(おうべい)にはそれに当たる挨拶(あいさつ)はない。なぜなら日本人は「世間」という共通の時間の中で生きているので、初対面の人でも何時かまた会う機会があると思っている。しかし欧米(おうべい)の人は一人一人の時間を生きているので、そのような共通の時間意識はない。
 これと関連して日本では「先日は有難うございました」という挨拶(あいさつ)がしばしば交わされる。しかし同じ挨拶(あいさつ)は欧米(おうべい)にはないのである。欧米(おうべい)ではそのときのお礼はそのときにするものであって、遡っ(さかのぼ )てお礼をいう習慣はない。日本の「今後ともよろしく」という挨拶(あいさつ)がお礼の先払い(さきばら )であるとすると、「先日は有難う」という挨拶(あいさつ)は過去の行為(こうい)に対するお礼の後払(あとばら)いということになる。
 「世間」は広い意味で日本の公共性の役割を果たしてきたが、西欧(せいおう)のように市民を主体とする公共性ではなく、人格ではなく、それぞれの場をもっている個人の集合体として全体を維持(いじ)するためのものである。公共性という言葉は公として日本では大きな家という意味であり、最終的には天皇に帰着する性格をもっている。そこに西欧(せいおう)との大きな違い(ちが )がある。現在でも公共性という場合、官を意味する場合が多い。「世間」は市民の公共性とはなっていないのである。

 (阿部(あべ)謹也(きんや)『近代化と世間』による。ただし、一部変更(へんこう)した。)
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a 長文 11.1週 nngu2
 1明快に外界へ延びて行く道具とは反対に、芸術は複雑に凝縮(ぎょうしゅく)して、人間の手もとで無限の外界を予感させる象徴(しょうちょう)となった。手仕事の現実的な効果ではなく、そのプロセスそのものが、一タッチ一タッチの痕跡(こんせき)を積みあげて小宇宙をつくった。2外界とは相対的に独立して、芸術はそれ自体の内部に自立し得る小世界を作った。外界がどこまでも見とどけ得ない暗闇(くらやみ)であるとするならば、人間はせめて掌(てのひら)のなかに、すみずみまで見つくすことのできる完結した世界を必要としたのである。
 3そのとき以来、道具の制作と芸術の制作とは、車の両輪のように手仕事のパラドクシカルな両面をそれぞれに代表した。道具はもちろん、それ自身のしかたで現実についての情報量をふやしたが、人間は依然として(いぜん   )小宇宙としての芸術の制作をやめなかった。4道具が現実についてプラスの情報をもたらしたとすれば、芸術は譬喩(ひゆ)的な意味でマイナスの情報をもたらしたといえる。道具は人間がなにを知り得るかを教えたが、芸術はなにを知り得ないかを教えたといいなおしてもよい。5われわれの先祖は、現実にむかって量的な距離(きょり)を刻々に縮めながら、一方で、なおそのかなたに拡がる無限の「沈黙(ちんもく)」に測深器をおろしていたのである。
 6われわれがみずからの手の宿命的な短さと、その短さの積極的な意味を見失ったのは、いつのことであったか確かではない。近代にはいって道具が機械へと飛躍(ひやく)的な発展をとげたのちにも、われわれは依然として(いぜん   )あの無力な手仕事をやめなかったからである。
 7地理学が発展し、望遠鏡が発達し、ひとつの山の裏表まで知りつくされたのちに、人間はなおその山を肉眼で見ることをやめなかった。有限な肉眼で眺め(なが )た山を、有限な画布の大きさに描き(えが )とどめることをやめなかった。8情報の量的な大きさからいえば、山の地理学と山の風景画とは誰(だれ)の眼にも比較(ひかく)にもならない。だが、それにもかかわらず、画家はあきもせずに、巨大(きょだい)な山を手のなかの小宇宙におさめる作業を続けたのである。9われわれはこの「徒労」の意味を、いくら反省しても多すぎるということはない。手仕事の徒労によって、画家は初めて情報の量的な蒐集(しゅうしゅう)から離れ(はな )られたのであり、一塊(かたまり)の山の捉え(とら )がたさを観念ではなく知り得たのではないだ
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ろうか。0それと同時に、彼(かれ)は手仕事がすみずみまでとどいた山の模型に、なにものかを確実に手もとに置き得た安心を味わったにちがいない。そこでもまた人間の「自己」は、無限の可能性としてよりは、現実にたいする不適合状態として耐え(た )られていたはずなのである。
 けれども、いつとは知れないうちに、われわれはそうした不適合存在としての「自己」を見失ってしまった。あたかも道具や機械と同じように、人間は芸術をも、「自己」の無限の可能性を証明する手段に変えてしまった。一方で、機械によって情報を量的に拡大しながら、われわれはさらに芸術さえ、その機械と同じレヴェルで競争させる地位に置いたのである。
 たとえば近代絵画を大きく変えた動機として、われわれはつねに写真機の発明ということを思い出す。写真機はその手軽さと写実能力の高さによって、当時の写実的な絵画を根底から脅()やかした。絵画がそれによって方向を変えたのは当然だが、しかしそのときとられた対応策は、まさに機械と芸術の特色についての完全な誤解のうえに立っていた。すなわち、近代人は機械の最大の弱点は空想力の貧困にあり、芸術はみずからのイメージの多彩(たさい)さによって機械と競争し得ると考えたのである。

(山崎()正和「劇的なる日本人」より)
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a 長文 11.2週 nngu2
 1人生が物語であるとすれば、世界もまた物語である。私たちの人生は、他者を含む(ふく )世界のなかで展開する。現象学のむずかしい議論に頼る(たよ )までもなく、私たちは「人間は彼(かれ)の世界なしには存在せず、彼(かれ)の世界は彼(かれ)なしには存在しえない」ことを知っている。2私たちは「世界のなかでのみ、世界を通してのみ」、自分になりうるのであり、また自分であることができるのである(R・D・レイン『ひき裂か(さ )れた自己』)。もちろん、ここでいう「世界」とは、実在的な環境(かんきょう)そのものではない。3人間によって、ある仕方で意味づけられ秩序(ちつじょ)づけられた環境(かんきょう)が「世界」である。それゆえ、カルロス・カスタネダの一連の著書の主人公、メキシコのヤキ族の老呪術(じゅじゅつ)師ドン・ファンがいうように、「世界がこれこれであったり、しかじかであったりするのは、要するにわれわれが自分自身にそれが世界のあり方なのだといいきかせているからにすぎん。4もしわれわれが世界はこのようなものだといいきかせることをやめれば、世界もそうであることをやめるんだ」(C・カスタネダ『分離(ぶんり)したリアリティー』)。
 現代の私たちの社会で、「世界はこのようなものだといいきかせる」最も重要な語り手は、各種のマスメディアであろう。5それらは、むろんメディアの種類によってそれぞれに性質の違い(ちが )はあるが、全体として、複雑で広大な現代社会に見合う一種の「物語提供機構」として作用し、私たちの世界像の形成と維持(いじ)に大きな役割を果たしている。
 6メディアの提供する物語はさまざまであるが、それらは必ずしも同じ平面に並んでいるわけではない。ある物語が提供され、広まると、しばしば別のメディアによって、その物語についての物語が提供され、さらにその第二の物語についての物語……というふうにつみ重なって、いわば多層化していくことが少なくないからである。7情報化社会において情報の多様化が進むとよくいわれるが、多様化は同時に「多層化」をともなっている。そして、こうした情報についての情報、物語についての物語といった一種のメタ情報は、しばしば、裏情報あるいは裏話の性質をもつ。
 8裏情報とか裏話というと、何かひそひそと囁か(ささや )れるものというイメージがあるが、マスコミの発達した現代社会では、むしろこの種の情報がメディア(とくに週刊誌やテレビ)の売り物となり、広
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く流通している。9一般(いっぱん)に近年のマスコミは「美談」を提供することが少なくなってきたが、たとえそのような美しい物語が提供されても、たちまち「あれは実は……」といった裏話的な情報があらわれ、はじめの物語をひっくり返してしまう。0裏話には「表」にあらわれているタテマエや理念を相対化し「脱(だつ)神話化」する働きがある。こうして、情報の「多層化」は、神話的あるいは規範(きはん)的な含み(ふく )をもつ物語の力を衰弱(すいじゃく)させる。
 裏話によって象徴(しょうちょう)され、かつ形成される世界観の根底には、一種のシニシズムがある。つまり、「表」にはいろいろきれいごとが示されても、結局のところ、人間も、人間の集団や組織も、利己的な動機で動く。どんなに立派にみえる行動も、裏の動機をさぐれば、必ずや権力欲、物欲、性的関心、保身や組織防衛の必要などにゆきつくだろう。そういうものの見方である。
 しかし、裏話や裏情報というものは、ほんらい、意地の悪い仮面はがしだけでなく、おたがい人間的弱点を共有するものとして人と人とを結びつけてゆく働きや、遠い対象を身近にひき寄せて理解を深める働きなどをも含ん(ふく )でいるはずだ。表と裏を対比するというよりは、表もあれば裏もある、ふくらみをもつ全体として人間と世界をとらえ、表と裏との複雑な絡み(から )あいに私たちの目を向けさせるところに、むしろ裏の物語の重要な意味がある。だが、現代のメディアが提供する裏話や裏情報は、すべてを利己的・世俗(せぞく)的な動機に還元(かんげん)することによって世界を明快に割り切る傾向(けいこう)を強く示している。たしかに私たち自身、この種の裏の物語に接してはじめて「なるほどそうか」と納得する場合が少なくないことは否定できない。しかし、だからといって、裏からのシニカルな解釈(かいしゃく)だけが現実で、表に出ているタテマエや理想はすべて虚偽(きょぎ)だというのは単純にすぎよう。現代人も決して理想を信じる能力を失ってしまったわけではないし、また、たとえそれが表面を飾る(かざ )仮面にすぎなくても、長くかぶっているうちに仮面と顔との区別がつかなくなるということもある。

(井上俊()「現代文化のとらえ方」より)
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a 長文 11.3週 nngu2
 1日本人はよく、たがいに気心知れている人とのコミュニケーションには繊細(せんさい)で長けているが、気心知れない人とのコミュニケーションは苦手だと言われる。2「しゃべり場」というのはほんとうは気心知れない人とのコミュニケーションの典型のようなものであるはずなのに、そこでもキャラの配置からじぶんの場所を意識するという、コミュニケーションの場の閉鎖(へいさ)が起こっている。
 3ディスコミュニケーションという言葉がある。文字どおり、コミュニケーションの断絶、つまり伝達不能という意味である。ファクシミリ、携帯(けいたい)電話、インターネット、iモード……とコミュニケーションの媒体(ばいたい)が進化すればするほど、じつはコミュニケーションではなくディスコミュニケーションがこの社会を象徴(しょうちょう)する現象になってきている。4そのひとつに、コミュニケーション圏(けん)の縮小という現象がある。コミュニケーションの媒体(ばいたい)が進化することで逆に世界が縮小してゆくという、なんとも皮肉な現象である。
 5たとえば新幹線から降りたとたん、多くの乗客が携帯(けいたい)電話を耳に当て、受信をチェックする、あるいは通話する。人とぶつかっても、話し中だから「失敬」や「ごめんなさい」のひとつも出ない。ふと思い出すのがテレビのニュースキャスターの顔。6画面のなかからこちらに向かって話しかけるあの顔はほんとうは像であって顔ではない。そこには対面する顔がつくりだす磁場というものがない。射るまなざし、撥ねつける(は    )まなざし、吸い寄せるまなざし、貼り(は )つくまなざし……。7そうしたまなざしの交換(こうかん)はそこには存在しない。人びとの顔はそういう磁力をもたずに、ただ像としてたがいにたまたま横にあるだけだ。頭部に顔のかわりに受像機をつけた人間がうろついている、かつての未来映画で見たような都市の光景が、ふと浮かぶ(う  )。
 8他人となにかを共有する場のなかではとても親密で濃(こま)やかな気配りや気遣い(きづか )をするのに、その場の外にいる人はその存在すら意識しない……。9たとえば車中で携帯(けいたい)電話をする人に同乗者がしばしば強いいらだちを覚えるのは、うるさいというより、プライヴェイト()な会話をむりやり聞かされるというより、じぶんがその人に他者としてすら認められていないという侮辱(ぶじょく)を感じてしまうからだろう。0また、あるCDが六百万枚売れていても他方にそ
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の曲も歌手の名も知らない人がそれ以上にいるという事実も、 ひとつのコミュニケーション圏(けん)と別のコミュニケーション圏(けん)がまったく無関係に存在しているという、そういうディスコミュニケーションを表している。
 いまわたしたちの社会で必要なのは、たがいに接触(せっしょく)もなくばらばらに存立する異なるコミュニケーション圏(けん)のあいだのコミュニケーションというものではないだろうか。同じ病院にいても医師と患者(かんじゃ)とでは文化がちがう。同じまちづくりに関わっていても行政職と住民とでは言葉がちがう。同じ遺伝子作物を問題にしても専門科学者と消費者とでは思いがちがう。そのほかにも障害者と健常者、外国人と自国民、教師と生徒、大人と子どもといったさまざまの異文化を接触(せっしょく)させ、交差させるようなコミュニケーションのしくみこそが、断片的な言葉だけでじゅうぶんに意が通じあうような閉じられたコミュニケーションのしくみとは別に、構築される必要があるとおもう。
 それぞれの事柄(ことがら)には、事柄(ことがら)に応じたコミュニケーションの形式というものがある。地方自治体での政策決定や原子力発電の是非(ぜひ)、病院でのインフォームド・コンセント(            )や家裁での調停、ケア・プランの作成やゴミ処理をめぐる住民の話しあい……。それぞれの事柄(ことがら)にふさわしい多様なコミュニケーションの方式があるはずだ。公立高校で「哲学(てつがく)」の授業を試みているわたしたちは、同時に地域のコミュニティ・センターなどで「哲学(てつがく)カフェ」も開いている。「自己決定とは何か」「他人を理解するというのはどういうことか」といったテーマで異なる世代がディスカッションをする場を設定するのだが、そのときは、年齢(ねんれい)や職業、地域といった人としての帰属をぜんぶ括弧(かっこ)に入れて、へんな話だが、たがいに気心が知れないよう工夫している。大はコンセンサス会議から小は哲学(てつがく)カフェまで、みなが「キャラ」によってではなくひとりの「人」として言葉を交換(こうかん)できるような場が、もっともっと構想されていい。

(鷲田(わしだ)清一「『キャラ』で成り立つ寂しい(さび  )関係」より)
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 1Z・バウマンは、身体の統制可能と考えられている領域を「文化」と呼び、統制不可能と考えられている領域を「自然」と呼んだ。さらに文化の二重の機能を指摘(してき)した。2現代文化の大きな特徴(とくちょう)は、「文化(=統制可能)」の領域を拡大し、「自然(=統制不可能)」の領域をせばめ、限定していくという方向性を持っていることだという。
 3現代文化を医療(いりょう)技術や美容技術の発展と拡大を含む(ふく )ものととらえるならば、バウマンの考えは納得のゆくものである。それは端的(たんてき)には、私たちが私たち自身の外見――身体や衣服――について認知する場合、4「変えることができるもの」に分類される領域がより広まり、「変えることができないもの」として分類される領域がより狭まっ(せば  )てきた、という点に現れる。5ダイエットのさまざまな手法の流行は体重を「変化させるのが容易ではないもの」から「容易に変化させうるもの」へと変えた。日焼け機械の普及(ふきゅう)は、肌(はだ)の色を気軽に変化させることを流行させた。
(中略)
 6典型的なのはイメージ・アップの試みだろう。たとえば、ダイエット。摂()食障害やダイエットの果ての死亡事故など、なかば社会問題として取り扱わ(と あつか )れるようになってもなお、依然として(いぜん   )ダイエット・ブームは続いているし、一向に終息の方向へは向かう様子がない。7このようなダイエット商品やエステティック・サロンの広告コピーには「生まれ変わった私」「まるで別人!」といったことばが多用される。8これらのことばには、従来意図的に変更(へんこう)することが簡単ではなかったもの(=体重、体型)をある商品を使用することによって変えることができる、それと同時に「その人らしさ」にかかわる「個性」ならば、より魅力(みりょく)的なものに変えることができるのだ! という企て(くわだ )が表現されている。9こうしたイメージ・アップの企て(くわだ )はさまざまな商品化をともないながら、私たちの外見のあらゆる領域に向けられていく。
 消費社会とその文化は、さまざまなヴァリエーションを持った商品を大量に供給することによって、私たちが身につけるありとあらゆるものを「着替える(きが  )」ことを可能にした。0さらに、手軽な形で商品化された技術によって、身体のさまざまな部分に手を加えることが可能になった。かつては身体的特徴(とくちょう)は容易には変化させるこ
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とができない、とみなされていたが、今日では投資さえすれば、身体的特徴(とくちょう)を別人のように変えることも不可能ではない。整形手術、フィットネス、エステティック、ダイエット、髪(かみ)や肌(はだ)や眼の色を変えること、歯列矯正(きょうせい)、毛深さや太りやすい体質を改善すること、身長の印象操作などなど。しぐさや振る舞い(ふ ま )、ことば使いに至るまで、各種のトレーニング・コースが用意されている。
 注意しておかなければならないのは、身体や外見が「操作可能なもの」となってきたとしても、それはかならずしも人びとの外見の多様なあり方にすぐさま結びつくわけではないということである。操作可能性は個人間の差異を矯正(きょうせい)し、ある集団を同一の形式に統一する方向に作用することもありうるのだ。
 身体や外見に関して「着替え(きが )られる」「変更(へんこう)可能な」ものだという認識を多くの人が持つにつれて、特に女性や青年といった人たちのあいだには「着替え(きが )られるものなら着替え(きが )たい」というストレートな欲望が生ずるようになる。そしてその欲望は、身体や外見を操作するさまざまなタイプの商品の消費へと彼ら(かれ )・彼女ら(かのじょ )を駆り立て(か た )ていく。

 (千住博『美術の核心(かくしん)』による)
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a 長文 12.1週 nngu2
 1われわれが台所よりも先に家から外に出したのが、病人の世話であり、出産であり、死であった。誕生・病気・死は、人間がもっとも自然の近くにあるわけで、「自分は生き物である、いま生きているんだ」と実感する現場でもある。2その重要なシーンが、病院など非日常的な空間で展開されることにより、日々の暮らしと遊離(ゆうり)してしまっている。そして排泄(はいせつ)物の処理もいまや水洗の普及(ふきゅう)で、家庭内から去った。そんななかで、自然との接点として家庭内に唯一(ゆいいつ)残っていたのが調理である。3いわば人間が人間らしく生きるための最後の牙城(がじょう)といえる。じぶん自身の生の証を確認する場面が家の外に出たことで、生活の原点が希薄(きはく)になり、現実と非現実の境界がしだいに崩れ(くず )てきた。4そのため、じぶんの座標軸(ざひょうじく)がうまく成り立たなくなったような気がする。そして、われわれの生活は無意識のうちに自然から遠ざかっている。
 それを象徴(しょうちょう)しているのが、コンビニやスーパーの食品を包む透明(とうめい)のラップである。5肉、魚、野菜などほとんどの食品が発泡スチロール(はっぽう     )の皿に載せ(の )られ、上からラップをかけられて陳列(ちんれつ)されている。じつはあれも、ナマの自然に触れ(ふ )たくないという現代人の潜在(せんざい)意識からきているのではないだろうか。6対象物に直接さわらないで透明(とうめい)の被膜(ひまく)ごしに触れる(ふ  )感覚は、人間同士でもおこなわれている。朝シャンに代表される清潔シンドロームは、他人とじかに接触(せっしょく)するのを嫌がる(いや  )若者たちが中心だった。それは透明(とうめい)のラップで人間の身体をすっぽり包むのと同じ感情である。7身体と身体をぶつけ合って相手を理解することはまれで、相手にのめり込ま(   こ )ず、距離(きょり)をおいて付き合うのがおしゃれとされてきた。じぶんの存在にラップをかけることで他人を拒絶(きょぜつ)する。そういう奇妙(きみょう)な生活様式が定着しつつある。
 8ところで、じつを申せば、わたしはコンビニという存在があまり好きではなかった。ガラス張りのコンテナといった安普請(やすぶしん)で、物も生活必需(ひつじゅ)品ばかり。その名のとおり、簡便というだけ。9スタッフといってもプロ意識のないアルバイト店員が二、三人いるだけで、サービスもマニュアルどおりでそっけない。異様に明るいとい
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う以外は、なにか人間の安っぽさだけを見せつけられているみたい、そのうちじぶんの存在までみすぼらしくなってしまいそう……。そう思ってきた。
 0ところが、何度も足を運ぶうちに、コンビニのイメージが変わってきた。二十四時間営業の便利さ。それに昔のよろず屋ふうで、いざというときに必要なものが案外きちんとそろっている。それこそ香典(こうでん)袋(ぶくろ)もあれば、たばこやコピー機もある。屋台のような熱々のおでんもある。宅配便の受付もしてくれる。なにか今の都市生活のカタログを見ているような気分になる。こうしてコンビニはいまや、都市生活のべーシックといった存在になりつつある。市民の私室の引き出しや冷蔵庫のかわりをしているともいえる。なかでも、たいていは家から歩いて数分のところ、という利便性がいい。
 こんなことを考えていて、ふと思いついた。そう、これ、地域のセンターになりうる。デリバリー・システムにするのだ。注文は家でパソコンでおこなう。老人だって操作できるようなかんたんな機器で。すると帰宅にあわせて配達してもらえるよう手配できる。配達をかねて、独居老人のケアもできる。ついでに回覧板も回せばいい。阪神(はんしん)大震災(だいしんさい)のときは、社縁(えん)と地縁(ちえん)が行政よりもきめ細かに機能したものだが、そういう小さな「民」のネットワークのセンターや中継(ちゅうけい)地になる可能性が、コンビニにはある。
 地域密集型の社会にこれほどコンビニが隣立(りんりつ)するようになったのだから、その数を生かさぬ手はない。銀行振込(ふりこみ)も納税手続きもいろいろな証明書の発行もここでできるようにしたらいい。郵便局の機能はすでに一部はたしている。相当数のお役所仕事はこれで簡素化できるようになる。学生だけでなく、住民も交替(こうたい)でアルバイト勤務すればいい。このようにみてくると、コンビニこそ、単身生活者がふえるこれからの都市生活、これからの市民自治にきめ細かに生かすことのできる装置ではないか。生活協同組合というものの本来の精神も、たぶんそういうものだったのだろうと思う。

(鷲田(わしだ)清一「コンビニという文化」より。ただし、省略と語句の変更(へんこう)を行なった部分がある。)
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 1才気煥発(かんぱつ)なツッコミの話芸だけに注目が集まる傾向(けいこう)がはっきり現れたのが、80年代の「マンザイ」ブームである。コンビを解消して生き残ったほとんどがツッコミ役の芸人だったのは、才能の差異という以上に、おそらくはテレビという視覚優越(ゆうえつ)メディアとの相性であった。2最近のテレビの場合、字幕でもツッコミを入れる。決めのセリフをことさら強調したり、必要ならば怒り(いか )のマークまで付けてくれたりする。マンガ表現の応用だが、自分の理解の速度や密度にあわせて享受(きょうじゅ)できる印刷物の情報と違っ(ちが )て、なんとも押しつけがましい(お       )。
 3かつて漫才(まんざい)には「ツッコミ」と「ボケ」という二つの役割があった。太夫・才蔵の万歳(ばんざい)芸のように、阿呆(あほう)役と賢い(かしこ )役が決まっていたという意味ではない。性格づけの芸人への固定化は、むしろ後で確立したマンネリである。4漫才(まんざい)の自由の本当の可能性は、「賢い(かしこ )」はずのツッコミと「あほ」なはずのボケの言っていた理屈(りくつ)や価値が、対話を通じて時に転換(てんかん)し、逆転してしまう点にこそあった。
 5政治や論壇(ろんだん)の現状に適用するつもりはないが、単なるツッコミの攻守(こうしゅ)の逆転が、どっちもどっちという平板で白けた認識を、視聴(しちょう)者・読者に生み出してしまっている状態とはいささか異なる。6その種の単純な反転の貧しさは、ボケの果たすべき役割が衰弱(すいじゃく)したところに由来するのではないか。
 ボケという言葉はすでに幕末から芸の批評に使われていて、もともとは「とぼける」を下敷き(したじ )にして造られたものらしい。7ただし、今日のように意図的にごまかして曖昧(あいまい)にするというのとは、ニュアンスがだいぶ違う(ちが )。当時の用法に、未熟な「俄(にわか)」(狂言(きょうげん)の一種)は、侍(さむらい)は侍(さむらい)で通し、坊主(ぼうず)は坊主(ぼうず)らしい事ばかり言って、「ボケル所なく」、四角四面で面白くない、とある。
 8今のボケが有している語感からすると想像しにくいくらい能動的な美意識で、むしろ型通りの常識を装いつつも、ぬけぬけと意外な視点を持ち出し、さもありそうな理屈(りくつ)の枠(わく)を意識的に外してしまう演じ方だったようだ。
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 9そうだとすればボケるは、侍(さむらい)らしさや坊主(ぼうず)臭(くさ)さへの意図的な批評である。そして「らしさ」や「臭(くさ)さ」まで表現するには、批判対象の周到(しゅうとう)な観察が不可欠である。そう考えると、悪口としてだけ使われている「平和ボケ」にも、したたかな戦略の意味を込め(こ )うるかもしれない。
 0いつからだろう、バラエティー番組の世界では、無邪気(むじゃき)で無自覚で無節操な脱線(だっせん)を「天然ボケ」と称し(しょう )て、愛でるようになった。ボケということばがいかに表面的になってしまったかを、率直に物語るものだ。ボケルことが単純で無能になれば、ツッコムことが平板で一面的にならざるをえないのは、理の当然。
 テレビをはじめ映像メディアそれ自体のツッコミの手法を、批評の自覚的な対象とすべき時代である。ある時は巧妙(こうみょう)なリピート画像で一回しか言わなかった間違い(まちが )を連呼させ、ほんのわずかな表情のニュアンスを取り出して固定化して「いじる」。観衆を代表する笑い声つきというお約束の手法も、さていつ頃(ころ)から、画面づくりのあたりまえの装置として動員されるようになったのか。テレビ文化の研究者も、文学や映画の作品批評に倣っ(なら )た番組内容論ではなく、映像操作というか「客いじり」の微細(びさい)なテクノロジーの歴史を本格的に書いてくれないか。たぶん立派な権力論になると思う。

(佐藤()健二「ボケ。理屈(りくつ)の枠(わく)を外す力」〔『朝日新聞』二〇〇二年四月九日付〕より)
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 1砂漠(さばく)には何もない。何もないということがとうぜんのようになってくると、逆に、なぜ日本の生活にはあんなにもたくさんのものがあるのか、奇妙(きみょう)に思えてくる。あんなに多くのものに取り巻かれなければ暮してゆけないのだろうか、と。2もしかしたら、それらのものは、ぜんぶ余計なものではないのか。余計なものに取り巻かれて暮しているから、余計な心配ばかりがふえ、かんじんの生きる意味が見失われてしまうのではないか……。
 3しかし、待てよ、と私は考える。生きてゆくのに必要なものだけしかないということは、文化がないということではないか。生きてゆくうえに必要なもの、それを上まわる余分のものこそが、じつは文化ではないのか。4文化とは、言ってみれば、余計なものの集積なのではないか。だとすれば、砂漠(さばく)を肯定(こうてい)することは、文化を否定することになりはしまいか……。
 それにしても――と私はさらに考えなおす。私たちはあまりにも余分なものを抱えこみ(かか   )すぎているのではなかろうか。5余分なものこそ文化にはちがいないが、さりとて、余分なもののすべてが文化であるわけもなかろう。余分なもののなかで、どれが意味があり、何が無価値であるか、それをもういちど考えなおす必要がありはしまいか……。
 6砂漠(さばく)とは、こうした反省を私にもたらす世界である。砂漠(さばく)は現代の文明社会に生きる人びとにとって、一種の鏡の国と言ってもいいような気がする。私は砂漠(さばく)に身を置くたびに、ある探検家がしみじみと洩らし(も  )たつぎのことばをかみしめる。
 7「砂漠(さばく)とは、そこへ入りこむさきには心配で、そこから出て行くときにはなんの名残もない。そういう地域である。砂漠(さばく)には何もない。ただ、その人自身の反省だけがあるのだ」
 私は、砂漠(さばく)に自分自身の姿を見に行くのである。

 8砂漠(さばく)は、私たち日本人が考えがちなロマンチックな場所ではけっしてない。王子さまとお姫さま( ひめ  )が月の光を浴びながら銀色の砂の上を行く――などというメルヘンの世界ではない。9昼と夜とで温度は激変し、一瞬(いっしゅん)のうちに砂嵐(すなあらし)が天地をおおってしまう、そういうおよそ非情な世界である。日本という井戸(いど)のなかに住む蛙(かえる)であ
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る私は、こうした砂の世界に足を踏み入れ(ふ い )たとたん、いつも後悔(こうかい)する。よりによって、なんでこんなところへ来てしまったのか!
 0だが、その後悔(こうかい)は、やがて反省へ変り、さらに希望へと移ってゆく。生きることへの希望へ。
 この意味で、砂漠(さばく)こそ最もロマンチックな場所であり、メルヘンの世界だと私は思う。なぜなら、そうした「反世界」へ行こうとすることこそが、現代ではいちばんロマンチックな行為(こうい)のように思われるからだ。メルヘンの世界とは、さかさまの国のことである。だとすれば、砂漠(さばく)行こそ、まさしくメルヘンの国への旅ではないか。
 千里の旅、万巻の書――旅とはいろいろに考えられよう。しかし私は、旅とは、さかさまな国で自分を発見すること、後悔(こうかい)の向うに希望を見出すこと、そして人間の世界は、かくも広く、かくも多様で、かくも豊かなのだということを実感することだと思う。
 だからこそ、千里の旅は万巻の書に値するのである。

(森本哲郎()「砂漠(さばく)への旅」より)
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 1デザインと絵画や彫刻(ちょうこく)について、何かそこには決定的な違い(ちが )があるのかもしれないと思う人たちの根拠(こんきょ)は、言ってみればできの良くない作品を思いうかべてのことだと思います。2絵画や彫刻(ちょうこく)のできの悪い作品は、とにかく色がきたない、形が悪い、何を言っているのかさっぱりわからない、暗い、湿っぽい(しめ   )、いやらしい(書いていてもいやになりますが)、3ということで(もっと探せばどんどん出てきますが、このくらいにしておきます)、「そんなものを、彼ら(かれ )は真顔でやっているのだから、私にはわからないけれど、さぞかし高尚(こうしょう)なことがその奥(おく)にあるに違い(ちが )ない」というわけです。4しかしそれは買いかぶりかもしれません。誰(だれ)が見ても変なモノは変で、実は本人としてもこれはちょっと困ったと思っているものです。だから顔もけわしくなってしまうのですね。5難解な作品は、作者にも難解で、色の悪い作品は、作者が見ても「色が悪いなー。でもまあいいか、というよりこれしか描け(えが )ないんだから、仕方ないよ」と思っているかもしれません。で、そう思っているのはまだいい方で、それすらわかっていない場合もしばしばありますが。
 ではデザイン。6できの良くないものは、センスが悪い、どこかの真似、使いにくい、やぼったい、等々……芸術とは全てを超える(こ  )くらいすばらしいもののはず、と思いこんでいる人たちから見ると、違う(ちが )だろう、となってしまうところでしょうが、それは単にそれができの悪いものだったというだけで、だからデザインが芸術ではない、ということにはなりません。
 7考えてみると日本の芸術の過去の傑作(けっさく)の多くは、今で言うところのデザイナーの作品でした。屏風(びょうぶ)という形式はインテリアデザインの流れで平安時代に流行したものですし、琳()派は装飾(そうしょく)デザイン以外の何ものでもなかったわけです。8それは皿から壁紙(かべがみ)、本に至るまで、本当に見事なデザインワークで、今や幅広く(はばひろ )国宝に指定されています。9浮世絵(うきよえ)などは今で言うグラフィックデザインですし、鎌倉(かまくら)時代の「伝源頼朝(みなもとのよりとも)像」などの肖像(しょうぞう)画は今ならさしずめ稲越(いなごし)功一さんや篠山(しのやま)紀信さんの写真を長友啓()典さんがアートディレクションしたような仕事です。0茶道で用いる茶碗(ちゃわん)や茶道具という
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芸術は、キッコーマンのあの醤油(しょうゆ)ビンのデザインをした榮()久庵(あん)憲司さんなど、工業デザイナーの領分ですし、俵屋宗達は一大ファクトリーの偉大(いだい)なアートディレクターでした。
 私は生前の田中一光さんと交流がありましたが、グラフィックデザイナーである氏の発言や行動から終始感じていた印象は、一人の偉大(いだい)な芸術家以外の何ものでもないということでした。主に広告の世界に生きて見事な一貫(いっかん)性をお持ちになっていた方でしたから、御(ご)自身が実際よしとしないものの広告は絶対に手がけなかったことでしょうし、広告主も田中さんを芸術家として尊敬していました。
 そもそも芸術とは、ここではない「どこか」につれていってくれるかどうかで真価が決まります。一方、絵画とはいえ、「どこにもつれていってくれない」ものも多くあり、絵画なら全て芸術というわけではない、と気付きます。そうやって考えてみると、すぐれたデザインは、非日常への入口として存在しているのです。

 (千住博『美術の核心(かくしん)』による)
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