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 いまから三十七年あまり前、ちょうど、第二次世界大戦たいせんが終わって、アメリカと日本のあいだで、物資ぶっしやヒトの移動いどうがさかんになりました。この時、アメリカから、小さな白いガが日本に侵入しんにゅうしてきました。おそらく、サナギが荷物の一部にくっついて日本に渡りわた 、こちらで羽化したのでしょう。
 このガは日本の環境かんきょうにうまくあったのか、たちまちふえはじめました。これがアメリカシロヒトリです。そして幼虫ようちゅうは、まちの中のの葉を丸坊主まるぼうずにしていきました。その後、日本の各地かくちで、この昆虫こんちゅうの大発生が見られるようになりましたが、やがてまた、あまり見られなくなりました。いまでは、時々、かぎられた地域ちいきで発生するのが、見られるていどになりました。
 このガの幼虫ようちゅうは、ふ化すると最初さいしょあみ張りは 何百ぴきもの小さなケムシが集団しゅうだんあみの中で生活しながら葉を丸坊主まるぼうずにしていきます。サクラ、クワ、イチョウ、プラタナス、クヌギなど、なんでも食べ、このままふえると、日本中のの葉を食べつくしてしまうのではないかと思えるほどの勢いいきお でした。
 ところが、このケムシは、成長せいちょうするとあみの中から出て、単独たんどくで歩きまわり葉を食べるようになります。そしてじゅうぶん成長せいちょうした幼虫ようちゅうが、の皮の下や、割れ目わ めの中などに入ってサナギになります。そしてつぎの成虫せいちゅうが羽化しますが、この成虫せいちゅうは、あれほどたくさんいた幼虫ようちゅうほどの数がいません。そしてつぎの幼虫ようちゅうは、そんなに多くはならないのです。
 バッタの大発生のようなことにはけっしてなりません。また、このガは都会の中にはよく見られても、森林の害虫がいちゅうになって、山の々を食べつくしたことは一度もありません。
 じつは、このガの幼虫ようちゅうが、あみから出て散らばっち   て活動をはじめると、スズメやそのほかのトリにほとんど食べられてしまうのです。トリのほか、クモやカマキリ、アシナガバチなどにも食べられてしまいます。じっさいには、〇・五パーセントていどの生存せいぞんりつ
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といわれますから、二百ぴきのうち一ぴきだけが生きのこることになります。
 成虫せいちゅうは、八百から千ほどのたまご産みう ますから、一つの親からせいぜい四、五ひきの子どもが生きのこることになるのでしょう。これでもよくのこるほうで、じっさいにはもっと少なくなります。ですから、とても大発生を続けるつづ  ことにはならないのです。まして、森林や山にはトリやほかの昆虫こんちゅうがたくさんいますから、みんな食べられてしまうので、森林の中まで侵入しんにゅうする力がないのです。都会で目立つのは、この幼虫ようちゅうを食べる、トリやクモが少ないことを意味しているのです。
 また、この幼虫ようちゅうは葉を食べるだけで、そのものは害しがい ません。勢いいきお さえよければ、葉を食べられても、つぎの年の春には新しいからまた葉をつけていきます。寿命じゅみょうが活発であるかぎり、葉が食べられても、それほど大きな被害ひがいにはならないのです。
 ある先生は、このガの生態せいたい観察かんさつしているうちに、それほど恐ろしいおそ   昆虫こんちゅうでないことがわかり、「アメリカシロヒトリなんて三流害虫がいちゅうさ」といいました。わたしたちの目にいかにも大きながいをあたえそうに見える昆虫こんちゅうでも、自然しぜん界の中ではたいした存在そんざいではないのです。
 このことから考えさせられることは、「トリやクモの住めないような世界こそ恐ろしいおそ   」ということです。アメリカシロヒトリは、そんなすき間をねらって葉を食べているのです。

 (「いい虫わるい虫」奥井一満 日本少年文庫より)
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