a 長文 2.1週 te2
 しゅうぎょうしきがおわりました。
 きょうしつへはいってから、つうちぼをもらうのです。
 ほそ長い、四かくなつうちぼを、りょう手を頭より高くさしあげて、うけとったとき、ぼくのしんぞうは、どきどきっどきどきっ、となりました。
 そのどきどきは、ぼくがせきについて、人に見られないように、はおりでかくしながらつうちぼをひらいて見るまでつづきました。
 つうちぼのせいせきのところに、むずかしい字が六つと、やさしい字が三つ、ついていました。やさしい字はおつでした。どうしたわけか、おつの字は、いつのまにか、おぼえていたのです。けれども、むずかしい六つの字はわかりません。
「なあんだ、むずかしい字ばっかしで、わからんなあ。」
 ほくは、ひとりごとをいいました。すると、となりのなおみちゃんが、
「のんちゃん! むずかしい字があるの。そいじゃあ、きっとゆうだもの。」
と、小さい声で、こっそりおしえてくれたのです。
(そうか、ゆうなのかあ、よかったあ。)
 ぼくは、もううれしくて、むちゅうでした。
 だから、「ふところに、ちゃんとしまうんよ」と、でがけにいわれたかあさんのいいつけなど、すっかりわすれてしまいました。校門をでると、つうちぼを、わざと左手で、人に見えるように高くもちあげてあるきました。
 いちばんはじめに、となりのおじさんにあいました。おじさんは、ぼくがおもったとおり、
「戸中谷(とちゅうや)のぼうか。どら、おじさんに見せてくれるか。」
といいました。ぼくは、
「はい。」
と、にこにこしながら、むねをはって、このすばらしいつうちぼをおじさんにさしだしたのです。すると、おじさんは、
「ほう。」
と、かんしんしてから、
「ぼうは、よくできるなあ。」
と、頭をなぜながらほめてくれました。ぼくは、もう、ますますうれしくて、おどりあるきたいくらいでした。
 それからは、どうろであう人には、こちらから、
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「おじさん、おじさん、ほら、ぼくのつうちぼだに。」
といって、だれにでも見せました。すると、
「ほう、よくできるなあ!」
と、みんなほめてくれるのです。うれしくなったぼくは、はたけではたらいている人にまで、かけていって、わざわざ、見せてやったのです。
「かあちゃん、ほらつうちぼもらった。みんな、よくできるってほめてくれた。」
 ぼくは、元気いっぱいにさけんで、かあさんにつうちぼをさしだしました。かあさんは、ふしぎそうに、
「ええっ! みんなに、見せたのかえ。」
といいながら、いそいで見はじめました。
 すると、どうでしょう。かあさんの目から、なみだがはらはらとながれだしたのです。
「のんちゃん。どうして人に見せたの。」
 かあさんは、きびしくいいました。
「だって、おつのほかは、むずかしい字だから、ゆうだと、なおみちゃんがおしえてくれたん。」
「まあ、あきれた。これは、へいといって、できないというしるしなんよ。」
 かあさんの声は、かなしそうな、ふるえただみ声でした。
(なあんだ、へいだったのか。)
 ぼくは、もう、かあさんの顔を見ることができません。おもわず、だだだっと、かけだしていたのです。
「ちくしょう、ちくしょう、うそつきのおとなのばかやろう! ばか、ばか!」
 人けのないくわばたけのかげで、おもいっきり土をたたきながら、ぼくは、声をころして、いつまでも、いつまでも、ないていました。

『はずかしかったものがたり』「つうしんぼ」(代田のぼる)より
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