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いちど視たもの
一九五五年八月十五日のために――

いちど視たものを忘れないでいよう

パリの女はくされていて
凱旋がいせん門をくぐったドイツの兵士に
ミモザの花 すみれの花を
雨とふらせたのです……
小学校の校庭で
わたしたちは習ったけれど
快晴の日に視たものは
強かったパリのたましい

いちど視たものを忘れないでいよう

はおおよそつまらない
教師は大胆だいたんに東洋史をまたいで過ぎた
霞むかす 大地 霞むかす 大河
ばかな民族がうごめいていると
海の異様にうねる日に
わたしたちの視たものは
廻りまわ 舞台ぶたい鮮やかあざ  さで
あらわれてきた中国の姿!

いちど視たものを忘れないでいよう

日本の女は梅のりりしさ
はじのためには舌をも噛むか 
ふたをあければ失せていた古墳こふんかんむり
ああ かつてそんなものもあったろうか
戦おわってある時
東北の農夫が英国の捕虜ほりょたちに
やさしかったことが ふっと
明るみに出たりした
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すべては動くものであり
すべては深いかげをもち
なにひとつ信じてしまってはならない
のであり
がらくたの中におそるべきカラットの
宝石が埋れうも 
歴史は視るに価するなにものかであった

夏草しげる焼跡やけあとにしゃがみ
若かったわたくしは
ひとつの眼球をひろった
遠近法の測定たしかな
つめたく さわやかな!

たったひとつの獲得かくとく
日とともに悟るさと 
この武器はすばらしく高価についた武器

舌なめずりして私は生きよう!

(『茨木いばらぎのり子詩集』より)

(注)「戦」=「戦い」
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