こどもたち
1こどもたちの視るものはいつも断片
それだけではなんの意味もなさない断片
2たとえ視られても
おとなたちは安心している
なんにもわかりはしないさ あれだけじゃ
3しかし
それら一つ一つとの出会いは
すばらしく新鮮なので
こどもたちは永く記憶にとどめている
4よろこびであったもの 驚いたもの
神秘なもの 醜いものなどを
5青春が嵐のようにどっと襲ってくると
こどもたちはなぎ倒されながら
6ふいにすべての記憶を紡ぎはじめる
かれらはかれらのゴブラン織りをはじめる
7その時に
父や母 教師や祖国などが
海蛇や毒草 こわれた甕 ゆがんだ顔の
イメージで ちいさくかたどられるとしたら
それはやはり哀しいことではないのか
8おとなたちにとって
ゆめゆめ油断のならないのは
なによりもまず まわりを走るこどもたち
9今はお菓子ばかりをねらいにかかっている
この栗鼠どもなのである0
(『茨木のり子詩集』より)
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