a 長文 10.1週 su2
 1日本と同じ車の左側(ひだりがわ)通行をしている国は、イギリスをはじめ、世界(せかい)の約(やく)三分の一あります。残り(のこ )の三分の二の国は、ヨーロッパやアメリカのように右側(みぎがわ)通行をしています。
 2第(だい)二次(じ)世界(せかい)大戦(たいせん)の末期(まっき)、沖縄(おきなわ)を占領(せんりょう)したアメリカは、沖縄(おきなわ)での車の通行を、それまでの左側(ひだりがわ)通行から右側(みぎがわ)通行に変え(か )ました。その後、沖縄(おきなわ)は日本に返還(へんかん)されましたが、返還(へんかん)されたあとも、沖縄(おきなわ)ではアメリカ式(しき)の右側(みぎがわ)通行が続い(つづ )ていました。
 3しかし、返還(へんかん)から六年後の七月三〇日、右側(みぎがわ)通行を左側(ひだりがわ)通行に戻す(もど )ための大変革(へんかく)が行われました。
 切り替え(き か )は、前の日の夜から、すべての車をストップさせて行われました。4すべての車がストップしていたのはわずか八時間の間でしたが、この間に、すべての道路(どうろ)標識(ひょうしき)や表示(ひょうじ)が切り替え(き か )られました。交通整理(せいり)などのために、本土からも多くの警察官(けいさつかん)が手伝い(てつだ )にかけつけました。
 5しかしここで、一つの問題(もんだい)がありました。普通(ふつう)の車は、ハンドルが右でも左でも、道路(どうろ)のどちらの側(がわ)でも走ることができますが、困る(こま )のは乗り合い(の あ )バスです。6なぜかというと、バスは、歩道の側(がわ)に乗客(じょうきゃく)が乗り降り(の お )するドアがついているので、新しい通行規則(きそく)に従う(したが )と、このドアを車両(しゃりょう)の反対(はんたい)側(がわ)につけなければならなくなるのです。
 7そこで、沖縄(おきなわ)県内(けんない)にあったほぼ一〇〇〇台ものバスが、ほとんど新しくされることになりました。このために、日本国内のメーカーは総出(そうで)で、たくさんのバスを製造(せいぞう)したのです。8この時に製造(せいぞう)されたバスは、「730車」と呼ば(よ )れています。この「730車」は非常(ひじょう)に頑丈(がんじょう)に作られていたため、数は少なくなりましたが、今でも走っているものがあるそうです。
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 9こうして多くの人々の努力(どりょく)のかいあって、沖縄(おきなわ)ではたった一晩(ひとばん)で右側(みぎがわ)通行から左側(ひだりがわ)通行への変更(へんこう)が無事(ぶじ)に行われたのでした。0

 言葉(ことば)の森長文作成(さくせい)委員(いいん)会 τ
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a 長文 10.2週 su2
 1エジソンが七さいになったとき、一家は、ミランからヒューロン湖(こ)のそばのポートヒューロンにうつりました。おとうさんのやっていた食料(しょくりょう)品(ひん)や製材(せいざい)の事業(じぎょう)が大きくなるにつれて、あたらしく鉄道(てつどう)の駅(えき)ができたポートヒューロンのほうが、べんりだったのです。
 2エジソンは、この活気にあふれた町の小学校に入学しました。ところが、たちまちのうちに、教室のやっかい者(もの)になってしまったのです。きまぐれで、ごうじょうで、すきなことにはむちゅうになるくせに、きらいなことには見むきもしないのです。
 3そのうえ、れいの好奇(こうき)心から、時と場所(ばしょ)もかまわずだしぬけに、ちょいちょい、先生がかんがえてもいないような質問(しつもん)をしたりします。
 ことに、数学の時間はたいへんです。先生が、
「二たす二は四。」
とおしえます。4すると、エジソンが、きゅうに立ちあがって、
「先生、どうして二と二をたすと四になるのですか?」
「かぞえてごらん。四になるじゃないか。」
「でも、なぜ四にならなければいけないのですか?」
「わからない子だな。二たす二は、四なんだ。よくおぼえておおき!」
 5そんなわけで、エジソンは先生からすっかりきらわれてしまいました。そして、先生はとうとう、きみは低能(ていのう)児(じ)であると、きめてしまいました。
 こんなことがかさなって、ある日、エジソンは、おかあさんにいいました。
6「……ぼく……もう学校へいかないよ。」
「まあ、きゅうに、どうしたの?」
「先生がね、ぼくのことを、ばかだっていうんだもの。そうして……。」
「そうして?」
「なにをきいても、よけいなことをきくんじゃないって、しかるんだもの。」
 7おかあさんは、じっとかんがえこんでいました。じぶんも、むかし、学校の先生をしたことがあり、そういう教育(きょういく)法(ほう)がとくべつの才能(さいのう)をもった子どもをみちびくのに、てきとうでないことをよく知っていました。
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8「そう……。それではこれからは、おかあさんが先生になってあげましょう。そのかわり、いっしょうけんめい勉強(べんきょう)するんですよ。」
「うん、ぼく、いっしょうけんめいやるよ。ぼく、ばかじゃないもの、ね。」
 こうして、学校をやめたエジソンは、家庭(かてい)でとくべつの教育(きょういく)をうけました。9それはじつにおもいきった教育(きょういく)で、まだ八つか九つだというのに、母親のナンシーが先生になって、ギボンの「ローマ帝国(   ていこく)衰亡(すいぼう)史(し)」、ヒュームの「英国(えいこく)史(し)」、シアースの「世界(せかい)史(し)」、バートンの「ゆううつの解剖(かいぼう)」、「科学の辞典(じてん)」といった、むずかしい本を読んだのです。
 0十二さいになると、ニュートンの「プリンキピア」という本の勉強(べんきょう)をはじめました。その中にでてくる数学は、先生のおかあさんでさえ、てこずるものでしたから、数学がにがてのエジソンには、どうにもくるしいたたかいでした。

(「エジソン」 崎川(さきかわ)範行(のりゆき)著(ちょ) 講談社(こうだんしゃ) 火の鳥伝記(でんき)文庫(ぶんこ)より)
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a 長文 10.3週 su2
 1決心(けっしん)したとおり、エジソンは、グランド=トランク鉄道(てつどう)の新聞うりになりました。それは、新聞のほかに、雑誌(ざっし)・くだもの・キャンデーなどを、列車(れっしゃ)内でうるのです。そのきょりは、ポートヒューロン――デトロイト間百キロメートル、三時間です。2そこで、毎朝七時にポートヒューロンを発車(はっしゃ)して、十時にデトロイトにつきます。
 デトロイトにつくと、この汽車は夕がたまでやすみ、そして、夜の九時半ごろ、ポートヒューロンにかえります。それは、エジソンにとって、ながいひまな時間でした。
 3この列車(れっしゃ)は、三両(りょう)編成(へんせい)で、手荷物(てにもつ)車と喫煙(きつえん)車と婦人(ふじん)用普通(ふつう)客車(きゃくしゃ)からなっていました。手荷物(てにもつ)車は、荷物(にもつ)室・郵便(ゆうびん)室・喫煙(きつえん)室の三つにくぎってあり、この喫煙(きつえん)室はつかわれていませんでした。エジソンは、このへやをあてがわれたのです。4かれは、そこへ、客(きゃく)にうる品物(しなもの)をもちこみました。
 こんな列車(れっしゃ)ですから、朝のりこんで、お客( きゃく)に新聞やたべものをひととおりうると、もうひまです。十時から夕がたまでは、デトロイトの図書館(としょかん)で勉強(べんきょう)します。5けれども、列車(れっしゃ)内の往復(おうふく)六時間をぼんやりすごすなんて、そんなことは、エジソンにはできません。
 そこでかんがえついたのが、車内実験(じっけん)です。じぶんにあてがわれた車室を、化学(かがく)実験(じっけん)室にしようというわけです。
 6しかし、こんなことは、しゃしょうにそうだんしたらおしまいです。そっとやらなければだめです。かんがえついたあくる日、じぶんの家の地下室から、薬品(やくひん)や実験(じっけん)用具(ようぐ)をこっそりもちこみました。
 7じょうぶなからだをおじいさんから、事業(じぎょう)の才能(さいのう)をおとうさんから、そして、勉強(べんきょう)への熱情(ねつじょう)をおかあさんからうけついだのか、少年エジソンはつかれしらずに、しごとと勉強(べんきょう)をつづけるのでした。
 8朝はやくから列車(れっしゃ)うり子、化学(かがく)実験(じっけん)、図書館(としょかん)がよいをするだけでなく、ポートヒューロンに、助手(じょしゅ)のオーツをつかって、やさいとくだものの店をひらきました。デトロイトの市場でやすい品物(しなもの)を見
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つけると、すかさず仕入れ(しい )てきて、ポートヒューロンの店でうるのです。9そうして、十二さいの少年が、一日八ドルから十ドルの収入(しゅうにゅう)をあげるのです。
 そのうちの一ドルを毎日おかあさんへ、そしてのこりは、本・薬品(やくひん)・実験(じっけん)器具(きぐ)の費用(ひよう)にしました。実験(じっけん)室は、みるみる道具(どうぐ)がそろってきました。
 0いったい、いまエジソンがうちこんでいる化学(かがく)実験(じっけん)と、かれの商売(しょうばい)と、どんなつながりがあるのでしょう。
 なんのつながりもないように見えますが、じつは、エジソンという人物(じんぶつ)にとっては、きりはなすことのできないかんけいがあるのです。それは、その後のかれの発明(はつめい)をかんがえればすぐわかるでしょう。
 電灯(でんとう)・電車・蓄音機(ちくおんき)・映画(えいが)・ラジオ……そのほか、どれをとってみても、世(よ)の人々にちょくせつやくにたつものばかりです。みんな社会と、ちょくせつむすびついています。そういうものが発明(はつめい)できたのは、エジソンがすぐれた事業(じぎょう)家の性質(せいしつ)をもち、また、商売(しょうばい)というものをよく知っていたからです。

(「エジソン」 崎川(さきかわ)範行(のりゆき)著(ちょ) 講談社(こうだんしゃ) 火の鳥伝記(でんき)文庫(ぶんこ)より)
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a 長文 10.4週 su2
 1イチゴが、赤色、水色、ピンク色のそれぞれのお皿(さら)に盛ら(も )れているとすると、ピンクのお皿(さら)のイチゴを選ぶ(えら )人がいちばん多いそうです。ピンクは甘い(あま )と感じ(かん )させる色だからです。水色は塩味(しおあじ)を、赤色は辛味(からみ)を連想(れんそう)させるといいます。見た目も、味(あじ)の大切な要素(ようそ)なのです。
 2味(あじ)は、緊張(きんちょう)とも関係(かんけい)があります。緊張(きんちょう)すると味(あじ)を感じ(かん )にくくなります。緊張(きんちょう)を感じる(かん  )場所(ばしょ)と味(あじ)を感じる(かん  )場所(ばしょ)は、脳(のう)の中の同じところにあるからです。3緊張(きんちょう)した状態(じょうたい)で食事(しょくじ)をすると、緊張(きんちょう)の方が優先(ゆうせん)されてしまいます。だから、緊張(きんちょう)がなくなるにつれ、味(あじ)がはっきり自覚(じかく)され、リラックスした状態(じょうたい)で食べるものはおいしく味わえる(あじ   )のです。
 4味覚(みかく)は五種類(しゅるい)に分類(ぶんるい)されています。甘味(あまみ)、塩味(しおあじ)、酸味(さんみ)、苦味(にがみ)、旨味(うまみ)です。中でも甘味(あまみ)は、太古の昔(むかし)から、エネルギーのもとであったため、何より好ま(この )れる味(あじ)となっています。5また、苦味(にがみ)は五つの基本(きほん)味(あじ)の中で、もっとも薄い(うす )濃度(のうど)で感じる(かん  )ことができます。というのも昔(むかし)から「苦い(にが )ものには毒(どく)がある」という認識(にんしき)が体にしみこんでいて、少しでも苦味(にがみ)があると敏感(びんかん)に感じ(かん )て、体が警戒(けいかい)するからです。6苦味(にがみ)のあるものと言えば、コーヒーやビール、カカオなどが思い浮かび(う  )ます。これらはいわゆる「大人の味(あじ)」で、経験(けいけん)を積む(つ )ことで好き(す )になっていくもののようです。
 7また、渋味(しぶみ)は五つの基本(きほん)味(あじ)には入っていませんが、最近(さいきん)健康(けんこう)の面(めん)で注目(ちゅうもく)されています。渋味(しぶみ)というのは口の中がひきつった感じ(かん )や舌(した)に膜(まく)がはった感じ(かん )のするものです。8渋味(しぶみ)は緑茶(りょくちゃ)のカテキン、ワインのタンニンなどの味(あじ)で、これらは生活習慣(しゅうかん)病(びょう)の予防(よぼう)に役立つ(やくだ )とされています。
 9ところで、動物(どうぶつ)の中で最も(もっと )味(あじ)を感じる(かん  )ことのできるのはナマズだと言われています。というのも、ナマズは、口の中だけでなく、
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皮膚(ひふ)、エラ、尾(お)など、全身(ぜんしん)で味(あじ)を感じ(かん )られるからです。ナマズの食事(しょくじ)は、人で言えば、さだめしナマでズずっと味わう(あじ  )ようなものかもしれません。0

 言葉(ことば)の森長文作成(さくせい)委員(いいん)会 α
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a 長文 11.1週 su2
 1朝六時におきて、列車(れっしゃ)にのりこみ、夜は十時にかえってきます。そのあいだじゅうが、うり子のしごとと、図書館(としょかん)での勉強(べんきょう)と、化学(かがく)の実験(じっけん)です。
 このようにしてすごす一日一日は、つらいことのようですが、エジソンにとっては、かけがえのないたのしみだったのです。
 2こういうと、エジソンには、少年らしいたのしみというものが、まるでなかったようですが、たった一つ、エジソンをむちゅうにさせたあそびがありました。
 電信(でんしん)あそびです。
 3そのころ、つまり、一八六〇年代(ねんだい)のアメリカでは、電信(でんしん)がようやく実用(じつよう)化(か)されてきていました。このあたらしい器具(きぐ)が、少年たちをとりこにしたのは、あたりまえのことで、それをまねた電信(でんしん)あそびは、大流行(りゅうこう)でした。
 4もちろん、エジソンもその一人でした。
 かれは、ありあわせのものだけをつかって、電信(でんしん)機(き)をつくりました。電線の針金(はりがね)にぬのぎれをまき、それを鉄(てつ)のしんにまきつけて電磁石(でんじしゃく)とし、キーには、しんちゅうのばねをりようしました。5あきびんを、絶縁(ぜつえん)用の碍子(がいし)にして立ち木にくぎでとめました。電池は地下化学(かがく)実験(じっけん)室でおぼえた方法(ほうほう)でつくりました。
 これらができあがったところで、エジソンはちかくの友だちの一人とのあいだに電線をひきました。
 6交信(こうしん)は、うまくいきました。信号(しんごう)で、おもうことをつたえる、おもしろいあそびです。だが、エジソンは、夜の十時でなければ、家へかえれません。
 7ところが、おとうさんのサムエルは、エジソンの健康(けんこう)をしんぱいして、十一時半よりおそくまでおきていることをゆるしません。なんとか、これをゆるめる作戦(さくせん)がひつようです。
 8ところで、サムエルは、毎晩(まいばん)、エジソンがもってかえる新聞をたのしみにしていました。ある晩(ばん)、エジソンは、その新聞をもたずにかえってきました。
「わすれた? そいつはがっかりだな。」
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9「そうだ、友だちのところに新聞があるから、ニュースをきいてあげようか。」
「こんな時間にかい?」
「まあ、見ててごらん。」
 エジソンが電信(でんしん)機(き)にスイッチをいれて、キーをたたくと、それにこたえて、友だちが信号(しんごう)をおくってきます。0エジソンは、その電文を文章(ぶんしょう)になおして、まちかまえているおとうさんにわたしました。
「なるほど、すばらしいことをやるもんだなあ。」
 夜おそくまで、ただ、いたずらあそびをしている、としかおもわなかったサムエルは、ほとほとかんしんしてしまいました。もう、「はやくねなさい。」といえなくなりました。
 おかげでエジソンは、夜おそくまで電信(でんしん)をたのしむことができるようになったのですが、やがて、このあそびから、かれのあたらしい道がひらけることになるのです。
 電信(でんしん)手というしごとです。

(「エジソン」 崎川(さきかわ)範行(のりゆき)著(ちょ) 講談社(こうだんしゃ) 火の鳥伝記(でんき)文庫(ぶんこ)より)
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a 長文 11.2週 su2
 1エジソンの工場は、まるで、電気機械(きかい)の発明(はつめい)工場でした。よいことをかんがえつくと、エジソンを中心に、工場の全員(ぜんいん)がそれに力をいれます。
「エジソンの工場のとけいには、針(はり)がなかった。」ということばがあります。2つまり、その工場では、みんな、時間をわすれてはたらいたのです。
 エジソン自身(じしん)が、時間などからはなれてしごとにうちこむ人でした。六十時間ぶっつづけでしごとにとりくんだことさえあります。3みんな、エジソンをそんけいしていましたから、だれ一人もんくをいうものはなかったのです。
 エジソン工場の一室に、そこをかりて実験(じっけん)室にしている発明(はつめい)家がいました。4かれは助手(じょしゅ)を一人つかっていましたが、この助手(じょしゅ)のはたらきぶりは、じつにたいへんなものでした。
 エジソンは、ある日、この助手(じょしゅ)を、そっとよびました。
「きみ、いまいくらではたらいていますか。」
「週二十一ドル五十セントです。」
5「どうだろう。六十ドルだすが、わたしのところの工場かんとくにきてもらえないだろうか。」
 男はためらいました。
「さあ、……わたしにつとまるかどうか……。」
 しかし、エジソンは、むりやりにしょうちさせて、二つの工場をかんとくさせました。
6「わたしは、これほどの実行(じっこう)力のある人を見たことがない。」
と、エジソンはかたっていますが、かれは三か月のうちに、工場の生産(せいさん)を二ばいにあげてしまいました。べつに、あたらしい機械(きかい)や人手をふやしたわけではありません。7ただ、機械(きかい)をはやくつかうことを実行(じっこう)したのです。
 まだ二十五さいのエジソンでしたが、もう、これだけ、人を見ぬく力をもっていたのです。そうして、かれとその工員(こういん)たちは、つぎつぎに発明(はつめい)し、それを、つぎつぎに製品(せいひん)にして、町におくりだしたのです。
 8アメリカの特許(とっきょ)局(きょく)では、エジソンのことを、「特許(とっきょ)局(きょく)への道があつくなるほどやってくる青年」とよびました。はじめて特許(とっきょ)を
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申請(しんせい)した一八六八年から、一九一〇年の夏までに、エジソンの名でだされた特許(とっきょ)ねがいが千三百二十八。9へいきんすると一年間に三十二、つまり、十一日ごとに一つの発明(はつめい)が生まれていたことになります。
 いちばんはげしかったのは、一八八二年でした。その一年間に、特許(とっきょ)ねがいが百四十一、許可(きょか)されたのが七十五。計算すると、三日に一つの新発明(はつめい)が生まれたことになります。0

(「エジソン」 崎川(さきかわ)範行(のりゆき)著(ちょ) 講談社(こうだんしゃ) 火の鳥伝記(でんき)文庫(ぶんこ)より)
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a 長文 11.3週 su2
 1その日も、実験(じっけん)につかれて頭をかかえこんでいましたが、ふと、ゆかの上を見たエジソンは、おもわず、あっと声をあげました。
「そうか、そうか……どうして、こんなことに気がつかなかったのだろう!」
 それは、もめんの糸くずでした。
 2エジソンは、もめんのぬい糸を手ごろのながさにきり、タールとすすをまぶしてニッケルにのせ、そうっと炉(ろ)にいれてやきました。
 むねをおどらせながら、とりだしてみると、ああ、なんというよろこび! 3おもったようにほそい炭素(たんそ)線が、みごとにできていたのです。
 エジソンは、もうむちゅうでした。それから二日がかりで、この炭素(たんそ)線を、輪(わ)にしたり、ばてい形にしたりして、ガラス球(だま)の中にふうじこみました。4そして、ゆっくりゆっくり空気をぬき、百万分の一気圧(きあつ)の真空(しんくう)にしました。
「できたぞ! できたぞ!」
 おもわずさけぶエジソンを、所員(しょいん)たちがとりかこみました。5みんなが、じっといきをつめて見つめる中で、エジソンはその電球(でんきゅう)を注意(ちゅうい)ぶかく電線につなぎ、ふるえる手でスイッチをいれました。
「わあっ!」
 それは、文明のあけぼのをつげる歓声(かんせい)でした。
6「おめでとう!」
「おめでとう!」
 みんなは、かわるがわるエジソンの手をにぎりしめました。エジソンは、ひとことも声がだせず、ただじっと、世界(せかい)さいしょの電灯(でんとう)を見つめていました。
 7一八七九年の十月二十一日のことでした。十月二十一日――それはいまでも、「エジソン記念(きねん)日」とされています。
 この電灯(でんとう)は、四十五時間かがやきつづけてきえました。そのあいだ、だれもが、まる二日間、ねようともしなかったのです。8エジソンは、くずれるようにたおれ、そのまま二十四時間ねむりつづけました。
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「メンロパークの魔術(まじゅつ)師(し)が、とうとう電灯(でんとう)を発明(はつめい)したそうだよ。」
 世間(せけん)は、もう大さわぎです。新聞は、毎日のように大きくかきたてました。
 9そして、この年の大みそか。研究所(けんきゅうじょ)の庭(にわ)の木という木には、何百こという電球(でんきゅう)がつけられました。所員(しょいん)が総(そう)がかりでととのえた展覧(てんらん)会です。
 ニューヨークからは、臨時(りんじ)特別(とくべつ)列車(れっしゃ)が人々をはこびました。0そうしてあつまった何千という人たちの頭の上で、世紀(せいき)の光が、まばゆいばかりにかがやいたのです。
 やがて、新年をつげる教会のかねがなりはじめました。そのときだれからともなく、
「エジソン、ばんざい!」
という声があがりました。観衆(かんしゅう)のどよめきは、いつまでもいつまでも、こだましました。

(「エジソン」 崎川(さきかわ)範行(のりゆき)著(ちょ) 講談社(こうだんしゃ) 火の鳥伝記(でんき)文庫(ぶんこ)より)
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a 長文 11.4週 su2
 1学問(がくもん)の神様(かみさま)として知られている天神(てんじん)様(さま)は、平安(へいあん)時代(じだい)に生きた文人、菅原道真(すがわらのみちざね)のことです。
 道真(みちざね)は、すぐれた学者(がくしゃ)、文学者(しゃ)、そして政治家(せいじか)でもありました。2幼い(おさな )ころから優秀(ゆうしゅう)で、五歳(さい)で和歌(わか)を詠ん(よ )だとされています。難しい(むずか  )試験(しけん)にも若くして(わか   )合格(ごうかく)し、当時の天皇(てんのう)にたいそう気に入られて、家柄(いえがら)からすると異例(いれい)の出世(しゅっせ)をしました。ところが、この出世(しゅっせ)が周囲(しゅうい)のねたみを買い、告げ口(つ ぐち)によって北九州(きたきゅうしゅう)に追いやら(お   )れてしまいました。
 3道真(みちざね)が都(みやこ)を去る(さ )ときに詠ん(よ )だ歌は、よく知られています。
 東風(こち)吹か(ふ )ば にほひおこせよ梅(うめ)の花 あるじなしとて 春な忘れ(わす )そ
4「なじみの梅(うめ)の花よ、春を告げる(つ  )風が吹い(ふ )たなら、いつものように咲い(さ )てそのかぐわしい香り(かお )を遠くに流さ(なが )れた私(わたし)にまで送っ(おく )ておくれ。私(わたし)がいないからといって春を忘れ(わす )てはいけないよ」という意味(いみ)です。
 5道真(みちざね)は失意(しつい)の中、二年後に亡くなり(な   )ました。その死後(しご)、都(みやこ)ではさまざまな異変(いへん)が起こり(お  )ました。道真(みちざね)を陥れ(おとしい )た政治家(せいじか)たちが次々(つぎつぎ)と亡くなり(な   )、疫病(えきびょう)がはやり、雷(かみなり)が宮中(きゅうちゅう)に落ち(お )ました。6人々は道真(みちざね)の怨霊(おんりょう)のしわざだと恐れる(おそ  )ようになりました。そして、その怒り(いか )を鎮める(しず  )ために北野天満宮(てんまんぐう)が作られたのです。こうして道真(みちざね)は神様(かみさま)として祀ら(まつ )れるようになりました。
 7その後、道真(みちざね)は、学問(がくもん)の神様(かみさま)、天神(てんじん)様(さま)として信仰(しんこう)を集める(あつ  )ようになっていきます。庶民(しょみん)の間で学問(がくもん)の神様(かみさま)としての信仰(しんこう)が広まったのは、江戸(えど)時代(じだい)の寺子屋(てらこや)がさかんになったころでした。8寺子屋(てらこや)には必ず(かなら )天神(てんじん)様(さま)の像(ぞう)が掲げ(かか )られていました。毎月の天神(てんじん)様(さま)の縁日(えんにち)には、寺子屋(てらこや)の生徒(せいと)たちが近所(きんじょ)の神社(じんじゃ)にお参り( まい )することになっており、正月の初(はつ)天神(てんじん)の時の行事(ぎょうじ)は、父兄参観(さんかん)の文化(ぶんか)祭(さい)といったような
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大きなイベントでした。9このころから、今の合格(ごうかく)祈願(きがん)の神様(かみさま)としての性格(せいかく)が定まっ(さだ  )てきたようです。
 早い春のころ、北野天満宮(てんまんぐう)にはたくさんの梅(うめ)の花が香り(かお )高く咲き(さ )ます。0ちょうどその時期(じき)は受験(じゅけん)シーズンで、多くの人々が訪れ(おとず )ます。「学問(がくもん)に王道なし、日頃(ひごろ)からまじめに勉強(べんきょう)に取り組む(と く )ほか、道ざ、ねぇ」と、天神(てんじん)様(さま)は私(わたし)たちを見守っ(みまも )てくれているかもしれません。

 言葉(ことば)の森長文作成(さくせい)委員(いいん)会 α
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 1人類(じんるい)の歴史(れきし)の中でも、くらべる人がないほど、たくさんの発明(はつめい)をなしとげたエジソンですが、そのしごとを成功(せいこう)させたのは、いうまでもなく、エジソンをたすけたメンロパークの研究所(けんきゅうじょ)の人々です。
 2いいかえれば、エジソンは、これだけのすぐれた人を見つける才能(さいのう)と、それをあつめ、そだてる力と、そして、それをまとめていく徳(とく)とをそなえていたのです。3それなしには、いくら天才的(てき)な頭脳(ずのう)や、おどろくべきにんたい、つかれを知らない体力をもっていたエジソンでも、あれだけのしごとをなしとげることはできなかったにちがいありません。
 4研究所(けんきゅうじょ)の中には、七つのたてものがあって、木造(もくぞう)の大きな二階(かい)だての研究所(けんきゅうじょ)を中心に、所員(しょいん)たちとその家族(かぞく)の家や、娯楽(ごらく)室・倉庫(そうこ)などが、ずらっとならんでいました。
 5中心の研究所(けんきゅうじょ)の中には、実験(じっけん)室のほかに事務(じむ)室があって、エジソンの電信(でんしん)手時代(じだい)からの友だちのグリフィンがしごとをしています。
 グリフィンは、エジソンの秘書(ひしょ)役(やく)で、この人のいそがしさは、じつにたいへんなものでした。6特許(とっきょ)の事務(じむ)、山のような通信(つうしん)文、会計事務(じむ)――それらをぜんぶひきうけて、旧友(きゅうゆう)エジソンのために、ほねみをおしまず、はたらきつづけたのです。
 7二階(かい)は、実験(じっけん)室です。おもな機械(きかい)や実験(じっけん)器具(きぐ)はぜんぶここにあって、エジソンとその助手(じょしゅ)たちが、朝はやくから夜おそくまで、ねっしんにしごとをしていました。白熱(はくねつ)電球(でんきゅう)が生まれたのも、この実験(じっけん)室です。
 8一階(かい)は、試験(しけん)室で、れんがづみの台があって、その上せいみつな測定(そくてい)をする電流(でんりゅう)計やてんびんなどがのせられています。
 一すみは、化学(かがく)実験(じっけん)室にしきられ、ハイドがその係(かかり)です。
 9研究所(けんきゅうじょ)のとなりのたてものが機械(きかい)工場で、ボイラー室とエンジン室があってエジソンの設計(せっけい)するあらゆる機械(きかい)がつくられるので
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す。ドイツ生まれのクルージが主任(しゅにん)です。エジソンのさいしょの蓄音機(ちくおんき)を、みごとにつくりあげた人です。0スイスでせいみつな技術(ぎじゅつ)教育(きょういく)をうけたクルージは、エジソンにとって、かけがえのないだいじな人でした。
 かけがえのない人といえば、数学者(しゃ)のアプトンもそうです。プリンストン大学をでて、ドイツでゆうめいな物理(ぶつり)学者(がくしゃ)ヘルムホルツについて勉強(べんきょう)した人ですが、数学がにがてだったエジソンですから、この人にどれだけたすけられたかわかりません。
 こうした専門(せんもん)家たちが、それぞれに助手(じょしゅ)をひきいてしごとをすすめたのです。

(「エジソン」 崎川(さきかわ)範行(のりゆき)著(ちょ) 講談社(こうだんしゃ) 火の鳥伝記(でんき)文庫(ぶんこ)より)
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 1そこでエジソンは、とうとうかるい蓄電池(ちくでんち)の研究(けんきゅう)にとりかかることになりました。
 さて、研究(けんきゅう)に手をつけてみると、いままでだれも手をださなかったわけです。それは、おそろしくむずかしいしごとでした。2なまりいがいのあらゆる金属(きんぞく)をつかい、あらゆる薬品(やくひん)をつかって、実験(じっけん)をこころみてみましたが、どうしてもうまくいかないのです。
 ある日、友人のビーチという人がやってきました。3この人はのちに、ゼネラル電気会社の電気鉄道(てつどう)課(か)のしごとをした人ですが、エジソンの蓄電池(ちくでんち)の研究(けんきゅう)のことをたずねて、
「おもいのほかむずかしい問題(もんだい)らしいね。さすがのきみも、よわったろう。」
といいました。4すると、エジソンがこたえました。
「ビーチくん、わたしは、よい蓄電池(ちくでんち)のひみつをあかしてくれないほど、神さま(かみ  )はふしんせつじゃないとおもうね。」
「じゃあ、このひみつのかぎは、どうしたら見つかるというんだね。」
5「もうれつにかんがえたうえで、もうれつに実験(じっけん)をやってみることさ。」
 だが、エジソンの研究(けんきゅう)も、しっぱいのれんぞくでした。月日はどんどんと、たっていきます。それでもエジソンは、気をおとしません。
6「きょうのしっぱいは、あすはとりかえせる。あすだめならあさってとりかえす……。」
 いつも希望(きぼう)をすてません。朝から晩(ばん)まで、硫酸(りゅうさん)・硝酸(しょうさん)・化成(かせい)ソーダなどのつよい薬品(やくひん)をいじるエジソンの手は、すっかりあれてしまいました。
 7世界一(せかいいち)の天才発明(はつめい)家が、かんがえにかんがえぬき、たいへんな熱心(ねっしん)さで、しかも、だれもまねのできないほどのしんぼうづよさで研究(けんきゅう)をつづけ、それで一年たっても二年たっても発明(はつめい)できない、かるい蓄電池(ちくでんち)。8そんな研究(けんきゅう)は、はたの人々の目には、まったく不可能(ふかのう)なことととりくんでいるとしか見えなかったのもむりはあり
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ません。
 エジソンといつもいっしょに研究(けんきゅう)をつづけていた一人の所員(しょいん)などは、
「この研究(けんきゅう)は、エジソンがいままでやりとげたぜんぶの研究(けんきゅう)をいっしょにしたのより、もっとたいへんだ。9しかもエジソンは、一つの実験(じっけん)にしっぱいすると、『これで成功(せいこう)に一歩ちかづいた。』というのだ。これほどの努力(どりょく)には、いかなる自然(しぜん)も、根(こん)まけせずにはいられまい。
 0わたしは、エジソン蓄電池(ちくでんち)がうまくいくかどうか知らないが、いずれにしても、もうエジソンは、世界(せかい)的(てき)発明(はつめい)家などというよりも、世界(せかい)の偉人(いじん)だという気がしてきた。」
と、しみじみいったものです。

(「エジソン」 崎川(さきかわ)範行(のりゆき)著(ちょ) 講談社(こうだんしゃ) 火の鳥伝記(でんき)文庫(ぶんこ)より)
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 1エジソンの父の時代(じだい)にはアメリカ独立(どくりつ)戦争(せんそう)があり、自身(じしん)は南北戦争(なんぼくせんそう)のさいちゅうにそだち、戦争(せんそう)のしげきをうけることもおおかったエジソンが、兵器(へいき)の研究(けんきゅう)をしなかったということは、たいへんりっぱな信念(しんねん)をもっていたことをしめすものといえるのです。
 2エジソンは、いろいろな発明(はつめい)につよいきょうみをもち、また、事業(じぎょう)心もなかなかさかんでしたが、じぶんの発明(はつめい)は、あくまで「人類(じんるい)のためにある」、という精神(せいしん)をすてなかったのです。3また、その信念(しんねん)があればこそ、むずかしい研究(けんきゅう)に、あれだけの努力(どりょく)もはらえたのでしょう。
 エジソンはほんとうに平和(へいわ)を愛する(あい  )人でした。そうして戦争(せんそう)をきらっていました。
 4エジソンは、いろいろなべんりな発明(はつめい)で、世界(せかい)の国々がゆたかになれば、戦争(せんそう)などはなくなるものだ、というかんがえをもっていました。電灯(でんとう)・蓄音機(ちくおんき)・映画(えいが)などといった発明(はつめい)には、そのことがよくあらわれています。
 5一九一四年の七月に、ヨーロッパで第(だい)一次(じ)世界(せかい)大戦(たいせん)がはじまりました。
 そのころ、科学や工業(こうぎょう)の研究(けんきゅう)では、世界(せかい)でドイツがいちばんすすんでいました。ことに化学(かがく)製品(せいひん)は、ほかのどの国より、とくにすぐれていました。6ドイツの染料(せんりょう)・医薬(いやく)・ガラス、マグネシウムなどの金属(きんぞく)類(るい)、そういったものを、アメリカの産業(さんぎょう)界(かい)では、ドイツからたくさん輸入(ゆにゅう)していました。
 それが、戦争(せんそう)がはじまると同時に、ぴったりはいってこなくなったのです。7アメリカはまだ、ドイツと戦争(せんそう)はしていなかったのですが、イギリスの海軍(かいぐん)がドイツを封鎖(ふうさ)して、ドイツの商船(しょうせん)のうごきをとめてしまったからです。
 アメリカの工業(こうぎょう)界(かい)は、たいへんこまりました。8ことにおりもの業(ぎょう)やそめもの業(ぎょう)は、ドイツの染料(せんりょう)がはいらなくなっては、どう
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しようもありません。そこでなんとかして、アメリカでその原料(げんりょう)をつくろうと、大いそぎで研究(けんきゅう)しはじめたのです。
 9しかし、おいそれと、すぐにはとてもまにあいません。ことに、エジソンの蓄音機(ちくおんき)工場では、レコードの原料(げんりょう)につかう石炭酸(せきたんさん)が、ぜひ必要(ひつよう)なのですが、ほうぼうの薬品(やくひん)会社に注文(ちゅうもん)してみましても、これから研究(けんきゅう)して製造(せいぞう)をはじめるのだから、すくなくとも一年ぐらいたたなければできないというへんじです。
 0そこでエジソンは、
「よし、それなら、われわれの手でひとつつくってみることにしよう。」
というわけで、すぐ、蓄電池(ちくでんち)のニッケルをつくっていたシルバーレークの化学(かがく)工場をひろげて、その研究(けんきゅう)にとりかかりました。研究所(けんきゅうじょ)の人たちは、はりきって、二十四時間三こうたいで、ぶっつづけのしごとととりくみました。その努力(どりょく)のけっか、それから二十日めには、はやくも石炭酸(せきたんさん)がとれるようになりました。

(「エジソン」 崎川(さきかわ)範行(のりゆき)著(ちょ) 講談社(こうだんしゃ) 火の鳥伝記(でんき)文庫(ぶんこ)より)
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 1二十世紀(せいき)の終わり(お  )ごろ、マダガスカルで、約(やく)七〇〇〇万年前のものと思われるカエルの化石(かせき)が発見(はっけん)されました。その化石(かせき)は、南米にいるツノガエルによく似(に)ていて、しかも体長が五〇センチ、体重(たいじゅう)は四・五キロもあったと思われる大きなものでした。
 2現在(げんざい)生息(せいそく)している世界(せかい)最大(さいだい)のカエルは、アフリカに棲む(す )ゴライアスガエルです。「ゴライアス」というのは、旧約(きゅうやく)聖書(せいしょ)に出てくる巨人(きょじん)、「ゴリアテ」の英語(えいご)風の読み方です。3ゴライアスガエルは、種類(しゅるい)によっては、体長が三〇センチメートルくらい、体重(たいじゅう)は三キログラム近くになります。
 4日本の水族館(すいぞくかん)では、ゴライアスガエルに、餌(えさ)としてハツカネズミを与え(あた )ていますが、一飲みで(の  )食べてしまいます。このカエルは、現地(げんち)では貴重(きちょう)なタンパク源(げん)として食用になっていますが、つかまえるのは大変(たいへん)そうです。
 5さて、新しく見つかった巨大(きょだい)な化石(かせき)のカエルには、「悪魔(あくま)のカエル」という意味(いみ)の名前がつけられました。この「悪魔(あくま)のカエル」は、歯(は)や丈夫(じょうぶ)なあごを持っ(も )ていました。6これによく似(に)たツノガエルが、大きな口で自分の体の半分ほどもあるネズミを飲み込む(の こ )こともあることから、このカエルもかなり大きめの生き物(い もの)をエサとしていたのではないかと考えられています。
 7約(やく)七〇〇〇万年前の地球(ちきゅう)は、白亜紀(あき)でした。ティラノサウルスやトリケラトプスといった恐竜(きょうりゅう)たちが、我が物顔(わ ものがお)に歩き回っていた時代(じだい)です。小型(こがた)の恐竜(きょうりゅう)の赤ちゃんなら、このカエルに食べられてしまったかもしれません。
 8このカエルが生きていた時代(じだい)、まだ人類(じんるい)は出現(しゅつげん)していませんでしたが、もしもいたとしたら、人がカエルに襲わ(おそ )れる、などということもあったかもしれません。9それとも、知恵(ちえ)があって何でも食用にしてしまう人間のことですから、逆(ぎゃく)においしく、「悪魔(あくま)のカエル」をいただいていたのでしょうか。0
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