a 長文 8.1週 si
「あつっ。」
 ぼくは、思わず指を引っ込めひ こ ました。しかし、後ろを向いている母には気付かきづ れませんでした。今夜は、ぼくの大好物こうぶつの鳥の唐揚からあげです。あつあつの鳥が並ぶなら お皿から食欲しょくよくをそそる香りかお 漂っただよ てきます。
 ぼくは、思わず手を伸ばしの  てしまったのですが、揚げたてあ   だったせいで、人差し指ひとさ ゆびにやけどをしてしまいました。ぼくは何食わぬ顔で、そっと洗面所せんめんじょへ行き、指を流水で冷やしひ  ました。母は何も知らずに、揚げ物あ もの続けつづ ています。
 その唐揚からあげは、ぼくが下味をつけるのを手伝ってつだ たのです。ショウガやニンニクをすりおろしたり、酒やしょうゆを入れたり、片栗粉かたくりこをまぶしてなじませたりするのがぼくの仕事でした。だから、どんな味に仕上がったか確かめたし  たかったのです。
 ぼくは、指が冷たくつめ  なるまで冷やすひ  と、再びふたた キッチンに向かいました。さっきの唐揚からあげは食べごろに冷めさ ているはずです。のれんをあげて、テーブルに目をやると、
「あ、あれ? ないっ。」
 唐揚からあげのお皿はなくなっていました。
「鳥を取り上げないでえ。」
とぼくは、言いそうになりましたが、がまんして、冷静れいせいにまわりを見渡しみわた ました。なんと、お皿は母の横のレンジ台に移動いどうしていました。ぼくは、まだ食べていないのにと心の中で叫びさけ ました。
 母はニヤッとして、菜ばしさい  ではさんだ鳥を振っふ て油を切りながら、
残念ざんねんでした。」
と言いました。さらに、
「水ぶくれにならなかった?」
と聞きました。ぼくは、さっきのつまみぐい未遂みすいを母は知っていたのだなあとあせりました。
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 父もつまみぐいの常習犯じょうしゅうはんです。会社から帰って、まずキッチンに直行し、テーブルの上をチェックします。そして、置いお てあるものをひょいと口に入れてしまいます。すると、母が必ずかなら 
「きちんと手を洗っあら てから! うがいもしてから!」
と言うのです。
 父は、はいはいと言いながら洗面所せんめんじょに消えます。そんなときの父は、まるで叱らしか れた子供こどものようです。父は何度も注意されているのに、堂々どうどうとつまみぐいをするところがぼくと違いちが ます。
 ぼくは、昨日きのううまい言い訳い わけ考え付きかんが つ ました。つまみぐいを叱らしか れたら、ママの料理りょうりがあんまりおいしそうだからだよ、と言うのです。これなら見つかっても叱らしか れません。しかし、「そんな言い訳い わけしていいわけ」と言われるかな。

(言葉の森長文ちょうぶん作成さくせい委員会 φ)
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