a 長文 3.1週 re2
ぎらりと光るダイヤのような日

短い生涯しょうがい
とてもとても短い生涯しょうがい
六十年か七十年の

百姓ひゃくしょうはどれほど田植えをするのだろう
コックはパイをどれ位焼くのだろう
教師は同じことをどれ位しゃべるのだろう

子供たちは地球の住人になるために
文法や算数や魚の生態なんかを
しこたまつめこまれる

それから品種の改良や
りふじんな権力との闘いたたか 
不正な裁判の攻撃こうげき
泣きたいような雑用や
ばかな戦争の後始末をして
研究や精進や結婚けっこんなどがあって
小さな赤ん坊あか ぼうが生まれたりすると
考えたりもっと違っちが た自分になりたい
欲望などはもはや贅沢ぜいたく品になってしまう

世界に別れを告げる日に
ひとは一生をふりかえって
じぶんが本当に生きた日が
あまりにすくなかったことに驚くおどろ だろう

指折り数えるほどしかない
その日々の中の一つには
恋人こいびととの最初の一瞥いちべつ
するどい閃光せんこうなどもまじっているだろう

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「本当に生きた日」は人によって
たしかに違うちが 
ぎらりと光るダイヤのような日は
銃殺じゅうさつの朝であったり
アトリエの夜であったり
果樹園のまひるであったり
未明のスクラムであったりするのだ

(『茨木いばらぎのり子詩集』より)
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