a 長文 5.2週 ta
 転んでもただでは起きぬ

 つまずいてころんでも、ころんだところにおちているものをひろってから起きあがる、という意味だ。そこから、たとえ失敗しっぱいしたとしても、その失敗しっぱいをむだにしないで役にたて、利益りえきをあげようとする。よくがふかくて、どんな時でも自分のとくになるようにすること。ぬけ目のない人をあざわらっていうことばだ。
 これは、古くからあったことわざらしい。「転んでも土」とか、「こけてもただでは起きぬ」、「こけてもすな」、「こけても馬のくそ」といったように、おなじ意味のことわざがいくつもある。むかしは、馬のくそも畑のいい肥料ひりょうになったから、ひろってもって帰ったんだね。「こけた所で火打ち石」は、ころんだら、そこにおちている石の中から、火打ち石になるようなかたい石をひろってからたちあがったという意味だ。ほんとに、ただでは起きないたくましさを感じることわざだ。
 むかし話に「わらしべ長者」というのがある。この話にでてくる男は、ころんでもただでは起きなかったことから、幸運がはじまるんだ。
 ――むかし、京の町にとても貧乏びんぼうでしようのない男がいた。大和やまとの国、長谷はせ観音かんのん様におまいりして、どうかお助けくださいとたのんでいた。すると、ある夜の明け方、観音かんのん様がゆめにあらわれていわれた。「都へ帰るとちゅう、どんなものでも手にはいったものを、大切に思ってもって帰りなさい。」
 男はお寺の門からでようとして、ころんでしまった。起きあがって気がつくと、一本のわらしべをひろってつかんでいた。男は、このわらしべが観音かんのん様のいわれたものだと思い、すてずに歩きはじめた。
 男は、飛んと できたアブを、そのわらでむすんでもっていた。すると、牛車ぎっしゃに乗ってきた高貴こうきな人の子が、すごくほしがった。アブのわらしべをあげると、みかん三つをくれた。少しいくと、のどがかわいて歩けなくなった女の人がいてみかんをあげるとよろこんで、三たんぬのをくれた。
 またいくと、たおれた馬の処分しょぶんにこまっている武士ぶしがいた。男
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は三反のぬのをあげて馬をもらった。もう動かないと思っていた馬は、しばらくすると息をふき返した。男は、その馬に乗って京の町へ帰ってきた。町の入口までくるとひっこしで大さわぎしている家がある。その家では、いい馬がほしいと思っていたので、馬を買ってくれた。代金は近くにある田だった。そして、その家にしばらく住んでほしいとたのまれた。その家主は何年たっても帰ってこず、とうとう大きな家まで男のものになった。ころんでつかんだ一本のわらしべが、その先で大きな家や田になることもあるんだよ。

 「常識じょうしきのことわざ探偵たんていだん」(国松くにまつ俊英としひでちょ フォア文庫)より
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