a 長文 2.3週 se2
「ゆるりばたではしるでねえ!。」
 ねどこの中で、おこっている母の声です。そのひょうしに、兄がちょっとひるみました。そこでわたしは、いっきにおいつめようとしたとき、おもわず、お茶ぼんを、けっとばしたのです。
「あっ!」
 わたしは、からだじゅうから、ちのけがひいていくほど、びっくりしました。やっと、つやのでてきた、ばんこやきのきゅうすを、父が、どんなにだいじにしているか、よくしっていたからです。
 はいの中にころげおちたきゅうすを、そっとひろいあげました。こわごわと、さし口や、ふたにさわってみました。兄も、しんぱいそうにのぞきこみました。
 こわれては、いませんでした。ひびもはいっていないようです。あわてて、ながしへもっていって、はいをあらいおとし、もとのところへおいて、ふきんをかぶせました。
 兄も、だまって、もちをやきはじめました。
 そこへ、父のほうが、さきにおきてきたのです。だまって、たばこを一ぷくすうと、いつものように、いればをもって、顔をあらいにいこうとしました。
 お茶ぼんのふきんを、めくりました。はがありません。
 わたしは、どきっとしました。きゅうすのことばかりがしんぱいで、それまで、いればのことは、わすれていたのです。それでも、だまって下をむいていました。
「おーい。ゆうべは、はをどっかへしまったか?」
 父は、まだおきてこない、母のほうへいいました。はのない父のことばは、声がもぐって、よくききとれません。
「ちっとゆっくりしてえのに、みんなでうるせえだから。」
 母はぶつぶついいながら、おきてきました。
「おぼんの上には、ねえだかい。」
 そういいながらも、母は、戸だなの戸を、しめたり、あけたりして、さがしはじめました。
(あってくれますように――。)わたしは、からだをかたくして、いのるおもいでした。兄もだまっています。
「おまえたちは、さっき、おぼんをけとばしたんじゃあ、あるまいなあ。」
 くるりとこちらをむいた、母は、おそろしいまでに、こわい顔になっていました。
 いろりばたにひざをつくと、長い火ばしで、はいの中を、かきまわしはじめたのです。父もさがしましたが、ありません。
 しまいに、もえているマキをくずし、火の中までもさがしまし
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た。すると、小さくしぼんで、もとのかたちなどなくなっている、いればらしいものが二つ、まっかなおきの中からでてきたのです。
 わたしも兄も、もういろりばたからは、とおくさがった、いたのまに、ひざをそろえて、すわっていました。
「ゆるりばたでさわいじゃあ、なんねえって、あれほどゆってることが、わからねえだか。いればをつくるには、たんと、金がかかるだよ、金をだしたって、いまいって、すぐ買えるものじゃあなかんべあ。はがなかったら、けさっから、なにもかめねえだよ。おまえたちも、なにもくわずにいるといい。」
 母は、こまったのはとおりこして、もうやけっぱちのように、おこりちらしました。
 そのころ、わたしの村には、まだ、はいしゃさんはありませんでした。町までは、とまりがけでなければ、いかれなかったじだいです。
 はのない父は、おこりたいことばさえ、うまくはしゃべれなかったのでしょう。こわい顔で、たばこだけをすっていました。

 じぶんでも、もういればのせわになる年になりました。あの朝の父のかなしさや、母のはらだたしさがとてもよくわかって、すまなく、それでも、なつかしくおもうのです。

『いたずらわんぱくものがたり』「父のいれば」(宮川みやがわひろ)より

おき(すみがほのおを上げないでもえているじょうたい)
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