a 長文 4.1週 ta
1「ああっ、これ、だれがやったの!」
 お母さんのさけび声が聞こえます。だれかって、犯人(はんにん)はぼくだとわかっているのにいつもそんなふうに言うのです。
「うわあ、こんなことするのは、シゲしかいない。」
 2続い(つづ )て聞こえるお姉ちゃんの声もいつもどおりです。二人がキッチンでぼくのことを言っているのが聞こえます。ぼくは、ドラキュラのマスクをかぶって階段(かいだん)のかげにひそんでいて、いつ飛び出し(と だ )て驚か(おどろ )せようかと考えていたのですが、ちょっとひるんでしまいました。3ついにお姉ちゃんが、
「こうなったら、お父さんに言いつけるしかない。」
と言い出しました。
 ぼくは、いたずらが大好き(だいす )です。学校でもうちでも、年がら年中、いたずらのネタを考えています。4人がびっくりしたり、不思議(ふしぎ)そうな顔をしたりするのを見ると、とてもうれしくなります。だから、先生や家族にどんなに叱ら(しか )れても、また次のいたずらを思いついてしまうのです。
 5昨日(きのう)は、トイレットペーパーの内側(うちがわ)にゴムでできたトカゲをはさんで、ペーパーを引き出すとトカゲが落ちてくるようにしておきました。
 また、夜には、キッチンの塩(しお)と砂糖(さとう)の入れ物のフタをとりかえておきました。6塩(しお)が青で、砂糖(さとう)が赤のフタなのを逆(ぎゃく)にしておいたのです。
 そして、今日のいたずらは、お姉ちゃんの問題集のカバーを全科目つけかえたのと、お母さんのショッピングバッグに小さい鉄アレイを隠し(かく )たことです。
 さて、お父さんが出張(しゅっちょう)から帰ってきました。7お姉ちゃんは真っ先にぼくにされたいたずらを言いつけにいきます。
 お父さんは、笑い(わら )ながらそれを聞いていましたが、心配でのぞいていたぼくに気がつくと、
「おっ、いたずら小僧(こぞう)がいたぞ。」
と、ぼくに手招き(てまね )をしました。
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

8そして、
「シゲ、お前のいたずらはスケールが小さいなあ。やるんだったら、もっとでっかいいたずらをやれ。」
と、ぼくのお尻(しり)をたたきました。そして、
「それと、いたずらっていうのは、人を困ら(こま )せるんじゃなくて、喜ば(よろこ )せるものじゃないとな。」
と言いました。
 9おばあちゃんによると、お父さんも相当ないたずらっ子だったようです。ぼくは、うなずきながら、お父さんはどんないたずらをしたのかなと心の中で思いました。0

(言葉の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員会 φ)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 4.2週 ta
 地獄(じごく)の沙汰(さた)も金しだい

 1「沙汰(さた)」とは、結果(けっか)とか取りきめのこと。地獄(じごく)でうけるえんま大王の裁判(さいばん)の結果(けっか)でさえも、お金をだせば有利(ゆうり)になるという意味。そこから、世の中はお金さえあれば、なにごとも思うがままになる、というたとえだ。
 2このように、世の中でお金がいちばん大切、と考える人はたくさんいる。たしかに人間が生きていくのに、お金は必要(ひつよう)なものだ。けれど人には、お金よりもっと大切にしなくちゃいけないものが、あるんじゃないかな。3たとえば、人と仲よく(なか  )平和にくらしていくこととか、まじめに働く(はたら )こととか、正しいと信じる(しん  )ことはつらぬくといったことなどだよ。大人になって、お金だけがすべて、という人間にはなってもらいたくないな。
 4地獄(じごく)ってどんなところか知ってる? 地下の牢獄(ろうごく)のことだ。この世でわるいことをした人間が、死んでからいく場所のこと。えんま大王は、地獄(じごく)でいちばんえらい主だ。死んで地獄(じごく)にきた人間の裁判(さいばん)をする。死者が生きていた時のおこないを裁い(さば )て、罰(ばつ)をきめる。5赤い血の色の衣装(いしょう)をまとって、冠(かんむり)をかぶり、目をいからせて、手には罪人(つみびと)をしばるなわをもっている。えんま大王が裁判(さいばん)をやる時、死んだ者がやったことをしらべるものを、えんま帳というんだ。そばには、命令(めいれい)をうけて罪人(つみびと)をこらしめる鬼(おに)がひかえている。
 6地獄(じごく)のえんま大王がでてくる熊本(くまもと)県のむかし話がある。
 ――むかし、千五郎(せんごろう)という役者がいた。芝居(しばい)がとても上手で、〈千両役者〉といわれたほどだ。ある時、千五郎(せんごろう)はきゅうな病でころっと死んでしまった。
 はだかにされた千五郎(せんごろう)は、くらいところをずんずん歩いていく。7そして、地獄(じごく)と極楽(ごくらく)のわかれ道にきた。えんま大王が、こわい顔をしてすわっていた。
「こらあ、お前は、しゃばではなにをしていたか。」
大王に聞かれ、千五郎(せんごろう)は役者をしていた、とこたえた。
「役者だったら、いまからこの前で、芝居(しばい)をやってみろ。」
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 


8「こんなはだかじゃ、芝居(しばい)をやれません。」
 えんま大王が、どんな衣装(いしょう)でも貸し(か )てやるといったので、千五郎(せんごろう)は、大王の衣装(いしょう)を借り(か )たいと申しでた。大王は、しぶしぶ貸し(か )てくれた。
 千五郎(せんごろう)は大王の衣装(いしょう)を着ると、こしから剣(けん)をひきぬき、大きな声でいった。
9「おおい、赤鬼(おに)、青鬼(おに)ぃ。こっちへきて、その男をつかまえろ。そして地獄(じごく)へ追いやるんだあ。」
 大王はちがうちがうとさけんだが、鬼(おに)たちは大王をひっとらえて地獄(じごく)へ追いやってしまったんだ。そのあと地獄(じごく)の入り口では、千五郎(せんごろう)がずっとえんま大王をやっているそうな。0

 「常識(じょうしき)のことわざ探偵(たんてい)団(だん)」(国松(くにまつ)俊英(としひで)著(ちょ) フォア文庫)より
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 4.3週 ta
 ミイラ取りがミイラになる

 1ミイラを取りにいった人が、目的(もくてき)をはたせずに、自分もそこで死んでミイラになってしまうこと。そこから、帰ってこない人をつれもどしにいった人が、自分もそこにとどまってしまって、帰ってこないことをいうよ。2また、相手を説得(せっとく)しようとした人が、かえって相手とおなじ考えになってしまう、という意味にもなる。
 「ミイラ」って知ってるよね。乾燥(かんそう)したまま、長いあいだ元の形をたもった死体のことだ。死体の水分が、五〇パーセント以下(いか)になるとできる。3高い温度で乾燥(かんそう)した場所とか風とおしのいい場所の死体は、ミイラになりやすいんだって。
 古代エジプトでは、人工的(てき)にミイラを作った。王様などが死んで三千年たつと、その人の霊魂(れいこん)が肉体にもどってきて死んだ人は復活(ふっかつ)すると信じ(しん )られていたんだ。4だから、死んだ王様はかならずミイラにした。死者が旅をしているあいだも、王様らしく生活するため、王族やけらいはもちろんのこと、愛犬(あいけん)までミイラにしたんだよ。東アフリカのブガンダ王国(現(げん)ウガンダ共和(きょうわ)国)、オーストラリアの原住民(げんじゅうみん)、アメリカインディアンなども、死者のミイラ作りをやったよ。5日本では、岩手県の中尊寺(ちゅうそんじ)にある藤原清衡(ふじわらのきよひら)のミイラが有名だ。
 中世から十八世紀(せいき)のヨーロッパでは、このミイラが〈医薬品〉としてもてはやされた。ミイラをくだいて粉(こな)にしたものを、けがした人や病気の人にのませると、とてもききめがあるといわれた。6ミイラ作りには、瀝青(れきせい)(アスファルト、石油、天然(てんねん)ガスなどの炭化水素(すいそ)化合物をまとめていった言葉)など炭化水素(すいそ)の化合物が使われているので、万病にきく薬になるとされたんだ。
 7そのうち、ききめは「死体自身」にあるといわれ、重罪(じゅうざい)人や自殺(じさつ)者の死体をとってきて、にせの「ミイラ」を作るようになった。でもね、ほんとは「ミイラ」には医薬品としてのききめはないんだって。医師(いし)たちがなんども警告(けいこく)したけど、ミイラの貿易(ぼうえき)や薬の販売(はんばい)は十八世紀(せいき)までつづけられたんだ。
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 


 8日本には、十六世紀(せいき)に薬品〈ミルラ〉として輸入(ゆにゅう)された。打ち身や傷(きず)に、この薬をのむととてもききめがあると、古い本にも書いてある。このミルラ(ポルトガル語)がなまって、ミイラという語になった。
 9ミイラは高価(こうか)な薬品だ。見つけて手に入れると、たくさんお金がもうかる。そのため、ヨーロッパでも日本でも、危険(きけん)を知りながら「ミイラ取り」にいった人がたくさんいたらしい。たとえばエジプトでは、ピラミッドの奥(おく)まではいって、そのままもどれなかった人がたくさんいた。0日本でも、墓(はか)の深い穴(あな)にはいりこんで、でられずに死んだ人が多かったという。ことわざは、そんなところからうまれたと思われるよ。

 「常識(じょうしき)のことわざ探偵(たんてい)団(だん)」(国松(くにまつ)俊英(としひで)著(ちょ) フォア文庫)より
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 4.4週 ta
長文が二つある場合、読解問題用の長文は一番目の長文です。
 連日(れんじつ)の梅雨(つゆ)空です。いまも雨こそふってはいませんが、空は、むらなく、うすいグレー一色にぬりつぶされています。
「おーい、美奈代(みなよ)!」
 男の子の声がとんできました。
 運動場をまっすぐにつっきってかけてくるのは、となりのクラスの岩田勇(いさむ)。赤ゴリラというあだ名そのままの体形で、リンゴのような赤いほっぺたが近づいてきます。
 美奈代(みなよ)と菊菜(きくな)は、べつにふりむきもせず校門にかかりました。
「美奈代(みなよ)、美奈代(みなよ)! おまえを呼ん(よ )だんだぞ!」
 勇(いさむ)は、息をはずませながら、
「呼ば(よ )れたら、立ち、どまるとか――へ、返事を、する、とか、しろ。美奈代(みなよ)。」
「気やすく呼ば(よ )ないでね。」と、美奈代(みなよ)は、そっけなく、「で、なんの用?」
「まず、こっちを、見なよ。」
と、勇(いさむ)は、ふざけました。
「相手にしない、しない。」
と、菊菜(きくな)が美奈代(みなよ)に注意しました。
「三枝(さえぐさ)さん、そういういい方って失礼(しつれい)だと思いますよ。」勇(いさむ)は、わざとじろりと菊菜(きくな)をにらんでから、「うちの先生が呼ん(よ )でるよ、美奈代(みなよ)。うそじゃないから教室のほうを見なよ。」
 美奈代(みなよ)は校舎(こうしゃ)をふりむきました。すると二階から南野先生が、たしかに手まねきをしていました。
「な、そうだろ。」
「キク、待ってて。」
 美奈代(みなよ)は菊菜(きくな)にいいのこして、運動場をかけもどりました。

(福永(ふくなが)令三(けいぞう)「クレヨン王国の赤トンボ」
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

 1「自然(しぜん)ってどんな色?」と聞かれたら、何と答えるだろう? たいていの人は、緑色と答えるにちがいないし、実際(じっさい)みんなそう思っている。だから「水と緑の町づくり」などという標語(ひょうご)がそこらじゅうに掲げ(かか )られているのである。
 2目に入る「自然(しぜん)」が一望(いちぼう)の砂(すな)である砂漠(さばく)の国でも、水と緑はオアシスの象徴(しょうちょう)であり、人々はそこに安らぎを感じる。だから水と緑は、人間という動物にもともとしっかり結びつい(むす   )ているものであるらしい。
 3たぶんそういう理由からだろう、かつてはずいぶんこっけいなこともおこなわれていた。道路を作るので、草木の緑におおわれた丘(おか)に切り通しを作る。新しい道の両側(りょうがわ)は、赤茶けた土そのままの崖(がけ)で、何ともうるおいがないし、荒れ(あ )た感じがする。4それにいつ土が崩れ(くず )てくるかもわからないから、がっちりとコンクリートでおおってしまう。そうなると、ますます味気ない。そこで、とにかく緑にしようということで、コンクリートを緑色に塗っ(ぬ )たのである。
 確か(たし )に少し遠くからは緑にみえる。5けれど、所詮(しょせん)はペンキで緑色に塗っ(ぬ )ただけである。人間の感覚(かんかく)はこんなことでは欺(だま)されないはずだ。
 昔、モンシロチョウで実験(じっけん)してみたことがある。ケージの地面にいろいろな色の大きな紙を敷き(し )、チョウがどの色の紙の上をよく飛ぶ(と )かを調べたのだ。6やはり緑色の紙の上を、もっとも好ん(この )で飛ぶ(と )ようであった。なるほど、チョウは緑色であれば紙でもいいのだな、とぼくは思った。
 けれどこれは、チョウチョにはたいへん失礼(しつれい)な思いちがいであった。7ほんものの草を植えた植木鉢(うえきばち)をたくさん並べ(なら )たら、チョウは緑色の紙など見向きもせず、ほんものの草の上ばかりを飛ん(と )だのである。
 コンクリートを緑色に塗る(ぬ )のはその後まもなくやめになった。やはりほんものの草でなければ、ということは誰(だれ)にでもすぐにわかっ
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
長文 4.4週 taのつづき
たからだろう。
 8だが、それでどうなったか? 次の方法(ほうほう)は、道路わきの斜面(しゃめん)(法面(のりめん))に牧草(ぼくそう)のたねを播く(ま )ことであった。こうして多くの高速道路の両側(りょうがわ)が、外国産(こくさん)の牧草(ぼくそう)でおおわれる始末(しまつ)となった。
 それは見るからにモダンな、最新(さいしん)のハイウェイという印象(いんしょう)を与え(あた )たことはたしかだったが、人工の産物(さんぶつ)であることも明らかであった。9それはどことなくよそよそしい、疑似(ぎじ)自然(しぜん)なのだ。
 同じような擬似(ぎじ)自然(しぜん)は、どこにでも見ることができる。
 かつてアフリカのモンバサに行ったときもそうだった。いかにもモンバサらしい熱帯(ねったい)の風景(ふうけい)の中で、ぼくはついに虫を一匹(ぴき)も見ることはできなかった。0ホテルの人にたずねたら、たえず殺虫(さっちゅう)剤(ざい)を撒い(ま )て、蚊(か)を退治(たいじ)していますから、ということだった。
 これも作られた疑似(ぎじ)自然(しぜん)である。昼になれば時折(ときおり)どこからかチョウチョが飛ん(と )でくるけれども、それも偶然(ぐうぜん)のことにすぎない。南の色濃い(いろこ )植物たちがぼくらを包ん(つつ )でいるけれども、それはあたかも観葉植物(かんようしょくぶつ)園の中にいるのとほとんど同じことだ。観光(かんこう)客たちはこういう場所にきて、熱帯(ねったい)の気分を満喫(まんきつ)して帰る。もちろんそれはけっこうなことだけれど、なんだか変(へん)である。
 水と緑のあるゆとりの町づくり、自然(しぜん)とのふれあい、自然(しぜん)との共生(きょうせい)……ことばはさまざまにあるが、意味しているところは同じである。美しく管理(かんり)され、不愉快(ふゆかい)な「雑草(ざっそう)」もなく、いやな虫もいない、疑似(ぎじ)自然(しぜん)。それをところどころにとり込ん(こ )だ町。つまりそういう町を作ろうということである。
 そこにあるのは「美しい自然(しぜん)」「調和のある、やさしくてゆとりのある平和な緑」という幻想(げんそう)だけだ。日本人は昔から自然(しぜん)を愛し(あい )た、などという誤っ(あやま )た思い込み(おも こ )に陥ら(おちい )ぬよう、もう少し醒め(さ )た認識(にんしき)が必要(ひつよう)なのではないか。
 (日高敏隆(としたか)『春の数えかた』)
 999897969594939291908988878685848382818079787776757473727170696867 


□□□□□□□□□□□□□□
 
a 長文 5.1週 ta
1「クロちゃん、どこ。」
「クロちゃあん。」
 私(わたし)は、大きな声で名前を呼び(よ )ながら、脱走(だっそう)したクロちゃんを探し(さが )ます。クロちゃんは、手のひらサイズのジャンガリアンハムスターです。2毎朝、登校前のケージのそうじで、ちょっと気を許す(ゆる )と、するっと外に出て全速力でどこかへ行ってしまうのです。ハムスターは、せまいところが大好き(だいす )で、家具の間などにどんどん入ってしまいます。3出られなくなったら大変(たいへん)です。私(わたし)は、そんなとき、クロちゃんの大好物(こうぶつ)のひまわりの種(たね)の入った紙袋(かみぶくろ)を持ってカシャカシャと振り(ふ )ます。すると、種(たね)がもらえると思うのか、どこからかクロちゃんは出てきます。4小さな足でちょこちょこ歩く姿(すがた)を見ると、脱走(だっそう)したことを怒る(おこ )ことなどできません。
 私(わたし)のお母さんも動物好き(す )で、子供(こども)のころはインコ、文鳥、柴犬(しばいぬ)、ニワトリ、金魚、カメなどを飼っ(か )ていたそうです。5私(わたし)くらいのときは、毎朝欠かさ(か  )ず五時に起きて、犬の散歩(さんぽ)、鳥小屋のそうじ、いろいろな生き物のえさやりをしていたと言います。
「自分で飼う(か )と決めたのだから、ちゃんと世話しないとね。だから一日も休まなかったよ。」
と、お母さんは言いました。
 6クロちゃんは、私(わたし)が誕生(たんじょう)日にほしいと言って買ってもらったハムスターです。確か(たし )そのとき、
「ちゃんと自分で飼う(か )から。世話もきちんとするから。おねがい。」
と、私(わたし)も言ったような気がします。
 7クロちゃんは、体がとても小さいので、たぶん脳みそ(のう  )も小さいと思います。けれども、私(わたし)の気持ちをよくわかってくれるような気がします。8私(わたし)が叱ら(しか )れたり、友だちとけんかしたりして悲しい時、じっとこちらを見て、「大丈夫(だいじょうぶ)」と声をかけてくれているみたいです。
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

 9私(わたし)は学校でも、クロちゃん、どうしているかなあ、さみしがっていないかなあといつも気にしています。時々、面倒(めんどう)になることもあるけれど、朝のクロちゃんの世話を苦労(くろう)だと思わずに、これからも続け(つづ )ていこうと思っています。0

(言葉の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員会 φ)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 5.2週 ta
 転んでもただでは起きぬ

 1つまずいてころんでも、ころんだところにおちているものをひろってから起きあがる、という意味だ。そこから、たとえ失敗(しっぱい)したとしても、その失敗(しっぱい)をむだにしないで役にたて、利益(りえき)をあげようとする。2欲(よく)がふかくて、どんな時でも自分の得(とく)になるようにすること。ぬけ目のない人をあざわらっていうことばだ。
 これは、古くからあったことわざらしい。「転んでも土」とか、「こけてもただでは起きぬ」、「こけても砂(すな)」、「こけても馬のくそ」といったように、おなじ意味のことわざがいくつもある。3むかしは、馬のくそも畑のいい肥料(ひりょう)になったから、ひろってもって帰ったんだね。「こけた所で火打ち石」は、ころんだら、そこにおちている石の中から、火打ち石になるようなかたい石をひろってからたちあがったという意味だ。4ほんとに、ただでは起きないたくましさを感じることわざだ。
 むかし話に「わらしべ長者」というのがある。この話にでてくる男は、ころんでもただでは起きなかったことから、幸運がはじまるんだ。
 ――むかし、京の町にとても貧乏(びんぼう)でしようのない男がいた。5大和(やまと)の国、長谷(はせ)の観音(かんのん)様におまいりして、どうかお助けくださいとたのんでいた。すると、ある夜の明け方、観音(かんのん)様が夢(ゆめ)にあらわれていわれた。「都へ帰るとちゅう、どんなものでも手にはいったものを、大切に思ってもって帰りなさい。」
 6男はお寺の門からでようとして、ころんでしまった。起きあがって気がつくと、一本のわらしべをひろってつかんでいた。男は、このわらしべが観音(かんのん)様のいわれたものだと思い、すてずに歩きはじめた。
 7男は、飛ん(と )できたアブを、そのわらでむすんでもっていた。すると、牛車(ぎっしゃ)に乗ってきた高貴(こうき)な人の子が、すごくほしがった。アブのわらしべをあげると、みかん三つをくれた。少しいくと、のどがかわいて歩けなくなった女の人がいてみかんをあげるとよろこんで、三反(たん)の布(ぬの)をくれた。
 8またいくと、たおれた馬の処分(しょぶん)にこまっている武士(ぶし)がいた。男
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

は三反の布(ぬの)をあげて馬をもらった。もう動かないと思っていた馬は、しばらくすると息をふき返した。男は、その馬に乗って京の町へ帰ってきた。町の入口までくるとひっこしで大さわぎしている家がある。9その家では、いい馬がほしいと思っていたので、馬を買ってくれた。代金は近くにある田だった。そして、その家にしばらく住んでほしいとたのまれた。その家主は何年たっても帰ってこず、とうとう大きな家まで男のものになった。ころんでつかんだ一本のわらしべが、その先で大きな家や田になることもあるんだよ。0

 「常識(じょうしき)のことわざ探偵(たんてい)団(だん)」(国松(くにまつ)俊英(としひで)著(ちょ) フォア文庫)より
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 5.3週 ta
急がばまわれ

 1いそぐ時には、少しくらい危険(きけん)があっても、近道をとおりたくなる。けれどそれが失敗(しっぱい)する原因(げんいん)になる。だから、時間がかかってめんどうでも、安全な道やたしかな方法(ほうほう)を選ん(えら )だ方が、けっきょくは得(とく)なことになるんだ。
 2ことわざのもとになったのは、平安時代に源俊頼(みなもとのとしより)が作ったこんな和歌だ。
 武士(もののふ)の矢馳(やばせ)の船ははやくとも急がばまわれ瀬田(せた)の長橋
 歌の意味は、大津(おおつ)へいくのには、びわ湖の岸の矢馳(やばせ)からでる舟(ふね)に乗っていけばはやい。でもいそぐのなら舟(ふね)にのらず、湖岸の道をとおり瀬田川(せたがわ)の橋を渡っ(わた )て陸(りく)の道をいった方がいいよ、というんだ。
 3矢馳(やばせ)というのは地名で、矢橋とも書く。滋賀(しが)県草津(くさつ)市のびわ湖の岸のあたりのことだ。古くからここには、大津(おおつ)までの渡し舟(わた ぶね)の便(びん)があったんだ。陸(りく)の道をいくと、びわ湖の南岸をぐるっとまわり、瀬田川(せたがわ)の長い橋を渡ら(わた )なければならない。かなり時間がかかる。4それにくらべ、湖上をいけば近道になる。むかいの大津(おおつ)まで直線距離(きょり)でいくから、うんとはやかったんだ。
 しかし渡し舟(わた ぶね)でいくのは、いろいろ危険(きけん)があった。ちょっと強い風が吹い(ふ )たりすると、流されてなかなか大津(おおつ)につけない。5また、この舟(ふね)は小さなものだったから、大きな波にかんたんに転ぷくすることもあったんだ。いそぐので舟(ふね)に乗ったのに、大津(おおつ)につけずひき返したり、舟(ふね)がひっくりかえっておぼれ死んだり、こわい目にあう人がたくさんいた。
 6この歌の中で「急がばまわれ」のことばだけがひろまっていき、ことわざとしていまものこっているんだ。これは、さいしょは道についていったんだけど、その後は生活のいろんなことについてもいわれるようになったんだ。
 7だれでも、少しでもはやくしごとをすませたいから、ついはやくできる方法(ほうほう)をやろうとする。でもいそいでやろうとすれば、はや
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

くやることばかりに気をとられて、一つ一つたしかめたり、ゆっくり考えたりしない。8その結果(けっか)、やり方をまちがえたり、とんでもない失敗(しっぱい)をすることになるんだ。
 たとえば、テストがそうだね。ぼくは、学生の時に「急がばまわれ」のことわざをわすれていたので、なん度も失敗(しっぱい)したよ。9テストを時間内にはやくやろうといそぐあまり、問題をしっかり読まずに答えを書くことがあったんだ。はやくできて得意(とくい)になって提出(ていしゅつ)したのはいいけど、十問のうち正しい答えははんぶんもなかった。0それなら、問題をていねいに読んで、よく考えてたしかな答えを書いていった方がよかったんだ。七問しか答えが書けなかったとしても、正解(せいかい)だったらその方がいいものね。

 「常識(じょうしき)のことわざ探偵(たんてい)団(だん)」(国松(くにまつ)俊英(としひで)著(ちょ) フォア文庫)より
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 5.4週 ta
長文が二つある場合、読解問題用の長文は一番目の長文です。
 ぼくの友だちにも、たいていおじさんがいる。おじさんというのは、つまり両親の兄弟ということで、ぼくたちは、そのおじさんのオイ、女だったらメイということなのだそうだ。
 話をきいてみると、友だちのおじさんは、けっこういいおじさんだという。どこからどこまでいいおじさんというわけにはいかないが、あるおじさんは宿題を教えてくれる。あるおじさんはいっしょに動物園へつれていってくれる。あるおじさんはお小遣い(こづか )をくれる。
 なかにはスポーツマンのおじさんがいて、そのおじさんは有名なスキーの選手(せんしゅ)なのだそうだ。ジャンプの名手で、全日本大会とかいうと、そのおじさんは一等か、二等か、まかりまちがっても三等になる。一等のときは新聞に写真がでる。三等のときだって、ちゃんと名まえだけはでる。
 そういうおじさんを持った友だちは、ほんとうに幸福だとぼくは思う。いっしょにスキー場へ行けば、どんなにか得意(とくい)だろう。日本一か日本三の選手(せんしゅ)に、手をとってスキーを教えてもらえるからだ。
 けれども、友だちにきくと、実際(じっさい)はそんなことはないそうだ。スキーを教えてくれるなんて、とんでもない。そのおじさんは自分の練習にいそがしくて、オイやメイのことなんかかまっていられないそうだ。

(北杜夫(もりお)「ぼくのおじさん」)
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

 1あらためてわが日本語をかえりみると、ただちに気付く(きづ )のが「わたし」という一人称(いちにんしょう)の多様さである。日本語ほど一人称(いちにんしょう)代名詞(だいめいし)に多くのバラエティを与え(あた )ている言葉はほかにないのではあるまいか。2「わたくし」「わたし」に始まり、「ぼく」、「われ」、「おれ」、「自分」、「手前」、「うち」、「わし」、「それがし」、「吾が(わ )輩(はい)」、「当方」、「こちら」、「小生」、さらに「あっし」とか「あたい」とか、「わて」とか、「おいら」「こちとら」といったものまで加えれ(くわ  )ば、その数、ゆうに二十を越える(こ  )という。3英語(えいご)やフランス語、ドイツ語などでは一人称(いちにんしょう)の代名詞(だいめいし)はそれぞれ、I、Je、Ichたった一語である。それに対して、日本語には、なぜこんなにたくさん「自分」をあらわす言葉があるのか。4それは日本人が他の民族(みんぞく)よりも、ひと一倍「自分」に注意を払い(はら )、「自己(じこ)」に深い関心(かんしん)を持っていることを語っているのだろうか。
 端的(たんてき)にいえばそうである。しかし、だからといって日本人に自我(じが)意識(いしき)が強いとは必ずしも(かなら   )いえそうにない。5いや、むしろ欧米(おうべい)人に対して日本人は「自分」を主張(しゅちょう)することがずっとひかえめであり、日本では「個人(こじん)」という意識(いしき)、「我(われ)」の自覚(じかく)が西欧(せいおう)人にくらべてかなり遅れ(おく )ているというのが「通説(つうせつ)」になっている。6たしかに日本で個人(こじん)主義(しゅぎ)が芽生え(めば )たのは、ようやく第二次大戦(たいせん)後といってもいい。そして現在(げんざい)に至っ(いた )ても「個(こ)」の意識(いしき)はまだまだ希薄(きはく)で、日本の社会全体は画一主義(しゅぎ)で貫か(つらぬ )れている。画一主義(しゅぎ)とは没(ぼつ)個性(こせい)的(てき)ということであり、要するに(よう   )「個(こ)」が「全体」に埋没(まいぼつ)してしまっている状況(じょうきょう)である。7それなのに、日本人が他民族(みんぞく)よりも「自分」に注意を向け、つねに「自己(じこ)」を意識(いしき)しているといえるのだろうか。
 じつは日本人の自己(じこ)意識(いしき)は他民族(みんぞく)、たとえば欧米(おうべい)人のそれとは質的(しつてき)に異なっ(こと  )ているのである。ヨーロッパ人は自分というものを、実体的(てき)にとらえようとする。8自分というのは、それこそ、かけがえのない存在(そんざい)であり、独立(どくりつ)した一個(こ)の人格(じんかく)と信じ(しん )ている。ヨーロッ
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
長文 5.4週 taのつづき
パの哲学(てつがく)が古代ギリシアのむかしから一貫(いっかん)して求め(もと )てきたのは、ただひたすら「自分」というものの本質(ほんしつ)であった。9「なんじ自身を知れ!」というデルフォイの神託(しんたく)を哲学(てつがく)の出発点としたソクラテス、「われ思う、ゆえにわれ在り(あ )」を哲学(てつがく)の原点に据え(す )たデカルト、「人間とは自分の存在(そんざい)を自覚(じかく)した存在(そんざい)者だ」とするキルケゴール……ヨーロッパの哲学(てつがく)史(し)は、「自分」という実体へ向かっての旅だったといってもよい。0
 それに対して日本人は自分という一個(こ)の人間を実体としてではなく、機能(きのう)として考えてきた。個人(こじん)はけっして単独(たんどく)に存在(そんざい)するのではない。つねに「世間」で他の多勢(おおぜい)の人たちとさまざまな人間関係(かんけい)のなかで生きるのだ――というのが日本人の人間観(かん)の前提(ぜんてい)だった。げんに「人間」という言葉自体がそうした考え方を正直に語っている。この言葉はいうまでもなく中国から受け入れた漢語であるが、この漢語の意味はもともと人間の世界、すなわち「世間」ということなのである。ところがそれが日本ではいつの間にか「人」そのものをあらわす言葉になった。ということは、日本人にとって「世間」も「人」も同一のように思われていたからにちがいない。日本人は社会と個人(こじん)を一体化して考えてきたのである。
 日本人はヨーロッパ人のように自然(しぜん)と対決するのではなく、自然(しぜん)に親しみ、自然(しぜん)に同化することによって安らぎを得(え)てきた。それと同じことが社会についてもいえる。日本人は欧米(おうべい)人のように個人(こじん)を社会に対置(たいち)することなく、世間と自分とをひとしなみに表象(ひょうしょう)してきたのだ。「渡る(わた )世間に鬼(おに)はない」という諺(ことわざ)がその一端(いったん)を語っている。日本の自然(しぜん)が優しい(やさ  )山河(さんが)であるように、日本の世間も――他民族(みんぞく)の社会とくらべれば――結構(けっこう)、心安い社会だったからであろう。

 (森本哲郎(てつろう)『日本語 表と裏(うら)』)
 999897969594939291908988878685848382818079787776757473727170696867 


□□□□□□□□□□□□□□
 
a 長文 6.1週 ta
長文が二つある場合、音読の練習はどちらか一つで可。
1「エリ、バドミントンやるぞ。降り(お )てこい。」
 今週も父の声が響き(ひび )ます。毎週日曜日の朝、私(わたし)は父とバドミントン、テニス、キャッチボールなどをします。2家の前の広場でやるのですが、本当は少し恥ずかしい(は    )気もします。父は、声が大きいので近所中に聞こえるし、隣(となり)のおばあちゃんが必ず(かなら )窓(まど)から顔を出してこう言うのです。
「親子で仲(なか)がいいねえ。」
 3父とのスポーツは、まるで特訓(とっくん)のようです。父は、テニス漫画(まんが)に出てくる鬼(おに)コーチのように私(わたし)をしごきます。だから、冬でも汗だく(あせ  )になります。
 4「エリ、これおいしいぞ。もっと食べろ。」
夕飯(ゆうはん)の時は、自分のお皿から私(わたし)のお皿におかずを移し(うつ )ます。自分の好物(こうぶつ)は、私(わたし)も好き(す )だろうと思い込ん(おも こ )でいるのです。
 5父は出張(しゅっちょう)に行くと、必ず(かなら )おみやげを買ってきます。それは、私(わたし)から見ると大体変(へん)なものです。その地方の名産(めいさん)やお菓子( かし)ではなく、だいぶ前にはやった小物や、学校に持っていけないような変わっ(か  )た文房具(ぶんぼうぐ)、もう遊ばない小さい子用のおもちゃなどです。
 6父は、会社でとてもむずかしい仕事をしている経理(けいり)の専門(せんもん)家なのですが、うちにいるときは、とてもそんなふうには見えません。7昨日(きのう)も
「えっ、今夜はキムチ鍋(なべ)。そりゃ、きむちいい(気持ちいい)。」
などと受けないダジャレを言って、母にジロリとにらまれました。
 8テレビのドラマで見るような格好いい(かっこう  )父親とは違う(ちが )けれど、私(わたし)はそんな父が大好き(だいす )です。いろいろ好き(す )勝手にやっているように見えますが、本当は日曜日の特訓(とっくん)も、体育が苦手な私(わたし)のためにやってくれているのです。
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

 9私(わたし)は、今度の父の日に、秘密(ひみつ)のプレゼントを用意しています。それは自然(しぜん)教室の陶芸(とうげい)コーナーで作った湯のみです。H・Eと父のイニシャルを入れ、大きなハートで囲み(かこ )ました。父がどんな顔をするかとても楽しみです。0

(言葉の森長文(ちょうぶん)作成(さくせい)委員会 φ)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
長文 6.1週 taのつづき
蛙(かえる)の子は蛙(かえる)

 1カエルの卵(たまご)がふ化すると、オタマジャクシになる。オタマジャクシの時は、尾(お)があって、カエルの子どもとは思えない。ナマズの子みたいだ。それが大きくなるにつれ、尾(お)がとれ足がはえて、けっきょくはカエルになる。2そこから、なにごとも子は親に似る(に )ものだ、というんだ。体のことではなくて、人間のなかみとか、心が似る(に )という。あまりいい意味のことわざではなくて、わるい意味に使われるよ。
 たとえば、「あいつのお父さんはなまけ者で、ぐうたらしていたが、蛙(かえる)の子は蛙(かえる)だ。3あいつもやっぱりぐうたらな人間だ」というように使われる。でもことわざの意味をとりちがえて、ほめことばとして使う人もいる。「息子さんは○○大学に入学されたんですか。さすがはあなたのお子さんだ。蛙(かえる)の子は蛙(かえる)ですね」これは、けっしてほめたことにはなっていない。まちがった使い方だ。
 4おなじような意味のことわざに、「瓜(うり)のつるには茄子(なすび)はならぬ」がある。平凡(へいぼん)な親からは、すぐれた子どもはうまれない、という意味だよ。また、「蝮(まむし)の子は蝮(まむし)」というのがある。5これは、親が悪人ならその子はやっぱり悪人だ、ということになる。
 このことわざでは、カエルをすぐれたものとしてはあつかっていない。けれどむかしの日本人は、カエルを神様の使いとしてうやまっていたんだ。6群馬(ぐんま)県では「ヒキガエルは神様のお使いである」といい、千葉県では「オオガマガエルは天神さまのお使いだから、殺し(ころ )てはならない」といったんだ。また福島県・東京都・福井(ふくい)県・和歌山県などでは、「アマガエルは神様のお使い」なので、つかまえてはいけないとか、殺し(ころ )てはいけない、とされていた。7熊本(くまもと)県玉名郡(ぐん)では、「アマガエルは仏(ほとけ)様を背負っ(せお )ているので、殺し(ころ )てはいけない」といわれ大切にされていたんだよ。これは、カエルたちは田んぼに多くすんでいるから、田の神の使いとされていたからだ。
 8「蛙(かえる)の面(つら)に水」ということわざは、どんなことをされても平気なようす。また人からきつく忠告(ちゅうこく)されても、知らん顔して聞こ
 999897969594939291908988878685848382818079787776757473727170696867 

うとしないことをいうんだ。
 9「蛙(かえる)も歌のなかま」というのもある。カエルはあまりいい声ではないが、さかんにカエルの歌をうたっている。鳥も虫も、歌をうたう。そのように、カエルから人間まで、生きものはみんな歌がすきである、という意味だ。ほんとにそうだよ。0だから、小さな生きものとも仲よく(なか  )した方がいいんだ。ことわざの中にも、こんなすばらしいものもあるんだ。

 「常識(じょうしき)のことわざ探偵(たんてい)団(だん)」(国松(くにまつ)俊英(としひで)著(ちょ) フォア文庫)より
 323130292827262524232221201918171615141312111009080706050403020100 
 
a 長文 6.2週 ta
どんぐりの背(せい)比べ(くら )

 1どんぐりは、どれも形や大きさがおなじようで、一つ一つのちがいはよくわからない。そこから、人間をくらべる時に、みんなおなじようでとくにすぐれたものがいないことをいう。
 このことわざは、平凡(へいぼん)なものばかりをくらべる時に使い、すぐれたものをくらべる時には使わない。2クラスの成績(せいせき)で、上位(じょうい)のものは力がそろっていて、だれが一位(い)か二位(い)かわからないような時には、「どんぐりの背(せい)比べ(くら )」とはいわない。どうしてことわざに「どんぐり」がでてきたんだろう?
 それは、どんぐりがとてもありふれた木の実だからだ。3どんぐりは、特定(とくてい)の木の実じゃない。ブナ科ナラ属(ぞく)の木になる実は、みんなどんぐりだ。つまり、カシ、クヌギ、コナラ、ミズナラ、カシワ、といった木になる実はぜんぶ「どんぐり」とよぶんだ。4木の種類(しゅるい)はちがい、幹(みき)や葉の形などはちがっても、その木にできたどんぐりをくらべてみると、みんな似(に)ているように見える。そこから、このことわざがうまれたと思われるよ。
 ところで、宮沢(みやざわ)賢治(けんじ)という人が書いた童話に「どんぐりと山猫(やまねこ)」というのがある。5作品のなかみは、このことわざとつながるところがあるよ。
 ――ある日、一郎(いちろう)のところに、おかしなはがきがきた。それは山ねこからのもので、あした、めんどうな裁判(さいばん)をするからきてくれ、と書いてあった。
 6つぎの日、一郎(いちろう)は、谷川にそって、くりの木、滝(たき)、きのこ、りすなどに道を聞きながら、どんどん山の中に入っていった。そしてかやの森への坂道をのぼると、ぽっかりと草地がひらけていて、そこに山ねこがあらわれた。
 7そこへ、赤いズボンをはいたどんぐりが、いっぱい飛びだし(と   )てきた。どんぐりたちは、だれがいちばんえらいかをあらそっていて、山ねこに裁判(さいばん)してもらっていたのだ。頭がとがったのがいちばんえらいとか、丸いのがえらいとか、大きいのがえらいとか、口ぐちにいいはる。8もう三日も裁判(さいばん)をやってるのに、ちっともおさまらないのだった。
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 


 その日も、みんな自分がいちばんえらいといい、わけがわからなくなってしまった。山ねこはどうしたらいいかをたずね、一郎(いちろう)はこたえた。
9「この中で、いちばんばかで、めちゃくちゃで、まるでなってないようなのがいちばんえらい、といったらどうでしょう。」
 山ねこは、そのとおりどんぐりたちに申しわたした。すると、どんぐりたちはしいんとして、だれもなにもいわなくなった。0裁判(さいばん)はおわった。山ねこは大よろこびで、お礼に金のどんぐりを一升(しょう)くれたのだった。

 「常識(じょうしき)のことわざ探偵(たんてい)団(だん)」(国松(くにまつ)俊英(としひで)著(ちょ) フォア文庫)より
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 6.3週 ta
怪我(けが)の功名(こうみょう)

 1「怪我(けが)」は傷(きず)のことなんだけど、ここでは、あやまちとか過失(かしつ)の意味をさすんだ。「功名(こうみょう)」はてがらとかよい結果(けっか)のこと。つまり、失敗(しっぱい)をしたのにそれがかえってよい結果(けっか)になった、ということ。また、なんの気もなくやったことが、たまたまよい結果(けっか)になった、ことでもある。
 2――Oさんは、でかけようとして玄関(げんかん)をでた。バス停(  てい)の近くまでいったところで、財布(さいふ)をわすれたことに気づいた。あわてて家にもどり、財布(さいふ)をもってでてきたが、バスはいったあとだった。つぎのバスは、十五分たたないとこない。3「だいじな約束(やくそく)なのに、これじゃ、おくれてしまう」
 Oさんは、わすれ物したことをぼやいていた。つぎのバスに乗って、交差点(こうさてん)まできた時だ。パトカーやら救急車(きゅうきゅうしゃ)がきて、大さわぎだった。窓(まど)から見たOさんはびっくりした。4乗りおくれたバスがダンプカーと衝突(しょうとつ)している。けが人もでたようだった。
 「いやあ、よかったあ。もしわすれ物をしていなければ、あのバスに乗って。いまごろ……。」Oさんは、ほーっと大きな息をついた。
 5こんなできごとを「怪我(けが)の功名(こうみょう)」というんだ。
 ドライ・クリーニングの方法(ほうほう)を世界ではじめて見つけたのも、さいしょは失敗(しっぱい)からだった。見つけた人は、フランス・パリの仕たて屋、ジョリー・ベランさんだ。6ドライ・クリーニングとは、水を使わないで、物質(ぶっしつ)をとかす液体(えきたい)を使ってせんたくする方法(ほうほう)だ。一八四八年のある日、ベランさんはテーブルのランプをひっくり返してしまった。ランプのオイルがテーブルにこぼれ、奥さん(おく  )がせんたくしたばかりのテーブルクロスを、ひどくよごしてしまった。
7「まいったなあ。うちのやつが帰ってくるまでに、きれいにしておこう。」
 べランさんは、よごれたテーブルクロスを手にとった。見ると、オイルがこぼれた方がまっ白で、きれいになっている。これはどういうことか。8べランさんの頭に、ひらめくものがあった。
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 


「きっと、ランプオイルには、布(ぬの)をきれいにする力があるのだ。」
 それからべランさんは、実験(じっけん)をくり返し、クリーニングの方法(ほうほう)をマスターしたのだ。9そして仕たて屋をやりながら、ドライ・クリーニングのしごともうけてやるようになった。
 テーブルクロスにオイルをこぼしたばかりに、ベランさんはとっても大きな発見をしたのだ。0

 「常識(じょうしき)のことわざ探偵(たんてい)団(だん)」(国松(くにまつ)俊英(としひで)著(ちょ) フォア文庫)より
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 6.4週 ta
長文が二つある場合、読解問題用の長文は一番目の長文です。
 カバは、昼間はほとんど、水の中にいます。水の中で、昼寝(ひるね)をしたり、のんびりしたりして、じっとしていることが多いのです。
 それで、いつも水の中にいると思われるのですが、カバは、太陽がしずむころになると、水からでて、陸(りく)にあがります。そして夜中に、えさの草を食べ、朝になって太陽がのぼると、また、川の水の中に、はいります。
 カバの皮膚(ひふ)は、ほかの動物よりも、うすくできているので、昼間、陸(りく)にいると、からだの中の水分がでていってしまいます。そのままほうっておくと、からだがかわいてしまって、死んでしまいますから、なるべく水の中にいるようにしているのです。
 また、カバは、体重が二千五百キロから四千キログラムもあるので、水の中のほうが、からだがかるくなり、らくなのです。
 カバの目や耳、鼻は、顔の上のほうにあります。そのため、水の中にいても、目や、耳、鼻のあなだけを、水面からだすことができます。
 ですから、水の中にいても鼻で呼吸(こきゅう)できますし、あやしいものが近づけば、そのけはいを感じることができます。きけんを感じると、カバは、さっともぐります。
 水の中にもぐるときは、鼻や耳のあなをとじます。

(久道(ひさみち)健三(けんぞう)「科学なぜどうして」)
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

 1お茶わん一ぱいでお米は何粒(つぶ)ありますか? 約(やく)三〇〇〇粒(つぶ)(〇・五合)だそうです。私(わたし)が子供(こども)のころ、そのなかにときどきすこし黒い小さな斑点(はんてん)がついた粒(つぶ)が混じっ(ま  )ていました。気がつくと気持ちが悪いので、はしでつまみ出したこともありましたが、たいていは気にしないで食べていました。2親が「とりのぞかないと、おなかが痛く(いた )なるよ」と注意をしたことはなかったからです。いつのまにか、そんな黒い斑点(はんてん)粒(りゅう)はなくなり、真っ白のごはんになりました。
 3斑点(はんてん)粒(りゅう)が混じっ(ま  )ていると、見た目に悪いので、農薬を使って黒い斑点(はんてん)粒(りゅう)がでないようにしているのです。お茶わんに四粒(つぶ)(〇・一%以上(いじょう))あると、二等米に格下げ(かくさ )になり、値(ね)が下がってしまうのです。農薬を使わざるをえません。
 4お米にいたずらして斑点(はんてん)粒(りゅう)を作るのはカメムシです。ヘクサムシ、ヘコキムシとも呼ば(よ )れ、触れる(ふ  )と悪臭(あくしゅう)を出して身を守ろうとする、小さな平べったい五角形の虫です。
 5夏がすぎ稲(いね)が穂(ほ)を出すころ、カメムシは一部の田に飛ん(と )できて穂(ほ)の乳(ちち)を吸う(す )ので、被害(ひがい)にあった一部の田んぼの一部の粒(つぶ)が斑点(はんてん)粒(りゅう)になります。一〇アール(=一反)の田には約(やく)二三〇〇万粒(つぶ)のモミがあるので、この〇・一%は二万三〇〇〇粒(つぶ)になります。6これ以下(いか)にするには、計算上カメムシを六〇匹(ぴき)未満(みまん)にする必要(ひつよう)があるので農薬がまかれるのです。
 害虫(がいちゅう)と聞くと、稲(いね)を病気にしたり、収穫(しゅうかく)量(りょう)を減らし(へ  )たりする「悪い虫」と思いがちです。しかしカメムシはそんなことはしません。収穫(しゅうかく)量(りょう)も減らさ(へ  )ず、人間の健康(けんこう)をそこねない程度(ていど)のいたずらです。7それさえ人間は許せ(ゆる )なくなり、カメムシを害虫(がいちゅう)の仲間(なかま)に入れてしまったのです。
 いまから三〇年ほど前、都市住民(じゅうみん)は、カメムシのいたずらをも許せ(ゆる )ない自分になっていることに気づかぬまま、農薬のこわさに気づき、「反農薬」を訴え(うった )、農薬を使う農業を否定(ひてい)しました。8お
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
長文 6.4週 taのつづき
百姓(ひゃくしょう)さんも使いたくて使っているわけではないので、無(む)農薬で作ってくれる人が、ごく少数ながらあらわれました。すると農薬を使っている多くのお百姓(ひゃくしょう)さんが、こんどは「悪い人」に見えてくるのです。9農薬を使わざるをえない現実(げんじつ)は知っていても、反農薬の世論(せろん)に押さ(お )れた農業関係(かんけい)者は、決められたとおりに農薬をまくことを省略(しょうりゃく)する「省(しょう)農薬」や、濃度(のうど)をうすくすることを意味する「低(てい)農薬」にしているので不安(ふあん)に思わなくてよいと反論(はんろん)しました。0
(中略(ちゅうりゃく))
 悪循環(あくじゅんかん)を断ち切る(た き )ため、福岡(ふくおか)県農業改良(かいりょう)普及(ふきゅう)所に勤務(きんむ)していた宇根(うね)豊(ゆたか)さんは「「虫見板(むしみばん)」を使い、田のなかにいる虫に改めて(あらた  )関心(かんしん)を持ってもらう試み(こころ )を開始しました。株(かぶ)をたたき、虫見板の上に落ちてくる虫を、害虫(がいちゅう)、益虫(えきちゅう)、ただの虫に見分ける能力(のうりょく)をまずつけてもらいます。つぎに害虫(がいちゅう)が繁殖(はんしょく)し、被害(ひがい)をあたえようとするタイミングを学んでもらい、そのときに農薬をまくように指導(しどう)していったのです。それまでよりは時間はかかるけれど、田のなかの自然(しぜん)に関心(かんしん)を持ち、つきあえる能力(のうりょく)を養っ(やしな )ていくのは楽しいものです。そのうえこわい農薬の使用量(りょう)が減り(へ )、健康(けんこう)にもよいし、経済(けいざい)的(てき)にも助かります。防除(ぼうじょ)暦(れき)にしたがうと一三回まくところが、二〜四回になった人もいます。これだけの効果(こうか)があると、運動は大きくなり、福岡(ふくおか)県から佐賀(さが)県へも広がりました。

(森住明弘(あきひろ)『環境(かんきょう)とつきあう50話』)
 999897969594939291908988878685848382818079787776757473727170696867 


□□□□□□□□□□□□□□