a 長文 2.1週 se2
 ところが、千曲川ちくまがわのいきは、はやくはやく川へいきたいばっかりでしたが、かえりに、この目のさめるような赤ナスばたけのそばをとおるときは、子どもたちの心は、大きくゆらぎました。だいいち、さんざ水をあびてつかれていました。いきはよいよいかえりはこわいのうたのように、子どもたちは、も心もだれきっていました。一休みして水がほしかった。そこへもってきてさかをのぼりつめたとたん、この赤ナスばたけのふうけいは、たまらなかったのです。
 その日はどういう日だったか、がまんしきれないで、はるきち、よしお、ちよの三人で、ちよはわたしでした。とうとう、一つとってたべてみようということになって、はるきちがはたけへはいり、よしおとちよが、見はりばんでした。
「すみのほうのをもいで、すぐにげだせばいいぞ。」
 はるきちは、こしをこごめて、わたしたちからはなれていきました。よしおは、家へはいる道のトマトの木にかくれ、ちよは、すこしはなれたところにたって、家のほうを見つめて、見はりをしていました。
 ここで三人は、ちょっとけいさんちがいをしていたのです。家の中から人がでてくるということばかりかんがえて、見はりばんをしていて、うしろからだれかくるかもしれないということは、かんがえてもみなかったことです。それだけ、人どおりのないところだったせいもあったかもしれません。
赤ナスの木の葉こ はのかげに、はるきちの頭が見えていましたが、すぐ見えなくなりました。
「とったなーっ。」
 ちよは、むねがどきんとしたけれど、こんなにあるんだから、一つや二つわかるものかと、気を大きくしていたときです。まったくおもいがけないことになりました。わたしのたっているうしろから、
「これこれ、赤ナスがほしいのかね。」
 わらい顔でひんのいいおばあさんがふろしきづつみをかかえて、こうもりがさをさしかけたまま、よびかけたのです。
 わたしは、はっとしたまま、にげだせません。はるきちとよしおは、それっ! とばかり、ふたたび千曲川ちくまがわのほうへ、ころげるようににげだしました。わたしは、こまってしまいました。
「女の子がこんなことをすると、家の人がかなしがりますよ。」
 やさしいことばでした。
「どこのむすめさんだね。」
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 わたしの顔を、しげしげとながめています。
(おまえは、男の子ばかりとあそんでいて、らんぼうでこまったものだ。)
 おかあさんの顔といっしょに、毎日のようにいわれていることばが、すーっと頭の中をとおりすぎました。

 それからあとは、そのおばあさんが、
「赤ナスの、とったのがうちにあるからあげるで、ふたりをよんでおいで。」
といって、家の中へはいりました。おばあさんが、家へはいるのを見とどけると、わたしは、ふたりのあとをおって、いっきにさか道をおりていくと、谷のほうへ、えだぶりがよくでている大きなまつの木のねもとに、ふたりともしょんぼりこしをおろしていました。
わたしを見ると、
「じゅんさがきたかよ。」
 はるきちの大きな声でした。よしおのほうは、とおまわりだが、三の門のほうから家へかえろうと、あるきだしました。三人はさっきの元気はどこへやらで、日はくれかかるし、心ぼそかったし、それよりも、はるきちが赤ナスをとったのか、とらなかったのか、そんなはなしもひとこともでないで、とおまわりの道のほうへ、おもくなった足をはこびました。

『いたずらわんぱくものがたり』「赤ナスとおまわりさん」(宮口みやぐちしづえ)より
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