1一九六〇年代はじめ、アフリカの山野に分け入って、チンパンジーの行動を研究していた一研究者のある報告は、当時大きな話題となった。その報告によると、チンパンジーが道具を使ったというのである。2道具の使用は、人間に特有のことで、人間と他の動物を区別する重要な特徴のひとつとされていただけに、この発見は、各方面に大きな影響を与えたのだった。3ある人は、これは人間と動物の間隙をうめる重要な発見だとして高く評価し、ある人は、チンパンジーのその道具は、あまりにも原初的で、それを道具と言うこと自体に問題がある、とした。
4アフリカの野生チンパンジーが用いたという道具とは、一本の細い草の茎である。この茎をチンパンジーは、シロアリを「釣る」のに用いたのである。チンパンジーは、シロアリの塚のそばにしゃがむと、草の茎を塚の穴の中に深くさしこむ。5そして、ちょっと間をおいてそれを引き出す。すると、その茎には、何匹かのシロアリがくいついてくっついてくる。シロアリは、巣に侵入した敵に、攻撃のくらいつきを行なったのであろうが、それがあだになって、まんまと外に引き出されてしまうというわけだ。
6チンパンジーは、この草の茎にくっついてきたシロアリを、口でしごくようにして食べるのである。食べ終わると、チンパンジーは、また草の茎を穴にさしこんで、シロアリを釣る。こうしてチンパンジーは、しばらくの間アリを釣っては食べる、ということをくり返す。
7注目すべきことは、チンパンジーは、道具というものが何であるかを知っているかも知れない、ということである。自分が何をどうする目的で、草の茎を手足の延長、あるいは補助器官として使っているのかを見通しているらしい。
8というのは、チンパンジーは、偶然そばにあった茎をひろって使うのでなく、すこしはなれたところから草を手に入れ、それをシロアリ塚までもちはこぶからである。その上、チンパンジーは、草の茎についている葉や枝分かれした茎など、余分と思われるものを
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