a 長文 1.1週 te2
 1メダカは長さが三、四センチしかない小さな魚で、私(わたし)たちが子どものころはほんとうにどこにでもいました。あまりにありふれていたので、フナやコイなどとくらべると、子どもにとってあまり魅力(みりょく)のない、雑魚(ざこ)の代表のような魚でした。
 2ところが、このメダカがなんと「絶滅(ぜつめつ)危惧(きぐ)種(しゅ)」として絶滅(ぜつめつ)を心配されているというニュースが流れたのです。一九九九年のことです。(中略(ちゅうりゃく))その背景(はいけい)にはつぎのようなことがありました。
 3かつて田んぼは用水路で水を引いていました。その用水路は田んぼとほぼ同じ高さにあり、微妙(びみょう)な高さの違い(ちが )を利用(りよう)して水の入り口と出口がつくられていました。ひとつの田んぼから出た水がとなりの田んぼに入る、という構造(こうぞう)になっているものもありました。4そのような用水路は地形に応じ(おう )て曲がっており、深さも一定でないので、水の流れにも微妙(びみょう)に違い(ちが )があり、それに応じ(おう )て違う(ちが )植物が生えていました。昔の子どもが夢中(むちゅう)で魚とりをしたのは、このような用水路でした。5秋になって田んぼから水が抜か(ぬ )れても用水路には水が残っ(のこ )ており、くぼみが「魚だまり」となって魚が生きていたのです。
 ところが、一九六〇年代からはじまった農業基本(きほん)整備(せいび)事業によって、自然(しぜん)の地形に応じ(おう )てつくられていた田んぼに大きな変化(へんか)が生じました。6かつて人力で営々(えいえい)と築か(きず )れてきた田んぼは、大規模(きぼ)な土木工事によって完全(かんぜん)につくりかえられてしまったのです。田んぼの水が管理(かんり)しやすいように、用水路はU字管(かん)というコンクリートの管(かん)にされました。断面(だんめん)の形がU字型(がた)なのでこう呼ば(よ )れます。7U字管(かん)の機能(きのう)は水田に水を運ぶことですから、それ以外(いがい)のものは必要(ひつよう)ありません。その結果(けっか)、水を流すときは洪水(こうずい)のように大量(たいりょう)の水が勢い(いきお )よく流れます。
 魚が隠れる(かく  )ところもなければ、カエルが卵(たまご)を産む(う )ところもありません。8用水路は田んぼから効率(こうりつ)的(てき)に排水(はいすい)するために、水田との高さの差(さ)が大きくなるようにつくられました。このため、水を抜く(ぬ )と
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田んぼは完全(かんぜん)に干上がり(ひあ  )ます。U字管(かん)には魚だまりはありませんから、土の中にもぐって生きるドジョウや小さなメダカも生き延びる(い の  )ことはできません。9その結果(けっか)、夏の「洪水(こうずい)」と冬の「砂漠(さばく)」がくりかえされることになります。これでは生きていける動物はいません。
 ところが、小動物に対する仕打ちはこれにとどまりませんでした。ちまちました小さな田んぼは農作業の効率(こうりつ)が悪いことは確か(たし )です。0そこで、「暗渠排水(あんきょはいすい)」といって、田んぼの地中に管(くだ)を埋め(う )、水を集めて排水(はいすい)することがすすめられたのです。こうすれば水路に使った土地も使えるし、細かなデコボコをなくすことができると考えたのです。こうなると動物には生活する場所がまったくなくなってしまいます。
 こうして、メダカに代表される無数(むすう)の小さな生きものたちは、田んぼから姿(すがた)を消していったのです。
 日本の農業は稲作(いなさく)が中心ですが、それは米を巨大(きょだい)なポットのようなところで効率(こうりつ)的(てき)につくることだけではありませんでした。毎日の営み(いとな )の中で米づくりを中心におきながらも、家畜(かちく)を飼い(か )、裏山(うらやま)から肥料(ひりょう)となる枯れ葉(か は)を集め、ときどきドジョウやフナをとるなど、じつにさまざまな営み(いとな )の中でおこなわれたものでした。また、田植えのときには若い(わか )女性(じょせい)が晴れ着を着て早苗(さなえ)を植え、近所の人が助けあって田植えや稲刈り(いねか )をするという社会の営み(いとな )でもありました。そして先祖(せんぞ)から引き継い(ひ つ )だ土地に祈り(いの )をささげ、収穫(しゅうかく)物に感謝(かんしゃ)をささげるという心に支え(ささ )られたものだったはずです。それは工場で米という名の製品(せいひん)をつくるのとはほど遠い営み(いとな )でした。
 しかし、この土木工事はそのようなことをすべて無視(むし)したものでした。そのことの意味の深さを私(わたし)たちは考えつづけなければならないと思います。

((高槻(たかつき)成紀(せいき)『野生動物と共存(きょうぞん)できるか−保全(ほぜん)生態学(せいたいがく)入門−』)
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a 長文 1.2週 te2
1「つぎは、あかばね(赤羽)!」
 ヤッちゃんたちのうちは、あかばねにありましたから、竹ざお電車は、そこでストップです。あかばねのえきまえは、ヤッちゃんもよくしっています。
 ところが、あれっ? ……ぜんぜん見たことのないところにきていました。
 2竹ざお電車はおばあちゃんのうちへむかって、ものすごいスピードで走りました。右へいったり、左へいったり、ぐるぐる走りまわりましたが、どうしても、おばあちゃんのうちへかえれません。ふたりとも、あせびっしょりでした。3二十分も三十分も走りました。のどが、カラカラで、足もだるく、竹ざお電車は走ることができません。のろりのろりあるいていきました。
「にいちゃん、はやく、おばあちゃんのうちへかえろうよ。」
 4しゃしょうさんのチイちゃんは、なんにも気がついていないようですが、うんてん手のヤッちゃんは、さっき、あかばねについたときから、これはたいへんなことになった、電車はまいごになったらしいとわかっていました。5ですから、かなしくて、おそろしくて、くちびるをへの字にまげて、もうすこしでなきそうになるのをじっとがまんしていたのです。
「どうしたの?」
 竹ざお電車が、ぼんやりつったっていると、道ばたであそんでいた女の子が、よってきました。6ヤッちゃんよりも小さい子でした。
「あんたたち、まいごなのね。」
 そういわれたとたん、ヤッちゃんは、パッとかけだしました。もうすこしでなきそうだったので、そんな小さい女の子とはなしをしたくなかったのです。7走りながら、オックン、オックン、なきじゃくりました。
(もう、おばあちゃんのうちへはかえれないかもしれない。おかあさんにもあえなくなってしまうかもしれない。)
 そうおもうと、なみだがあふれてきて、ワァーンとなきだしてしまいました。
8「おにいちゃん、なかないでよう。」
 しゃしょうさんは、ないていません。
「おにいちゃん、さがせば、きっと見つかるよ、おばあちゃんのうち。ね、だから、なかないでよう。」
 小さいのに、なんて、しっかりしたしゃしょうさんでしょう。
 9ヤッちゃんがないているので、おまわりさんは、チイちゃんに、いろいろはなしをきいていましたが、さっぱりけんとうがつかないようすでした。
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「あのね、電車にのって走ったの。にっぽり(日暮里())のつぎは、たばた(田端())なの。あかばねでおりて、ここへきたの。0これから、かんのんさまへいって、みつまめたべるの……。」
 十分くらいたったでしょうか、交番へ、おかあさんとおばあちゃんがかけこんできました。
 これで、まいごになった電車はぶじにうちへかえれたのですが、かえるとちゅうも、ヤッちゃんはなきつづけていました。
 なにがかなしくてないていたのでしょう?

『はずかしかったものがたり』「まいごになった電車」(前川康男(やすお))より
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a 長文 1.3週 te2
 1わたしが一年生になったばかりのころのはなしです。そのころの小学校のつくえには、ひきだしがついていました。ふでいれかなにかをいれるための、はばが十センチもないような小さなひきだしです。2とってのかわりに小さなあながあいていて、そこへゆびをとおしてひきだすようになっていました。
 ある日、わたしは先生のはなしをききながら、そのひきだしをだしたり、いれたりしてあそんでいました。
 ところが、たいへんなことになってしまったのです。3というのは、右手の人さしゆびがひきだしのあなにはまったまま、ぬけなくなってしまったのです。
 ゆびはつけねまであなにはいってしまって、いくらぬこうとしても、かんせつがじゃまをして、どうにもなりません。
 4わたしはあわてました。もう先生のはなしをきくどころではありません。ひきだしにいれてあったものを、ぜんぶつくえの上にとりだし、ひきだしをつくえからひっぱりだすと、ひざとひざにはさんで、ゆびをひきぬこうとしました。5でも、だめでした。むりにひっぱろうものなら、ゆびがもぎとれそうなほどいたいのです。
 ひきだしをまわしながら、だましだまし、ひきぬこうとしましたが、それもだめでした。ゆびは赤くふくれあがり、びくともうごかないのです。6まるでスッポンにかみつかれたみたいです。ひきだしのあなは、わたしのゆびにしっかりくいついて、もうぜったいにはなすまいとしているようです。そんなふうにひきだしとかくとうしているわたしを、先生が見つけないわけがありません。
7「長崎(ながさき)、なにをしてるんだ。」
 はなの下にりっぱなひげをたくわえた、中年の先生でした。
 先生は、きょうだんからおりてくると、わたしのそばへやってきました。
 わたしはなきべそをかいて、下をむいてしまいました。8先生は、わたしの手くびをつかむと、ぐいともちあげました。わたしのかわいそうな人さしゆびは、ほそ長い小ひきだしをつるさげたまま、組じゅうの目にさらされたのです。
「なんだ、こりゃあ。」
 先生はあきれました。みんなはどっとわらいました。9わたしは、はずかしさにほおをまっかにして、小さな声でいいました。
「ぬけなくなっちゃったんです。」
「じゅぎょう中にいたずらしてるから、こんなことになるんだ。ばかっ。」
 先生はにやにやしながら、わたしのおでこをこづきました。
 0わたしの目にあふれていたなみだが、つーっとほおをながれお
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ちました。
 先生は、ひきだしをひっぱって、ぬこうとしました。だが、そうかんたんにぬけるはずがありません。
 そこで、先生はりょう手でひきだしをつかみ、
「いいか、ちょっとがまんせい。」
といって、おもいっきり、ぐんとひっぱりました。ところが、いたいのなんのって、とてもがまんなんかできません。
「いたたた……。」
 わたしはなきさけびながら、先生のほうへかけだしてしまいました。
 組の友だちは、たちあがったり、のびあがったりしながら見ていましたが、げらげらわらいました。
「しょうのないやつだ。」
 先生はしたうちすると、せいとたちに、
「みんな、すこしのあいだ、しずかに本を見ておれ。いいな。」
といって、わたしをうながしてきょうしつをでました。わたしは、組の友だちのあざわらう声をせにしながら、先生のあとについていきました。
 じゅぎょう時間ちゅうのろうかは、しーんとしずまりかえっていました。その長いろうかを、わたしはなきじゃくりながらあるいていきました。ひきだしをつるさげている人さしゆびが、やけつくようにあつく、ずっきん、ずっきんとみゃくうっていました。

『はずかしかったものがたり』「かなしいゆびわ」(長崎(ながさき)源之助(げんのすけ))より
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a 長文 1.4週 te2
 1一九六〇年代はじめ、アフリカの山野に分け入って、チンパンジーの行動を研究していた一研究者のある報告(ほうこく)は、当時大きな話題となった。その報告(ほうこく)によると、チンパンジーが道具を使ったというのである。2道具の使用は、人間に特有(とくゆう)のことで、人間と他の動物を区別(くべつ)する重要(じゅうよう)な特徴(とくちょう)のひとつとされていただけに、この発見は、各(かく)方面に大きな影響(えいきょう)を与え(あた )たのだった。3ある人は、これは人間と動物の間隙(かんげき)をうめる重要(じゅうよう)な発見だとして高く評価(ひょうか)し、ある人は、チンパンジーのその道具は、あまりにも原初(げんしょ)的(てき)で、それを道具と言うこと自体に問題がある、とした。
 4アフリカの野生チンパンジーが用いたという道具とは、一本の細い草の茎(くき)である。この茎(くき)をチンパンジーは、シロアリを「釣る(つ )」のに用いたのである。チンパンジーは、シロアリの塚(つか)のそばにしゃがむと、草の茎(くき)を塚(つか)の穴(あな)の中に深くさしこむ。5そして、ちょっと間をおいてそれを引き出す。すると、その茎(くき)には、何匹(なんびき)かのシロアリがくいついてくっついてくる。シロアリは、巣(す)に侵入(しんにゅう)した敵(てき)に、攻撃(こうげき)のくらいつきを行なったのであろうが、それがあだになって、まんまと外に引き出されてしまうというわけだ。
 6チンパンジーは、この草の茎(くき)にくっついてきたシロアリを、口でしごくようにして食べるのである。食べ終わると、チンパンジーは、また草の茎(くき)を穴(あな)にさしこんで、シロアリを釣る(つ )。こうしてチンパンジーは、しばらくの間アリを釣っ(つ )ては食べる、ということをくり返す。
 7注目すべきことは、チンパンジーは、道具というものが何であるかを知っているかも知れない、ということである。自分が何をどうする目的(もくてき)で、草の茎(くき)を手足の延長(えんちょう)、あるいは補助(ほじょ)器官(きかん)として使っているのかを見通しているらしい。
 8というのは、チンパンジーは、偶然(ぐうぜん)そばにあった茎(くき)をひろって使うのでなく、すこしはなれたところから草を手に入れ、それをシロアリ塚(つか)までもちはこぶからである。その上、チンパンジーは、草の茎(くき)についている葉や枝分かれ(えだわ  )した茎(くき)など、余分(よぶん)と思われるものを
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取り去って草を「加工(かこう)」しさえするのである。
 9シロアリ釣り(づ )は、見よう見まねで他のチンパンジーにも広がる。子どものチンパンジーは、母親のそばでそのシロアリ釣り(づ )を見て、自分でもあれこれためす。そして、そのこつを取得(しゅとく)していくという。これをもってして、チンパンジーには、シロアリ釣り(づ )の文化がある、と言う人もいる。
 0チンパンジーは、水を飲むときにも、道具を使うことがある。チンパンジーは木のまたなどにたまった水などを飲むときに、木の葉をかんでやわらかくし、それを水にひたして水に含ま(ふく )せ、口に運んで水を吸っ(す )て飲むという。かみくだいた木の葉を、いわばスポンジ代わりに使うのである。
 チンパンジーの道具で、最も(もっと )道具らしい道具は、木の実を割る(わ )ための石の道具であろう。これは、比較的(ひかくてき)最近(さいきん)になってわかってきたことであるが、チンパンジーはアブラヤシなどの実を食べるときに、それを石の上において、もうひとつの石でたたいて割る(わ )。このとき、台石となるのは、その目的(もくてき)にかなった、上面が比較的(ひかくてき)平たい石である。打ちつける石も、木の実がはじけ飛ば(と )ないよう、平たい面があるものが使われる傾向(けいこう)があるらしい。
 研究者は、すでにかなりの回数「愛用(あいよう)」されてきたと思われる台石も発見している。それらの石は、平たい面の一部がくぼんでいて、そこに何度も木の実がすえおかれただろうことをものがたっていた。チンパンジーは、この道具についても、その目的(もくてき)を見通しているかのようである。ここから人間の祖先(そせん)が用いた石器(せっき)までは、どれほどの道のりがあったのだろうか。
 チンパンジーの道具使用が、チンパンジーの食事事情(じじょう)に貢献(こうけん)していることは、疑問(ぎもん)の余地(よち)がないと思われる。チンパンジーは、それなしで不可能(ふかのう)なシロアリを手に入れ、木の実を餌(えさ)資源(しげん)として利用(りよう)することができるからだ。これが可能(かのう)なのは、チンパンジーが人間にもっとも近い動物で、したがって、人間を除く(のぞ )動物の中で、もっと
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長文 1.4週 te2のつづき
もかしこいからにほかならない。道具の使用には、それだけの知能(ちのう)が要求(ようきゅう)されるからである。

(小原(おばら)嘉明(よしあき)『道具を使う動物たち』<PHP研究所>より)
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a 長文 2.1週 te2
 1しゅうぎょうしきがおわりました。
 きょうしつへはいってから、つうちぼをもらうのです。
 ほそ長い、四かくなつうちぼを、りょう手を頭より高くさしあげて、うけとったとき、ぼくのしんぞうは、どきどきっどきどきっ、となりました。
 2そのどきどきは、ぼくがせきについて、人に見られないように、はおりでかくしながらつうちぼをひらいて見るまでつづきました。
 つうちぼのせいせきのところに、むずかしい字が六つと、やさしい字が三つ、ついていました。3やさしい字は乙(おつ)でした。どうしたわけか、乙(おつ)の字は、いつのまにか、おぼえていたのです。けれども、むずかしい六つの字はわかりません。
「なあんだ、むずかしい字ばっかしで、わからんなあ。」
 ほくは、ひとりごとをいいました。4すると、となりのなおみちゃんが、
「のんちゃん! むずかしい字があるの。そいじゃあ、きっと優(ゆう)だもの。」
と、小さい声で、こっそりおしえてくれたのです。
(そうか、優(ゆう)なのかあ、よかったあ。)
 ぼくは、もううれしくて、むちゅうでした。
 5だから、「ふところに、ちゃんとしまうんよ」と、でがけにいわれたかあさんのいいつけなど、すっかりわすれてしまいました。校門をでると、つうちぼを、わざと左手で、人に見えるように高くもちあげてあるきました。
 6いちばんはじめに、となりのおじさんにあいました。おじさんは、ぼくがおもったとおり、
「戸中谷(とちゅうや)のぼうか。どら、おじさんに見せてくれるか。」
といいました。ぼくは、
「はい。」
と、にこにこしながら、むねをはって、このすばらしいつうちぼをおじさんにさしだしたのです。7すると、おじさんは、
「ほう。」
と、かんしんしてから、
「ぼうは、よくできるなあ。」
と、頭をなぜながらほめてくれました。ぼくは、もう、ますますうれしくて、おどりあるきたいくらいでした。
 8それからは、どうろであう人には、こちらから、
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「おじさん、おじさん、ほら、ぼくのつうちぼだに。」
といって、だれにでも見せました。すると、
「ほう、よくできるなあ!」
と、みんなほめてくれるのです。9うれしくなったぼくは、はたけではたらいている人にまで、かけていって、わざわざ、見せてやったのです。
「かあちゃん、ほらつうちぼもらった。みんな、よくできるってほめてくれた。」
 ぼくは、元気いっぱいにさけんで、かあさんにつうちぼをさしだしました。0かあさんは、ふしぎそうに、
「ええっ! みんなに、見せたのかえ。」
といいながら、いそいで見はじめました。
 すると、どうでしょう。かあさんの目から、なみだがはらはらとながれだしたのです。
「のんちゃん。どうして人に見せたの。」
 かあさんは、きびしくいいました。
「だって、乙(おつ)のほかは、むずかしい字だから、優(ゆう)だと、なおみちゃんがおしえてくれたん。」
「まあ、あきれた。これは、丙(へい)といって、できないというしるしなんよ。」
 かあさんの声は、かなしそうな、ふるえただみ声でした。
(なあんだ、丙(へい)だったのか。)
 ぼくは、もう、かあさんの顔を見ることができません。おもわず、だだだっと、かけだしていたのです。
「ちくしょう、ちくしょう、うそつきのおとなのばかやろう! ばか、ばか!」
 人けのないくわばたけのかげで、おもいっきり土をたたきながら、ぼくは、声をころして、いつまでも、いつまでも、ないていました。

『はずかしかったものがたり』「つうしんぼ」(代田昇(のぼる))より
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a 長文 2.2週 te2
 1わたしの「そり」は、ケッサクだというので、うしろのけいじばんにはりだされました。わたしは、うれしいような、こそばいいような気もちで、ときどきうしろをながめます。毎朝学校へくるのが、なんだかよけいうれしくなりました。
2「ケッサクがうまれたら、『そり』とはりかえることにしよう。」
 ある日、先生がそういわれたので、それからというものは、作文についてのねつがいっそうあがりました。みんな、手につばするようないきおいで、もりもり作文を書きました。
 3つぎつぎと、ケッサクがうまれました。
 なかでも、中石タツエという女の子の作文は、なんかいもはりだされました。
「まどからふいてきた風が、わたしのよみかけの本のベージを、ポイポイめくる。」
などという書きぶりには、先生も一字一字に赤マルをつけ、すばらしいといって、くびをかたげてほめます。4わたしも、気のきいた書きぶりに、すっかりかんしんしました。
 しかし、いくらがんばっても「そり」からあと、わたしにはケッサクがでないのです。
 わたしは、だんだんあせってきました。
 やっと、わたしに二かいめのケッサクがうまれました。5それは、冬休みのしゅくだいに書いた「初(はつ)ゆめ」という作文です。
 わたしののったそりが、そのまま、川をこえ、山をこえ、空にのぼり、おとぎの国をつぎつぎと見てまわる。そのうちに、どうしたことか、コマのようにまいはじめ、キリキリまいおちると目がさめた――というゆめのおはなしです。
 6先生は、
「男の子らしいいさましいゆめを見たね。ことにおわりのほうの書きぶりはすばらしいよ。」
と、赤ペンでひひょうを書いてくれました。
 でも、これはまったくのうそなのです。
 7正月一日のばん、しゅくだいの「初(はつ)ゆめ」のことをおもいだし、ようしとおもってねたのですが、朝、目をさましてみると、なんにも見ていません。ひとばんじゅうさむかったような気がしましたが、これも、ねぐるいして、ふとんからとびだしていたからでしょう。8「初(はつ)ゆめ」なんて気のきいたものは、いくら頭をひねくってみてもおもいだしません。
 しかし、ケッサクを書いてはりだしてほしかったわたしは、いか
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にもすばらしいゆめを見たように、うそを書いたのです。9「キリキリコマのようにまいおちる」というのも、いつかどこかのザッシで見たよその子の作文を、まねして書いたのです。
 先生は、みごとにだまされました。
 友だちも、どうやらだまされたようです。
 でも、じぶんは、だますわけにはいきません。
0「このまえの詩といい、こんどの作文といい、きしくんは『そり』ばかり書くね。きみは『そり』がすきだから、ケッサクがうまれるんだ。」
 そういってほめる先生のことばを、わたしは顔をうつむけてきいていました。
 きっと、耳のつけねまで赤くなっていたでしょう。

 そのあくる日のことです。
 じゅぎょうがおわって、うちへかえろうとカバンをしまっていると、中石タツエがそっとそばへよってきました。
「あの『初(はつ)ゆめ』のことやけど、あんたほんとにあんなゆめを見たの?」
 ドキンとしたわたしは、タツエの顔をにらみつけました。
「見たさ。見たから書いたんや。」
「そんならいいけど……。」
 タツエは、あっさりくびをふると、きょうしつからでていこうとしました。
「なんや、タツエ、はっきりいえ。」
「いえ、もういいの。……ただ、なんやしらんつくったようなおはなしやとおもっただけ……。」
「なに、つくったはなし? すると、おれがうそを書いたというんやな!」
「うそとまではいわんけど……。」
「いや、たしかにうそといった。おれも男や、そんなわる口いわれて、だまってはおれん。……ようし!」
 わたしは、けいじばんの作文をもぎとると、いきなりビリビリとやぶりました。
 びっくりしたタツエは、青くなってわたしになんべんもあやまりました。
 わたしは、なんにもいわず、二つにさいた作文を、さらにこまかくこまかく、やぶりすてました。

『はずかしかったものがたり』「うその作文」(岸武雄(たけお))より
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a 長文 2.3週 te2
 1元日からふりつづいた雪がやんで、けさは上天気です。のきのつららが朝日をうけて、キラキラ光っています。きょうから三がっき、雪にうずもれたかきねのむこうを、学校へいそぐ男の子や女の子の声が、にぎやかにとおりすぎていきます。
2「ねえ、いつまでそこにたっているの。はやくいかないと、学校おくれるよ。」
 朝ごはんのあとかたづけをしながら、かあさんが大声でしかります。それなのに、一年生のわたしは、くらい土間のところで、さっきからもじもじしていました。3学校がいやなのではないけれど、きょうきていく、黒いマントのことで、ちょっぴりすねていたのです。
 このあいだから、かあさんが夜なべで、したてなおしてくれた、矢がすりのわたいればおり、モンペの上にはいた、エビちゃ色のはかま、赤い毛糸の手ぶくろもショールも、ねえさんのおさがりだけど、がまんできます。4でも、その上にきせられた、だぶだぶの、黒いマントがこまるんです。
 それは、むかし、とうさんが北海道で、おまわりさんをしていたときにきていたものでした。5明治(めいじ)もおわりのころのことですから、黒いせいふくに金すじのはいったけんしょうをつけ、長いサーベルをさげていました。わかいくせに、八の字ひげなんかはやし、「オイ、コラ」なんていばっていたのかもしれません。6そのマントは、かたまでの、みじかいものでしたから、たけは、一年生のわたしのひざぐらいですが、はばが、すごくだぶだぶなんです。
 こんなマックロケの、だぶだぶマントなんかきていったら、また男の子たちにいじめられるでしょう。7そのまえに、大山さんの秋田犬のシロがほえてとびかかってくるかもしれません。それなのに、かあさんは、いうのです。
「たけもちょうどいいし、ゆったりしてあったかいし、こんなじょうとうのラシャなんて、いまどき、どこをさがしたってないんだよ。」
 8かあさんの声には、きていかなかったら、ぜったいゆるさないという、ひびきが、こもっています。
 そのころ、日本はすごいふけいきで、米のねだんが高く、年よりと子ども六人もかかえた、とうさんとかあさんは、ともばたらきしても、おいつかなかったのでしょう。9でも、小さいわたしは、うちがこまっているなんて、しらなかったのです。
 ものをだいじにし、むだづかいしないのは、うちのどうとくだとおしえられ、一年生の頭でそれをしんじていました。0このマントも、にいさんたちのうまれるまえからですから、もう十五年いじょ
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うも、だいじにしまってあったのでしょう。
「とうさんはね、むかし、このマントをきて、はん人をごそうしていったこともあるんだよ。」
 きのう、かあさんは、わたしをそばにすわらせ、いつになくしみじみ、はなしてくれたのでした。
「いまとちがって、まだ汽車もバスもなかったむかしのこと、冬は馬車もとおれない雪の山道を、くしろからあばしりのけいむしょまで、とうさん、手じょうをかけたはん人とたったふたりきりで、なん日もかかって山ごえしていったんだと。冬山はなれた人でもこわいというのに、はん人を道づれの山おくで、もうふぶきにあったもんだから、とうとう、ほうがくを見うしなってしまったんだとさ。
 いけどもいけども道はなし。はげしいうえとさむさのため、このままではふたりとも死ぬよりほかない。そのときとうさんは、はん人だけでもなんとかたすけたいとおもったんだね。そこで、はん人にいったんだと。『この手じょうはずすから、すきなようにしてくれ』って。とうさん、手じょうをはずしたんだって。ところがはん人はにげるどころか、かんげきして、『だんな、あんたはほかのおまわりとちがう。人間を人間としてあつかうことをしってる人だ。わしはにげないよ』って、町へたどりつくまで、とうさんをまもりとおして、じぶんは、ちゃんと、ろうやへはいったんだとさ。むかしの人は、ものがたかったんだね。」
 こんなわけで、わたしはどうしても、そのマントを学校へきていかなくてはならなかったのでした。でも、そんなにだいじなマントなら、なおのこと、みんなのさらしものになって、わらわれるのがいやでした。小さい頭でかんがえて、
(そうだ、学校へいったら、まっさきに、なかよしのカツさんにわけをはなし、みかたになってもらおう。)
と、おもいつくと、やっとあんしんして家をでました。

『はずかしかったものがたり』「黒いマントのおもいで」(増村(ますむら)王子)より
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a 長文 2.4週 te2
 1モンシロチョウの幼虫(ようちゅう)である青虫はアブラナ科の植物しか食べることができない。そこでモンシロチョウは、幼虫(ようちゅう)が路頭に迷う(まよ )ことのないように、足の先端(せんたん)でアブラナ科から出る物質(ぶっしつ)を確認(かくにん)し、幼虫(ようちゅう)が食べることができる植物かどうかを判断(はんだん)するのである。2この行動は「ドラミング」と呼ば(よ )れている。だから産卵(さんらん)するモンシロチョウは、葉っぱを足でさわって確かめ(たし  )ながら、アブラナ科の植物を求め(もと )て、葉から葉へとひらひらと飛びまわる(と    )のである。
 しかし、こうして目的(もくてき)の菜(な)の葉にたどりついても終わりではない。3一ヵ所(かしょ)にすべての卵(たまご)を産ん(う )でしまうと、幼虫(ようちゅう)の数が多すぎて餌(えさ)の葉っぱが足りなくなってしまう。そのためモンシロチョウは、葉の裏(うら)に小さな卵(たまご)を一粒(つぶ)だけ産みつける(う    )。そして、つぎの卵(たまご)を産む(う )ために新たな葉を求め(もと )て、葉から葉へと飛びまわる(と    )のである。4まさに「ちょうちょう」の原型(げんけい)となったわらべ唄(うた)のとおりだ。
 それにしても、どうしてモンシロチョウの幼虫(ようちゅう)は、親にこんな苦労(くろう)をかけてまでアブラナ科の植物しか食べないのだろう。5何という極端(きょくたん)な偏食(へんしょく)。えり好み(  ごの )せずに、いろいろな植物を食べたほうが、もっと生存(せいぞん)の場所も広がるし、何より親のチョウだって卵(たまご)を産む(う )のがずっと楽ではないか。
 もちろん、青虫だってほかの葉っぱを食べられるものなら、そうしたいだろう。6しかし、そうもいかない理由がある。
 植物にとって、旺盛(おうせい)な食欲(しょくよく)で葉をむさぼり食う昆虫(こんちゅう)は大敵(たいてき)である。そのため、多くの植物は昆虫(こんちゅう)からの食害(しょくがい)を防ぐ(ふせ )ためにさまざまな忌避(きひ)物質(ぶっしつ)や有毒(ゆうどく)物質(ぶっしつ)を体内に用意して、昆虫(こんちゅう)に対する防御(ぼうぎょ)策(さく)をとっているのである。
 7一方の昆虫(こんちゅう)にしてみれば、葉っぱを食べなければ餓死(がし)してしまう。そこで、毒性(どくせい)物質(ぶっしつ)を分解(ぶんかい)して無毒(むどく)化するなどの対策(たいさく)を講じ(こう )て、植物の防御(ぼうぎょ)策(さく)を打ち破る(う やぶ )方法(ほうほう)を発達(はったつ)させているのだ。8ところ
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が、植物の毒性(どくせい)物質(ぶっしつ)は種類(しゅるい)によって違う(ちが )から、どんな植物の毒性(どくせい)物質(ぶっしつ)をも打ち破る(う やぶ )万能(ばんのう)な策(さく)というのは難しい(むずか  )。そこで、ターゲットを定めて、対象(たいしょう)となる植物の防御(ぼうぎょ)策(さく)を破る(やぶ )方法(ほうほう)を身につけるのである。9一方、植物も負けられないから、防御(ぼうぎょ)策(さく)を破っ(やぶ )た敵(てき)となる昆虫(こんちゅう)から身を守るために新たな防御(ぼうぎょ)物質(ぶっしつ)を作り出す。すると昆虫(こんちゅう)もさらにその防御(ぼうぎょ)物質(ぶっしつ)を打ち破る(う やぶ )方法(ほうほう)を身につける。
 こうなると一対一の、意地の張り合い(は あ )のようなものだ。0さりとて、植物も昆虫(こんちゅう)も自分の生存(せいぞん)がかかっているから、どちらも負けるわけにはいかない。この両者の軍拡(ぐんかく)競争(きょうそう)によって特殊(とくしゅ)な防御(ぼうぎょ)物質(ぶっしつ)を作り出す植物と、その防御(ぼうぎょ)策(さく)を打ち破る(う やぶ )ことができる昆虫(こんちゅう)という組み合わせが作られるのである。特定(とくてい)の種類(しゅるい)の植物しか食べない狭食性(きょうしょくせい)の昆虫(こんちゅう)が多いのはそういうわけなのだ。こうして、モンシロチョウとアブラナ科植物とは好敵手(こうてきしゅ)として、共に(とも )進化を遂げ(と )てきたのである。もはやモンシロチョウの幼虫(ようちゅう)は、好む(この )と好(この)まざるにかかわらず、アブラナ科の植物を食い続ける(つづ  )しかない。こうなると、もう切っても切れない密接(みっせつ)な間柄(あいだがら)である。
 アブラナ科植物の防御(ぼうぎょ)物質(ぶっしつ)はカラシ油配糖体(あぶらはいとうたい)である。たとえば、ワサビやカラシナの辛味(からみ)のもとになるのもシニグリンと呼ば(よ )れるカラシ油配糖体(あぶらはいとうたい)である。私(わたし)たちが嗜好(しこう)するアブラナ科の野菜(やさい)独特(どくとく)の辛味(からみ)も、本来は昆虫(こんちゅう)に対する防御(ぼうぎょ)物質(ぶっしつ)なのだ。
 しかし、モンシロチョウの幼虫(ようちゅう)である青虫は、すでにアブラナ科植物の防御(ぼうぎょ)物質(ぶっしつ)を打ち破る(う やぶ )術(すべ)を身につけている。だから青虫はカラシ油配糖体(あぶらはいとうたい)を含ん(ふく )でいる葉っぱしか食べないのだ。カラシ油配糖体(あぶらはいとうたい)を持たないアブラナ科以外(いがい)の植物を食べてもよさそうな気がするが、ほかの植物は、カラシ油配糖体(あぶらはいとうたい)以外(いがい)の毒性(どくせい)物質(ぶっしつ)を持っている可能(かのう)性(せい)が高いので、むしろ危険(きけん)である。
 さらに、モンシロチョウは、カラシ油配糖体(あぶらはいとうたい)を利用(りよう)している。葉
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長文 2.4週 te2のつづき
から葉へと飛びまわる(と    )モンシロチョウは、じつは足の先でアブラナ科植物のカラシ油配糖体(あぶらはいとうたい)を探し(さが )ながら、産卵(さんらん)する植物を決めているのだ。昆虫(こんちゅう)を追い払う(お はら )はずの物質(ぶっしつ)が、あろうことかモンシロチョウを呼ぶ(よ )目印(めじるし)になってしまっているのである。昆虫(こんちゅう)の食害(しょくがい)を防ぐ(ふせ )ためにと、せっかく防御(ぼうぎょ)物質(ぶっしつ)を作り出したのに、モンシロチョウにはいいように利用(りよう)されている。菜の花(な はな)にとっては、ずいぶんとやりきれない話だ。

(稲垣(いながき)栄洋(ひでひろ)『蝶々(ちょうちょう)はなぜ菜(な)の葉にとまるのか−日本人の暮らし(く  )と身近な植物』草思社より)
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a 長文 3.1週 te2
 1わたしはニックを見あげました。小さいわたしにとって、ニックは見あげねばならぬくらい、せの高い男の子におもえました。まっ白いシャツにかいボタンが光っていました。目と目がぶつかると、ニックはちょっとまばたきをし、それからおどけたわらいかたでわらいました。2まつげが金いろでした。
 この子といっしょにあそべる、ずっと、毎日あそべる、とおもうと、わたしは目のまえの空にうかびあがっていくような、ふうわりとした気もちになりました。3しかも一ぽうでは、きゅうにいきがつまり、ひやっこい風がゆびさきからしのびよる気もちも、あじわっていました。ほんとにへんな気もちでした。
 とにかくうまれてはじめての、ふしぎなうずまきにつつまれたのです。
 4ええ、いいわ、友だちになる。はやく、そうこたえなくては、とおもうのに、なにもいえずに、そのときは、ただつったっていました。

 けれど、ニックとあそびはじめると、もうあのへんな気もちはきえてしまい、すぐに友だちになれました。
 5「へえ――、ことばがつうじるのかねえ。」
 ふたりが大げさな声をあげて、なみのちらしあいっこなどをしていると、海がんをとおりかかったホテルの人が足をとめ、ふしぎそうにいったりしました。6ことばはつうじなくても、ふたりにはちゃんとわかるきごうのようなさけびあいを、すぐに見つけていたのです。そしてふたりは、およぎやセミとりよりももっとおもしろい、気にいったあそびをおもいつきました。それは、すなのとうづくりです。
 7大元(おおもと)こうえんのずっとおくの山から、海にむかってすいしょう川という小さい谷川が、ながれていました。ながれはつめたくて、そのあたりの木ぎまでひえびえとしめっています。そのせいか、川の上にひろがるえだもすきとおるうすみどりで、風にゆれるたびに空がちらちらのぞきます。8すいしょう川はまったくべっせかいでした。
 ニックとわたしは、ながれの中ですなをすくっては、ちゅういぶかく、高く、高くつみあげます。ようやくとうになった、とおもって、ちょっとゆだんすると、そこのほうからながれにすうっとおしくずされてしまうのです。9ながされないうちに、そこを小石でかためねばなりません。
「ほら、はやく、石、石。」「あっ、くずれるよう。」
というつもりのおしゃべりを、わたしたちだけにつうじるきごうでさけびました。
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 0ふたりはそのうちに、とうづくりのコツをおぼえ、まる一日くらいはくずれないすなのとうを、ながれのまん中にたてることができるようになりました。
 ある朝、いつもとすこしもかわらない青い海に、ランチがうかんでいました。でかける父を見おくりがてら、さんばしまできたときです。
「ほう、ニックたちもかえるのか。」
と、父がいいました。
 おどろいてふりむくと、ホテルのほうから外人たちがやってき、その中にニックもいます。いつものあそびぎではなくて、まっ白いシャツでした。
 ニックがいってしまう。
 わたしはたちすくみました。いってしまうのはわかりきったことなのに、そんなこと、いまのいままでかんがえてもみなかったのです。
 とおい外国に、かえりっきりにかえってしまう。ニックがいってしまう。それはもう、どうすることもできないほんとのこととなって、わたしの目のまえに、ニックがちかづいてきました。
 ニックはまじめくさった、おこっているような顔で、手をさしだしました。
 ふたりはむきあって、にらめっこのようにたち、あくしゅをしようとしたのです。
 そのときです。
 ああ、ほんとに、なんとしたことでしょう。あのうらめしい音が、あくしゅをさえぎってしまったのです。
 そばにいた父が、ごくあたりまえの顔つきで、オナラをしたのです。
「人のまえでオナラをするのは、すこしもはずかしいことではない。」
と、日ごろからいっている父としては、じつになんでもないことだったのです。けれど、わたしは、そのしゅんかん、からだじゅうをはずかしさがつきぬけて、たおれそうになりました。
 気がついたとき、わたしは、はじきとばされたように走って、走って、いきもつかずに走って、すいしょう川にとびこんでいました。そして、きのうせっかくつみあげたすなのとうを、ぐざぐざにくずして、すなだらけのびしょぬれになっていました。

『はずかしかったものがたり』「すなのとう」(山口勇子(ゆうこ))より
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a 長文 3.2週 te2
 1母のよくしてくれたはなしは、ヨーロッパからアメリカヘ、さいしょにいみん(移民())した人たちのはなしでした。母が女学校のときに、アメリカ人のせんきょうしの先生からきいたというはなしでした。ほろ馬車にのって、いく日走っても町も村も、山もない平原を、いく組もの家ぞくがすすんでいくのです。2子どもが病気になっても、もちろんおいしゃさんもありません。子どもが死ぬと、馬車をとめ、道ばたにあなをほってうめ、木をきって十字架(じゅうじか)をたて、みんなでおいのりをして、すぐまた馬車は走りつづけるというのです。わたしはそんなはなしをいつもなみだをためてききました。
 3ですから、わたしは「いみん」ということばも、小学生になるまえからしっていたのです。
 その「いみん」を、わたしの一家がするかもしれないというはなしがおこったのです。いいえ、わたしは一家が、あすにもいみんにでかけることになったとしんじてしまったのです。4ねてもおきても学校にいっても、わたしはそのことで頭がいっぱいになってしまったのです。
 ――ブラジルにいって、ほろ馬車にのっていたら、ぼくが病気になって死ぬかもしれない。そしたら、ぼくは土にうめられ、おとうさんやおかあさんが十字架(じゅうじか)をたてておいのりをするだろう。
 5わたしは夜、とこの中にはいると、そんなことまでかんがえるのです。そして、そんなじぶんがかわいそうで、しまいにはしくしくなきだすしまつです。
 それほど、わたしにとってはじゅうだいじだったものですから、これをどうして、じぶんひとりでだまっていることができるでしょう。6わたしは、友だちにはなしてしまったのです。
 すると、友だちは、あくる日すぐにほかの友だちにそれをしゃべり、とうとう先生にまでしれてしまったのです。
「おまえ、ブラジルへいくんだって?」
「はい。」
「そりゃたいへんだな。でもうらやましいよ。先生もいけるものならブラジルなんかへいってみたいな。」
 7先生はそんなことをおっしゃいました。
 つぎの日、先生は、さいしょの一時間めのべんきょうのときに、べんきょうをやめて、わたしがブラジルへいくはなしと、南アメリカやブラジルがどんな国であるか、いろいろはなしてくださいました。
 8わたしはうれしいやら、はずかしいやら、へんな気もちで先生のはなしをききました。
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 ところが、家にかえってみると、ブラジルにいみんするというのに、父も母もいつもとすこしもかわったところがないのです。あにやあねたちも、ブラジルのはなしなど、すこしもしないのです。
 9わたしは、だんだんしんぱいになってきました。とうとう夜になって、台所をかたづけている母にたずねました。
「いつ、うちはブラジルヘひっこすの。」
「えっ、ブラジル、ブラジルなんかへ、だれもいきませんよ。どうしたの?」
 0母はいともかんたんにいうのです。わたしは目さきがまっくらになりました。みんな、わたしひとりのはやがてんだったのです。
 友だちにも、先生にもはなしてしまったのです。どうしていまさら、とりやめになっただなんて、いえるでしょう。
 わたしはその夜、どうしても、じぶんひとりででもブラジルへいくんだとないていいはりました。そして、とうとうあまりうるさくわたしがダダをこねるので、父や母をおこらせてしまいました。
 あくる日から二日間、わたしは学校を休みました。とてもはずかしくて、友だちや先生に、顔をあわせられません。
 二日め、とうとう母が学校にいって、すべてを先生にはなしてくれました。

『はずかしかったものがたり』「わたしのブラジルいみん」(今西祐行())より
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a 長文 3.3週 te2
 1やれやれ、と、ほっとした母は一どにつかれがでたのでしょう。その日は朝から、おきてきませんでした。
「きょう一日、休ましてもらうべえ。あしたっからは、また正月のしたくにかからねえばなんねえから――。」
と、いいわけでもするように、ふとんの中でいっていました。
 2父とあには、どこかへでかけていたのでしょうか。家には、母とわたしのふたりだけしかいませんでした。
 ひるちかくになったら、ねどこの中から、母がわたしをよびました。
「あついにこみうどんがくいてえが、ひろにできべえかなあ。」
やってみてくれやい、というようにいったのです。
3「ああ、おらが、うんまくつくってやるよ。」
 わたしは、はずんでこたえました。
 いままででも、手つだいなら、よくしていました。それでも、じぶんだけでなにかをつくってみたことは、まだ一どもありません。4わたしは、きゅうにおねえさんにでもなれたような気がして、うれしくなっていました。
 戸だなの中には、母がゆうべつくった、うどんの玉がいくつかのこっていました。おつゆをこしらえて、にるだけでいいわけです。
5「かつぶしをかくのは、あぶねえから、けずりぶしでいいぜ。たんといれてなあ、うんまくつくってくれやい。」
 母は、ねたままでさしずをしました。
「だまっていてもいいよ。つくりかた、しってるもん。」
 わたしは、おしえてもらいたくなかったのです。6じぶんだけでやって、「できたよー」と、いってみたかったからです。
 いちばん小さいなべに、水をいれると、じざいかぎにかけて、いろりの火をかきたてました。
 だしはうまくとれたのです。いよいよあじつけです。7ながしだいの下に、ぶどうしゅのあきびんにつめたおしょうゆが、三本ならんでいました。いちばんてまえのレッテルのあたらしいびんが、つかいかけのようです。それをもってきて、おたまに一つだけ、いれてみました。
 8そして、小ざらにとって、あじをみました。まだまだ、うすくてちっともきいていません。
 こんどは、二ついれました。からくしすぎたかな――。しんぱいしながら、またあじをみました。まだ、だめです。
 おかしいなあ……。9でも、おたまの中へでてくるいろは、たしかに、おしょうゆです。
 ことしは、できがわるかったのかなあー。そうおもいながら、またおしょうゆをたしました。それから、あじをみました。
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 なんかいあじをみたでしょう。0あじをみながら、四合びんに、はんぶんいじょうもあったおしょうゆを、みんないれてしまったのです。
 おつゆは、だんだん、きみょうなあじになっていきました。そしてわたしは、なんだか、からだがだるくなってきたのです。頭がおもいような、ねむいような、おかしな気ぶんになってきました。
 いったい、このおつゆは、どうなってしまったのでしょう。しんぱいになってきました。
 そのとき、
「どうだ、できそうか。」
と、おかあさんが、声をかけてきました。台所があんまりしずかなので、だまっていられなくなったのでしょう。
「ことしのおしょうゆは、おかしいよ。いくらいれたって、いっこうしょっぱくならねえだもの。」
 もう、しかたなしに、わたしはからっぽになったびんをもって、見せにいこうとしました。
 たちあがると、なんだか、目がまわって、よろよろしました。
「ああ、うちがまわる。」
 わたしは、ざしきの入り口で、うずくまりました。おどろいた母が、とびおきてきました。
 それから、気がついたときは、母のふとんの中で、目をさましていました。
 おしょうゆとおもいこんだ、あたらしいレッテルのそのびんだけは、まだほんもののぶどうしゅがはいっていたのだというのです。

『はずかしかったものがたり』「うちがまわるはなし」(宮川ひろ)より
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a 長文 3.4週 te2
 1日本人が外国に行っておみやげのなさの悲哀(ひあい)を味わうのと逆(ぎゃく)に、日本に来た外国人はおみやげの安価(あんか)さと豊富(ほうふ)さに驚き(おどろ )、かつ喜ぶ(よろこ )。舞子(まいこ)を描い(えが )たハンカチから、扇子(せんす)、版画(はんが)、各種(かくしゅ)竹製品(せいひん)にいたるまで、持って帰って喜ば(よろこ )れることうけあい、恰好(かっこう)なおみやげはいくらでもある。2絵葉書一つとってみても、白黒のやらカラーのものやらいろいろで、その組み合わせ方もヴァラエティーに富ん(と )でおり、風景(ふうけい)別(べつ)とか史蹟(しせき)別(べつ)のシリーズふうにもなっている。
 3旅先から絵葉書を出すことは、異境(いきょう)での経験(けいけん)を共有(きょうゆう)しようというおみやげ精神(せいしん)の現われ(あら  )の一つである。厳島(いつくしま)に参詣(さんけい)すると、おしゃもじが葉書の代用として売られているが、これなどは絵葉書とおみやげ品とをたくみにミックスしたものだ。4アジアの各地(かくち)を旅行して気がつくことは、タイで売っている絵葉書は、紙質(かみしつ)といい色彩(しきさい)といい、かなり上等だが、インドのはまことにお粗末( そまつ)。絵葉書に象徴(しょうちょう)されるおみやげ感覚(かんかく)の相違(そうい)を示す(しめ )ものとして、それはその国における日本文化の浸透(しんとう)度を物語るバロメーターたりうるかもしれぬ。
 5一般(いっぱん)に、日本人のおみやげ感覚(かんかく)は、外国人にはまだよく理解(りかい)されていない。西洋人はおみやげをもらうと、その場ですぐ中身をあけてみる。それがまた、当然(とうぜん)のエチケットとされている。ところが日本では、そんなことをしたら失礼(しつれい)になる。6経験(けいけん)の共有(きょうゆう)がおみやげの精神(せいしん)なのだから、おみやげは持って帰って相手に分かち与える(あた  )ことそれ自身に意味があるので、中身は第二義(だいにぎ)なのだ。おみやげをもらうことがうれしいのであって、どんなものをおみやげにもらったかは従()になる。7つまり、日本人がおみやげのもつ象徴(しょうちょう)的(てき)な意味を重視(じゅうし)するのに対し、西洋人はおみやげの中身とそこに現われ(あら  )た実質(じっしつ)性(せい)を尊重(そんちょう)する。
 だいたい日本人のおみやげ精神(せいしん)には、この人にはあれを、あの人にはこれを、と相手の人柄(ひとがら)・境遇(きょうぐう)をいちいちおもんぱかって選択(せんたく)するというふうな、個性(こせい)への忠誠(ちゅうせい)意識(いしき)は稀薄(きはく)である。8あの人に
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はどんなものをあげれば喜ば(よろこ )れるだろうかということより、なにかをあげること自身が大切なのだ。西洋では贈り物(おく もの)の選択(せんたく)購入(こうにゅう)に相手の事情(じじょう)を考えた真情(しんじょう)のこもっていることが必要(ひつよう)である。つまり真情(しんじょう)と実質(じっしつ)は不可分(ふかぶん)のものとしてきり離す(はな )ことはできないわけだ。9しかし、真情(しんじょう)がこもらなければ実質(じっしつ)的(てき)なやりとりができないとは、なんとシンドイことであるか。おみやげを含め(ふく )て、一般(いっぱん)に日本での贈答(ぞうとう)は、基本(きほん)的(てき)には社会生活をなめらかに進行させるための社交手段(しゅだん)である。0今日百貨店(ひゃっかてん)での歳暮(せいぼ)・中元の贈答(ぞうとう)品といえば、会社が日頃(ひごろ)のお得意さん( とくい  )に配る品物が主になっているのは、社交としてのおみやげ感覚(かんかく)がそのまま現代(げんだい)の状況(じょうきょう)のなかで活かされ、適用(てきよう)されていることを示す(しめ )ものだ。真情(しんじょう)主義(しゅぎ)を基本(きほん)とする西洋では、近代社会の社交としての贈答(ぞうとう)は形成(けいせい)されていない。
 贈り物(おく もの)がシンボルである場合なら、中身はどうでもいいではないかというのが、真情(しんじょう)=実質(じっしつ)、シンボル即(そく)中身でなければならぬと一本で考える西洋の論理(ろんり)に対する、日本の贈答(ぞうとう)論理(ろんり)なのである。シンボルと中身とが、場合によっては、一致(いっち)する必要(ひつよう)はないのだから、見ばえが肝心(かんじん)ということになる。中身は少なくても、容器(ようき)は大きいほうがいい。旅先でのおみやげに「上げ底(あ ぞこ)」の品物が多いとよく非難(ひなん)されるが、日本人のおみやげ観(かん)にひそむ象徴(しょうちょう)的(てき)な意味を十分計算に入れてやられているものとしたら、一方的(てき)に排撃(はいげき)すべきものでもなかろう。たとえば、大きいのが二〇〇円で、小さいのが三〇〇円というまんじゅうがある。また、二〇〇円と三〇〇円の品物の容器(ようき)の大きさが、まったく同じになっている洋風ケーキもある。つまりそこでは、その品物をシンボルとしてのおみやげに使うのか、それとも自家消費(しょうひ)ないし実質(じっしつ)的(てき)贈り物(おく もの)にするのか、用途(ようと)によって製品(せいひん)の質(しつ)や包装(ほうそう)が分けられているのだ。
 日本人は、ことおみやげにかけては高度に洗練(せんれん)された技能(ぎのう)保持(ほじ)者である。
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