a 長文 11.1週 nu
 バッシャン。シャッターを押すお と、そんな音がするカメラがあるなんて信じられるだろうか?
 今や、カメラといえばみなデジカメである。シャッター音といえば、「ピピピ」、「ピロリロ」、「シャラーン」などという、電子的でオシャレなものを思い出すだろう。
 中には気を利かせて、「カシャッ」という機械音を再現さいげんしてくれるものもあるが、それでもてのひらに、シャッターが動いた振動しんどうまで伝わってくることはない。
 一つ一つの部品を、すべて人の手で組み上げたカメラ。鉄製てつせいの機械じかけのカメラ。そういう古いカメラは、シャッターを切るときに、確かたし な音と手ごたえがあるのだ。
 わたしがそのカメラを手にしたきっかけは、ある日の先生の一言だった。
「今度の校外学習では、みんなで写真を撮りと にいきます。ただし、デジカメや携帯けいたいではいけません」
 わたしたちは、はじめ、何を言われたのかよく分からなかった。みんながぽかんとしていると、先生はこう続けた。
「フィルム式の古いカメラが、必ず家にあるはずです。ご両親に聞いてみてください。分からなかったら、おじいさんやおばあさんに確認かくにんしてもらってください」
 そんなものあるわけない、と思った。家族旅行に行くときも、いつも写真はデジカメで撮っと ている。そんな骨董こっとう品のようなもの、わたしは見たことがなかった。
 しかし意外なことに、そんな「見たこともない古いカメラ」は、わたしの家にあったのだ。
 話をしたら、父はあっさりとそれを出してきてくれた。おじいちゃんの家からもらってきたものだという。先生の言葉は的中していたわけだ。
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 わたしはそのカメラを首から下げて、撮影さつえいの練習をしてみた。これが本当にカメラかと思うほど、ズシリと重い。しかもそれを構えかま たまま、いろいろな操作そうさを手動でしなければならないらしい。完全オートが常識じょうしきわたしにとって、何もかも信じられないことだった。
 そして校外学習の当日、わたしはさらに驚かさおどろ  れた。わたしの家が特別なのかと思いきや、クラスのほとんど全員が、同じような古めかしい、重そうなカメラを持ってきていたのである。ずらりと並んなら だカメラを見て、先生は満足そうに笑っていた。
 しかし、そんな先生が突然とつぜん、ある友達のつくえを見て大声を上げた。
「それをそんなふうに置いちゃだめ!」
 なんと、その友達が持ってきたカメラは、一台十万円もする、たいへん歴史ある高級なカメラだったのだ。
 それを聞いたわたしたちは度肝どぎも抜かぬ れて、では自分のカメラはどのくらいの価値かちなのかと、先生を質問しつもんぜめにすることになった。
 わたしのカメラは、とくべつ高級品ではなかったようだ。だが、このときわたしはすでに、このカメラのことがかなり気に入っていた。なぜなら、このカメラを使えば、なんだかいつもより自分らしい写真が撮れると  ような気がしていたからだ。
 「バッシャン」という音を聞くのが、わたしは楽しみになっていた。同時に、このカメラを家族が大事に残していた理由が、少し分かった気がした。
 校外学習は、街の歴史探検たんけんだった。重いカメラをそれぞれに首から下げて、わたしたちは、むね張っは て校外学習に出発した。

(言葉の森長文作成委員会 ι)
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