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 化学繊維せんい発達はったつし、最近さいきんでは、手間のかかる養蚕ようさんをする人が少なくなりました。けれど、カイコを飼っか ているところを見たことがある人、あるいは自分で飼っか たことがある人なら、だれでも知っていることですが、平らな入れ物の中にクワの葉を入れ、そのままにしておいても逃げだしに   もせず、あちこち歩きまわりもせず、ただクワさえきらさなければ、かんたんに飼えか ます。
 ほかの昆虫こんちゅう飼うか 時には、逃げに ないようにカゴやふたのある入れ物に入れ、えさや水やと、けっこう苦労くろうするものです。カイコはその心配がありません。やがて完全かんぜん成熟せいじゅくすると、入れ物のすみや、枯れか たクワの葉のあいだに糸をはり、まゆをつくります。養蚕ようさん家が、この時に入れ物の上にまゆをつくる格子こうしじょうのワクを置いお てやると、ここにはい上がって、一ぴきが一つずつきれいにまゆをつくります。たまごからふ化した幼虫ようちゅうが、まゆになるまでだいたい一か月で、そのあいだに四回、脱皮だっぴをして成長せいちょうし、まゆの中でサナギになります。
 養蚕ようさん業では、まゆができるとすぐに集め、大きさのそろったものを選んえら で糸をとる工場に送ります。サナギが成虫せいちゅうのカイコガになるのは一週間ほどですから、ガにならないうちに糸をとりはじめます。これは、まゆながら糸をやわらかくして、ほぐれた糸をまき取る方法ほうほう一般いっぱんてきです。これで、一つのまゆから切れずにつながった糸がとれます。現在げんざいの大きな良いよ まゆは、千五百メートルほどの糸になります。この糸をより合わせ、絹糸きぬいとにしてぬの織りお ます。
 このようにまゆから一本のつながった糸をとるのですから、まゆの中で羽化したガが、まゆ破っやぶ て外にでたのではなんにもなりません。ヒトが糸をとるためには、成虫せいちゅうになってはいけないので、どんなにたくさんカイコが飼わか れても、すべて殺さころ れてしまうことになります。
 つぎのたまご産まう せる分は、別にべつ びきかのこしておけば、この
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ガ一ぴきで千近いたまご産みう ますからいっこうにさしつかえありません。幼虫ようちゅうの生活も、子孫しそんをつくることも、すべてヒトの計画どおりになっています。
 そのうえ、羽化したガはを持っていますが、飛ぶと ことはできません。こののはばたきはもともと飛んと でいたころのはばたきと同じですから、いつごろからか飛べと ないガになってしまったのです。これも、たぶん、飼育しいく化の結果けっかでしょう。すべての点が、ヒトが飼いか やすい、すなわち管理かんりしやすいようになっているのです。
 こんな野生の昆虫こんちゅうが、はじめからいるわけがありません。その証拠しょうこに、今日ではカイコの祖先そせんがたと考えられている野生のカイコ、これはクワのにつくのでクワコとよばれますが、これは、成虫せいちゅう立派りっぱ飛びと ますし、幼虫ようちゅう群がるむら  こともなく、一ぴきずつかくれるように生活しています。飼育しいくもむずかしく、とてもカイコのようには飼えか ませんし、注意しないとすぐ逃げだしに   てしまいます。

 (「いい虫わるい虫」奥井一満 日本少年文庫より)
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