a 長文 5.2週 sa2
ひとつの火

 わたしが子どもだったじぶん、わたしの家は、山のふもとの小さな村にありました。
 わたしの家では、ちょうちんやろうそくを売っておりました。
 あるばんのこと、ひとりのうしかいが、わたしの家でちょうちんとろうそくを買いました。
「ぼうや、すまないが、ろうそくに火をともしてくれ。」
と、うしかいがわたしにいいました。
 わたしはまだマッチをすったことがありませんでした。
 そこで、おっかなびっくり、マッチのぼうのはしの方をもってすりました。すると、ぼうのさきに青い火がともりました。
 わたしはその火をろうそくにうつしてやりました。
「や、ありがとう。」
といって、うしかいは、火のともったちょうちんを牛のよこはらのところにつるして、いってしまいました。
 わたしはひとりになってから考えました。
 ――わたしのともしてやった火はどこまでゆくだろう。
 あのうしかいは山の向こうむ  の人だから、あの火も山をこえてゆくだろう。
 山の中で、あのうしかいは、べつの村にゆくもうひとりの旅人たびびとにゆきあうかもしれない。
 するとその旅人たびびとは、
「すみませんが、その火をちょっとかしてください。」
といって、うしかいの火をかりて、じぶんのちょうちんにうつすだろう。
 そしてこの旅人たびびとは、よっぴて山道をあるいてゆくだろう。
 すると、この旅人たびびとは、たいこやかねをもったおおぜいのひとびとにあうかもしれない。
 その人たちは、
「わたしたちの村のひとりの子どもが、きつねにばかされて村にかえってきません。それでわたしたちはさがしているのです。すみませんが、ちょっとちょうちんの火をかしてください。」
といって旅人たびびとから火をかり、みんなのちょうちんにつけるだろう。長いちょうちんやまるいちょうちんにつけるだろう。
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 


 そしてこの人たちは、かねやたいこをならして、山や谷をさがしてゆくだろう。

 わたしはいまでも、あのときわたしがうしかいのちょうちんにともしてやった火が、つぎからつぎへうつされて、どこかにともっているのではないか、とおもいます。


新美にいみ南吉なんきち童話どうわ作品さくひんしゅう
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534