1(いないかなあ。いるにちがいない。)
などと、心にいいきかせては、ふみちゃんのこいをむちゅうでおいつづけました。
ふしぎなことに、いつのまにか、ぼくの頭の中をすばらしいにしきごいが、すいすいとおよぎはじめていました。2こがねいろ一しょくの目のさめるようなこいなのです。
用水のどては、夏草がおおくて、やぶかがたくさんいます。「ぶわんぶわん」といっせいにとびだして、ぼくのからだを、ところかまわずさしまくりました。
3けれども、それが、その日にかぎって、ふしぎと気にならないのでした。にしきごいにとりつかれてしまったぼくには、すこしぐらいのちを、やぶかにすわれても、それは、たいしたことではなかったのでしょう。
4ふとみると、用水のそばに池がありました。池はあさくて水はきれいにすんでいました。(はてな、見たことのある池だな。)
「ちらりっ」とそんなおもいがしました。
でも、そのしゅんかん、ぼくは池の中の大きなこいたちのむれに、気をとられていました。
5池には、赤・青・黒のたくさんのまごいたちが、ゆうゆうとおよいでいたからです。
きれいにすんでいる水の中を五十センチほどもあるこいたちが、ひとつのかたまりになって、すいすいとおよいでいるようすは、ぼくをうっとりさせてしまいました。6なんだか、ゆめの国にいるみたいでした。
そして、このゆめの中のぼくは、ふみちゃんにおそわったあのにしきごいが、この池の中にきっといるとおもいはじめたのです。すると、どうでしょう。7たくさんのまごいのあいだを、まるで女王さまのようにゆうゆうとおよいでいるあのにしきごいがいたのです。あかるい目のさめるような、こがねいろのこいでした。
それは、さっきから、頭の中を、いったりきたり、ちらちらちらちら光って見せる、ふみちゃんにきいた、あのこいだったのです。
8ぼくは、かかえていたカバンをなげすてました。ズックぐつをぬぎ、「すたすたっ」と、おもわず池の中にはいっていきました。
ところが、どうしてどうして、こいはすばしっこいさかなです。ばさばさ! と大きな水音をたてて、いっせいににげはじめたのです。
9たちまち池の水は、にごってしまい、もう、一ぴきのこいも見えなくなりました。それにぼくは水しぶきをあびて、ずぶぬれにされたのです。
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