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 高い動機づけが速い時間と関係するという研究がある。ロバート・クナップらは、アメリカの七十三人の男子大学生を対象に、達成動機の高さと時間の流れる速さの知覚の関係を調べた。すると、達成動機が高いひとほど、時間が速く流れると感じていた。
 また、アメリカの心理学者トーマス・コトルは、現在を瞬間しゅんかん化してしまう原因は、現代社会の未来指向的な文化にあるとした。未来指向的な文化とは、達成や社会的上昇じょうしょうを重視する価値観をいう。未来指向的な文化のなかでは、現在が未来に影響えいきょう与えるあた  のではなく、未来が現在に影響えいきょう与えるあた  ことになってしまうという。つまり、現在は未来の単なる手段となってしまう。目標の達成のために主体的に時間を再構成するという能動的な自我の働きが、現在を瞬間しゅんかんとしてしまうとした。このような思わぬ結果を招いてしまう現象を、コトルは時間と自我のねじれ現象と呼んだ。
 未来指向的な現代社会が、日々の生活や年々の計画のなかに多すぎる課題をもちこんでしまい、それらをやりきることができないために、「一日が速く過ぎる」「一年がいつのまにか終わった」と感じてしまうのかもしれない。
 ドイツ人の作家ミヒャエル・エンデの作品『モモ』は、「灰色の男と、ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子の不思議な話」である。灰色の男は、将来のよい暮らしのために時間を節約し、時間貯蓄ちょちく銀行に時間を預けるよう、おとなたちをそそのかす。こうして、おとなたちは人間として大切なものを失っていくという物語である。私たちは、将来の準備や効率に追われて、現在というものを豊かに生きることができなくなっている。
 小林 進氏は、『モモ』には二つの異なった時間が流れているという。
 ひとつは、線的な時間といってよいような機械的物理的時間であり、私たちを合理主義の名前で縛っしば ているもの、能率よく、無駄むだを省くことが善であるかのような幻想げんそうをいだかせる時間である。灰色の男が計算するように、人生七十年が二十二億七百五十二万秒という時計的外的直線的な時間で表されるものである。
 もうひとつは、過去・現在・未来を超越ちょうえつして人間が普遍ふへん的に体験しうるような、内的・主観的時間である。主人公のモモが、人々をイメージの世界に導き、時を忘れさせ、それでいて自己を発見させていくような、豊かな広がりをもった螺旋らせん的な、円環えんかんする時
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間である。物理的な時間に追われて灰色の男になりかけている私たちが、本当に生きることを考え、自己を再発見し、自己実現していくうえで、内的時間を体験すること、失われつつある時間をとりもどすことが必要だとしている。
 この小林氏の指摘してきをもとに考えるならば、私たちに求められるのは、時間を等質化してしまう直線的な時間にかえて、時間的展望という内的時間を体験することなのである。

 (白井しらい利明「「希望」の心理学――時間的展望をどうもつか」による)
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