a 長文 1.4週 te2
 一九六〇年代はじめ、アフリカの山野に分け入って、チンパンジーの行動を研究していた一研究者のある報告ほうこくは、当時大きな話題となった。その報告ほうこくによると、チンパンジーが道具を使ったというのである。道具の使用は、人間に特有とくゆうのことで、人間と他の動物を区別くべつする重要じゅうよう特徴とくちょうのひとつとされていただけに、この発見は、かく方面に大きな影響えいきょう与えあた たのだった。ある人は、これは人間と動物の間隙かんげきをうめる重要じゅうような発見だとして高く評価ひょうかし、ある人は、チンパンジーのその道具は、あまりにも原初げんしょてきで、それを道具と言うこと自体に問題がある、とした。
 アフリカの野生チンパンジーが用いたという道具とは、一本の細い草のくきである。このくきをチンパンジーは、シロアリを「釣るつ 」のに用いたのである。チンパンジーは、シロアリのつかのそばにしゃがむと、草のくきつかあなの中に深くさしこむ。そして、ちょっと間をおいてそれを引き出す。すると、そのくきには、何匹なんびきかのシロアリがくいついてくっついてくる。シロアリは、侵入しんにゅうしたてきに、攻撃こうげきのくらいつきを行なったのであろうが、それがあだになって、まんまと外に引き出されてしまうというわけだ。
 チンパンジーは、この草のくきにくっついてきたシロアリを、口でしごくようにして食べるのである。食べ終わると、チンパンジーは、また草のくきあなにさしこんで、シロアリを釣るつ 。こうしてチンパンジーは、しばらくの間アリを釣っつ ては食べる、ということをくり返す。
 注目すべきことは、チンパンジーは、道具というものが何であるかを知っているかも知れない、ということである。自分が何をどうする目的もくてきで、草のくきを手足の延長えんちょう、あるいは補助ほじょ器官きかんとして使っているのかを見通しているらしい。
 というのは、チンパンジーは、偶然ぐうぜんそばにあったくきをひろって使うのでなく、すこしはなれたところから草を手に入れ、それをシロアリつかまでもちはこぶからである。その上、チンパンジーは、草のくきについている葉や枝分かれえだわ  したくきなど、余分よぶんと思われるものを
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取り去って草を「加工かこう」しさえするのである。
 シロアリ釣りづ は、見よう見まねで他のチンパンジーにも広がる。子どものチンパンジーは、母親のそばでそのシロアリ釣りづ を見て、自分でもあれこれためす。そして、そのこつを取得しゅとくしていくという。これをもってして、チンパンジーには、シロアリ釣りづ の文化がある、と言う人もいる。
 チンパンジーは、水を飲むときにも、道具を使うことがある。チンパンジーは木のまたなどにたまった水などを飲むときに、木の葉をかんでやわらかくし、それを水にひたして水に含まふく せ、口に運んで水を吸っす て飲むという。かみくだいた木の葉を、いわばスポンジ代わりに使うのである。
 チンパンジーの道具で、最ももっと 道具らしい道具は、木の実を割るわ ための石の道具であろう。これは、比較的ひかくてき最近さいきんになってわかってきたことであるが、チンパンジーはアブラヤシなどの実を食べるときに、それを石の上において、もうひとつの石でたたいて割るわ 。このとき、台石となるのは、その目的もくてきにかなった、上面が比較的ひかくてき平たい石である。打ちつける石も、木の実がはじけ飛ばと ないよう、平たい面があるものが使われる傾向けいこうがあるらしい。
 研究者は、すでにかなりの回数「愛用あいよう」されてきたと思われる台石も発見している。それらの石は、平たい面の一部がくぼんでいて、そこに何度も木の実がすえおかれただろうことをものがたっていた。チンパンジーは、この道具についても、その目的もくてきを見通しているかのようである。ここから人間の祖先そせんが用いた石器せっきまでは、どれほどの道のりがあったのだろうか。
 チンパンジーの道具使用が、チンパンジーの食事事情じじょう貢献こうけんしていることは、疑問ぎもん余地よちがないと思われる。チンパンジーは、それなしで不可能ふかのうなシロアリを手に入れ、木の実をえさ資源しげんとして利用りようすることができるからだ。これが可能かのうなのは、チンパンジーが人間にもっとも近い動物で、したがって、人間を除くのぞ 動物の中で、もっと
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長文 1.4週 te2のつづき
もかしこいからにほかならない。道具の使用には、それだけの知能ちのう要求ようきゅうされるからである。

小原おばら嘉明よしあき『道具を使う動物たち』<PHP研究所>より)
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