a 長文 10.1週 nu
 1「泣きながらごはん食べると、おいしくない」。小さいとき、どこかでそんな歌を聞いた。 
 歌の内容(ないよう)は、もうすっかり忘れ(わす )てしまったのだが、そのワンフレーズだけはよく覚えている。きっとその当時から、「それはそうだなあ」と実感し、納得(なっとく)していたのだろう。 
 2両親にしかられたり、友達とけんかをしたり、先生にお説教をされたりしたあとに食べるご飯は、確か(たし )においしくない。悲しいとかくやしいとか、そんな重苦しいものがお腹( なか)にズウンとつまっているようで、食欲(しょくよく)すらわいてこないこともある。
 3もしかしたら、どんなに嫌(いや)な気分でいても、ご飯を食べているうちに忘れ(わす )ていって、満腹(まんぷく)になったらケロッとしてしまう明るい性格(せいかく)の人もいるのかもしれないが、大多数の人はそうではないだろう。4つまり「おいしい」とか「まずい」というのは、食べ物そのものより、自分の心の持ちようで変わるものなのかもしれない。 
 そういえば、こんなこともあった。前、沖縄(おきなわ)へ旅行をして、海辺でゴーヤチャンプルーを食べたときのことだ。5新鮮(しんせん)な感じがして、とてもおいしかった。それをもう一度味わいたくて、帰ってから母にゴーヤチャンプルーを作ってほしいと頼ん(たの )だ。 
 しかし、いざそれが我が家(わ や)の食卓(しょくたく)に乗り、一口食べてみたら、なぜかそれほどおいしくは感じられなかった。6いや、はっきり言うと変な味だと思ってしまった。
 せっかく作ってくれた母に悪かったので、全部食べたが、「こんな味だったっけ?」と首をかしげたくなったものだ。 
 7今思うと、沖縄(おきなわ)の海で思いきり泳ぎ、お腹( なか)を空かせて、美しい海を眺め(なが )ながら食べた、という雰囲気(ふんいき)が、おいしさを倍増(ばいぞう)させたのだろう。
 やはり、よい気分で食べるご飯はおいしい。楽しい気持ちでいると、不思議とお腹( なか)も空く。
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

 
 8この間の給食のとき、友達が面白い話を連発して、大笑いをした。まるでお腹( なか)がよじれるようで、絶対(ぜったい)に吹き出し(ふ だ )てしまうから、牛乳(ぎゅうにゅう)を飲むことができなかったほどだ。 
 ただし、そのとき食べたものの肝心(かんじん)の味がどうだったかということは、実はあまり覚えていない。9というより、友達とのおしゃべりが面白すぎて、何を食べたかも思い出せないのである。 
 「笑いながらごはん食べても、おいしいとは限ら(かぎ )ない」。ふと、そんな言葉が頭に浮かん(う  )だ。でも、笑いながらごはんを食べれば、お腹( なか)も心も満腹(まんぷく)になる。これからも、そんな楽しい食事をしていきたい。0

(言葉の森長文作成委員会 ι)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 10.2週 nu
 1子どものころ、わたしは「ノーの一語」という見出しの文を読んだことがある。それは、あるイギリス人の書いた本から訳し(やく )たものだということで、「ノー」ということばは、ときとしてたいへん言いにくいことばであるが、言いにくいからといって、言うべきときに、言わないでいると、相手に思いもよらない迷惑(めいわく)をかけることがある、というものであった。2これは、おそらく、人間という人間が、生きていくあいだにいくどとなくぶつかる問題であると思う。わたしもこの問題について考えてきたことを書いてみたい。
 ことばの生活には、ときどき、言いにくいことばがあらわれて、わたしたちのことばを、にごらせたり、くもらせたり、ゆがませたりする。
 3「忘れ(わす )ました。」もそのひとつである。このことばを言うとき、知らないあいだに、わたしたちの声は小さくなったり、不明確(ふめいかく)になったりしやすい。ことに、忘れ(わす )てはならないだいじな用事を忘れ(わす )たときなど、「忘れ(わす )ました。」は、いっそう言いにくいことばになって、なぜ忘れ(わす )たかという言いわけのほうが、それよりもさきに口をついて出てくる。4しかし、そういう言いわけは、じっさいには責任(せきにん)転嫁(てんか)にきこえるだけで、なんのききめもない。「忘れ(わす )ました。すみません。」という、責任(せきにん)感から出たことばだけが、相手の心をほぐす力がある。それを言ったあとで、忘れる(わす  )ようになった事情(じじょう)をのべれば、それは責任(せきにん)のがれではなく誠意(せいい)のこもったことばとして、相手の心に通じるものである。
 5一般(いっぱん)に、「ください。」とか「おねがいいたします。」とかいう依頼(いらい)のことばや、「すみません。」とか「ゆるしてください。」とかいうようなわびのことばも、言いにくいものである。6ことに、まだことばの生活にじゅうぶんなれていない少年や青年のころには言いにくい。そのために、つい、言うのをためらったり、ことばをあいまいにしたりして、卑屈(ひくつ)な態度(たいど)になりやすい。7あるいはまた、まともに「申しわけありません。」と言うかわりに、「おわびに来ました。」というような言い方になりやすい。それではおわびの真実はあらわれない。言いにくさを押しきっ(お   )て言う声やすがたこそ、おわびの真実があらわれて、相手の心を動かすのである。
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

8そのようにだいじな、しかも、ことばとしてみればほんのかんたんなひとことが、どうしてそんなに言いにくいのであろうか。それは、こういうことばは、自分の失敗や、欠点や、無力さを、みずからみとめる自己(じこ)否定(ひてい)のことばだからである。
 9しかし、自分を否定(ひてい)するとは、自分の全体をだめだとしてしまうことではない。
 自分のここがまちがっていたとか、この点がたりなかったのだとか、自分からはっきりみとめてそれを否定(ひてい)することであり、そうすることで、わたしたちは明るくなり、つよくなる。0とはいっても、自分の全部を肯定(こうてい)して、自分だけは完全なもののように思っていたいのが人情(にんじょう)である。だから、だれでも、自分の欠点をみとめたり、みとめられたりすることは、本能(ほんのう)的にさけようとするのである。
 こういう類(たぐい)の言いにくいことばをほんとうに征服(せいふく)することができたとき、人間としての真実が開けてくる。また、人間としての真実があらわれるとき、言いにくいことばも征服(せいふく)される。そういう真実になってものを言うとき、そのことばはよく相手に通じるだけでなく、ことばのひびきもすがたもすっきりしてくるのである。
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 10.3週 nu
 1あなたがたはとくと考えたことがあるでしょうか、今も日本がすばらしい手仕事の国であることを。西洋では機械の働きがあまりにさかんで、手仕事の方はおとろえてしまいました。しかし、それにあまりかたよりすぎてはいろいろの害が現れ(あらわ )ます。2だから、各国とも手の技(わざ)をもり返そうと努めています。なぜ機械仕事とともに手仕事が必要なのでしょうか。機械によらなければできない品物があるとともに、機械では生まれないものがかずかずあるわけです。3すべてを機械に任せ(まか )てしまうと、第一に国民的な特色あるものがとぼしくなってきます。機械は世界のものを共通にしてしまうかたむきがあります。それは、残念なことに、機械はとかく利得のために用いられるので、できる品物がそまつになりがちです。4それに人間が機械に使われてしまうためか、働く人からとかくよろこびをうばってしまいます。こういうことがわざわいして、機械製品(せいひん)にはよいものが少なくなってきました。これらの欠点を補う(おぎな )ためには、どうしても手仕事が守られねばなりません。5そのすぐれた点は多くの場合民俗(みんぞく)的な特色がこく現れ(あらわ )てくることと、品物がてがたく親切に作られることです。そこには自由と責任(せきにん)とが保た(たも )れます。そのため仕事によろこびがともなったり、また新しいものをつくる力が現れ(あらわ )たりします。6だから手仕事をもっとも人間的な仕事と見てよいでしょう。ここにそのもっとも大きな特性(とくせい)があると思われます。
 かりにこういう人間的な働きがなくなったら、この世に美しいものは、どんなに少なくなってくるでしょう。7各国で機械の発達をはかるとともに手仕事を大切にするのは当然な理由があるといわねばなりません。西洋では「手で作ったもの」というとただちに「よい品」を意味するようにさえなってきました。人間の手には信らいすべき性質(せいしつ)が宿ります。
 8欧米(おうべい)の事情(じじょう)にくらべますと、日本ははるかにまだ手仕事に恵まれ(めぐ  )た国なのに気づきます。各地方にはそれぞれ特色のある品物が今も手で作られつつあります。たとえば手漉き(てす )の紙や、手轆轤(ろくろ)の焼き物などが、日本ほど今もさかんに作り続けられている国は、ほかにはまれではないかと思われます。
 9しかし、残念なことに日本では、かえってそういう手の技(わざ)が大切なものだという反省がゆき渡っ(  わた )ていません。それどころか手仕事
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

などは時代にとり残されたものだという考えが強まってきました。そのため多くは投げやりにしてあります。0このままですと手仕事はだんだんおとろえて機械生産のみさかんになるときがくるでしょう。しかし、私(わたし)どもは西洋でなした過失(かしつ)をくり返したくありません。日本の固有な美しさを守るために手仕事の歴史をさらに育てるべきだと思います。
 さて、興味深い(きょうみぶか )ことには、ほうぼうでめぐり合った手仕事による品物は、それがどんなに美しい場合でも、一つとして作った人の名をしるしたものはありません。時として何地方名産とか、何何堂製(せい)などとはり紙のついている場合もありますが、個人(こじん)の名はどこにもしるしてありません。ところが近世の「美術(びじゅつ)品」と呼ば(よ )れているものを見ますと、どこにもみな銘(めい)が書き入れてあります。または落款(らっかん)がおしてあります。銘(めい)というのは作り手の名であり、落款(らっかん)というのはその名をしるした印形(いんぎょう)です。たとえばどんなつまらない作品にも何某(なにがし)の作ということがしるしてあります。
 ここにおもしろい対比(たいひ)が見られます。一方では名などしるす気持ちがなく、一方は名を書くのを忘れ(わす )たことがありません。なぜこんな相違(そうい)が起こるのでしょうか。要するに一方は職人(しょくにん)が作るものであり、一方は美術家(びじゅつか)が生むものだからであるといわれます。前者は多くの人たちの作りうるものであり、後者はある個人(こじん)だけが作りうる作品だからです。しかしこのことは、とかく前者をいやしみ、後者をのみ尊ぶ(たっと )風習を生みました。なぜなら職人(しょくにん)の作ったものは平凡(へいぼん)であり、美術家(びじゅつか)の作るものは非凡(ひぼん)であると思われるからです。どんな品物も銘(めい)がない場合に、その市価(しか)が落ちるのはつねに見られる現象(げんしょう)です。ですがこういう見方ははたして当をえたものでしょうか。(中略)
 じつに多くの職人(しょくにん)たちはその名をとどめずにこの世を去っていきます。しかし、かれらが親切にこしらえた品物のなかに、かれらがこの世に生きていた意味が宿ります。かれらは品物で勝負しているのです。物で残ろうとするので、名で残ろうとするのではありません。
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 10.4週 nu
 はじかれたように、ぼくはふすまに手をかけた。一気にひきあけると、廊下(ろうか)にとびだした。
 でも、やっぱりそこには、だれもいないのだ。それなのに、だれもいない廊下(ろうか)を、小さな足音だけが、ゆっくりと遠ざかっていく。
 ぼくの体の中に、大きな恐怖(きょうふ)がふくれあがってきた。その恐怖(きょうふ)が、悲鳴になって口からあふれでそうになったとき、表座敷(おもてざしき)に通じる廊下(ろうか)の角を曲がって、ひょいと、いとこの昌一(しょういち)が姿(すがた)をあらわした。
「よお。しげちゃん。」
 もし、昌一(しょういち)のそういう声をきかなかったら、まちがいなくぼくは叫ん(さけ )でいただろう。だって、中学生の昌一(しょういち)の頭は坊主(ぼうず)刈り(が )で、おまけにその日昌一(しょういち)は、中学校の制服(せいふく)の白い開襟(かいきん)シャツと黒い学生ズボンをはいていたものだから、ぼくにはまるで、さっきの男の子が急に大きくなって、またそこにあらわれたような気がしたのだ。
「よお。」
 立ちすくむぼくに向かってもう一度声をかけながら、昌一(しょういち)が近づいてきた。いつも無愛想な顔にせいいっぱい愛想のいい、照れたような笑いを浮かべ(う  )ている。
「昌(しょう)……ちゃん。」
 ぼくは、かすれたような声で、いとこの名を呼ん(よ )だ。
「い……今、だれかと、すれちがわなかった? 小さい……坊主(ぼうず)頭の男の子と……。」
 昌一(しょういち)は、ぎょっとしたようにうしろをふりむき、それから、きょろきょろとあたりをみまわし、ちょっと肩(かた)をすくめてみせた。
「いいや。だれとも……。なんや? それ。」
 ぼくの全身に、どっと冷たい汗(あせ)がふきだした。あの子は、この暗い廊下(ろうか)から、あとかたもなく消えうせてしまったのだ。
 それが、ぼくがぼっこにであった最初だった。
 ぼくは今でも、あの夜のことを思いだす。裏庭(うらにわ)の闇(やみ)の中で降る(ふ )ように花を散らしていた桜(さくら)を。長い廊下(ろうか)の天井(てんじょう)で、頼り(たよ )なくゆれて
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

いた電灯を。ぼくと昌一(しょういち)の間を埋め(う )ていた、あのなつかしいおばあちゃんの家のにおいを……。
 でも、そのときにはぼくはまだ、自分が本当にこの家で暮らす(く  )ことになるなんて思ってもいなかった。いつかまた、ぼっことであう日がくるとは考えもしなかった。
 それなのに、あのぼんやりとした春の夜、ぼくのまわりではもう、新しいなにかがうごきだそうとしていたのだ。


(富安(とみやす)陽子「ぼっこ」)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 11.1週 nu
 1バッシャン。シャッターを押す(お )と、そんな音がするカメラがあるなんて信じられるだろうか?
 今や、カメラといえばみなデジカメである。シャッター音といえば、「ピピピ」、「ピロリロ」、「シャラーン」などという、電子的でオシャレなものを思い出すだろう。
 2中には気を利かせて、「カシャッ」という機械音を再現(さいげん)してくれるものもあるが、それでもてのひらに、シャッターが動いた振動(しんどう)まで伝わってくることはない。
 一つ一つの部品を、すべて人の手で組み上げたカメラ。3鉄製(てつせい)の機械じかけのカメラ。そういう古いカメラは、シャッターを切るときに、確か(たし )な音と手ごたえがあるのだ。
 私(わたし)がそのカメラを手にしたきっかけは、ある日の先生の一言だった。
4「今度の校外学習では、みんなで写真を撮り(と )にいきます。ただし、デジカメや携帯(けいたい)ではいけません」
 私(わたし)たちは、はじめ、何を言われたのかよく分からなかった。みんながぽかんとしていると、先生はこう続けた。
5「フィルム式の古いカメラが、必ず家にあるはずです。ご両親に聞いてみてください。分からなかったら、おじいさんやおばあさんに確認(かくにん)してもらってください」
 そんなものあるわけない、と思った。家族旅行に行くときも、いつも写真はデジカメで撮っ(と )ている。6そんな骨董(こっとう)品のようなもの、私(わたし)は見たことがなかった。
 しかし意外なことに、そんな「見たこともない古いカメラ」は、私(わたし)の家にあったのだ。
 話をしたら、父はあっさりとそれを出してきてくれた。おじいちゃんの家からもらってきたものだという。7先生の言葉は的中していたわけだ。
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 


 私(わたし)はそのカメラを首から下げて、撮影(さつえい)の練習をしてみた。これが本当にカメラかと思うほど、ズシリと重い。しかもそれを構え(かま )たまま、いろいろな操作(そうさ)を手動でしなければならないらしい。8完全オートが常識(じょうしき)の私(わたし)にとって、何もかも信じられないことだった。
 そして校外学習の当日、私(わたし)はさらに驚かさ(おどろ  )れた。私(わたし)の家が特別なのかと思いきや、クラスのほとんど全員が、同じような古めかしい、重そうなカメラを持ってきていたのである。9ずらりと並ん(なら )だカメラを見て、先生は満足そうに笑っていた。
 しかし、そんな先生が突然(とつぜん)、ある友達の机(つくえ)を見て大声を上げた。
「それをそんなふうに置いちゃだめ!」
 なんと、その友達が持ってきたカメラは、一台十万円もする、たいへん歴史ある高級なカメラだったのだ。
 0それを聞いた私(わたし)たちは度肝(どぎも)を抜か(ぬ )れて、では自分のカメラはどのくらいの価値(かち)なのかと、先生を質問(しつもん)ぜめにすることになった。
 私(わたし)のカメラは、とくべつ高級品ではなかったようだ。だが、このとき私(わたし)はすでに、このカメラのことがかなり気に入っていた。なぜなら、このカメラを使えば、なんだかいつもより自分らしい写真が撮れる(と  )ような気がしていたからだ。
 「バッシャン」という音を聞くのが、私(わたし)は楽しみになっていた。同時に、このカメラを家族が大事に残していた理由が、少し分かった気がした。
 校外学習は、街の歴史探検(たんけん)だった。重いカメラをそれぞれに首から下げて、私(わたし)たちは、胸(むね)を張っ(は )て校外学習に出発した。

(言葉の森長文作成委員会 ι)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 11.2週 nu
 1これまでの人の観察や考えを利用するという必要から、読書はまず必要である。現在(げんざい)の学問にとっても必要である。いな、学問がだんだん進歩して、人間のありさまについても、自然のありさまについても、観察や思想が積み重なれば重なるほど、たくさんの本を読むことが必要になってくる。2昆虫(こんちゅう)の生活を知るには、昆虫(こんちゅう)そのものを見ることがまずたいせつである。しかし、ファーブルの昆虫(こんちゅう)記を読むことによって昆虫(こんちゅう)の生活はよりよくわかる。またわれわれは、すぐれた絵画や音楽や文学に接し(せっ )たとききっと深い感動を受ける。3しかし、これまでの人が、それらの絵や音楽や文学について書いた批評(ひひょう)や解説(かいせつ)を読めば、われわれの感動はより深まる。
 本を読むことには、もっと別の利益(りえき)がある。それは、いくらわれわれが苦労しても、自分自身では経験(けいけん)することのできない経験(けいけん)、それを教えられることである。
 4たとえば、ロビンソン・クルーソーのように、ただひとり離れ(はな )小島にただよい着いて、不便なひとりぼっちの生活を送るということは、おたがいの一生のうちに、まずありそうにもないことである。5しかし、ロビンソン・クルーソー漂流(ひょうりゅう)記という書物を読めば、人間はそうした場合、どういう気持ちになり、どういう行動をするかということがわかる。6また、孫悟空(そんごくう)のように、雲に乗って空を飛びまわったり、耳の毛を何本かぬいて、ふっとふけば、それがみな自分と同じさるの形になって、そのへんを走りまわるというようなことは、空想の世界だけにあって現実(げんじつ)の世界にはないことがらである。7しかし、西遊記という書物を読めば、そうした場合に、人間はどんな気持ちになるだろうと、想像(そうぞう)することができる。
 小説ばかりではない。歴史の本も同じように役にたつ。われわれは、ジョージ・ワシントンのような地位に立つことは、まずあるまい。8また、ナポレオンのような地位に立つことは、いっそうあるまい。しかし、ワシントンの伝記を読めば、誠実(せいじつ)に世の中のためにつくそうとした人の喜びと苦しみがわかるし、ナポレオンの伝記を読めば、うぬぼれの過ぎ(す )た人間の得意さと悩み(なや )がよくわかる。
 9なるほど、われわれはロビンソン・クルーソーそのままの境涯(きょうがい)になることはまずあるまい。つまり、離れ(はな )小島でひとりぼっちの生活を送ることは、まずあるまい。しかし、そうしたときの人間の気持ちを知っておくことは必要である。0
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

クルーソーは、不便きわまる境涯(きょうがい)の中で、その不便にうち勝つために奮闘(ふんとう)した。考えてみれば、われわれの住んでいる地球もたくさんの不便をもっている。これも大きな宇宙(うちゅう)の中の一つの離れ(はな )小島であるかもしれない。クルーソーの離れ島(はな じま)は人間が少なすぎて困り(こま )、われわれの地球は人間が多すぎて困っ(こま )ている。困っ(こま )ている点では、われわれもクルーソーと同じなのである。困っ(こま )たあげく、ときどきは、あの雲に乗って飛びまわれたらと、ふと考えることがないでもない。その点では、われわれも孫悟空(そんごくう)と同じである。しかし、それはむなしい空想だとさとると、やはりワシントンのように、じみちに誠実(せいじつ)に生きようと思うし、ときにはまた、ふと、ナポレオンのように、からいばりをしたくなったりもする。つまり、ワシントンはわれわれの中にいるのであり、ナポレオンもわれわれの中にいるのである。ひとのことを読んでいるのではない。われわれのことを読んでいるのである。
 書物を読むことにはこのような利益(りえき)がある。ところでわたしが、これから書物を読もうという若い(わか )人たちに勧め(すす )たいことが一つある。それはこういうことである。気に入った書物にでくわしたときには、一度読んだだけでよしにせずに、二度三度とくり返して読んでほしい。二度三度とくり返して読みたくなる書物、それはきっとそれだけのよさをもった書物である。
 孔子(こうし)は、書物を読むことの利益(りえき)を、初めて説き示し(しめ )た東洋人であるといってよい。ところで、孔子(こうし)は易(えき)を読んで、韋()編(へん)三絶(ぜっ)したということが、その伝記に見えている。韋()編(へん)というのは、皮のひもという意味であって、当時の書物は、竹の札を一枚(まい)ずつ横に並べ(なら )、札と札とを皮のひもでくくりあわせてあったが、そのひもが三度も絶ち(た )切れるほど、易(えき)の書物を、孔子(こうし)はくり返しくり返し読んだというのである。
 われわれも、何かそれぞれに好きな書物を、とじ糸が三度も切れるほど愛読したいものである。どの書物がそれであるかは、人々によってちがうであろう。しかし、何かそうした愛読書を、一生のうちにはみつけたいものである。
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 11.3週 nu
 1科学的態度(たいど)などというと、たいへんむずかしいことのように思いがちである。しかし、日常(にちじょう)の生活におけるちょっとした心がけ次第でこの態度(たいど)を身につけることができるものである。では、どのようなことを科学的態度(たいど)というのであろうか。
 2まず、ものをよく見るということである。よく見ることができれば、何かふに落ちないことがあったとき「はてな。」「変だな。」と思うことができる。これが、科学的態度(たいど)への出発点なのである。
 3ところで、われわれは、いつでもものをよく見ているようであるが、実は案外よく見ていないのである。たとえば、タイはどんな色をしているかとたずねると、たいていの人は赤いと言う。はたしてそうであろうか。4絵にかいたえびす様の持つタイは、確か(たし )に赤い。しかし、ほんとうのタイは、それとは異なっ(こと  )た色をしている。むらさき色に近い色で、生きているときは、さらに緑がかっている。5もし、それを見る機会がないとしても、さかな屋の店頭にあるタイなら見ることができるだろう。タイは赤いという習慣(しゅうかん)的な考えで赤いと思っているだけである。
 自然界に実際(じっさい)にあるもの、実際(じっさい)に起こっている現象(げんしょう)は、決して単純(たんじゅん)に判断(はんだん)できるものではない。6習慣(しゅうかん)や常識(じょうしき)にとらわれていたのでは正しくものを見ることはできない。だから、自分の目を見開いて、しっかりと自分の目でたしかめる態度(たいど)が必要である。
 7それでは、ものをよく見て、「はてな。」と感じさえすれば、それでいいのであろうか。問題は、「はてな。」と感じたとき、それだけで終わらせるかどうかという点にある。そのとき、「どうしてだろう。」と思い、それについて考えてみるようにしなければいけない。8その場合、自分の持っている知識(ちしき)で説明がつかないときにはその疑問(ぎもん)とする点について、すぐ実験したり、調べたりしてみることである。
 ところが、実験などというと敬遠(けいえん)されがちである。が、実験を生活に取り入れることは、興味深い(きょうみぶか )ことなのである。9たとえば、土をほり起こしているうちに、スコップがみょうに重くなったりする。そこで、草をひとつかみちぎって、こびりついている土をこす
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

り取ってみる。すると、軽くなる。
 そこで、土がこびりつかないようにしたら仕事が楽だろうということに気づく。0家に帰ってさびを取り、油を引いておく。翌日(よくじつ)からスコップは軽くなるにちがいない。そんな簡単(かんたん)な実験でいいのである。
 日常(にちじょう)の生活では、これと似(に)たようなことに出合う場合が多いものである。そんなとき、疑問(ぎもん)をいだいたら、そのままにほうっておかないで、実験したり調べたりすることがたいせつである。
 科学的態度(たいど)とは、疑問(ぎもん)を実験や調査(ちょうさ)によって解決(かいけつ)しようとする態度(たいど)である。これは、科学を研究する者にとって必要な心がけであるばかりでなく、人間たちだれしもが身につけておく必要のある生活態度(たいど)であるといえよう。
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 11.4週 nu
 初七日の終わった夜、私(わたし)はふとんを抜け出し(ぬ だ )、母屋を出て離れ(はな )にある弟の部屋に行った。電灯の紐(ひも)をさがしていると高校生特有の、運動部の選手独特(どくとく)の汗(あせ)のしみた匂い(にお )が漂っ(ただよ )た。
 あかりをつけると、そこには受験勉強の最中だった弟の時間が停止したまま浮かび上がっ(う  あ  )ていた。私(わたし)は弟の机(つくえ)を掌(てのひら)で触れ(ふ )た。ひんやりとした木目の感触(かんしょく)から、つい十数日前まで、ここで笑ったり、うたを歌ったり、悩ん(なや )だりしていただろう若(わか)いゴツゴツした弟の気持ちのようなものが感じられた。
 部屋を見回した。かつて私(わたし)も使っていた本棚(ほんだな)があった。『樽(たる)にのって二万キロ』『コンチキ号漂流(ひょうりゅう)記』『冒険(ぼうけん)者×××()』、そんな本が並ん(なら )でいた。小夜の話は本当であった。
 してはならないと思ったが、私(わたし)は弟の引き出しを開けてみた。大学ノートが一冊(さつ)あった。それは弟が高校に入学してからの日誌(にっし)で、毎日ではないが日々のこと、サッカーの練習、小遣い(こづか )の出納(すいとう)も記してある雑記(ざっき)帳のようなものだった。真面目な弟の性格(せいかく)がよくあらわれていた。
 二月のある日、そのページだけが文字がていねいに書いてあった。その日は弟の誕生(たんじょう)日である。私(わたし)が父と争って出ていった翌月(よくげつ)だった。
 要約すると、――兄が父と争って家にもどらないことになった。母に相談し父に命じられて、自分はこの家を継ぐ(つ )ことにした。医者になる。父は病院をたてると言った。だが自分はシュバイツァーのような医者になりたい。アフリカに行きたい。しかし親孝行(おやこうこう)が終わるまでがんばって、それからアフリカに行き冒険(ぼうけん)家になりたい。その時自分は四十歳(さい)だろうか、五十歳(さい)だろうか……。それでも自分はそれを実現(じつげん)するために、体を鍛え(きた )ておくのだ。私(わたし)は兄にずっとついてきた。兄が好きだ……――
 弟はその冬、北海道大学の医学部志望(しぼう)を担任(たんにん)に提出(ていしゅつ)したという。
 私(わたし)は自分の身勝手さ、いいかげんさを思った。済まない(す   )と思っ
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

た。長男である私(わたし)のわがままが、弟を泣かせ、孤独(こどく)にしていた。
 あの夏の午後、川向こうの屋敷(やしき)町に私(わたし)は弟と二人で蝉(せみ)を捕り(と )に行った。私(わたし)達の町と違っ(ちが )てそこは塀(へい)の上にまで大きな木々が茂り(しげ )、蝉(せみ)は捕り(と )放題にいる。たちまち弟の持つかごは蝉(せみ)で一杯(いっぱい)になった。
 帰ろうとした時、屋敷(やしき)町の子供(こども)達に囲まれた。蝉(せみ)を置いて行けといわれた。四、五人の相手は身体も大きかった。弟は背後(はいご)で私(わたし)の上着を握りしめ(にぎ   )ていた。私(わたし)はだまっていた。すると背中(せなか)で急に弟が大声で泣き出した。子供(こども)達は笑った。そして弟の持っていたかごから蝉(せみ)をわしづかみにして、何匹(ひき)かを道に投げつけた……。
 家に帰ってから、私(わたし)は弟をなじった。二度とおまえをどこにも連れて行かない、と言った。そういわれても弟は私(わたし)のそばを離れ(はな )ないで、しゃくりあげながら私(わたし)を見ていた。そんな弟によけい腹(はら)が立った私(わたし)は、弟をなぐりつけた。弟はあやまりながら私(わたし)を見つめていた。
 ふとした時に、あの夏の日の弟の目を思い出し、日誌(にっし)の文字が浮かぶ(う  )。あの少年達に立ち向かうこともしなかったひきょうな自分を思う。あやまることのできない自分が生きている。
 蝉(せみ)は壁(かべ)にじっとしている。窓(まど)を開けたまま、私(わたし)は電灯を消した。どこか他人とは思えぬ一匹(ひき)と、自分を情けない(なさ   )と思っている一人が暗闇(くらやみ)の中にいる。
 もう秋がそこまで来ている。


(伊集院(いじゅういん)静「夜半の蝉(せみ)」)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 12.1週 nu
 1天井(てんじょう)と床(ゆか)がひっくり返って、天井(てんじょう)が近づいてきた。一秒、二秒、三秒……、自分で数を数える。八秒。体の力が抜け(ぬ )た。またひっくり返って、今度は床(ゆか)が近づいた。同時に僕(ぼく)は思った。
「これで大丈夫(だいじょうぶ)だ。目標を達成したぞ!」
 2夏休みの課題の中で、僕(ぼく)の体にいちばん重くのしかかっていたのは「八木節に向けての体力作り」だった。
 八木節とは、団体(だんたい)でやるダンスの演目(えんもく)だ。その中に、両手と両足を使って仰向け(あおむ )のまま体を持ち上げ、ブリッジをする場面があった。
 3僕(ぼく)は太っていて体が重いので、これは大変な作業だった。なにしろ、これまでやってきたブリッジでは一度も肩(かた)が上がらなかった。そのほかは確実(かくじつ)にやりきる自信があったが、ブリッジは苦手だった。4しかも、八木節は、運動会と三ツ沢(みつざわ)競技(きょうぎ)場での発表会と、二回も踊ら(おど )なくてはならない。不安は積もっていくばかりだった。
 そんなわけで、僕(ぼく)は母にコツを教えてもらおうと思った。母は趣味(しゅみ)でダンスをやっていたので、体の動かし方というのをよく知っていた。
 5母によると、重要なのは手のつき方だそうで、僕(ぼく)は正しいつき方をしていなかったらしい。だが、母に教わった手のつき方をしても、頭はまだ上がらない。なんとか頭をついたままのブリッジだけはできるようになったので、運動会では仕方なく頭つきでやった。6成功したが、満足はできなかった。
 僕(ぼく)は、三ツ沢(みつざわ)競技(きょうぎ)場の発表会までに、なんとかブリッジを完璧(かんぺき)にしたいと思った。頭つきだと、どうしても肩(かた)が下がり気味で、「へ」の字型のブリッジになってしまう。僕(ぼく)は、もっときれいにやりたかった。
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

 7練習あるのみと思った僕(ぼく)は、体育のときも頭をつかないブリッジにチャレンジしてみたが、やはり途中(とちゅう)で倒れ(たお )てしまうのだった。
 僕(ぼく)は、学校から帰るときも、歩きながらどうしたらいいか考えた。
「できないわけはない。今度は手と足に全力を込め(こ )てやってみよう。」
 8こう前向きに考えたのがよかった。
 家に帰ってカバンを置くと、さっそく考えたとおりにやってみた。仰向け(あおむ )に寝(ね)て、手を正しくつく。一度深呼吸(しんこきゅう)をして、手足にぐっと力を入れ、一気に伸ばし(の  )た。肩(かた)がまったく床(ゆか)から離れよ(はな  )うとしてくれない。9手に満身の力を込め(こ )た。それでも肩(かた)は上がらなかった。
「できないわけない。」
 自分を励まし(はげ  )ながら、必死に体を持ち上げた。だんだん天井(てんじょう)が近づいてくる。そして、ついに肩(かた)が床(ゆか)から離れ(はな )た感じがわかった。目標を達成できたのだ。
 0起き上がったとき、まるで世界そのものが自分の体とともに一回転して、がらりと変わったような気がした。
 人間は、目標を達成することで大きな自信をつけることができる。だが、そのためには、その目標をどうしても達成しようとする意志(いし)の力が必要だ。「意志(いし)のあるところに道がある」。僕(ぼく)は、英語の先生に教わったことわざを思い出した。

(言葉の森長文作成委員会 ι)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 12.2週 nu
 1ある日、五つになる孫坊主(ぼうず)からはがきがとどきました。文面は、「おようふく、ありがとう。そう」とただそれだけでしたが、この大小さまざまな十幾(いく)字かが、思い思いの方角をむいて、はがきからあふれ出そうに書かれていました。
 2これは、誕生(たんじょう)日のお祝いの洋服の礼状(れいじょう)なのです。「そう」というのは、草一郎(いちろう)の「草」で、「草、そう」と呼ば(よ )れているところからこう書いたものと思われます。わたしは、それがうれしくてうれしくて、長いこと自分の書斎(しょさい)に画びょうでとめておいたものです。3ところで、考えてみると、手紙というものは、そうやさしいものではありません。どこがむずかしいかと申しますと、結局、手紙にはあて名があるからだと、わたしは思っています。もっとも、あて名のない手紙もあります。4印刷されたあいさつじょうや通知じょうの類がそれです。わたしたちは、この砂(すな)をかむようなあて名のない手紙もずいぶん読まされます。
 この事務(じむ)的な手紙の印刷をわたしたちもすることがあります。年賀(ねんが)じょうなどはもっともよい例でしょう。5これなどは、あて名のない手紙の代表的なものかもしれません。いま、この年賀(ねんが)じょうの余白(よはく)に万年筆でほんの一行、「灘(なだ)から例のが届い(とど )ている。待っている」と書き添え(か そ )たとしましょうか。6このふぬけなはがきが、たちまちにして生き生きと血が通いだすのがわかりましょう。つまりは、この一行で、あて名が書かれたからのことです。これはしかし、あて名と同時に差出人があるということでもあります。7受け取る側からすれば、差出人のない手紙などは一向にありがたくありません。歌や俳句(はいく)の世界で、作者不在(ふざい)などとよく申しますが、手紙にもずいぶん筆者不在(ふざい)のものを見かけます。8商用文でも、客筋(きゃくすじ)にあてたものばかりでなく、商店から商店に出すものにも、それなりの筆者もあて名もあるべきだとわたしは思っています。
 今日の文章のおおかたは、印刷されるものとして書かれるとみてよいでしょう。9ところが、印刷されないということが前提(ぜんてい)で書かれる文章があります。日記と手紙です。この日記と手紙を比べ(くら )てみると、大分ちがったところがあります。一つ二つひろってみると、日記は自分以外の人には見せないたてまえで書かれるのに、手紙は相手に見せることがたてまえで書かれます。0日記の方は、どんな
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

文章で書いても自分の心覚えですから一向にさしつかえありませんが、手紙の方はそうはまいりません。もっと困る(こま )ことは、日記の方は自分の手元に残っていて、いつどのようにでも処理(しょり)できるのに、手紙の方は、相手に渡し(わた )てしまわねばなりません。そして、相手がこれをどのように読もうと、自分はそれに関与(かんよ)できないことです。それどころではありません。いつまでも保存(ほぞん)されて、わたしの「そう」のはがきのように壁(かべ)にはられて、毎日毎日ながめられるような仕儀(しぎ)にもなりかねません。(中略(ちゅうりゃく))
 手紙の妙味(みょうみ)の真骨頂(しんこっちょう)は、一対一で認め(みと )られるところにあります。あて名があって差出人があることです。ユーゴーが、のちの「レ・ミゼラブル(      )」の売れゆきを心配して出版(しゅっぱん)社に「?」と書いてやったところ、おりかえし「!」と返事がきたという有名なお話があります。本屋の返事の「!」は、すごく売れていますという意味です。以心伝心、不立文字(ふりゅうもんじ)を地でゆくようなやりとりではありませんか。
 わたしはこんな返事の書ける、こんな手紙がほしい。
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 12.3週 nu
 1数年前のことになるが、私(わたし)は米国人の言語学者T氏と東京で親しくなった。彼(かれ)はもともとアメリカ・インディアンの言語を専門(せんもん)に研究していたが、終戦後の日本に軍人として駐留(ちゅうりゅう)していたこともあって、最近では日本語の歴史や方言にも興味(きょうみ)を示し(しめ )はじめ、遂に(つい )奥さん(おく  )と三人の娘(むすめ)をつれて東京にやって来たのである。2奥さん(おく  )はイタリア系(けい)の人で、小学校の先生をしている。
 彼(かれ)は古い日本家屋を一軒(けん)借り、畳(たたみ)に座蒲団(ざぶとん)、冬は炬燵(こたつ)に懐炉(かいろ)、そして三人の娘(むすめ)を日本の学校に入れるという、一家あげての見事な日本式生活への適応(てきおう)ぶりだった。
 3ある日、アメリカの学者の習慣(しゅうかん)として、彼(かれ)は多くの言語学関係の友人、知人を家に招待(しょうたい)した。まずイタリア風のイカのおつまみなどで、カクテルを済ませ(す  )た後、別室で夕飯ということになった。4一同が座(ざ)につくと、テーブルには肉料理やサラダなどが並べ(なら )られ、面白いことに、白い御飯(ごはん)が日本のドンブリに盛りつけ(も   )て出されたのである。
 5畳(たたみ)の上に座っ(すわ )ていること、白い御飯(ごはん)であること、T氏たちが日本式生活を実行していることなどが重なり合って、一瞬(いっしゅん)私(わたし)は、この御飯(ごはん)を主食にして、おかずを併せ(あわ )て食べるのだという風に思ったらしい。6目の前の肉の皿を取り上げて、隣(となり)の人に回そうとしかけた時、私(わたし)はT夫人のかすかにとまどったような気配を感じた。
 間違っ(まちが )たかなと思った私(わたし)は、御飯(ごはん)は肉と一緒(いっしょ)に食べるのか、それとも御飯(ごはん)だけで食べるのかと尋ねる(たず  )と、夫人は笑いながら、まず御飯(ごはん)を食べて下さいと言う。
 7私(わたし)はその時、はっと気が付いた。この御飯(ごはん)は、イタリア料理ではマカロニやスパゲッティと同じくスープに相当する部分なのだと。
 はたして、それは油と香辛料(こうしんりょう)で料理した、一種のピラフのような
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

ものだった。
 8食事というものは、いろいろな条件(じょうけん)に制約(せいやく)された文化という構造(こうぞう)体の重要な部分である。何をいつ食べるか、それをどう食べるか、食べていけないものは何か、といったことに関して、どの国の食事にも、さまざまな制限(せいげん)や規則(きそく)が習慣(しゅうかん)として存在(そんざい)する。
 9カトリック教徒は金曜日には獣肉(じゅうにく)を食べないし、イスラム教徒は豚肉(ぶたにく)を不浄(ふじょう)なものとして決して食べないというようなことは誰(だれ)でも知っている有名な事実であろう。
 0しかしこのように、何かを食べてはいけないという明示(めいじ)的な規則(きそく)は、外国人にも比較的(ひかくてき)判り(わか )やすい。ところが自分の国の食物と同じものが、外国の食事の中にありながら、その食物と他の食物との関係が、自国の食事の場合と違う(ちが )という、つまり同一の食物の食事全体における価値(かち)が、文化によって異なる(こと  )ときに、難しい(むずか  )問題がおきるのである。
 白い米の御飯(ごはん)は、日本食の場合には、食事の始めから終わりまで食べられる。というよりは、米の飯だけを集中的に食べることは、むしろいけないこととされている。おかずから御飯(ごはん)、御飯(ごはん)からお汁(しる)と、あちこち飛び回らなければ、行儀(ぎょうぎ)が良いとは言えないのである。
 そこで米の飯と他の食物との日本食における関係は、並列(へいれつ)的・同時的であると言えよう。お汁(しる)に始まり、香の物(こう もの)に至る(いた )まで、米を食べてよいのである。
 ところが、食事の一段階(だんかい)ごとに一品ずつの食物を片付け(かたづ )ていく、通時的展開(てんかい)方式の性格(せいかく)の強い食事文化もある。西洋諸国(しょこく)ではこの傾向(けいこう)が強く、イタリアの食事も例外ではない。ここでは麺類(めんるい)や米の料理などは、ミネストラと称し(しょう )て、本格(ほんかく)的な肉料理が始まる前に済ませ(す  )てしまうのだ。
 私(わたし)がドンブリに盛ら(も )れた白い御飯(ごはん)を見て、おかずも一緒(いっしょ)に食べようと思った失敗は、日本の食事文化に存在(そんざい)するある項目(こうもく)を、別の
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
長文 12.3週 nuのつづき
食事文化の中に見出したため、これを自分の文化に内在(ないざい)する構造(こうぞう)に従って( したが  )位置づけ、日本的な価値(かち)を与えよ(あた  )うとしたことが原因(げんいん)なのであった。
 文化の単位をなしている個々(ここ)の項目(こうもく)(事物や行動)というものは、一つ一つが、他の項目(こうもく)から独立(どくりつ)した、それ自体で完結した存在(そんざい)ではなく、他のさまざまな項目(こうもく)との間で、一種の引張り(ひっぱ )合い、押し合い(お あ )の対立をしながら、相対的に価値(かち)が決まっていくものなのである。
 自分の文化にある文化項目(こうもく)(たとえばある種の食物)が、他の文化の中に見出されたからといって、直ちにそれを同じものだと考えることが誤り(あやま )なのは、その項目(こうもく)に価値(かち)(意味)を与える(あた  )全体の構造(こうぞう)が、多くの場合違っ(ちが )ているからである。
 (中略(ちゅうりゃく))
 私(わたし)たちが、外国語を学習する際(さい)にも、いま述べ(の )たような具合に、自国語の構造(こうぞう)を自分ではそれと気づかずに、まず対象に投影(とうえい)して理解(りかい)するという方法をとりやすい。従って(したが  )いろいろと食い違い(く ちが )が生じてくるのも当然である。

(鈴木(すずき)孝夫(たかお)『ことばと文化』による)
 999897969594939291908988878685848382818079787776757473727170696867 


□□□□□□□□□□□□□□
 
a 長文 12.4週 nu
 いちばん運動会らしいのは、やはり、かけっこ。このごろは五十メートル競走、八十メートル競走と呼ば(よ )れる。六人が一組になって走る。一着から三着までが、それぞれの旗のところへ並ぶ(なら )。こういうのは五十年前にわれわれもやったのと同じだからなつかしさもひとしおである。
 来賓(らいひん)席はテントの中にある。かけっこのコースは反対側になるから、スタートからゴールまでが一望の中におさまる。ピストルがなると、小さな足が目もとまらぬ速さで前後する。目がチクチクする。どういう応援(おうえん)をしたらよいのかわからないから、手もちぶさたにながめているより手がない。
 そのうちに、おもしろいことに気がついて、急に力を入れて見るようになる。というのは、スタートとゴールで、順位が大きく変わるということだ。
 スタートで出おくれたこどもが、三、四十メートルのところから頭角をあらわし、六、七十メートルではトップに立ち、そのままゴールへ入る。そういう組がいくつもいくつも出てくる。はじめは偶然(ぐうぜん)かと思っていたが、どうもそうではなさそうである。たいていの組で大なり小なりそういう傾向(けいこう)がみとめられる。スタートからずっとトップで通すというのは例外である。
 途中(とちゅう)で伸び(の )てきた子がよい成績(せいせき)をあげる。もし、スタート地点から十メートルくらいのところで優劣(ゆうれつ)をきめれば、ゴールでトップになる子はおそらくおくれた方に入ってしまうに違い(ちが )ない。早いところで、ゴールの順位を占う(うらな )ことがいかに危険(きけん)であるか、これらのかけっこは、これでもか、これでもかと見せていた。こどもたちにはかけっこの教訓を汲み(く )とることはできまいが、先生たるものは見逃す(みのが )手はない。
 傍(かたわら)におられる温厚(おんこう)な校長先生に
「かけっこだけではなく、勉強にも、これと似(に)たことがおこっているのではありませんか」と言ったら、校長先生も深く肯(うなず)かれた。
 こどもはどこで力を出すかわからない。スタートの近くで、ああだ、こうだと言ってみてもしかたがない。
 小学校のかけっこはせいぜい百メートル競走である。それでも出
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

おくれた子が途中(とちゅう)からぐんぐん出てくる。ゴールへトップで入った子がいちばん早いのは、百メートルまでのことであるのも忘れ(わす )てはならない。ゴールが二百メートルにのびれば、あるいは、ちがう子が出てきてトップに立つかもしらぬ。さらに四百メートル、千五百メートルならまた別のこどもが出てくる。
 人生は七十年余り(あま )走りつづける超大(ちょうだい)マラソンである。学校教育はそのはじめのうちの二十年くらいにしかかかわらない。そこで、この生徒は優秀(ゆうしゅう)、とか、劣等(れっとう)だとかきめつけてしまうのは、百メートル競走なのに、スタートから三十メートルくらいのところの順位でものを言っていることになる。
 その運動会のかけっこを見ていても、本当のレースは半分くらいを走ったところから始まるのがわかる。学校の先生は、この点について、用心の上にも用心をしたい。めいめいのペースというものがある。百メートルではビリでも五千メートルならトップに立つということはある。学校ではいっこうにパッとしなかったのが、世の中へ出て、二十年、三十年すると、目ざましい快走(かいそう)を見せているという例はいくらでもある。
 目先はいけない。重ねて言うが、教育は長い目を要する。


(外山滋比古(しげひこ)「空気の教育」)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534