a 長文 3.2週 re2
友あり 近方よりきたる

友あり 近方よりきたる
まことに困ったことになった
ワインはすずめなみだほどしかないし
すてきなお菓子 かしもゆうべでおしまい
果物をもぎに走る果樹園もうしろに控えひか てはいず
多忙たぼうにて
この部屋もうっすらほこりがたまっている
まあ落ちついて 落ちついて
ひとの顔さえ見れば御馳走ごちそうの心配をする
なぞは田舎風というものだ
いえ 田舎風などと言ってはいけない
その日暮しの根の浅さを不意に襲わおそ れた
これは単なる狼狽ろうばいである
この時古風な絵のように
私の頭に浮かんう  できた戸棚とだなの中の桜桃おうとうの皿
ああ助った
あれは遠方の友より送られた
つややかな桜の木の実
一つ一つ含みふく ながら
せめて言葉のシャンペンを抜こぬ 
シャンペンとはどんなお酒か知らないが
勢のいいことはほぼたしか
明日までにどうしてもしなければならない
仕事なんて そんなに沢山たくさんあるもんじゃない
ほとほとと人の家のとびら叩きたた 
訪ねてきてくれたこころの方が大切だ
沸騰ふっとうするおしゃべりに酔っぱらいよ    
ざくざくと撒きま 散らそう宝石のように結晶けっしょうした話を
ひとの悪口は悪口らしく
凄惨せいさんに ずたずたに やってやれ
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女ともだちのふるえる怒りいか はマッチの火伝いに貰うもら ことにしよう
このひととき「光る話」を充満じゅうまんさせるために
飾りかざ をむしれ 飾りかざ をむしれ
わがたましいらしきものよ!
近方の友は
痛みとはじ隠さかく ぬことによって
斬新ざんしんなルポをさりげなく残してゆく
わたくしもまた
そしらぬ顔で ぺたりと貼りは たい 彼女かのじょの心に
忘れられない話を二つ三つ
今はもうあまりはやらない旅行かばんのラベルのように

(『茨木いばらぎのり子詩集』より)

(注)「助った」=「助かった」 「勢」=「勢い」
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