a 長文 6.2週 sa2
 白い茶わんにはいっているは、日陰ひかげで見ては別にべつ 変わっか  模様もようも何もありませんが、それを日向ひなた持ち出しも だ 直接ちょくせつに日光を当て、茶わんのそこをよく見てごらんなさい。そこにはみょうなゆらゆらした光った線や薄暗いうすぐら 線が不規則ふきそく模様もようのようになって、それがゆるやかに動いうご ているのに気がつくでしょう。これは夜電の光をあてて見ると、もっとよくあざやかに見えます。夕食のおぜんの上でもやれますからよく見てごらんなさい。それもお湯 ゆがなるべく熱いあつ ほど模様もようがはっきりします。
 次につぎ 、茶わんのお湯 ゆがだんだんに冷えるひ  のは、表面ひょうめんの茶わんの周囲しゅういからねつ逃げるに  ためだと思っていいのです。もし表面ひょうめんにちゃんとふたでもしておけば、冷やさひ  れるのはおもにまわりの茶わんにふれた部分ぶぶんだけになります。そうなると、茶わんに接しせっ たところでは冷えひ 重くおも なり、下のほうへ流れなが そこのほうへ向かっむ  動きうご ます。その反対はんたいに、茶わんのまん中のほうではぎゃくに上のほうへのぼって、表面ひょうめんからは外側そとがわ向かっむ  流れるなが  、だいたいそういうふうな循環じゅんかん起こりお  ます。よく理科の書物しょもつなぞにある、ビーカーのそこをアルコール・ランプで熱しねっ たときの水の流れなが と同じようなものになるわけです。これはの中に浮かんう  でいる、小さな糸くずなどの動くうご のを見ていても、いくらかわかるはずです。
 しかし茶わんのをふたもしないで置いお た場合には、表面ひょうめんからも冷えひ ます。そしてその冷えひ 方がどこも同じではないので、ところどころ特別とくべつ冷たいつめ  むらができます。そういう部分ぶぶんからは、冷えひ た水が下へ降りるお  、そのまわりの割合わりあい熱いあつ 表面ひょうめんの水がそのあとへ向かっむ  流れるなが  、それが降りお た水のあとへ届くとど 時分には冷えひ てそこからおりる。こんなふうにして表面ひょうめんには水の降りお ているところとのぼっているところとが方々にできます。従ってしたが  の中までも、熱いあつ ところと割合わりあいにぬるいところとがいろいろに
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入り乱れい みだ てできて来ます。これに日光を当てると熱いあつ ところと冷たいつめ  ところとのさかいで光が曲がるま  ために、その光が一様いちようにならず、むらになって茶わんのそこ照らして  ます。そのためにさきに言ったような模様もようが見えるのです。
 日の当たったかべ屋根やねをすかして見ると、ちらちらしたものが見えることがあります。あの「かげろう」というものも、この茶わんのそこ模様もようと同じようなものです。「かげろう」が立つのは、かべ屋根やねねつせられると、それに接しせっ た空気が熱くあつ なって膨脹ぼうちょうしてのぼる、そのときにできる気流きりゅうのむらが光を折り曲げるお ま  ためなのです。

(寺田寅彦とらひこ 大正十一年五月、赤い鳥)
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