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 お客さまが来たときには座布団ざぶとんを出します。ふたりで来たときには二まいならべます。集まりなどがあっておおぜいのお客が来ると、その数だけ座布団ざぶとんがいります。座布団ざぶとんが足りなければ、あとから来たお客はたたみの上にすわります。「どうぞ、おつめください」と言って、ひざをおくっていけば、かなりたくさんの人数でも一部屋にはいってしまうことができます。「すこしせまいようですから、ふすまをはずしましょう。」つぎの部屋も使えば、ずっとひろくなるでしょう。
 日本間は、まったく便利べんりにできています。西洋式の部屋では、こんなわけにはいきません。応接間おうせつまには椅子いすがあり、ソファがあり、テーブルや、わきテーブルが置いお てあるので、そんなにおおぜいのお客ははいれません。それに、きまった椅子いすの数しか腰かけこし  られない。あとからおおぜい来ても、椅子いすがなければ立っていなければなりません。それにとなりに部屋があっても、かべやドアで仕切られていますから、いっしょにして使うことはむずかしいでしょう。
 日本人は大むかしから椅子いすを使いませんでした。ゆかにあぐらをかくのがふつうだったのです。奈良なら朝のころになってとうふうの風俗ふうぞくがさかんに朝廷ちょうていやお寺に取り入れられたとき、椅子いす腰かけるこし   生活も一時は行なわれたようですが、そのまますたれてしまったということです。その後、時代は下って、信長のぶなが秀吉ひでよしのころに西洋の文化や風俗ふうぞくがさかんに取り入れられたときにも、椅子いすを使うならわしは伝わりつた  ませんでした。江戸えど時代に、長崎ながさきの出島ではオランダ人がテーブルと椅子いすの生活をしていましたが、日本人の生活の中には影響えいきょうをあたえなかったのです。よく考えてみると、こうしたことも、ひとつには夏を涼しくすず  過ごすす  ために、家具を多く置かお ないという生活のくふうから、おこったもののようです。テーブルや椅子いす置いお てあれば、それだけ外からはいってくる涼しいすず  風がさえぎら
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れてしまいます。椅子いす腰かけこし  ているよりも、ひろいたたみの上にすわっていたほうが、そのたたみの上を渡っわた てくる風をうけてよっぽど涼しいすず  のです。
「日本では居間いま応接間おうせつまにもなり、食堂しょくどうにもなり、また寝室しんしつにもなる」と言って西洋の人々はびっくりします。居間いまには居間いまの家具があり、応接間おうせつまには応接間おうせつまの、食堂しょくどうには食堂しょくどうのテーブルや椅子いす置かお れ、また寝室しんしつには家族の数だけベッドを用意しなければならない、西洋ふうの家からみれば、たしかにうそのような生活です。家の中にひろく空間をとって、それを必要ひつようによっていろいろに利用りようする、こういった生活のくふうは、たしかにすばらしいものだといってよいでしょう。
 なお、これにたすばらしい生活のくふうはほかにもあります。たとえば、風呂敷ふろしき(カバンとくらべてごらんなさい。)、げた(くつとくらべて)、はし(ナイフやフォーク)など、──ほかにどんなものがあるか考えてごらんなさい。

「日本人のこころ」(岡田おかだ章雄あきおちょ 筑摩書房ちくましょぼう)より
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