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 日本を訪れるおとず  外国人にとっては、日本の家が、ふすま障子しょうじで仕切られていて、ひろい部屋がいつでも多くのせまい部屋になってしまうことや、たたみが部屋いっぱいに敷きつめし   られていること、西洋の家のようにテーブルや椅子いすなど、家具がたくさん置いお てないことなどがめずらしくてたまらないようです。
 このような住居じゅうきょのくふうは、寝殿造りしんでんづく の形をもとにして、鎌倉かまくら時代から室町時代にかけて、できあがったものです。夏の蒸し暑む あつさをさけて、涼しいすず  風を取り入れるためには、それがいちばんつごうがよいのです。
 いまでは、西洋ふうのアパートに住む人も多くなりましたが、せまい部屋で、まわりはかべにかこまれ、まどがあいているだけでは、夏は、扇風機せんぷうき冷房れいぼう装置そうちがなければ、とても暑苦しくてたまらないでしょう。日本ふうの家では、夏はふすま障子しょうじをあけはなして、涼しいすず  風をいっぱい入れることができるのです。わたしたち日本人は、こうした家の中の生活になれていますが、日本人がとかくあけっぱなしの生活をあたりまえのことと考えているのは、ひとつにはそのためだと言うことができます。
 わたしたちは、自分ひとりになるということがほとんどありません。部屋の中にいても、ふすまをあけてだれかがはいって来ます。話をしていても、障子しょうじの向こうでだれかが聞いているかもしれません。日本式の家では、西洋ふうの家と違っちが て部屋にかぎをかけて閉じこもると    ということができないのです。それぞれの部屋が独立どくりつしていてかぎがなければあけられない。かぎさえかけてしまえば完全かんぜんに自分だけ、自分たちだけになれる。また、外出するときも、かぎさえかけておけば、るすに、ほかの人にじゃまをされない。かぎの生活というものは、実に便利べんりなものです。便利べんりであるばかりでなく、自分をみつめる、自分を反省はんせいする、もっとひろく、そしてむずかしく言えば、個人こじん主義しゅぎの考えを養うやしな 上にたいそう役立つのです。「日本では、自分ひとりになれる場所は、トイレの中だけだ」と言った人もいますが、たしかにそのとおりです。
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 個人こじん主義しゅぎということはけっして自分かってということではありません。かえってその反対に、社会にたいする義務ぎむ権利けんりをはっきりと自覚じかくして、自分の生活を責任せきにんをもってきずき上げていくことです。そして、自分の生活とほかの人の生活との区別くべつをはっきりとつけていくことです。自分の権利けんり主張しゅちょうするかわりに、ほかの人の権利けんり認めみと て、ほかの人のめいわくにならないように心がけることです。
 ところがわたしたちは、とかくあけっぱなしの生活になれているので、おたがいにほかの人の目ざわりになったり、めいわくになったりすることをあまり気にかけません。他人の生活のじゃまをしてもへいきです。幕末ばくまつ明治めいじのころに日本に来た西洋の人々は、夏の日にほとんどはだかで家の外に出ていたり、のきさきで行水をつかったりしている人々を見て、びっくりしました。

「日本人のこころ」(岡田おかだ章雄あきおちょ 筑摩書房ちくましょぼう)より
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