a 長文 1.2週 se2
(いないかなあ。いるにちがいない。)
 などと、心にいいきかせては、ふみちゃんのこいをむちゅうでおいつづけました。
 ふしぎなことに、いつのまにか、ぼくの頭の中をすばらしいにしきごいが、すいすいとおよぎはじめていました。こがねいろ一しょくの目のさめるようなこいなのです。
 用水のどては、夏草がおおくて、やぶかがたくさんいます。「ぶわんぶわん」といっせいにとびだして、ぼくのからだを、ところかまわずさしまくりました。
 けれども、それが、その日にかぎって、ふしぎと気にならないのでした。にしきごいにとりつかれてしまったぼくには、すこしぐらいのちを、やぶかにすわれても、それは、たいしたことではなかったのでしょう。

 ふとみると、用水のそばに池がありました。池はあさくて水はきれいにすんでいました。(はてな、見たことのある池だな。)
 「ちらりっ」とそんなおもいがしました。
 でも、そのしゅんかん、ぼくは池の中の大きなこいたちのむれに、気をとられていました。
 池には、赤・青・黒のたくさんのまごいたちが、ゆうゆうとおよいでいたからです。
 きれいにすんでいる水の中を五十センチほどもあるこいたちが、ひとつのかたまりになって、すいすいとおよいでいるようすは、ぼくをうっとりさせてしまいました。なんだか、ゆめの国にいるみたいでした。
 そして、このゆめの中のぼくは、ふみちゃんにおそわったあのにしきごいが、この池の中にきっといるとおもいはじめたのです。すると、どうでしょう。たくさんのまごいのあいだを、まるで女王さまのようにゆうゆうとおよいでいるあのにしきごいがいたのです。あかるい目のさめるような、こがねいろのこいでした。
 それは、さっきから、頭の中を、いったりきたり、ちらちらちらちら光って見せる、ふみちゃんにきいた、あのこいだったのです。
 ぼくは、かかえていたカバンをなげすてました。ズックぐつをぬぎ、「すたすたっ」と、おもわず池の中にはいっていきました。
 ところが、どうしてどうして、こいはすばしっこいさかなです。ばさばさ! と大きな水音をたてて、いっせいににげはじめたのです。
 たちまち池の水は、にごってしまい、もう、一ぴきのこいも見えなくなりました。それにぼくは水しぶきをあびて、ずぶぬれにされたのです。
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 ぼくは、きゅうにこうふんしてきました。からだの中で、むらむらっと、むちゃくちゃの虫がうごきはじめたのです。
(ええ! どうにでもなれ。ようし、一ぴきはかならずつかまえるからな。)
と、むちゅうになって、むちゃくちゃ虫のいうままにうごきはじめたのです。
 まず、池のかたほうのはじから、こしをかがめ、りょう手を水の中にいれて、すばやくひらいたりちぢめたりしながら、こいの大軍たいぐんをもういっぽうのはじに、「じわじわっ」と、おいつめていきました。
 おいつめられたこいたちは、びっしりとせをかさねあいながら、「ばしゃばしゃ、ばしゃばしゃっ」と、大きな音をたてています。
 ぼくは、
(えい!)
と、気あいをかけて、むちゃくちゃにこいの中へつっこんでいきました。
 ところが、それがいけなかったのです。おいつめられた数百ぴきのこいたちが、なんといっせいに、ぼくにむかってたいあたりをしてきたからたまりません。水の中へ「ずでん」とあおむけにひっくりかえされ、そのうえ、あっぷあっぷと、どろ水をたんまりとのまされてしまいました。
 さあ、ぼくのはらの虫がおさまりません。
「ちくしょう、やったな。」
と、おもわずさけんでいたのです。
 もう、にしきごいなどどうでもよくなりました。いまは、ただ、このぶざまなまけいくさのめいよばんかいのために、こいたちを、めっちゃくちゃに、やっつけたくなりました。

『いたずらわんぱくものがたり』「まぼろしのにしきごい」(代田しろたのぼる)より
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