a 長文 3.2週 se2
 しんがっきが、はじまりました。
 ぼくたちの四年男子組のうけもちは、となり町からうつってきた森先生にかわりました。
 森先生は、はじめてのじゅぎょうのとき、
「きょう女子組の先生から、男子組のせいとが、ヘビのようなものをつかって、女子をおどしたり、なかせたりするものがいるから、げんじゅうにちゅういしてくれといわれた。よわいものいじめはよせ! 男子らしくないぞ。」
といって、口をきつくむすんで、こわい顔をして見せました。ぼくたちの組の男子は、そのはん人が、だれであるか、ひとりのこらずしっていましたが、みんなしらん顔をしてだまっていました。
 そのとき、ガキだいしょうの勝五郎かつごろうが、「ふん」と、はなをならしました。勝五郎かつごろうは、よくないことをけいかくするまえに「ふん」とはなをならすくせがありました。(で、あいつ、なにかやるつもりだな。)と、ぼくはすぐかんじたのです。
 この小学校でも、あたらしい先生がきたときは、なにか、いたずらをして、先生をびっくりさせたり、おこらせたり、おおわらいをして、からかったりするのが、しきたりのようになっていました。いたずらのさしずをするのは、ずうっとまえから、まえのガキだいしょうが、つぎのガキだいしょうにひきつぐとりきめになっていたのです。
「おい、みんな、ひる休みに校ていのサクラの木の下にあつまれ、しょうちゃんは、ぞうりぶくろをもってくるのだぞ。」
 勝五郎かつごろうのめいれいが、耳から耳へまたたくまにつたわりました。
 ぼくが、ぞうりぶくろをもってサクラの木のところへいくと、もう、勝五郎かつごろうの子分いちどうが、顔をそろえてまっていました。
 勝五郎かつごろうは、ぼくから、ぞうりぶくろをうけとると、じぶんのふところから、ぼくのヘビをひっぱりだしてふくろの中にいれました。
「いいか、みんな、このふくろを、教卓きょうたくの上にのせておくんだ。先生が、だれだ、このようなけがらわしいものをここにおいたのは、とかなんとかいいながら、ふくろの中に手をいれる……、それからは、見てのおたのしみだぞ。」
 勝五郎かつごろうは、そこでまた、「ふふ」と、とくいのはなをならしました。
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

 いたずらがうまくなければ、ガキだいしょうにはなれないというけれど、まったく、そのとおりでした。
 いよいよ、午後のじゅぎょうはじめのかねの音が、きこえてきました。
 四年男子組のきょうしつの中は、しいーんと、しずまりかえっています。これから、なにがおきるか、みんな、おもいおもいのばめんを頭にうかべて、いきをのみこんでまっていたのです。
 やがて、ろうかのむこうから、先生の足音がきこえてきました。ガラッと、音をたてて、ドアがひらき、一ぽ一ぽ、先生が教卓きょうたくにちかづいてきます。それから(なんだこれは?)とふくろに手をかけるまでの、はらはらどきどきのスリル……、このすばらしい気もちを、なににたとえていったらよいのでしょう。
 先生は、勝五郎かつごろうがかいた、げきの台本(すじがきの本)をそっくりそのまま、じつえんするように、ふくろをもちあげ、口をひらいて中に手をいれました。
「なにがはいっているんだ。けったいなものだぞ、これは……。」
 そこまでのことばは、ふつうのおちついたちょうしでした。が、つぎのしゅんかん!
「うわっ?」
 先生は、せいとが目のまえにいるのもわすれ、はじもがいぶんもふっとばしたような、さけびをあげながら、手にもったヘビを、まどをめがけてなげつけました。
 ほんもののヘビだとおもって、びっくりぎょうてんしている先生を見て、ぼくたちは、わあ!と、かんせいをあげました。なんだか、むねの中にたまっていたものが、ふっとんでいくようなふしぎな気もちがしました。
 が、先生は、まどガラスにぶつかって、ゆかいたの上におちてきたヘビを見て、はじめて、これがもんだいのヘビのおもちゃとわかりました。すると、おそろしさが、はずかしさにかわったのでしょう。青くなった顔が、まっかないろにかわりました。そして、ぞうりぶくろにかいてある名まえをよむと、すぐ、ぼくのまえにきて、
「人間は感情かんじょうのどうぶつだぞ! おれだって、人間だぞ! ばかにするな!」
と、大声でどなりながら、ぞうりぶくろで、ぼくのほおを力まかせになぐりつけました。
 ぼくが、うるんだ目で、勝五郎かつごろうのほうを見ると、かれは、しらん顔で、「ふん」とよこをむきながら、また、はなをならしているのが、なみだににじんで見えていました。
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
長文 3.2週 se2のつづき
 ぼくは、そのとき、はじめて「人間は感情かんじょうのどうぶつだぞ!」ということばをおぼえたのでした。そうして、六十年もたったいまでも、そのことばが、なぐられたいたさとともに、ぼくの心の中にいきつづけてきたことを、わすれることができません。

『いたずらわんぱくものがたり』「先生だって人間だぞ!」(猪野いいの省三しょうぞう)より
 999897969594939291908988878685848382818079787776757473727170696867 


□□□□□□□□□□□□□□