a 長文 10.1週 ru
 地球は、水の惑星わくせいと言われるように、表面の七十パーセントが水でおおわれている。「湯水のように」というたとえが使えるのは水の豊富な日本だけのようだが、だれでも日常的に接しているこの水が、実はきわめて不思議な性質を持っている。
 〇度で固体になり、百度で気体になる水は、地球の大きな循環じゅんかんを支えている。この支える力の秘密は、水が自在に形を変えるというその性質にある。環境かんきょうに合わせて形を変えることが、世界を潤すうるお 力になっているのである。
 人間もたぶん、この水のように周囲に合わせて自在に形を変えることで、周囲を潤すうるお 力を持つことができる。
 例えば、ディベートということを考えてみよう。欧米おうべいでは、意見を闘わたたか せることによって相互そうごの意見が進歩すると考えられている。弁証法では、ある意見Aとある意見Bが対立することによって新しい意見Cが生まれると考える。
 日本人は、これとは反対に対立を避けるさ  。あたかも水のように、相手がAと言えば、「Aもわかる」と答え、相手がBと言えば、「Bも理解できる」と答える。AもBも、仏教もキリスト教も、欧米おうべいでは本来両立しないと考えられたであろうあらゆるものをのみこんで、深い湖のように豊かになっていったのが日本文化である。
 日本語のもともとの出発点にも、日本文化の水のような性質が発揮されている。日本は巨大きょだいな中国文化けんの辺境に位置していたために、中国からの影響えいきょうを絶えず受けていた。しかし、同じ立場にある他の多くの民族が、自らも漢字を採用するか、あるいは漢字という言語を拒否きょひして独自の言語に留まるかどちらかの選択せんたくしか持たなかった中で、日本だけは長い年月をかけて、平仮名、片仮名、音訓読み、漢字かな交じり文という独自の創造的な受け入れ方を生み出した。
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 この水のような性質こそ、これからの世界に最も求められているものではないだろうか。
 自己主張ということは確かに大切だ。特に日本人は、相手に合わせすぎるという批判もある。しかし、狭いせま 地球の中で、岩や石のようにぶつかり合う個性だけが充満じゅうまんしても、地球は息苦しくなるだけだろう。
 水のように自在に形を変える柔軟じゅうなんさが世界を潤すうるお としたら、日本人や日本文化の水のような性質も、改めて見直す必要があるのではないだろうか。

(言葉の森長文作成委員会 Σ)
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